英雄を継ぐ者 第三話
「三年振り…になるかな?」
「……その様だな。」
 一行は少年に案内されて雪がちらほら見られる平原を歩いていた。進んでいくうちに段々と雪が高く積もる様になり、レフィル達の靴がすっぽり入ってしまう程であった。
「………。」
「?…どないしたん?レフィルちゃん?」
 レフィルは何を言われても言葉を返す事無く目の前の少年を呆然と見つめていた。
―…あれって…たしか……
 少年は戦士のような立派な兜を被り、体にもコートの下に簡単な防具を身につけて…右手にはその小柄な体には分不相応な長剣が握られていた。
―……どうして…父さんの…
「ふむ…駆け出しの戦士の様ですな。」
「さっきの呪文もあの子が放ったんか?…へぇ、将来有望やなぁ。」
 身だしなみから見るとまだまだ経験は浅いようだが、カリューとニージスは少年…ポポタに才能を感じて素直に感心していた。
「それで、どうして戻ってきたの?もう旅は終わり?」
 ポポタは彼よりも幾分か背の高いホレスを見上げながら尋ねた。
「……まさか。そんな大層な品が簡単に手に入るはずがないだろう。」
「…へぇ…大変なんだね。」
「そう苦でもないさ。…道は確実に開けている。」
 ホレスは離れた所で様子を見ているレフィル達の方を指差しながらそう返した。
「…ああ、仲間の人見つかったんだ。よかったね…って、あれ?」
 ホレスの仲間らしい者達を一目見たポポタは、彼らにどこか思い当たるものがあったらしく、首を傾げた。 
「……?どうした?」
「もしかして…オルテガさま…??」
「…!」
「……何?」
 後ろを歩くレフィルは絶句し、ホレスは僅かに眉をひそめた。
「……どうして…父さんを?」
「え…お姉ちゃんの?…じゃあ、お姉ちゃんがオルテガさまの娘って事?」
「それは間違いない。…だが、根拠がわからないな…。何故オルテガの名がここで出る?」
「…ああ、そっか。あの時ホレス兄はいなかったんだね。」
「あの時オレはその場に居なかった……お前が機嫌が良かったのはその時の事だったのか。」
「やっと思い出した?凄い病気で寝込んでたから無理もないけどさ。」
「…もう八年も昔の事だった様だな。…まさかオルテガに会っていたとは。」
「うん。オルテガさまがムオルの入り口で倒れてたからさ、慌てて大人の人を呼んで村の中まで運んだんだ。でも、すぐに良くなって短い間だったけれどボク達と遊んでくれたんだ。」
 レフィルはポポタとホレスの話に耳を傾け…その内容に聞き入っていた。
「…そうだったの。……父さんが…ここで…」
―そんな経緯で父さんがここに…
 レフィルは防寒具の毛皮のフードの下でこの先にあるであろうムオルの町の方を見ながら深く考え込んだ。
―…父さんみたいな勇者でも……やっぱり、人間なんだね…
 魔物を絶対的な力を持って捻じ伏せる英雄…それが勇者オルテガに持たれる無敵のイメージであり、レフィルも多少はそれに影響はされていた。
―……そう…そうなんだけど……でも…
 故に、父が…オルテガが戦えなくなった場面があった事が意外であった。
「お姉ちゃんも勇者なの?」
「…え?」
 不意にそう尋ねられてレフィルはポポタへと向き直った。
「オルテガさまと同じ、勇者なの?」
「……!」
 レフィルはその言葉を聞くと、口を小さく開いたまま呆然と立ち尽くした。
「…?」
 ポポタは、レフィルが突然動きを止めたのに対してその経緯が分からずきょとんとした様子で彼女を見返した。
―父さんと…同じ……?
 レフィルの沈黙によって、辺りに微かに不快な空気が流れた。
「そうだな…アリアハンの王命を受けて世界の希望たる存在になれと言われていたのは確かだったな。だが、必ずしもオルテガと同じ意味での”勇者”とは限らないな。」
「……どういう事?」
「…ここで話し込むのもな…とりあえずムオルに付いてからにするか。…オルテガの話も含めてな。」
 この状況に訳がわからないと言いたげな様子のポポタにホレスはそう告げて先へと足を進めた。
「…まぁ彼がそういうのであれば、我々もムオルへ向かうのが良いかと。」
 話をあわせる様にニージスはそう言いつつ、皆を促した。

「……しかし、よく平気だったな…あんた。」
「何言ってんのや。これしきの寒さに勝てへん様ならやってけんやろ?」
「……いや、流石にその格好は風邪ひくだろうが…。」
 気候こそ比較的穏やかであれ、雪原を涼を感じる為が如くの服装で歩くカリューの姿にホレスは嘆息した。
「…レイアムランドでの事を忘れたのか……?」
「流石にあれは応えたわな。そんなんに比べりゃこんなん屁でもないわ!」
 極寒の大地の上では寒さに身を震わせてまともに動けなかったが、今度は事も無げに雪原の上を歩いている…。
「……化け物め。」
 皆が防寒具を纏っている中で只一人普段の出で立ちのカリューにホレスは一言そう呟いた…。
―化け物ね…ははは、お前も人のコト言えへんやろ。
 一方のカリューは、ホレスの足元に目をやりつつ薄い笑みを浮かべた。

 ムオルに着いた一行がポポタから聞いた話は行きがけに簡単に語った事から大体予測できる内容だった。

―おじいちゃん!表に変なカブトを被ったおじさんが倒れているよ!
―こりゃいかん!父さんをよんでおいで!

