英雄を継ぐ者 第四話
「…おおホレスか。戻ってたのか。」
「…ああ。あんたも変わりないみたいだな、グレイ。」
 ホレスは皆と別れたあと、彼もまた単身でムオルの街を歩み、その中の一つの家を訪れていた。
「……ふむ、今度はジパングの隠密の服か。お前の気質に合わないかと思っていたが…」
 そこの主たる伸ばし放題でボサボサの白髪の男がホレスの服装を興味深そうに見た。今もホレスが身に纏っている黒装束にランシールの地球のへそで付いた血の匂いが僅かに残っているのを感じて彼…グレイは僅かに眉を潜めた。
「…どういう意味だ?」
「お前は昔から普段は部屋に篭って読書など嗜んでいるわりに、外に出れば己を省みない大胆な行動に走る事が多いからな。…これもお前の父親の影響か。」
「…そうかもな。…何の因果か仲間からは”命知らず”と呼ばれているよ。」
「…くく…はっはっは、やはりな。聞いた話ではお前らしき銀髪の男がロマリアで暴れたとかいう話じゃないか。」
「…ああ、あの時の事か。」
 グレイの口から出た噂話にホレスはロマリア国での金の冠の騒動…たまたまそれに巻き込まれて騎士団と小競り合いを起こした時の事を思い出した。
「一国の王にさえも逆える気骨…お前を動かしているのは一体何だ?」
 思えば本当に王に対しても倣岸な態度を取り続けてきた。王に対して敬意を払うのは常識ではある…がそうしなかったのは自分でもわかっていた。
「……別に。王とて人の一人でしかないのだろう。例えそれが偉大な功績を立てた者でも悪戯にひれ伏す必要などない。」
「ふむ…お前らしいな。かなりの極論に入るのは間違い無いが。」
「…オレが異端の存在である事位は理解している。」
「だったら何処が異端なんだ?」
「少なからず今のように極論に走る事。人としての常識を覆す様な行動に、………。」

―このままでもいいのに。
―よくないっ!!イシスの時も……!!
―だってこの方が動きやすいもの。
―〜〜〜〜!!いいから服着ろ!!
―…むー…。
―……ったく、大体そんなんじゃ寒いだろうに…
―ドラゴラムがあるから平気。
―…っ!?何でそうなる!?

 言葉を止めたホレスの脳裏に浮かんだのは…あまり思い出したくない軽いトラウマだった。
「…?どうした?」
 突然黙りこんだホレスの様子を僅かに不思議に思い、グレイは少し眉を潜めながら呼びかけた。 
「いや…何でもない…。」
「…ほぉ、その様子だとお前にも常識と言うものの大切さが少しはわかったようだな。」
「……ああ。流石にオレもあんな光景を見ればな…」
 人からすれば化け物に変身するドラゴラムの呪文を唱える事も、それによって無惨に破れた己の服の事も全く気にかけない僅かの間でも共にあった少女と…その彼女が齎した騒動を思い出し、ホレスはすっきりしない表情をした。
「はっはっは、少しは面白い事があったようじゃないか。」
「…冗談じゃない。あんな事は二度とごめんだ…。」
 ホレスは溜息を付きながら近くの椅子を引き寄せてそこに踏ん反り返った。
―カンダタ…あんたもそうした所で苦労してきたのか…?
 無表情で大人しそうに見えて、実際はある意味でそこらのじゃじゃ馬娘よりも扱いが難しい魔法使いの少女の面倒を見てきた大盗賊の苦労が思い浮かぶようだった。

「話を戻すと…オレを動かしているのはやはり自分への忠実さではないのか?動機というものはそういう物だろう?」
「間違ってはいないな。だが、誰とて実際はそういう物だ。…俺はそのお前自身が忠実である物が知りたいのだが。」
 ホレスが述べた言葉も、賢者であるグレイには一般論に過ぎない様だ。ホレスは暫し考え込んだ後…言葉を続けた。
「…………どうやらオレも親父と同じで欲深いみたいでな。目的の為には手段を選ばない所は相変わらずでな。」
「…そうか?お前はいつもそう言っているが、やはりお前達親子は何者にも勝る誠実な心を持っているとは思うが…」
「…皆がそう思う答えは未だに見つかっていない。…だが、オレがあんたに師事したのはあんたがダーマの賢者であったからに他ならない。」
「……それはごく自然ではないのか?俺は今までにも数人弟子をとってきたが、彼らの動機とてそこの所が大きいだろう。…お前ほど顕著では無いにしろな。」
「………だが、オレはそれ以外に大した理由は持たない。強いて挙げればオレの親父が学者であったからその名に恥じない学者になりたいという程度の事だろうな。今はそんな些細な過去に囚われるつもりも無いが。」
「……あの時と同じ事を言ってくれるな。」

