凶星 第三話
「…おいおいおい…。こいつはマズイんじゃないのか…?」
 水晶玉を覗き込んでいるメリッサに、マリウスは余裕の無い口調でそう反応した。
「……ええ。前の水晶玉も粉々になっちゃったし…何なのかしら…。」
 水晶玉が割れたその事より…直前に映し出されていた光景を思い出し、メリッサも俯いた。

 彼女は森の中に佇んでいた…。いつもの様に本を広げていると…
ワァアアアアアアアアアアアアッ!!!!
―…これは…
 聞こえてきたのは互いに鬨の声を上げて相手へと武器を突き出しあう戦士達の姿…。
―イオラ!!
ドドドドドドドドドッ!!!!
―ぐわぁあっ!!!
 誰かが唱えた呪文により、空間が爆砕し、そこに居た者達を傷つけ、砕いた。
ゴォオオオオオオッ!!
ギィエエエエエエエッ!!
 巨大な怪鳥と山の様な体躯を持つ熊が雄たけびを上げながらにらみ合っている…。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
―!!?
 その様な中、突然激しい地震が発生して…皆の動きが止まった。
シュゴォオオオオオオオッ!!!
―…!!何だアレは!!?
 遠くに上がる火柱に…多くの者達は我を忘れてそれに見入っていた…。

「……ここ数年何にも無かったみたいだし、話を聞いてくれた人達は備えの時期か…と言って私の言うとおりにしてくれたけど…。」
 メリッサも何もしていない訳では無かった。例の占いの結果を見た後…村の大人達に注意を促し…子供達の事前の安全を対策する事を勧め、少しでも被害を減らそうとしていたのだ。
「…でも、駄目…。どうしてか分からないけど、不安が消えないのよ…。」
「……何でも占い通りになる訳ねえんだ。心配し過ぎだぜ。」
「だといいのだけれど…。」
 彼女の抱えている水晶玉の一点にある曇り…それが次第に広がり……やがて映るもの全てを覆い隠して光を閉ざした…。
「……オッサンやメドラにも話した方がいいか?」
「そうね…それじゃあ…」
 二人が話を打ち切ろうとしたその時…
「……ぐ……!…く…くそ……おれはこんな所で……!!」
「「!!」」
 血の匂いを纏った一人の青年がこちらへと武器を構えてきた。
「…来やがったか!!」
 マリウスは背負った大剣を引き抜くと、敵に向かって一閃した。
「がっ…!!」
 彼は、敵が持っていた大振りのナイフが弾き飛ばし、続いてその身に当身を食らわせた。
「マリウス!殺しちゃだめ!」
「ああ、分かっている!!」
 気を失ってその場に倒れた青年から武器を奪い、拘束しつつ担ぎ上げた。
「……行こう!」

「……う……、あ…あれ??…おれ…生きてる…??」
「気が付いたようだの、若いの。」
 青年が目を覚ますと、ベッドの上に横たわっていて体中の痛みは嘘の様に消えていた。目の前の穏やかな表情の背の低い壮年の男の手が額に触れている…。
「…ど…どうなってるんだ!?おれは確かにあの時…」
 慌てた様子で手を振り払おうとするが、体がいう事を聞かない…どうやら回復しきっていないようだ。
「殺すかよ。」
「……!じゃあここは…敵さんの陣地か…!?やっぱし拷問にかけて…」
「するかっ!!…って、”敵さんの陣地”って……まさか!!?」
 目を覚ました青年が発した言葉にマリウスとメリッサは目を見開いた。
「……というか…ここ何処だ……?」
 しばらく時が経ち、青年はようやく落ち着きを取り戻し…辺りを見回しながらモーゲンに尋ねた。
「世界樹の里のはずれにある小さな祠じゃよ。安心せい。敵陣などではない。」
「……何!?ここにも集落があんのか!!?…まずい!!」
「…?」
 彼は言葉を聞くなり、再び取り乱し始めた。
「いいか、あんたら…今すぐここを捨ててどこか遠くに逃げろ!!」
「…な…何を言っている!?」
 突然男がわめきだしたのに驚き、三人はたじろいだ。
「…ここはもうすぐ火の海になっちまう!!」
「「「!!」」」
 驚愕に目を見開く三人を他所に、男の言葉は続いた。
「…さっき敵の斥候と思しき連中に遭った…。陣を出てからそう時間が経っていない様子だから…」
「……!」

