第十四章 英雄を継ぐ者
「100000!!」
「120000!!」
 昼間のアッサラームの一つの様々な露店が立ち並ぶ広場の一角で、一つの目玉商品が競売にかけられていた。
「他にどなたかおられませ…」
「150000!!」
 白熱した競り合いのほとぼりが付いたところで、司会の男が止めに入ろうとした…その時、客の一人が口を挟んだ。
「はい!150000ゴールドですね!他には…?」
 そして…それ以上の金額を口にする者はいなかった。
「では150000ゴールドで落札致します!最後の方、こちらへ。」
 司会者が招くと、白いローブを被った大柄な男が商品の前へと現れた。 
「それでは今日のお披露目はこれにて終わります!皆様、どうもありがとうございました!」
 他の客がそれぞれの心境を胸に場を去っていく一方で、競売を進めていた男達が大男を招き、商談を始めた。

「何処にも無いね…。」
「……ああ。既に売られてしまったか、或いはそもそもここに無いのか…」
 このような競り合いがいくつも続く中で、ホレスとレフィルは目的の品を求めてさまよっていた。
「…だが、ロクな物が売られていないな…。幾つか珍しい品が紛れ込んでいる程度でな…。」
 良く効くと自慢の何の変哲も無い…否、寧ろ体に害をなす薬草の類や、名刀という肩書きのなまくらな武器…無論の事これらの様な悪質な商品はごく一部でしか無かったが、普通の品をより高く売りつけようと様々な売り込みをしていた…。
「ホレスがいなかったら…間違って買っちゃってたかも…」
「……おいおい、オレも所詮一介の冒険者に過ぎないんだ。目利きの商人や盗賊ならともかく、オレだって物の真の価値なんか分かるわけないさ。」 
「でも…道具をしっかり使えているし…」
「…ただ使い慣れているだけさ。実際に使わない事にはそれがどのような物なのかはハッキリとはわからない。」
「そうなんだ…。」
 思いもしなかった事を言われて、レフィルは目を細めながら彼を見た。
「…しかし、もう長居は無用だな。既に殆ど全部回っただろうしな。後は酒場等の溜まり場でもう一度情報収集だ。」
「うん…それがいいのかも…。」
 レフィルは周りから自分へ向けられる不穏な視線に目を背けながら…ホレスに付いて行った。

「……おお!あん時の兄ちゃん達か!」
 酒場でレフィルとホレスを出迎えたのは、数人の柄の悪そうな男達であった。
「…ああ、そうか…あんた達は…」
「おお、覚えててくれたかい!!」
「…いや、全然。」
「はいぃっ!!?」
「ホ…ホレス……!」
 レフィルはおろおろした様子で素っ頓狂な声を上げる男とホレスを交互に見回た。
「…いや、一応あの時に会っていた奴らの一人と思っただけで…。」
「……覚えてねぇのか…まぁいいけどよ…。」
 男は呆れたように…ホレスの仏頂面を見ながらそう言った。
「しかしだ…二人とも顔色悪いぜ、何かあったのか?」
「…まぁ…色々とな…。」
 思えばここに来たおおよそ半年前から、幾度も危険な目にあって来た。レフィルもホレスも死に瀕した経験をして…体の衰弱からまだ立ち直りきっていない。
「へぇ…つーか、魔女の格好をした嬢ちゃんはどうした?」
「…ポルトガで別れました。あの子にはあの子の目的があるから…」
 自分探しの手がかりがはっきりしていた以上、ムーを引き止める権利はない…。何より本人が一番望んでいたはずの事であるから尚更である。
「そうかい。…で、今回の探しモンはなんだい?…ノルドのじじいの事ならもう心配ねぇみてぇだけどよ。」
 以前立ち寄った時はバーンの抜け穴を守るノルドに通行の許可をもらうべく手がかりを探していた所であった。
「…?どういう事だ?」
「ああ、何だかしらねぇが…陸路による交易の許可を求めてロマリアからポルトガへの要請があってな、結果として俺らも自由に行き来する事が出来る様になったわけよ。まぁ危険だからあんまり今までと変わりゃしねえけどな。」
 東の地に蠢く魔物達の強さは相変わらずの様で、東へ旅立った者もいるようだが、負傷…最悪死んだと言うように男が話すのを聞き、レフィルは少し目を伏せた。
「…成る程な。ところで…あんたらに聞きたい事があるんだ。」
 ホレスはオーブの事を酒場にたむろしている男達に話した。
「あっちゃあ…丸い球体か…。それならもう売りに出されちまったみてぇだな…。」
「……そうか。誰が買って行ったかわからないか?」
「…さぁな…悪ぃけど、そこまでは知らねえな。」
「「……。」」
「まぁ気ぃ落とすな。…それがあんたらが必要とするモンなのかどうかは知らねぇけど、焦ったって手に入るモンじゃねぇ。」
「…ああ。」
 これまで得てきた情報もふまえると、やはり…既にアッサラームにはオーブらしき物は存在しないようだ。
―買い取るにもそれなりの金が必要になりそうか…。
 王からの餞別等、それなりに金は持っていたが…一度オークションに賭けられて値段を吊り上げられた品を買い上げるだけの金額があるとは言えなかった。 
「…邪魔したな。」
「皆さん、ありがとうございます…。」
 落胆を隠せない様子で、二人は酒場を後にした。

