生命の樹海 第七話
グ……ルゥ……
 再び地面に勢い良く叩きつけられたムーは息も荒く…立ち上がる事も既にままならなかった。
『おーほっほっほっほっほ!!』
ぎゃおーーーーーーーーーーーす!!!!
 咆哮によって雲が払われた埃の様に四散し、その中から一瞬赤い影が映り…それはすぐに一人の人間の影へと変わった。
「おーほっほっほっほっほ!!!そろそろお仕置きも終わりかしらねぇっ!!!」
 ドラゴラムで変身中には糸と化していた魔女の服を魔力で手繰り寄せて再び身に纏いながら、メルシーは右手の理力の杖を旋回させ始めた。
「これでも喰らいなさいな!!おーほっほっほっほ!!!」
 杖の先からメラミの呪文が無数に放たれ、それらは雨霰の如く下へと降り注いだ。ムーに対しても何個もの火球が牙を剥こうとしている…!!
「ちょと待てぃっ!!!!!」
 しかし、当たる直前でカンダタがその前に割り込んだ。
「どおらぁっ!!!」
 彼が手にした巨大な斧を振るうと、それに圧された空気が衝撃波となって幾つものメラミの炎を纏めて切り裂き…消し飛ばした。
「あらぁっ!!?何するワケぇっ!?おーほっほっほっほっほ!!」
 邪魔されたにもかかわらず、明らかに楽しんでいる様な口調でメルシーはカンダタに怒鳴った。
「…大丈夫か!?ムー!!?ベホイミ!」
 カンダタは傷つき倒れている金色の竜に対して回復呪文を唱えた。次の瞬間…彼女の体が淡く光り、次第に縮んでいった。
「……カ…ン…ダタ…。」
「…メルシーさんよぉっ!!きょ…今日の所はこの辺で勘弁してやってくれぇっ!!!俺あぁこれ以上見てらんねぇ!!!」
 元の姿に戻ったムーを抱えながら、カンダタはメルシーへ頼むようにそう叫んだ。
「あらぁ!!ムーになってから随分良いお友達を持ったみたいじゃないの!!メドラ!!すっごく嬉しいわよぉっ!!!おーほっほっほっほっほっほ!!!!」
 相変わらずの喚き散らすような大声でそう言っていたが、今度は何処か心底嬉しそうだった…その場の誰もが微かにそう感じた…。
「だからいい加減に出てきたらどうなのぉっ!!?メドラぁああっ!!おーほっほっほっほっほっほっほ!!!!」
ぼじゅおおおおおおおおおおおおっ!!!!
「「「…!!!!」」」
 カンダタ達は空に浮かぶ無数の巨大な火球を見て
「あ…あれ全部…メ…メラゾーマ……!!!?お母様!!待って!!!」
「出ないのなら代わりにこの子達がお仕置きを受ける事になるわねぇ!!!」
「「な…何で俺らまでぇ〜っ!!!?」」
 余りに理不尽な…しかし、逆に言えばそうまでして娘に会いたい…メリッサは僅かに残った冷静な部分で母のそのような親心を感じ取っていた。
「喰らいなさいなぁっ!!おーほっほっほっほ!!」
 メルシーは先程と同じく理力の杖を振り回し、次々とメラゾーマの呪文を下へと撃ちだした!!
「に…に…逃げろぉーーーーっ!!!!」
ドゴォオオオオン!!ドゴォオオオオン!!!
「「ぎょええええええっ!!!?」」
「きゃああああああっ!!!?」
 メラゾーマが直撃した箇所は、隕石でも降ったかの様に巨大なクレーターの様な跡が出来ていた。
―ぶち当たったら洒落にならねぇ……!!
 三人はひたすら天より降り注ぐ巨大な火の玉の群れから逃れるべく遁走していた…
ドゴォオオオオオオン!!!
「ぎゃあああああああああっ!!」
 …が、マリウスがメラゾーマの直撃を受けて思い切り地面を転がった…!
「いやぁあああああっ!!!!」
 メリッサも着弾時の爆発に巻き込まれてそのまま何処かへと吹き飛ばされてしまった。
ズゴォオオオオオオオン!!!
「ちぃっ!!!」
 カンダタはムーを後ろに置くと、再び斧を大天頂に構えて一気に振り下ろした。
ぶぉんっ!!!
「くらぇええええっ!!!」
 高速で振り下ろされた斧の軌道から真空の刃が生じて落ちてきたメラゾーマを真っ二つに切り裂いた。
「おーほっほっほっほっほ!!!悪いわねぇっ!!!」
 しかし…メルシーの言葉と共に更に十数個の巨大な火球がこちらへと落ちてきた…!!
「ぎょ…ぎょえええええええええっ!!?なんじゃあ、ありゃぁあああああああっ!!!?」
 今度はまとめて叩き割る事は叶わず、カンダタはムーを抱えて再び逃げる事を余儀なくされた。
どごぉおおおおおおおん!!ずごぉおおおおおおん!!
「ぎぃやあああああああああああっ!!!!!」
 結局カンダタはメラゾーマに巻き込まれて遥か高くまで吹き飛ばされた…同時に彼の手からムーの体が離れて地面へと転がった。
しゅごおおおおおおおおおおおおおっ!!!!
「……!!」
―……駄目…このままじゃ…
 ゆっくりと起き上がりながらムーは眼前に広がる光景に目を見開いた……。一つの火球がムーに向かって真っ直ぐ落ちてくる…!
「……っ!!?」
 もはや成す術も無く…ムーは双眸を閉じた…!

