英雄を継ぐ者 第二話
「…ふむ、あの子もライデインを使えるようで。」
「……ライデイン自体あんまし見てへんけど、やっぱり凄いんか?」
 ライデイン…稲妻を操り敵を討つ高威力の呪文と言う事で冒険者の間である程度有名な呪文であるが、カリューにとってはそれ以上の意味は無かった。
「…はっは、君は戦士では?君がその事を知ったとてどうなるというので?」
「……イチイチからかうなや、モヤシ。お前のその根性叩きなおしたろか?」
「いやいや、ご遠慮願いますな。」
 カリューに噛み付かれて肩を竦めながらニージスは苦笑いした。
「…まぁいいでしょう。ライデイン…それは我々の様な魔法に携わる者達の間で”神の雷”とも呼ばれる程の特別な呪文と位置づけられています。」
「……へぇ。ただカミナリ落としてるだけちゃうんか?」
 カリューはムオルに向かう途中で魔物を一瞬で消滅させた雷の一閃を思い出した。威力は目を見張るものがあったが、雷を呼ぶ術ならば他にも幾らでもあると思っていた。
「いいや、実際ただそれだけの話です。まさに君が仰るとおり。」
「だぁあっ!!?…ってそんなら何故に…?」
「この呪文…レフィルはともかく、あのホレスを一撃で倒す程強いわけですから少なくとも威力は上級呪文に匹敵するだけのものはあるでしょう。」
「…とんでも無い例えやな…そこでアイツを出すか…?」
「はっは。実際に受けてあそこまで元気だったのは彼だけですからな。」
「……むぅ、やっぱりアイツ…バケモンか?」
 雷に撃たれて無事でないにしろ生き延びた人間はそうそう居るものではない。
「まぁ何にしろ……結局のトコ、たったそんだけか。」
 暫く言葉が途切れ、話が終わったものと受け取りカリューがそう呟いた…
「いや、言ったでしょう。”少なくとも”…って。」
 とそこでニージスがまだ何かを言いたそうに切り返してきた。
「ん?まだあるんか。…で、何や?」
「この呪文が注目されている所は雷が落ちると言う事象そのものよりも、寧ろ使い手の条件…それが注目されております。」
「使い手の…条件やて?」
 
「ライデインを使える人間はダーマの神殿に滞在する者達の中でも何人かいる様ですが、その多くが今回のポポタの様な凄まじい破壊力を生み出すものには至っておらんのですな。」

「…んん?難しい呪文言うてるのはわかるんやけど…」
「レフィルが放っている衝撃波の様な物…或いは雷鳴だけで終わってしまうと言う全く役に立たない呪文で終わってしまうこともありますな。当然その原因は未だに分からないままなのですな。」
「…ありゃ……そりゃあ聞いた事無い話やな…」
 呪文が不発する話自体がそもそも考えられない話である。無論の事…マホトーンで呪文を封じられていたり、魔境の中で呪文が使えないといった現象は確認されてはいるが…ライデインの使い手達の力にばらつきが生じている原因は…そのどちらにも…或いは魔力切れ等の他の要素でも無いとニージスは語った。
「そしてライデインの使い手になっているのは魔法使いや僧侶と呼ばれるような呪文に深く通じる者が余りに少ないのですな。」
「…何やて?」
「どうやらあの呪文の習得には才能のような物は殆ど関係が無いようで、中には君の様に魔法の”魔”の字も知らない人もいるようですよ。」
「………いちいち気に障る言い方するなや。シメるぞ…モヤシ。」
「おぉう…それだけは勘弁ですな。」
 指をバキバキと鳴らしているカリューへわざとらしく大袈裟に驚いた様子を見せた後、ニージスは話を続けた。
「何よりこの呪文の性能が必ずしも才能に因らないと言った所が我々の中での論点となっておりましてな。実例自体が少なくそもそも一概に言えないにも関らず、十分に呪文の研究者達を惹きつける要素となっているのです。」
「…へぇ、おもろいのぉ。…せやな、なんならわてにも教えてみるか?」
「ふむ…あまりオススメはしませんが。何より君が呪文を使っている様は想像が付かない。」
「……モヤシィッ!!」
ドゴォッ!!
「おおぅっ!!?話は最後まで聞いて…」
「やかましぃっ!!」
ごろぴしゃーんっ!!!
ずごっ!!
 ニージスの悲鳴さえかき消すまでの轟音がムオルの町の広場に響き渡った…。

