英雄を継ぐ者 第七話
「何するんだよ!!」
「離せよ!!」
「いやぁーーっ!!!」
「ママーっ!!」
 
『クックック…たったこんだけの事で手出し出来なくなるって、ニンゲンってのはわからないね。』
『全くだね。』
 泣き叫ぶ子供達の悲鳴に心地よさを感じながら、ベビーサタン達はムオルの町の人々に目をやった。子供の名を必死に叫ぶ者、そして自分達に罵声を浴びせる者…しかしいずれも何も出来ずに悔しそうに歯噛みする他無かった。
 
「……なるほど、これでは手の出しようが無いか…。」
 ホレスは近くの建物の屋根の上から魔物とそれに群がる群衆を見た。子供達を人質にとられている以上、最弱たりえる魔物も十分に脅威となりえる。
「…ふむ、そのようですな。」
「……せやなぁ。あの子達がおらんかったらあいつらの脳天叩き割ったるのに。」
「物騒な……。」
 いつの間にか後ろにニージスとカリューの姿があった。
「…ふん、いざとなればオレが助けてやるさ。相手は所詮小物だ。」
「作戦でもあるので?」
「……一般に最悪の手段とでも言われそうな無茶な方法だがな。」
「そ…それは止めた方が無難なのでは…?」
「…だから”いざとなれば”と言っている。」

「なに、心配するな。オレ達がやらずとも…」
「あの子がやってくれると…?」
 それ以上ホレスは何も答えずに下の成り行きを見守っていた。
「…ふむ、或いは…。」
「また懲りずに現れましたか!!この穢らわしい魔物どもめ!!」 
「「「!!」」」
 聞き覚えのある声が下から響いてくるのがはっきりと聞こえてきて、ホレス達は思わず目を見開いた。

『うげ……!!!!』 
『…ま…まじかよ…!!』
 どうやら驚いたのはベビーサタン達も同じ様だ…否、それ以上かもしれない。
「一度天罰を受け、尚もこうして現世に蔓延るとは!!」
『て…天罰って……』
 バギクロスを唱えて一瞬で自分達を遥か彼方まで追放した事が天罰と言えるのだろうか…。
「「「「………!!」」」」
 明らかに危ない雰囲気の目の前に立つ中年の神官にその場の誰もが戦慄した。

「…何をやってるんだ…あの人は…。」
「……オードさん…。」
 後から駆けつけたレフィルとフウも、その声を聞いて驚きを通り越して呆れさえ感じていた。

「……おぉう…これはこれは…。」
「…恐ろしいヤツだ……。」
 ニージスは余裕の無い笑みを浮かべ、ホレスは目を細めて苦々しげな顔をした。
「ほぇえ、大したおっちゃんやなぁ。うんうん…。」
 一方のカリューは素直に神官オードの豪胆さに感心している様子だった。
「…ふむ、心意気だけはあの方に匹敵しますな。しかもそれなりに呪文の心得があるとなると…」
「「………。」」

「さあ、今度こそ罪を悔い改めなさい!!」
 オードは手を天にかざすと、呪文の詠唱を始めた。
『…オッサン…忘れてねえか?オイラ達には人質がいるって事を。』
『そ…そうだそうだ!!』
 しかし、ベビーサタンには人質という保険があった。それが辛うじて彼らの優勢と心を支えていた。
「ななななんと!!お前達はその子達をどうしようというのですか!!?」
 オードは目を見開いて子供達を指差してそう叫んだ。
『どうって…そりゃあ……』
『喰っちま…』
「さては邪教に改宗させてよからぬ事を企んで…」
『お…おい…待…』
 ベビーサタン達の返答を聞こうとさえせず、オードは一方的にまくし立てていた。
「そもそも…」
『『ひ…人の話を聞けーっ!!!』』
 言葉を止めないオードに痺れを切らしたベビーサタン達は不覚にも揃って突っ込みを入れた。
「そしていずれは…むむむむむ!!!ますます許せませんな!!!」
『『……!!!???』』

「やはり狂信者か……。」
―邪教…そんなものは宗教の概念には無いと思っていたのだがな…
 宗教とは流派によるとは言えその多くは全ての者に分け隔て無く与えられる救いであるとされる、ホレスはグレイからの教えを受けてそうした考えをもって育ってきたために理不尽ながら全てを飲み込むまでの妙な説得力のあるオードの言葉に違和感を感じていた。
「ふむ…ですが、結果としてはいい感じですな…。」
「…結果としては…な。」
―まさかこの様な形になるとは思わなかったがな…。
 ベビーサタン達はオードの言葉にペースをかき乱され、冷静さを失いつつある…。
―それとも…あんた、狙ってやっているのか…??
 妙に真っ直ぐ過ぎて逆に違和感があると思ったのは気のせいだろうか…と内心でホレスは感じていた。