ドゴォオオオオオオオオオン!!!
「あらぁっ!!?結局出てこなかったのぉっ!!?しょうがない子ねぇっ!!おーほっほっほっほ!!!」
 ムーに直撃したメラゾーマが天高く火柱を上げるのを見て、メルシーは高笑いをしながらそこへ向かって飛んでいった。
「もう少し成長してたと思ってたのに残念ねぇっ!!おほほほほほほ!!」
―意も無く只天地の狭間に彷徨う者共よ、虐げられし汝らが招くは災禍の烙印を押されし空の旋!
「!」
 メラゾーマの嵐が未だに吹き荒れる中、少女が言葉を唱えるのが微かに聞こえてきた。
―バギクロス!!
―マヒャド!!
 強烈な冷気と巨大な大竜巻が同時に発生し、火柱を内から引き裂いた。それはそのまま次々とムーへと牙を剥いて来る残りの巨大な火球へと向かい…その全てを薙ぎ払った。
「ベホマラー!」
 続いて唱えられた呪文により、あちこちで倒れていたカンダタ達三人が意識を取り戻し…傷も癒えた状態で立ち上がった。
「……。」
 ムーはその後しばらくその場にぼーっと突っ立っていた。

「…ム…ムー…?」
 カンダタは離れた位置で呆然と空を見上げているムーを見て不思議に思った。
「親分さん、気が付いたみたいね…。今のはあの子が…?」
 メリッサは箒に乗ってカンダタの傍まで飛んできた。
「そうらしいな……。しかも見てみろ、辺り一面氷付けだぜオイ。これも多分アイツか…いや…」
「…メドラ……。」
 先程までまるで歯が立たなかったメラゾーマの連発を見事に消し去った謎の呪文の威力…普段のムーではすぐにはこの様な威力のある呪文は放てない…。

「おーほっほっほっほっほ!!ようやく出てきたわねぇ!!」
 メルシーは無事に火柱の中から脱出した”娘”を見下ろして実に嬉しそうにそう言った。
「………。」
 ムーは黙って空に浮かぶ長身の赤毛の麗人を見上げた。
「メドラぁっ!!久しぶりねぇ!!!会いたかったわよぉっ!!おーほっほっほっほっほ!!!」
「………。」
 箒の上に立ち乗りし、腕組しながら高笑いするメルシーを見ても…ムーは微動だにしなかった。
「さぁ、馬鹿な事をしたお仕置きの続きでも始めましょうか!!おほほほほほほほ!!!」
「…お仕置き…?」
 お仕置きという言葉に初めて反応し、ムーはオウム返しに呟いた。そうしている傍で再びメラゾーマによる怒涛のお仕置きが彼女へと迫った。