「…やれやれ、相変わらずせっかちな子ですな君も。」
 ゆっくりと立ち上がりボロボロになった体に自らホイミを唱えて傷を癒した。
「……言い方が悪いんや。さてはお前…狙ってるやろ…?」
「はっは。君が勝手に勘違いしているだけでは?…それはさておき、もう一つ言い忘れていた事が…」
「…?」
 もったいぶった様子で語り続ける中、また一つの話題を持ち出してきたニージスに、カリューは興味深そうに顔を近づけてきた。
「…ふむ、丁度君みたいな大雑把な…」
ぴしゃごろーんっ!!
「…もとい乱暴な…」
ずごぉっ!!
「…ふむ、では…ド…」
「もぉええわっ!!!んな下らんちょっかい出す暇あるならとっとと続き教えれ!!」
 雷の杖とウォーハンマーの攻撃を今度はさらりとかわしたニージスに対してカリューは顔を赤くしながら怒鳴った。
―ふむ…嫌がっているにも関らず話には食いついてきましたか。
「いいでしょう。…とは言っても単純に…」
 そして…ニージスは少し間をおいて…ただこう告げた。

「制御に失敗して自ら雷に撃たれてお亡くなりになった方もいると言うわけで。」

「!!」
 カリューはその言葉に自分の想像を打ち砕かれ、現実に立ち返った。
「…例え強い力を有していても、それによって自らを滅ぼしては意味が無い。そうは思いませんか?」 
「……。」
 面白半分で呪文を使ってみたい…と思っていたが、実際にはそう甘くは無い…或いはは普通の呪文でも危険性が十分有りうるかもしれない…。急にカリューは目が覚めたような気分になった。
「…せやな。そういう事やったか…。」
 のらりくらりとしている中で、何だかんだで自分に対しての気遣いがあった事にカリューは少し嬉しい気分になった…
「…って、まさか……」
 …が、同時に言葉に何か引っ掛かるものを感じてニージスを凝視した。
「はっは…」
 乾いた笑いを浮かべるニージスが向き合っていたのは……ほんの一瞬であったか…それとも…

「…一体何をしていたんだあんたらは…。」
 後からやってきた黒装束に身を包んだ銀髪の青年に訝しげな視線を向けられたのは言うまでも無かった。
「ホレス兄の仲間の人達って…何か凄くない…?」
「……。」
 辺りの随所に出来た焦げ目や陥没を見て素直に…というよりも当然の如く驚いた様子で紡がれたポポタの言葉にホレスは無表情のまま何も言わなかった。
「また雷の杖を振り回してたな…。玩具じゃないんだ。」
「お…玩具やて!?言う事に欠いてか!?」
 さらりと気に障るような言葉を吐いたホレスに、カリューは怒鳴りつけたが…
「…どう捉えようがあんたの勝手と思っているかもしれないが、ここは街中だぞ…。」
「う゛っ…!!?」
 周りで騒いでいるムオルの住民達を見て慌てる彼女に嘆息しながら、ホレスは彼女が握っていた雷の杖を没収した。
「……そもそもあんた、せっかくの魔法のアイテムを無駄に壊す様な行動をやめろ。」
「…えぇ〜!?わてがどんなに振り回しても壊れんやないか!」
 カリューはホレスの厳しい口調での注意に抗議の声を上げた…が、ホレスの仏頂面が崩れる事は無かった。
「理論上でそうだとしても、乱暴に扱っている内に劣化する可能性は十分ある。」
「なっ!?せやったらお前だって…」
「戦いで壊れるならともかく、遊びで壊すつもりはない。」
 その抗議をあっさりと切り返し…そして氷のように冷たい表情の顔をカリューに向けた。
「……お…お前…実はメッチャ怒っとる…?」
 気迫に圧倒され…カリューは恐る恐るといった口調でそう小さく尋ねるのがせいぜいだった。
「…別に。」
 しかし、単純にそう返しただけで、ホレスは雷の杖を手にしてそのままその場を立ち去って行った。
「……いやぁ、ついに怒られてしまいましたな。」
 見た目は半ばおどけた様子で、ニージスはカリューへと歩み寄った。
「…やれやれ、それもこれもオマエのせいやろ…」
「おおぅっ!?何故にっ!?」
 しかし、彼女から返ってきた物騒な言葉にすぐに後じさった。…がその顔は笑っていた。
「………ああそうか、こういうのって自分じゃ自覚できへんモンやっけ…?」
「いやいやいや、少し落ち着いた方がよろしいのでは…?」
「だぁまらっしゃいっ!!!」
どすぅううううんっ!!!
 大槌が地面に振り下ろされて、鈍い音と共に辺りを揺るがした。
ぼんっ!
「ちぃっ、外したか。あのモヤシめ…マヌーサなんか使いおってからに…」
 間の抜けた音を立てて消えた優男に舌打ちしながらカリューは地面にめり込んだウォーハンマーを引き抜いた。