「おいおいおい、ここには…他所でやるって訳にはいかないのか…?」
「わからない、だが…敵はここに何かあるって思ってやがる…!!狙いは世界樹か…いずれにせよここは危ねぇっ!!!」
 世界樹と呼ばれる木がここにある事を知っている…それは一体どのような事を意味するのか……メリッサ達はそれを悟った。
「……嘘で無いとは言い切れぬな…。」
 モーゲンはしばし考え込んだあと、そうした結論を出した。
「…確かに……こいつの話は…」
 嘘を言っている様にも見えないが、それでも話自体に突拍子が無さ過ぎる…。
「……信じる信じないは勝手にしてくれ。だが…もうすぐ……」
 口々にそう言われて、青年が半ば諦めたように言葉を続けようとしたその時…

ガチャ…
「…誰だ!!」
 話している最中に突然扉が開き、皆の注意を引き付けた。
「うえ〜ん…突然怖い人たちが……痛いよ〜……」
「…って、おいボウズ!!しっかりしろ!!……ッ!!」
 命に別状は無くともかなり酷い怪我を負っている子供を見るなり、マリウスは外へと踵を返して舌打ちしながら…
「おやっさん!!ボウズの事頼みます!!」
「…!よせ!!いくらお主でも…」
 モーゲンが止める間も無く、彼はなりふり構わずに外へと飛び出していった。
「…早まりおって…!メリッサ!!お前は…」
「……メドラは!!?」
「…!!…ニーダもおらん!!」
 残された二人は辺りを見回したが、家族二人の姿が見えない…。
「待っておれ!!あやつと一緒にすぐに連れ戻しに行く!!」
「……お父様!!」
 モーゲンは巨大な斧を担ぐと、すぐに外に出てマリウスの後を追った。
「……痛いよ〜…」
「…我慢してろ。ほれ、終わったぜ。」
 青年は負傷した子供の怪我を手早く処置してメリッサへと向き直った。
「…あんた方は逃げて下さい!!いくら強くたって…軍隊に攻められちゃかないっこない!!」
「…!!」
 彼の言葉に辺りに漸く意識を向けると、無数の足音と罵声とも取れる雄たけびがこちらへと近づいてくるのが聞き取れた。
「…いや…もう手遅れか…。く…何処か隠れる場所は…!?」
 次第に近づく軍勢の音に絶望を感じ始めたその時…
「!」
 何かを感じ取ったのか青年の耳がピクリと動いた。
「友軍だ!……おれの事はいい!あんたらはすぐにこの場を離れろ!!」
 その顔には…かすかに歓喜のようなものを感じられた。
「ありがとう。あなたも気を付けてね。」
 それに安心したメリッサは傷つき泣き止まぬ子供を抱え上げて、箒に乗って祠の家から脱出した。

「ベホイミ」
 空を飛んでいる途中で、メリッサは子供に回復呪文をかけてやった。上手く手当てされた傷に作用して、瞬時に傷を癒した。
「…平気?」
「う…うん…。…でも大変な事に…」
 眼下を見下ろすと、ある程度まとまった人数の武装した集団同士が小競り合いを繰り広げていた。様子見の為の別働隊といった所だろうか…。
―本当に…占いの通りに…。
「…怖い人が沢山来て、みんなを…」
「……。」
―里は…もう危ないわね……。
 少年は必死になって逃げてきたのだろう…下の方から煙が上がるのを見ながら…メリッサは反対側へと飛んでいった。
―まずはこの子を安全な所に…
 真っ先にそう思ったものの、もはや何処にいても危険が付きまとうのは免れない…。
―どうしたものかしらね……。
 