「ああ…悲しい!!ああ…嘆かわしい…!!…何故魔物とはこうした過ちを正す事が無いのでしょうか!!おお…神よ!!」
『…お…おい……』 
『……な…何だよ…』
 ベビーサタン達は尚もオードの長い説法の如くつづられる言葉に翻弄されていた。
『どうしてオイラ達…コイツに…』
『…お…オイラに聞くなぁ!!』
『ってんな事してる場合じゃないだろ!!』
『そうだ!おい、コイツらの命が惜しかったらみんな大人しく…』
 ここでようやくそれを払拭し…気を取り直して集っているムオルの町の者達に告げようとした…
「…していると思った?」
『『!!』』 
 …が、突然後ろから声がして思わず二匹は振り返ってしまった。
「罰を受けなさい!!!」
 その隙を逃さずオードは一匹に対して呪文を唱えた。
『…ぎゃ…!?しまっ…』
「バシルゥーーラッ!!」
どぎゅるおおおおおおおおおっ!!!
『あぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇっ!!』
 凄まじい回転をしつつ、ベビーサタンは一瞬でその場からはじき出された。
ズゴォッ
 そして遠くの方で激突音が皆の耳に届き辺りにざわめきが生じた。
『あ…相棒ぉおおおおおおっ!!?』 
 二度に渡り神官からの罰を受けて、遠くの山に激突した仲間の姿を見て…
『ち…ちくしょおおおおおっ!!』
 もう一匹のベビーサタンは激昂して子供の一人に襲い掛かった。
「…っ!!いかんっ!!」
「…く!」
 誰もが間に合わない…そう思っていた矢先に…
「アストロン」
 現れた闖入者の口から言葉が紡がれた。それと同時に子供の体を薄い膜の様な物が覆い、フォークの穂先がそれにぶつかって共に砕け散った。
『…うげっ!!?』
「「「「「…今だ!!」」」」」
 呆気にとられてベビーサタンが自分の武器を見下ろしている隙に、ムオルの住民達は一斉に動いた。ある者は子供達を救い出し、また、ある者はベビーサタンに向けて呪文や武器で攻撃を仕掛け始めた。
『ぎゃあああっ!?ま…待った!!』
「残念だったね。」 
 ポポタは得意げに言い放ちながら手のひらを魔物へとかざした。
「ライデイン!!」
ズドオオオオッ!!!
『ぎょっ!!?』
 落雷はベビーサタンの目の前に落ちた。同時にそれが巻き起こした破壊により、地面が抉れた。
―う…やべえ…こいつ…ガキのくせに…つええ…!!
『くっそーっ!!…こうなったら…!!』
ピュイイイイイイイッ!!!
 人間に囲まれて切羽詰ったベビーサタンは口笛を吹いた。
ギェエエエエエエエッ!!!
「「「…!?」」」
 空からけたたましい鳴き声を上げて巨大な鳥が舞い降りてきた。