 オルテガは八年ほど前にこのムオルの町へと辿り付いた。だが、深手を負っていてその入り口で倒れていた。たまたま外へ遊びに行っていたポポタが傷つき倒れた彼を目撃した事で命を取り留めた。

―…く……ここは…?
―気がついたんだね!良かったぁ!!
―そうか…随分と世話になったようだ。礼を言う。
―うん!ポカパマズさん!
―…ポカパマズ?

「ぽ…ポカパマズ……??」
 レフィルはポポタが話している内に出てきた奇妙な名前に呆気に取られた。
「…ポカパマズって…オルテガの事だったんだな…。」
「そうだよ。旅の吟遊詩人だったお兄さんに聞いてみたらオルテガさまだってさ。」
 ポポタがオルテガを知る経緯…それは彼が語ったとおり、旅の詩人がムオルを訪れた時だった。それまではこの辺境の地に人の出入りは多くは無く、あまりオルテガの名は知られていなかったため、ポポタがつけたあだ名、ポカパマズの名で呼んでいた様だ。
―すごく変な名前……でも、どうして父さんはそんな名前を名乗ってたんだろ…
ガチャ
「ただいま〜」
「あ、お母さんだ!お帰り〜!」
 レフィルが奇妙な名前で少し考え込んでいた時、ドアが開いて毛皮の防寒具を身に付けた一人の女性が部屋に入ってきた。
「あら!もしかして…ポカパマズさんがいらっしゃるの?」
「……。」
「ううん。でも、そのお姉ちゃんはポカパマズさんの娘だよ。」
「やっぱり!私はこの子の母親です。よろしくお願いします。」
―…広まってるんだ…。あの名前…。
 ポポタが幼少時に付けたあだ名…ポカパマズは既に村の者達に知れ渡っているらしく、最早普通にそれで通ってしまっているようだ。
「ふむ…これは思ったより面白い事になりそうで。」
「…何?」
「え?」
「なんやて?」
 ニージスがポツリと呟いた言葉に三人は目を丸くした。

「おお!ポカパマズじゃないか!!」
「……っ!?」
 ポポタの話を一通り聞き、一人外へ出たレフィルに向かって一人の男が駆け寄り抱きしめてきた。
「あ…あの……!」
 男の体と完全に触れ合っている状態になっている事にレフィルは激しく動揺した。
「…!あれ?…どう見ても違うな…。ごめんよ。お嬢さん。」
 男は想像していたものとは違う柔らかい感触に罰が悪そうな顔をしながらゆっくりとレフィルから離れた。
「……。」
―……び…びっくりしたぁ……
 レフィルは、突然知らない異性に抱きつかれて動揺を隠せない様子だった。毒づく余裕も無く、彼女は必死に気を静めようとした。
「…ポカパマズって言われたの…これで三度目だな…。」
「そうなのかい?…なんだかしらねぇが、お前さん、ポカパマズに縁があるようだねぇ。」
―皆…わたしの中に父さんを見てるんだ…。そんなに似てるかな…?
 心臓が未だに高鳴り続けるのを感じながら、レフィルはポカパマズ…男が言う所のオルテガと自分が重なる所を疑問に感じていた。
「そうだな、ポポタのヤツにはもう会ったか?あいつ、ポカパマズにすっげぇ懐いてるんよ。」
 
―ポカパマズさんは何する人なの?
―ああ、…そうだな。何だと思う?
―戦う人だよ!絶対!だってその大きな体、ただの旅人さんじゃないもん!
―…ははは、参ったなこれは。
―魔物と戦ってたんでしょ?倒せた?
―ああ。最後に一撃もらってしまったがね。だがこれで、この町にその魔物が向かう事は無い。
―どんな魔物だったの?
―ああ、それはな……
―!!それって大人の人たちが話していたこの町を荒らす悪いヤツだ!
―そのようだったよ。
―すっごい!!ポカパマズさんって凄く強いんだね!

「…そんな事があったんだ。」
 ポポタがオルテガを慕う一つのきっかけ、それは人間を害する魔物を仕留めたという勇者としてのところが大きいようだ。
「いやぁ、強い癖にどっか抜けてる所が良いんだよ。何ていうかあの変てこなカブト忘れちまったって言うからよ。」
「…………え?」
 不意に男の口から出た言葉にレフィルは…
「わ…忘れた…って……ええっ!?」
一瞬何を言われたか解せずに暫し立ち尽くして…少し遅れて素っ頓狂な声をあげた。
「まぁアイツのいた頃は日常茶飯事だったから驚いちゃいないがね。」
「…に…日常…」
 只の帽子ではあるまいし、まして身を守る防具をも忘れている…そんな間抜けな話が本当にあるのだろうか、レフィルは唖然としていた。
「……で、今はポポタのヤツがあのカブト被って勇者気取りってワケだよ。いっちょ前にでっかい剣持っては振り回されて、先が思いやられるぜ。がっはっはっは!」
「……。」
「まぁポカパマズが使っていた呪文はポポタのヤツも使える様にはなってるみたいだけどな。中でもすっげぇ稲妻を落とす呪文なんかもう使いこなしてやがる。」
「…え?」
―…あの時の…ライデイン……。
 不意打ちをしてきた魔物を一瞬で灰燼へと帰したポポタのライデイン、だが恐らくはそれ以外にも使える呪文は沢山あるとも思える。
―……わたしより上手い人って…こんな所にも…
 ポルトガで受けた雷を放った張本人もまたポポタと同じく、レフィルのライデインよりもレベルが上だった。だが、何よりも正式に勇者として認められた自分を上回る呪文の使い手が年下にいる…その事実にレフィルは改めて驚愕し、そして心の奥で沸き立つ不快な感情に揺れる自分にも気付いた。