英雄を継ぐ者 第二話
「…ふむ、ダーマに来るのも久しぶりですな。」
「……。」
 一行はダーマの神殿のニージスの部屋へと集っていた。
「ほぉお、一室まで与えられているとは!流石はダーマの賢者殿!」
「はっは、何の因果か私に与えられた天命と言う奴ですな。」
「なるほど…上手い事を仰りますな!」
 オードやカリューはニージスに招かれ、応接間で寛いでいた。
「…未だに信じられへん。こんなモヤシがホンマに賢者なんか?」
「はっは。私にだって信じられませんな。」
 賢者に良く持たれるイメージとして超人的な強さと言うものがあるが、ニージスには決してその様な物は感じられなかった。無論のこと只の迷信に過ぎないのだが…
「何や、分かっとるやないか。」
「ですが、博識振りではまさしく賢者と呼ぶに相応しいですぞ!」
「…ふむ、流石に首席での卒業は注目を集めた様で。それに、ガルナの試験で少々小ずるい手を使ったわけでして。反則では無いにしても。」
「ほぉ、是非聞きたいのぉ。」
 小ずるい手というニージスの意外な言葉を聞き、カリューはニヤニヤと笑いながら彼に話を促した。

「「………。」」
 そして、話が終わったとき…一瞬その場に沈黙が流れた。
「…え…えげつな……。お…お前がんな事する様なヤツとは思わなかったわ…。」
「はっは。まぁ皆そこに目が付かなかったと笑って流してくれましたからな。」
「……恐ろしい…」
 ニージスの話にそこに居合わせた二人は余りに衝撃的なその内容に肩を竦めていた。
「…ホレスが聞いたらどんな顔するやろ…?」
「いや、彼なら寧ろその辺りは肯定してくれるかと。」
「む?アイツの事だから絶対アカンとか言いそうやけど…。で、そのホレスは何処行った?」
 ふと、カリューはこの場に居ないホレスの事が気になった。
「…ふむ、ダーマの図書館に行っているようですな。勉強熱心な事で。」
「レフィルちゃんは夕飯作っとる言うてるからええけど…付き合い悪い奴やなぁ。」
「…やはりそれだけの信念が彼にあると言う事ですかな…?」

 
「…あなた、ガルナの試練への挑戦者?」
「……何故そう思う?」
 図書室の休憩所で、ホレスは一人の女に声をかけられた。
「だってさっきからあなた、悟りの書の知識について聞いて回っていたでしょ?だったらもしかしたらって思ってね。」
「成る程な…かく言うあんたはその”挑戦者”なのか。」
「もっちろん!今度こそ賢者の称号を手にして見せるんだから!」
「………。」
 女は不敵に笑いながら、勝気な姿勢でそう言い放った。
「…どうもそうには見えないな。」
「うーん…やっぱり?」
 しかし、ホレスは彼女の出で立ちを見て訝しげな表情をした。
―その試練とやらを馬鹿にしている様にしか見えないな…。
 目の前の女が身に纏っているのはカジノ等の娯楽施設で良く見かけるバニーガールが身に付ける衣装だった。青いレオタードにウサギの尻尾を模した柔らかそうな白い毛に包まれた丸い玉と耳、そして何より目を引くのは右手に担いだ巨大な鋼鉄製の武器であった。それは剣でも槍でもはたまた斧でも無く……
―ハリセン…か。
 一体何処の誰が作った代物なのか…。
「まぁそれはともかくとして、オレはやはり賢者という称号には興味がない。」
「ふぅん…難しい魔道書なんか読んでるからもしや…とは思ったんだけどね。でもどうして悟りの書の知識なんかを?」
 本をぱらりとめくり次のページに目を移すホレスの様子と言動に意外そうな顔をしながらバニーガールの出で立ちをした女は尋ねた。
「……ムーの奴が求めていた物が一体どれだけの価値を持ってるかが知りたかっただけだ。」
「ムーって?あなたのお友達?」
「…ああ。」 
 今は自分探しの手がかりを見出して別行動をしている魔法使いの少女、
「…悟りの書を求めていたって…まるで、メドラみたいな人ね。」
「知っているのか?」
 メドラの名を他者から聞き、ホレスは本から目を離してきょとんとした表情で女を見た。