「…一体どうなってやがるんだ…!!」
 世界樹の天辺から、森の一角が燃え盛る様子を見て…カンダタは愕然としていた。
『……戦っている…。人も魔物も…動物も……。』
「…何?」
 傍に居た金色の竜がポツリとそう呟くのを聞き、カンダタは眉をひそめた。
「…って、こうしちゃいられねぇ!!このままじゃガキどもが危ねぇ!!……っておい!!ムー!!!」
 下で繰り広げられているであろう惨禍に身じろぎしていると、突然隣に居たムーが世界樹から飛び降りた。
『……。』
バサッ!!
 彼女は落ちる途中で力強く翼を広げてグライダーの様に滑空し始めた。
「……おいおいおい、大丈夫かよ…?無茶はするんじゃねぇぞ!!」
 そう釘を刺しながら、カンダタも枝を次々と伝いながら世界樹を降り始めた。

『!』
 空を飛んでいる途中で何匹もの人面蝶やサソリ蜂等の魔物がムーへと襲い掛かってきた。
『イオ』
ドゥッ!!
 小さな爆発が幾つも巻き起こり、ドラゴンから見れば羽虫にも見える魔物達を撃ち落とした。
『…まだ生きている』
 何体が体勢を整えて再び向かって来るのを見て、ムーは再度呪文を詠唱しようとしたがその間に多くの虫の魔物に纏わり付かれた。
ブウウウウウウン
『…む…むー……』
 羽音が耳に障り、あちこちで針や牙が鱗の隙間に刺さるのを感じてムーは鬱陶しそうに首をすくめ、空中で暴れまわった。
『……邪魔…』
 ダメージ自体は然程で無かったが、あまりに多くの虫が自分へと寄って集っていたので対処に困っていた。
シュゴオッ!!
『!!』
 とその時、突然ムーに向かって炎を纏った風が吹き付けた。それに巻き込まれて虫達は体を燃やされて体を灰へと変えながら、力無く地面へと落ちていった。
『バイキルト』
 反射的にムーはその腕を振り上げて、その風が吹いた方向へと向かって突進した。
ガッ!!
 ムーの拳は鱗の付いた何かに阻まれた。それでも構う事無く攻撃を続けようと再度力を込めたその時…
ガァッ!!
 その敵は一声吼えると共に、急に身を翻した。
『……。』
 それは黄土色の鱗を持つ細長い胴を持つ龍…スカイドラゴンであった。隙を見せず…こちらをじっと見つめている…
ゴォォ……
『……?』 
 …が、小さく唸るだけで…特にそれ以上攻撃などはして来なかった。そして…
『…さっきは…助けただけ……??』
 ムーはスカイドラゴンの行動と眼差しから彼に敵意が無い事をようやく悟った。自分へと向けられた炎…思い返せばムー自身も大したダメージは無かった。
―……怒ったドラゴンの炎はこんなものじゃない。
 ドラゴラムという呪文に頼っているとはいえ、自分もドラゴンと言うものの強さと恐ろしさというものの片鱗には触れてきた…。
『ありがとう。』
 ムーがスカイドラゴンへ一言そう告げると…
<礼には及ばない…。関係の無い者を巻き込むなとの我が主の配慮だ。>
 彼はムーに対してそう意思を伝えた。ムーの中に直接響いてきたその言葉は…竜のもの…と言わずとも、彼固有の特殊能力の様な物らしい。
『…主?』
 首を傾げながら尋ねると、スカイドラゴンは更に意思を伝えてきた…。
『……女王……??』
 スカイドラゴンはそれ以上何も答えなかった。
<…小さい羽虫といえど、それがもたらす毒等は侮れん。元が人間であるそなたには尚更だ。注意しろ。>
 最後にムーに刺さったままの虫の毒針を見やってそう告げると、彼はそのまま別の敵へと向かって飛び去っていった。
―もう空も戦場…。
 何処を見ても数多の魔物が人間と…或いは魔物同士で戦い合っていた。空にはドラゴンバタフライやガルーダといった魔物が舞い、次々と下へと急降下している…。中には集団で先程のスカイドラゴンや、近くに飛んでいる極楽鳥等に集団で襲い掛かっている姿も見られた。
『…キアリー』
 こちらに飛んでくる数体の敵影を感じ、ムーは念の為の解毒呪文を唱えた後…大口を開けて炎を吹いた。
『ルカナン』
 上空から急降下してきた為にその炎をかわし切れず手傷を負った敵のドラゴンバタフライの群れに向かって防御力減少の呪文を唱えて、続けざまに拳を振り上げて何匹かをまとめて殴り倒した。
『…!!』
 しかし、残りの二、三体はその攻撃をかわして急旋回し、ムーに向かって突進してきた。
ズバァッ!!
 …が、それがムーの体に届くことは無かった。下の方から声が聞こえてくる…
「おーいっ!!大丈夫かーっ!!ムーッ!!」
 斧を構えた状態で下に居たカンダタが、戦場でも通る程の大声を張り上げて呼びかけてきた。どうやら今のドラゴンバタフライを仕留めたのは彼の様だ。
『カンダタ』
「戻って来ーい!!そこは危険だーっ!!」
 その言葉に頷き、ムーは彼のほうへ向かって急降下した。