「あれは…ガルーダか!」
 誰かがそう叫んだ頃には巨鳥ガルーダは地面へと急降下してベビーサタンを掻っ攫った。
「馬鹿だなぁ。雷は上から降ってくるん…」
ゴアアアアアアッ!!!
「えっ!?」
 ライデインを放とうと手をベビーサタンへとかざした瞬間、魔物の唸り声がすると同時に地面から巨大な魔物が現れた。
『待たせたな、兄弟!』
『…ミニデーモンの兄貴ぃ…!』
 巨大な人型の魔物…その後ろからベビーサタンと同種族と思われる緑色の魔物が姿を現した。
『全く、調子にのってるからだ。俺がこなければ今頃そこの小僧の電撃であの世行きだっただろうが。まぁいい、とっとと逃げな。』
 ミニデーモンはガルーダにこの場から離れるように指示を出すと、一緒に居た巨大な魔物に目を向けた。
『んじゃ、とっとと終わらせようぜ、トロルの先生。先に言っとくが、別にんな町潰す必要なんざねぇ。』
『ワカッタ、マカセロ…!』
 地面から現れたもう一体の巨大な魔物はレフィルがレイアムランドで倒したラーミアの祠を守っていた守人と同じ種族と思しき浅黒の肌を持つ巨人だった。
「…なんだよ、お前らなんかこのボクがやっつけてやるんだから!」
『威勢だけはいいようだな、ボウズ。先生、こいつの相手をしてやってくれよ。』
 そう言い放つとミニデーモンはベビーサタンの物よりも一際大きな銀色に輝くフォークを手に反対側へと逃げていった。
「逃がすか!!ライデイン!!」
 それを見逃すはずも無く、ポポタはミニデーモンへと掌をかざして呪文を唱えた。
ズドオオオオオオッ!!!!
「ざまあみろ。これで黒こげ…」
『おっと、俺を気にしている余裕があるのかい?』
「!?」
ドスンッ!!
「うわあっ!!」
 倒したはずの相手の声に呆気に取られている間にトロルからの重い一撃が飛び、ポポタは後ろへとのけぞってバランスを崩した。
「く…ライデイン!!」
 第二撃を繰り出そうとするトロルへ向かって、ポポタは再び雷の呪文を唱えた。
ズドオオオオオッ!!!
『…ガァアアアアアアッ!!』
 肉が焦げる匂いと共に、トロルのつんざくような悲鳴がムオルの町に木霊した。
ズウウウウンッ…!
「な…なんで生きてるんだよ…お前…」
 トロルが倒れたのを確認すると、傷だらけながら息のある緑色の魔物に向かって尋ねた。
『…ハッ…単純な話だ。…耐えたからに決まってんだろ?』
 魔物は武器を杖によろよろと立ち上がると、呪文を唱えた。 
『ベホイミ』
 暖かな光が魔物を包み、無残なまでに抉れた傷跡もみるみる内に回復していった。
『やべぇな…流石に破壊の呪文だぜ…。完全に治らないねえ…。先生!』
『グォオオオオオオオッ!!!』
「!!?」
 ミニデーモンがトロルに言葉をかけると、彼もまたゆっくりと立ち上がってきた。
『…グゥ…オマエノイウトオリダナ…』
「そ…そんな…!!」
―ライデイン喰らって死んでないの!?
 最強の呪文と絶対の自信を持てる攻撃…それを受けても無事でないにしてもまだ立ち上がる魔物を見て、ポポタは目を見開いた。
「だったら二発打ち込んで…!!」
『そう来ると思ったぜ。…させねぇよ。…マホトーン。』
「!!」
 続けてライデインを唱えようとしたが、ミニデーモンが唱えた呪文封じによりそれは掻き消された。
『じゃあ先生、後は頼んだぜ。』
『…ドコヘイク…?』
『いやぁ、さっきの電撃喰らって実のところクタクタなんだよ。』
『…ソウカ。アトハマカセテオケ。』
『頼んだぜ。ルーラ!!』
 ミニデーモンはルーラの呪文を唱えてその場から離脱した。
 
「逃げられた…!いや、今はそれよりポポタを…!!」
 町の者達はすぐにポポタへと駆け寄ろうとした。
『邪魔ダ!』
ズウウウウウウンッ!!!
「「「っ!?」」」
 トロルが手にした棍棒で地面を叩き付けると、地面に亀裂が入って向かってくる者達の足場を一気に崩した。
「みんな!!…このぉっ!!」
 ポポタは崩れた地面に巻き込まれた大人達を見て、トロルに激昂し飛び掛った。
ぼよんっ!
「っ!?」
『甘イナ!!』
 トロルは剣を振り下ろした体勢で自分に張り付いたポポタを埃を払う様に弾き飛ばした。彼はそのまま近くの建物の壁に激突し、その場に倒れた。
「ああ…が…はっ……!」
 起き上がる気力も無く、ポポタは迫り来る巨大な敵の足音を地面から直に感じた…。
『モロイモノダナ。』
 既に戦えないポポタを見て、トロルは事も無げにそう呟きつつ手にした棍棒を振り上げた。
『オワリダ…!』
 そして最後に力任せにそれをポポタの脳天へと叩きつけた…!!
 
―ピオリム
『!』

ギィンッ!!!!!
『!!?』
 棍棒は間に割って入った何か硬い物質に阻まれてはじき返された。それはトロルが繰り出した一撃を上回る強さと重さを持ち、びくともしていなかった。
「…あ……お…お姉ちゃん……。」
 その後姿から、ポポタは自分を守った人物の正体を知った…。