―ほぉ、あいつの息子か。どうした?こんな所まで。
―……。
―…ああ、そうか。お前…

「お前の旅の目的は絶対的な力…それも神に近しいものを見い出す事だったな。」
「…ああ。」
 ホレスの師であるグレイには既に旅の目的は話してあった。
「力を求めて何を望む?…過ぎたる力は身を滅ぼす事などお前には百も承知だろうに。」
「…爆弾石の暴発の話か。…それも正しく扱える為の一つの教訓だ。」
「……それもあるが…もしもお前が求める物に至った時…道を誤れば今度は大怪我程度ではすまないぞ。」
 半ば脅すような口調でグレイはホレスにそう告げた。
「………そんな下らない事で引き下がればそれに辿り着く事すらない。それに、オレはその一つの手掛かりに行き着いたんだ。」
 だが、ホレスは動じる事無くそう返しながら、蒼い珠…オーブを取り出してグレイに見せた。
「…なるほどな。…お前という奴は…。」
 グレイはホレスの手からオーブをそっと受け取り手に取った。
「……これはブルーオーブだな。伝説の不死鳥ラーミアの欠片の一つ。」
「それはニージスから聞いた。」
「…ニージス…ああ、あの若造か。…お前…こんな代物を手に入れていたのか…。」
 彼は暫くオーブを眺めていた。…やがて…
「……拭き取られているが僅かにお前の血が付いているな。…まぁ普通の怪我ならいつ起こってもおかしくは無いが…。」
「ああ、それか…。キリカと名乗る黒装束の女に傷つけられた時の…」
「…キリカか。……悪辣非道な殺人者という云われを持つ女か…。」
 
キリカ 死神の申し子

出身不明の銀髪で褐色の肌の暗殺者。
妖艶な外見と艶やかな美声と異なり冷徹無血な内面を持つ。
依頼者さえも手にかける事もある為、機嫌を損ねないのが賢明
(追記 これを記した男は一ヵ月後に彼女の手にかかって死んだ)

「…賞金首になる程の腕利きの暗殺者だったのか。」
「……ふ、よく生きていたな。お前。」
 グレイはそう言いながらホレスの胸元辺りを触れた。
「お前の多少人とは変わった体をしていたのが幸いだったな。」
 心臓を貫かれたはずが、実際には致命傷になる部位から僅かに逸れていた為に今ここにいる…。
「……そうなっていて地球のへその奥深くから脱出できたのはレフィルのおかげとはいえ奇跡だったな。」
「………地球のへそだと!?」
 地球のへそという単語が出た途端、グレイは思わずそう怒鳴りつつガタンと言う音と共に席を立った。
「…お…お前……バカか!?地球のへそといえば最難関の迷宮とも言える魔境なんだぞ!!?どうしてそんな所に足を踏み入れた!?」
「……別に、手掛かりがあったからそこに潜っただけの話だ。」
 凄まじい形相の顔を目の前まで持ってきて捲くし立てるグレイに驚いた様子も無く、ホレスはランシールの神殿にあった石碑のメモ書きを見せた。
「………たったこんだけの手掛かりでか…。そりゃ…”命知らず”とも呼ばれるな…。それに…これはレイアムランドにあると言われる伝説中の祠での手掛かりじゃないのか…?あんな極寒の地にまで寄ったのかお前らは…。」
「…あんたが言うほどの危険はなかったけれどな。」
 
「……は…ははは…さすがに”勇者のお供”だな。」
「………。」
 グレイが強調して呟いた言葉にホレスの内に僅かに面白くない気持ちが立った。
「……お前は学者の鑑かもしれないな…。」
「…どういう意味だ?」
 次いで紡がれた意味深な言葉にホレスはすぐさま尋ね返した。
「……探求の心…お前にはそれが突出している。数少ない根拠に基づく僅かな可能性であってもお前はすぐにそれに飛びつく。危険を顧みずにな。」
「……ああ。それが?」
 言いたい事が読めず、ホレスは首をかしげた。
「逆に言うとお前は”極度の単細胞”でもある。」
「……なに?」
 それは彼が全く予想していなかった言葉だった。
「道があれば迷わず進む。罠があってもお構いなし。避ける事ができる茨の道でさえもお前は突き進む。」
 地球のへそでは興味が赴くままに随所を探索していた。…中には危険な道をも通り、幾つかの品を手にした。
「……だが、いらぬ面倒までもお前は背負っている。…まぁお前にとってはそれが望みの一環であるのかもしれないが。」
「………別にオレとて明らかに可能性が無い道は避けているつもりだが。」
「そう言っている内はまだまだだな。…まぁ熱くなって周りが見えなくならない様に気をつけるんだな。」
「………。」
「お前は何より知りたがり屋だ。…だが、世の中には知らない方が良いことも山とある。”命知らず”と呼ばれていようともお前自身は命までも捨てるつもりは無いのだろう?…ならば学者としてでは無く、智者としてその辺りを弁えると良い。」
「……ああ。そうだな…。」
―あんたの言うとおりなのは分かっている…がそれだけにな…。中途半端に自覚している事を実行に移すのは難しい。…肝に命じておくよ。
 グレイの忠告が師としての物なのか、それとも育ての親としての物なのかは知る由も無かったが、ホレスは素直に彼の言葉を受け止めた。
「魔王に挑む勇者の伴侶でもあるだろうが…無茶な真似はするな。必ず生きて帰って来い。」
「…オレが求めているのは魔王をも屠る伝説の代物だ。それを得るまでは死に切れないさ。」
「ふ、お前らしいな。魔王といえども一つの存在でしかないのは確かだ。必ず手立てはある。」
 師の最後の言葉に頷くと、ホレスは一言別れを告げて部屋を出て行った。