「おらおらおらぁ!!こんな美味い話あるかってんだ!!」
「女子供は殺さず捕まえろ!!他は皆殺しだぁ!!ひゃっひゃっひゃっっひゃ!!」
 数人の武器を持った男達が手当たり次第に家々を襲い、略奪の限りを尽くしていた。
「がっ!!」 
「貴様らの思うようにはさせん!!」
 無論、侵略を受けた側も黙っているはずもなく、呪文や簡単な武器になる物を手にとって応戦していた…が、多くは平穏な暮らしを送ってきたために戦う術を知らずに戦える者に守られながら逃げざるを得なかった。
「いやぁあああああっ!!」
「…ミ…ミリ…」
 愛する者を捕らえられ駆け寄ろうとした青年を、侵入者達は容赦なく切り捨てた。
「あああああっ!!」
「るっせぇ、用があるのはこの女だけだっての。てめぇは邪魔だから死んどけ。」
 深手を負い、倒れた青年に止めを刺そうとしたその時…
「ベギラマ!」 
「!!」
 突如として呪文が巻き起こした高熱を纏った閃光が彼らをかすめた。
「ここはアタシらの村だ!よそ者はさっさと出ておいき!!さもないと…」
「……ババァが!!!」
 趣向の悪い余興に水を差された怒りの余り、男達の一人が我を忘れて呪文を放った老婆に襲い掛かった。
「…忠告はしたよ。……ベギラゴン!!」
 かざされた掌から眩いまでの光が生じ、やがてそれが巻き起こす熱が炎にも似たの色の流れとなって敵を飲み込んだ。
シュゴオオオオオオオオオッ!!
「「「ひ…ひいいいいいっ!!!」」」
 灼熱の業火により、跡形も無く消滅した仲間を見て…荒くれ者達の多くは一目散に逃げ出した。
「……ハッ…腰抜けどもが。」
「全くだ…。」
 しかし、しつこく踏みとどまった者達も居た。
「……逃げないんだね。いい度胸だよ!」
「おっと、強がりは止めたらどうだい、婆さんよ。」
 老婆が肩で息をしているまでに疲労しているのを…彼らは見逃していなかった。…目先の状況に感情的にならないだけ、先程のごろつきに比べれば格が違うようだ。
「貴様は先程の呪文で全ての魔力を使い果たした。老いて尚そこまでの魔力を有することは珍しいが…」
ズンッ!!
「……所詮、その程度だ。」
 老婆は敵が無言のままに振り下ろした禍々しい意匠の剣に傷つけられて、地面へと伏した…。
「………フゥ…どうせあたしゃもう十分に生きたんだ…。」
「…!」
 目から生気を失いつつある中で…老婆は呪文を詠唱し始めた。
「やばいっ!!…離れろ、カルス!!」
「……。」
 剣を握ったたまま…カルスと呼ばれた男は微動だにしなかった。
「メガンテ!!」

ドガァアアアアアン!!!!

 老婆が最後にもたらしたのは…否応無く目に焼きつく程のベギラゴンよりも強烈な光を放つ破壊の力だった。
 
「オババ……くそ…っ!!」
 その光景を見ていた里の者達は悔しそうに唇を噛んだ。