「知ってるも何も…賢者を目指すなら不名誉な意味でも真っ先に知る名前よぉ。」
「………。」
 思えば”咎人”とまで呼ばれてしまう程であるから確かに悟りの書を求める者の間で有名になっても何ら不思議は無い事は理解できた。
「あ、でも勘違いしないでね。あたしは寧ろそのメドラって娘に共感してるくらいだもの。」
「…共感?…あんたはそのメドラについて何処まで知っている?」
 ホレスは少し興味を抱き、反射的に尋ねた。
「…人から聞いた話でしかないけどね。あなたは”蛇竜の魔女”って二つ名を知ってる?」
「……初耳だ。”メドラ”の事を指してる様だが。」
「もちろんそうなるわね。悟りの書を奪った後の呼び名だけどね。」
「…?…ニージスによって阻止されたんじゃなかったのか?」
 ニージスから聞いた話では、彼がメドラを取り押さえ、記憶を消してバシルーラでダーマから追放したとの話であった。だが…
―…まさか……
「実はそうじゃないのよ。厳密には”一回止め損ねた”って話らしいわ。」
「止め損ねた…?となると…悟りの書そのものには至っていると…?」
「そういう事。その後どうなったのかは知らないけど…あのニージス様でさえ止め切れなかったみたいよ。」
―…だろうな。
 長いことニージスと旅してきたため、彼の強さでは到底ムーにかなわない事など分かりきっていた。
―あいつの強さはそう言った戦いの為の強さじゃないからな…。
 様々な策を弄しての自分に有利な状況を作り出した上で初めて全力で攻めに転じる。それがニージスの戦い方であった。
「…結局誰が止めたんだ?」
「もちろんニージス様なんだけど、一回負けたなんて聞いてなかったわね。…と言うより生きていただけで凄いけれど…。」
「……。」
「…犠牲者がいっぱい出てる中で生きて帰って来たんだもの。流石は賢者様ね。」 
「……ああ。」
 強い者が必ずしも生き残るとは限らない…が少なくともニージスにはそれなりの天運は備わっているらしい。賢者になれたのは才能だけではなく、恐らくはそれが占める所も大きかったのだろう。
「メドラが出した犠牲者の数…百人を下らないとあったな。」
「…ええ。その多くは今も……ううん、何でも無いわ。気にしないで。」
「……?」
―…話し難い事か…。
 言いかけて止めた言葉の中身が気になったが、本人に話す気が無いのを見て、ホレスはあえてそれを問わなかった。
「…まぁあれだけの死人が出てるって言うんだから…そりゃあ大事よ。今でもその娘の事を恨んでる人も沢山いるみたいだから。」
「そうだろうな…。だが…記憶を失っているとなるとな…。」
「死刑になってもおかしくなかったのにねぇ。分からないのは記憶を失わせて追放したって事だけど…ニージス様の事だからきっと考えがあるのよねぇ。」
「…そうなのか?」
 確かにニージスは頭が切れるが…その様な人間でも、果たして危険性を孕む要素をただそれだけの処置で終わらせたりするのか…。
―……分からないな。だが……
 追放されずにその場で断罪されていれば、彼女と出会う事は無かった。
―これで良かったと言えば間違いにはなるがな。

「……。」
 夜の帳が下り切った神殿のバルコニーで、レフィルは一人佇んでいた。
―明日はムオルへ向けて出発……か。
 夜の冷たい風がレフィルの手と足からじわじわと熱を奪っていた。
―寒いな…でも、ムオルじゃもっと凄いって言ってたよね…
 食事の合間にニージスやホレスの口から語られた事を思い出しながらレフィルは寒さに肩を竦めた。
―コートとか…準備した方がいいみたい。
 無造作にレフィルは冷えかけた手を顔の前に持ち上げて、息を吹きかけた。その時…白い息吹に混じって空から何かが彼女の掌のうちに飛び込んできた。
「…あ、これは…」
―雪だ……。…そう言えばもうこんな季節なんだ…。
 アリアハンを出た時は春の初めであったが、今は雪が舞う冬の季節。…既に一年弱も旅を続けてきたのだ。