「オオッ!!アナタ、ヒドーイヒト!!ワターシニクビツレートオッシャイマースカ!!?」
「………。」
 訛りのある口調でまくし立てる男を…カリューは凄まじい形相で睨み付けていた…!!
「デモ、アナタオトモダー…」
「ええ加減にせぇやーっ!!!」
ズドォーンッ!!!
 カリューの怒号と共に巨大な鉄槌が地面にめり込み…それが巻き起こした衝撃で周りの商品もろとも男は思い切り吹き飛ばされた。
「なぁにが友達やぁっ!!?こんなんぼったくりもええとこやんけ!!!」
「…オオ…アナタヒドーイヒト…!」
「やかましいわぁっ!!」
ズゴッ!!
「薬草が320ゴールド言うてる時点で明らかおかしいやろ!!?第一なぁ!!わてらはオーブ探しに来たんや!!」
 うめき声を上げながら腕を掴んでくる男へ更にもう一撃打ち込みながら、カリューはニージスへと向き直った。 
「ほな行くで、ニージス。長居は無用や。」
 彼女は戦槌を軽々と持ち上げると、ニージスを促して荒れた店の中をどかどかと踏みしめながら去っていった。
「ふむ…やはり同情の余地はありますかな?」
「オオ…ソレデーコソ…ワターシノオトモダーチ…!」
「はっは、ですがまぁここにもオーブは無い様ですな。ではこれにて。」
 ニージスは軽く店主に同情しながら、カリューの後を追った。

「…さよか。そっちでも見つからないか。」
「…ああ。」
 レフィル達はアッサラームの入り江に停泊してあった船に集まった。
「まぁ偽物である可能性もあるのだがな。」
「…ふむ、ですが本物であるとするならば入手は困難ですな…。」
 買い取るにも相当な大金を要する…少なくとも現段階ではそれを買えるだけの余裕は無い。
「あまり収入自体が無いからな…。あるのはレフィルの為に出された旅の資金が主で、強いてあげるならばニージスのダーマでの給金やカリューの傭兵業の報酬くらいの物だが…。オレもせいぜい自分を面倒見れる程度の金額しか持っていないしな。そしてどれもこの先必要な金だ。」
「…せやなぁ…。」
 野営等の経験が深い者が居るのである程度ならば野営だけでもやっていけるが、それでも最低限の金は持っておくべきではある。
―これでハイ偽物でしたいうたらマジ損やしな…。
「…仕方ない。じゃあ次はジパングへ行くか…。確か、ダーマからが一番近いと聞いたが…?」
「ですな。そこからの海路からが一番近いでしょう。」
 地図を広げてニージスはある点と点の間をなぞった。ダーマとジパング間の距離…
「…いや、正確にはもっと近い場所がある…。」
「……ふむ、この地図上には載っていない地ですかな。」
 ホレスが指差した先…それは…
「ムオルですか…なるほど。」
「古い地図みたいだからな。…載っていなくても不思議ではないだろう。」
 ホレスはところどころ擦り切れた所を見て、この地図がかなり長く使われたものだと見てそう言った。
「ですな…私もこの村についてはあまり深くは知らないので…。」
「そうか…あんたが知らないとはな…。やはりあの村は…」
 それを最後に、しばらくホレスは瞑目して物思いに耽った。
―…あれもまたそれなりの村だったんだな…。だけど
「ホレス?」
「…ん?…ああ、すまない。少し考え事をしていた。」
「ムオルの…?」
 レフィルに尋ねられて、ホレスは躊躇う動作の片鱗も見せずに即座に頷いた。
「…それなりには世話になっているからな。一度くらいは顔を見せた方がいいか…。」
「……え?」
―そうだ…ホレスの家族ってどんな人なんだろう…?
 ムーの家族…姉を名乗る魔女メリッサ…そして高笑いを繰り返す母らしき人物……どちらも変わってはいるが、レフィルは彼女達の言い振りから家族としてムーを思いやる気持ちを微かに感じられた。そして、今はカンダタが兄代わり…或いは父代わりに彼女を育てている…。孤独に黙り込んでいる様に見えるムーにも家族はあるのだ。
―だからきっとホレスにだって…
 全てを捨てる勢いで目の前の事に取り組む銀髪の青年にも恐らくは家族という存在がある…レフィルはそう思っていた。少なくともこの時は…。
「…ふむ、一度ムオルにも寄ってみますかな?」
「いや、おそらくはオーブの手がかり等は何もないとは思うが。」
「左様で。…では皆さんどうします?」
 ニージスは皆の様子を見て、次の目的地をムオルにするかどうかを尋ねた。
「へぇ、ホレスの家かぁ。気になるのぉ。この際オーブの手がかりだか何かはええから一度寄ってみる?」
「行っても…良いと思います…。」
「ふむ…じゃあオード、あんたは?」
 二人の返答を聞いて、ホレスは礼服に身を包んだ神官の男に尋ねた。
「ムオルですか?ええ、私は構いませんとも。」
「…少し遠回りになるが?」
「いえいえ、私は貴方方についているだけで…。それに、ムオルにはまだ一度も訪れた事はありませんからな!」
「…そうか。」
 オードの言葉から、ホレスはその意図が何となくわかった気がした…。
―おおかた布教活動でもする気だろうな…。
 ホレスは目を細めて嘆息した。
「悪いな皆、オレの寄り道に付き合ってくれるとは。」
「ふふふふふー。楽しみやなぁ…。」
「……??」
 カリューが不気味に笑うのを見てホレスは首を傾げた。
―何だ…?気味が悪い。
「か…カリューさん…?」
「おおぅ…何か企んでますな…。」
 レフィルとニージスは彼女から不穏な空気を感じて肩を竦めた。
「楽しみですと?それは良かったですなぁ。」
「せや!楽しみや!」
「?」
「「……。」」
「おおし!レフィルちゃん、そうと決まれば早速ダーマ行こか!ふふふふふー。」
「は……はい…。」
 カリューが不敵な笑みを浮かべているのに対して少々怯えた様子で…レフィルは船の舵を握った。
―企むといっても…一体何を考えてるんだあんたは…?
 一方のホレスはカリューが愉悦に顔を歪ませている理由が分からず彼女を呆然と眺めていた。
「ルーラ!」
 レフィルが唱えた言葉と共に、船はふわりと浮き上がり、そして勢いよく飛び上がり空へと消えていった。