「…そういえば、ホレス兄ってポカパマズさんことオルテガさまの娘のお姉ちゃんと一緒に旅してるんだよね?」
「どうやらそのようだな。」
「そのようだな…って、何とも思わないところは変わらないね。」
 ホレスの我関せずといった客観的な物の見方をよく知っていたポポタには特に抵抗無く話をすすめられた。
「でも、何となく分かるな。…だってさ、勇者オルテガさまの娘さんだからってお姉ちゃんも勇者って誰が決めたのか全然わからないじゃん。変な話だよね。」
 血は争えないとでも言うべきだろうか。歴史にその名を連ねる英雄達の中で同じ血族の者は少なくない。…がオルテガとレフィルの場合…何かが違う…。
「……だが、期待はかなり寄せられているようだ。もっとも、旅の最中ですれ違う連中の多くはあの子を勇者とは誰も思っていないらしいがな。」
「え?そうなの?」
 レフィルの穏やかで内気な性格からかなり印象が薄くは感じていたが、それでもポポタはホレスの話を意外に思ったらしい。
「あの子自身も勇者であるという事に自信を持てていないのもあるがな。…まぁオレとしてはそのままで…」
「面倒な事が減るからでしょ?」
「…そう言いたいが、どうやらオレは自分から面倒事に首を突っ込む性分らしいからな…どうだか。」
「あ、そっか。その辺は変わったのかも。」
 冒険者…トレジャーハンターとしての姿勢がそうさせるのもあるが、何よりレフィルと共に旅するようになってからは何かと仲間の面倒を見る事が多くなり、そうした一面も出ているようだ。
「……でもさあ、たった一人で魔物だらけの洞くつの奥まで行ったんでしょ?最後はお姉ちゃんに助けられてたみたいだけど、…呪文も何も無いホレス兄が…よくそこまで行けたね。」
「…余計な邪魔さえ入らなければ…」
「ホレス兄?」
「…ああ、別に大した事の無い些細な事だがな。」
 師であるグレイから聞いた狡猾で残忍と悪名高い暗殺者…その様な輩と戦って帰ってきた事実などよく考えれば運の要素が大きい単なる偶然の産物であるが…全く気にならないわけではなかった。
 
「…しかし、その兜…意匠が普通の物と違うみたいだな。……お前が持っている他の防具とは違ってな。」
 ポポタが身に付けていたのは背負った大剣と簡素なつくりの鉄の胸当て、四肢につけられた鉄のプロテクター、背負っている巨大爬虫類の鱗製の盾、そして…ホレスが注目した大きめの兜だった。
「あ、気付いた?そうそう、これってオルテガさまがボクに残していってくれた物なんだ。丁度ボクの頭にぴったりだったから今も付けているわけ。」
「…よくそんな大きい兜なんか被っていられるな。」
「だってボク頭大きいから。オルテガさまも随分体大きかったけど、兜だけでも入ってよかった。」
 小柄なポポタの中で唯一人一倍大きい頭にずっしりと乗っている重厚な装甲を持つ角兜…おそらくはその構造からすると並みの兜を上回る防御力を持つ…無論ポポタもそれを頼りにしていた…
「…やめておけ。今のお前じゃ兜に振り回されるだけだ。」
「!…何で!?」
 …が、予想もしない言葉が返ってきてポポタはその意図がわからず怒鳴った。
「お前の剣にしてもそうだ。やたら大きすぎて扱いきれていない。」 
「……そう言われてもなあ…、ホレス兄だって…」
「そうだな……何なら稽古でもつけてやろうか。」
「…えっ?」
 ホレスの突然の申し出に、ポポタは目を丸くした。
「実戦で命取りになる前にその身で果たしてオレが言ったとおりになるかどうか…確かめるがいいさ。」
「……望むところだよ。返り討ちにしてあげるよ。」
 ホレスが言った事に納得できていないらしく、ポポタは僅かに嫌悪感を表わした口調でそう返した。
―なんだよホレス兄…久しぶりに帰ってきたと思ったら…よぉし!目にもの見せてやるぞ!
―…ポポタ、お前は何も分かっていない。今のお前は……
「オレはもう持つものは持っているからすぐにでも始めても良いが、どうする?」
「そうだね…じゃあ武器屋さんの近くの外で待ってて。すぐに行くから。」
 先程の言葉に少し気が触れたのか、やはり苛立たしげに町中へ消えていくポポタを一瞥し、ホレスは町を後にした。