「……色々あったけど……成長してるのかな…わたし。」
 レフィルは左腕の袖をめくり、その内を見やった。
―…あれから大きな怪我とかはしてないけど…でも…皆に頼りきりだから…
 旅立ち当時に一人で戦っていた時に受けたメラによる火傷の跡が…うっすらと残っていた。



 翌日…
「…敵だ…!」
 ムオルの街を目指して進む中で、声をひそめながらも強い口調でホレスは皆に注意を促した。
「……ベビーサタンですな。最近この辺りをうろつく様になったみたいで。」
「…一応こちらの気配には気付いてはいないようだが…。」
 ベビーサタン…狡猾な事で知られ、”悪魔の落とし児”と呼ばれるだけあって人間に準ずる知性を有する事で知られる魔物でもある。
「……そうだな。気付かれずに済めばそれでいいけどな。」
「何を仰るのです!!」
「!?」
 慎重に事を進めようとするホレスに対し、突然オードが大声で喚きだした。
「あの様な汚らわしい魔物相手に逃げる選択肢など…!」
「ば…ばか!!今大声を出したら…」
『キキキキー!!!』
 言い合っているのに気付かれたのか、ベビーサタン達はこちらを見て奇怪な声を上げた。
「まずい!!」
『人間だ!!やっちまえ!!』
 悪魔の様な姿の魔物、ベビーサタンは手にしたフォークのような武器を振り翳して飛び掛ってきた。…しかし…!
「消え去るのはお前達の方です!!風よ集え!!バギクロォース!!」
 オードは毅然として襲撃者達にそう言い放ち、手を交差させて呪文を唱えた!
どぎゅるるろおおおおおおおおおっ!!!
 高速で回転する風の流れが生み出した竜巻はあっという間に天を衝く程までに肥大した。
『うげ…!!何じゃあこりゃあああああっ!!?』
 魔物達は突然の事にうろたえるばかりで何も出来なかった。
「天誅ぅうううっ!!!」
ごおおおおおおおおおおおっ!!!! 
『あいやーっ!!!』 
『ふぎゃあああああっ!!』
 ベビーサタン達はなすすべも無く、情けない悲鳴を上げながら大竜巻に空高く巻き上げられた。
『『『覚えてろよぉおおおおっ!!!』』』
 最後に回転から弾き出されて、彼らは空の遥か彼方へと消えていった。
「…ふぅ、終わりましたな…。ん?どうしました皆さん?」
「「「「………。」」」」
 オードが魔物を呪文の一つで撃退した後振り返ると、四人は呆気に取られた表情で今も唸りを上げている竜巻に目を奪われていた。
「めっちゃ強いやん…」
「ですな。」
「お…オードさん……。」
「なるほど…これなら隠れる必要も何もあったものではないな…。」
 外見とは裏腹に…少なくとも呪文の資質としては只者では無い…。まさしく裁きの一撃ともいえる竜巻を繰り出した神官に、四人ともが畏怖の念を抱いた。
ガサッ…
「…!まだだ!」
 ホレスは微かに聞こえてきた物音に危機感をおぼえて叫んだ。
「「「「!」」」」
うがぁああああっ!!
「しまっ…」
 しかし、ホレス以外は素早く対処し切れずにその場で立ち尽くした。
「…ちぃ!」
 ホレスは腰に下げた袋から爆弾石を取り出して投げた…
「トヘロス!」
「!?」
 …直前で遠くから呪文が聞こえてきた。
ガンッ!!!
 レフィル達に躍りかかった魔物達は見えない壁にぶつかってその場で仰け反った。
「…あの声は……」
「ライデイン!!」
 続けざまに呪文が唱えられ、辺りから突然日の光が何かに遮られて薄暗くなった。
ズドオオオォォンッ!!!
ギャアアアアアアアアアッ!!!
 目の前に走った金色の閃光に打ち付けられて魔物達は断末魔だけを残し、一瞬で灰燼へと帰した。
「……何故お前がその呪文を?」
 ホレスは呪文を唱えた主に向けて尋ねた。
「何故って、そりゃ一生懸命勉強したからだよ、ホレス兄。」
 彼に対して、必滅の雷撃を放った少年は自慢げにそう言い放った。
「…ポポタ、久しいな。」
 呆然と立ち尽くす四人を他所に、ホレスは顔見知りとの再開を果たしていた。