「…ああ、誰だてめぇは…??」
 その頃、アッサラームの路地裏で…白いローブにその全身を隠した大男が数人の荒くれ者達に囲まれていた。
「ここはあんたの様なお偉いさんが来るとこじゃねえぜ、痛い目見る前にとっとと…」
『失せろとでも言いたいのか?』
「「…!」」
 しかし、大男は突きつけられた凶器と言葉にも全く物怖じする事無く毅然として言い返した。
『人の通行を邪魔するのはいただけないな。そもそもここはお前達の住処というわけでもあるまい。』
「…言わせておけば!!おい、お前ら!!このでしゃばりの貴族様に世の中の厳しさってヤツを教えてやんな!!」
 リーダーらしき者が白ローブを指差すと何処からともなく新手の者達がぞろぞろと現れて彼を囲んだ。
「やっちまえっ!!」
 荒くれ者達は一斉に男へと飛び掛っていった。
「喰らいなっ!!ボミオス!!」
「死ねぇっ!メラミ!!」
 呪文も含めた容赦の無い攻撃が白ローブを焦がし、引き裂き…辺りへと撒き散らした。
ギィンッ!!
『…その程度か…?』
「「「!」」」
 しかし、それらの攻撃はローブの中から現れた白い鎧に阻まれ、大男には傷一つ無かった。
ブォンッ!!!
 大男が片手を振るうだけで牙をむいてきた者達は呆気なく弾き返された。
「「「っ!!?」」」
『バギクロス』
 続いて唱えられた呪文が巻き起こした巨大な旋風が荒くれ者達を巻き上げてアッサラームの上空へと吹き飛ばした。
「「「うぉおおっ!!?」」」
『…ようやく手に入れた名剣の錆と化してやろうか。』
 彼らを見上げつつ、大男は腰から巨大な剣を引き抜き天へと翳した。
「ま…待ってくれ!!…わ…分かった!!降参だ…!!」
 後ろから怯えた様子で荒くれ者のリーダーが男へと頭を下げた。
『ふんっ!!』
 しかし、それでも男が翳す魔剣の唸りは止まらなかった。
ズドォオオオオオッ!!!
「「「「……うわぁああああああああああっ!!!」」」」
 荒くれ者達の目に眩い光が飛び込み、彼らはその中で意識を失った。

『…おい。』
「…あ……あんた…なんで…」
 目を覚ますと、皆が辺りに伏していた。僅かに呻き声が聞こえてくる事から死んではいないようだ。
『……殺しては話にならないだろう。お前達には役立ってもらわなければならないのだから。』
「…一体何者なんだよ…?」
 目の前の全身を白い鎧に包んだ大男、呪文にも武術にも通じているが顔すらも隠していて正体は分からなかった。
『…そのような些細な事などより、仕事の話をしたい。』
「……何だよ、仕事って…」
 表情は見て取れなかったが、不敵に笑いかけている様な気がして彼らはどうにも落ち着かなかった。