「…また始まりやがった……!どうすんだよ…!!」
 メラゾーマの炎がムーへと迫るのを離れた場所から見ていたカンダタはどこか諦めたかのような口調でそう言った。
「けどよ…あのお袋さんの話じゃ…”メドラ”になったんだよなぁ?それなら少しはいけるんじゃ……」
「……。」
「ん?どうした姉ちゃん?」
 微塵も相槌を打つ様子を見せないメリッサをカンダタは怪訝な面持ちで見た。
「………違う……。」
「あ…??」
 彼女の口から僅かに漏れた言葉に、カンダタはますます訳が分からないと言った様子で首を傾げた。
「だから何なん……な…何ぃいいいいいいいいいいいいっ!!!?」
 しかし、次の瞬間に起こった事に…カンダタは素っ頓狂な声を上げて叫んだ。

「おーほっほっほっほっほっほ!!相変わらず逃げるのだけは速いわねぇっ!!!」
どごぉおおおおおおおおん!!!どごぉおおおおおおん!!!

「な…!!?ムー……!!!?どうしたぁっ!!?」
 にわか雨の如く激しく振り続ける火の玉を…あろう事か…呪文を使わずに己の足のみを頼りに走ってかわしたのだった…!!
「ほらぁ…やっぱり……。」
 メリッサは呆れた様な口調でそうカンダタに向けて言った。
「何が起こってるんだ…!?」
「…いい、親分さん。あの子があんな凄いお仕置きを受けたのは今に始まった話じゃないの。」
「……なんだってぇっ!?じゃあまさか…!!?」
 カンダタはメリッサの言葉にすぐにピンと来た…。
―トラウマになってやがるのかぁーーーーっ!!?おいぃいいいっ!!?
 
「もぉおおおっ!!ちょこまか逃げないの!!」
 メルシーはメラゾーマに加え…さまざまな呪文も使って次第にムーの逃げ道を塞いでいった。それでも彼女が逃げ場を失う事も…はたまた戦いを挑んでくる事も無かった。
「しぶといわねぇっ!!じゃあこれならどうかしらぁっ!!!?」
「………!!!?」
 メルシーが箒を宙に一回転させている間にムーの周りで突如空気の震えが巻き起こった。
ドガァアアアアン!!!ドドドドドドガガァアアン!!!!
 ムーを中心とした大爆発が巻き起こり、その余波はカンダタ達にまで及んだ。
「あらぁっ!!!?」
 しかし…爆発が収まった後、メルシーは愉悦に満ちた驚きの声を上げた。
「おーほっほっほっほ!!少しは頭を使うようにはなったわねぇ!!!」
 眼下に広がる無数の赤い髪の少女を見て、心底感心した様に笑い出した。
「でもねぇっ!!マヌーサなんかで私の目を欺けると思ってぇっ!!?おほほほほっ!!」
 そう言うとメルシーは再び理力の杖を振り回しながらメラゾーマとイオナズンを連発した。ムーが作り出した幻が一つまた一つと霧散して消えていく…。ばらばらになって一目散に逃げていくムー達はあっという間に十人を切った。
「みぃんなまとめて吹き飛ばしてあげるわぁっ!!!おーほっほっほっほっほっほ!!!!」
 ちょこまかと地面を逃げ回る少女達に、メルシーは上機嫌な様子でそう言った後…詠唱を始めた。その詠唱と共にまず地面に幅の広い光の輪が形成され、それに沿ってルーン文字が凄まじい勢いで刻まれていく……!!!
「喰らいなさいなっ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!
 メルシーが叫ぶと同時に円内に包まれた地面が揺れ始めた。そして…
ゴガァアアアアアアアンッ!!!!
 凄まじい勢いでその大地が崩壊し…ムー達はその中に成す術も無く巻き込まれた。