第十三章 生命の樹海
「…とんでもねぇヤツだな…。」
 目の前でドラゴンと渡り合っている魔女を見てカンダタは僅かに戦慄した…。ドラゴンの尻尾の攻撃をひらりとかわし、次々と呪文を叩き込んでいる…!
「……けどよ、いつになったら終わるんだこの戦いは…。」
「「………」」
 落ち着かない様子で見守っているのは三人とも同じだったが…マリウスとメリッサは先程から黙り込んでいていた。
「どうしたよ、二人とも。…そりゃあ心配なのはわかるけどよ…」
「……お母様が…本気を出しそう…。」
「…あ?」 
 メリッサがぼそりと呟いた言葉にカンダタは首を傾げた。
―なるほど、少なくともあれで本気じゃあないのな…。
 ドラゴラムを使ったムー相手に互角以上の戦いを繰り広げているだけでも十分強いはずだが、それでも実力の一部に過ぎないとは一体何を意味するのか…。

『……!』
「おーほっほっほっほ!!大きくなってもあんまり変わってないわねぇっ!!」
 ムーの後ろに回りこみ、メルシーは呪文を連発した。多数のメラミが金色のドラゴン目掛けて飛んだ。
ビュオオオオオオオオッ!!
 対してムーはその長い首をまわしてその炎の群れに向き、氷の息を吹きつけた。火球は冷気と相殺し、余波の爆発が辺りを震撼させた。
「その程度なの!?まだまだねぇっ!!」
『!!』
 しかし、突如としてメルシーの姿がムーの顔の辺りにまで現れた。
ギィンッ!!
「これだけ頑丈な体してるのに、使い方がなってないわよぉっ!?おーほっほっほっほ!!」
 振り下ろされた理力の杖を突き出た牙で辛うじて受け止め、ムーは首を回してメルシーを振り払った。
『イオラ』
 同時にイオラの呪文を唱え、無数の爆発の中にメルシーを放り込んだ。
「あらぁっ!?」
ドガーンッ!!
 素っ頓狂な悲鳴と共に、メルシーはイオラが巻き起こす嵐の中へと消えた。
「おーほっほっほっほ!!ごめんなさいねぇっ!少しアナタの事見くびってたわぁっ!!」
『…!?』
 …はずだったが、何事も無かったかのように大空へと舞い上がった。
グォオオオオオン!!
 ムーは唸り声を上げながらすぐにメルシーの後を追った。放たれる数多の呪文をある時は避け、ある時はこちらも呪文で応戦して着実に距離を詰めた。
『叩き潰す!』 
 金色の腕を振り上げて、ムーはメルシーへ向けて突進した。
ギィイイイイイン!!!
 メルシーは理力の杖で受け止めたが、今度はムーの勢いが勝っていた。杖はメルシーの手を離れ、くるくると回転しながら地面へと落下して刃が地面へと突き刺さった。
「おーほっほっほっほ!!少し手を抜きすぎたらしいわねぇっ!!」
 高笑いしている側でムーの怒涛の攻撃は続いていた。
『ベギラゴン』
 メルシーはそれら全てを何の苦も無くいなしてはいたが、それ以上の事は無く結果として防戦一方となっていた。

「…行けるんじゃねぇか……!?」
 親子の戦いを見守っていたカンダタは…思わずそう呟いていた。
「……だと良いのだけれど…。」
「ああ…、だが…結構腕を上げてるな…。俺達だって気を抜けばあっさりやられちまうだろうな…。」
 メリッサとマリウスはやはり不安そうな面持ちで…彼の言葉に答えた。
「そんでも実力差はあるんだ…ここで一気に追い込んじまえ!!」
 カンダタは空で戦っているムーに向かってそう叫んだ。

『…わかってる。』
 下から僅かに聞こえた声にぼそりと答え、ムーは渾身の連撃をメルシーへと放った。
『マヒャド』
ブォンッ!!
ビュンッ!!
 呪文と両腕、そして尻尾による同時攻撃を仕掛けた。
「あらぁ!?何よその攻撃!!」
 笑いながらメルシーは箒から飛び上がり、両手を地面に翳した。
―呪文…?
 ムーはすぐに体勢を整え、呪文の軌道を捻じ曲げてメルシーを追い込んだ。
「後一歩だったわねぇっ!!おーほっほっほっほ!!バイキルトぉっ!!」
『!?』
ぱしっ!ぱしっ!!
 高笑いに混じって呪文を唱えると同時にメルシーの両手に何かが握られた。
―理力の杖…!…それと…箒!?
 離れた場所にある物を引き寄せる事自体には驚かなかったが、空を飛ぶ以外に用途の無い単なる箒を今度はその手に握っている…!
「そおれっとぉっ!!!」
 二つの棒状の得物を交互に振るい、ムーが仕掛けた連撃と氷の最大呪文を打ち払った。
『…!?』
「おーほっほっほっほっほ!!これじゃあラチが開かないわねぇっ!!」
 メルシーは一気に間合いを離し、箒に乗って上空へと舞い上がり、雲の中へとその姿を消した。
『……逃げた?』
 ムーはその様な彼女の姿を見て、首を傾げた。

「…?」
 疑問に思っていたのは下の三人も同じだった。
「あら……?お母様…どうしたのかしら…?」
「……??」
 カンダタ達は互いに顔を見合わせた。先程までずっとムーを攻撃しっ放しであったメルシーが初めて手を引いた…。一体何が…??
ぎゃおーーーーーーーーす!!!
『おーほっほっほっほっほっほ!!!!』
「「「……!!!」」」
 
『……』
 天高くから聞こえてきたのはまさしく竜の咆哮だった。それはとてつもなく大きく…鳥達が驚いて森の中から一斉に飛び出してしまう程の物だった。
―…ドラゴラム…
 おそらく空高く飛んだのはドラゴラムを唱える時間をとる為だろう。
『おーほっほっほっほっほっほ!!!』
『……うるさい』
 ムーは上空に向けて飛び上がり、口を大きく開いてそこに居るであろう魔女の化身の竜へ向かって噛みついた。

がぶっ!!

「「「…………。」」」
 下に居た三人は、目の前で起こった事に暫し絶句していた…。
「「「……えぇえええええええええええええええええっ!!!???」」」
 だが、いつまでもそうしていられるはずも無く…外聞も何も無く…先程の天竜の咆哮に負けないぐらいの大音声で一斉に悲鳴を上げた。
「…ちょ…ちょと待てぇぇえええっ!!!!?」
「……お…お母様ぁーーーーーーーっ!!!!?」
「あ…ありえねぇ………!!」
 カンダタは思わず腰を抜かし、メリッサは口元を押さえ、マリウスは手にした得物を落とすと三者三様の反応を見せたが…いずれも目を見開き、ただ成り行きを見守る他無かった。
「で…でか過ぎる…!!」
 雲の間から顔を覗かせている真紅の竜は…頭だけで軽くムーの全長を超えていて…彼女と比べると……まさにネズミとゾウの差だった…。
「ムーが…喰われたぁあああああああああっ!!!?」
 弱肉強食とは…まさにこの事だろうか……。

『……???』
 一方、ムーは自分が丸飲みにされたとすら気づかず、湿った竜の口内の中で首を傾げていた。
『おーほっほっほっほっほ!!おーほっほっほっほっほ!!!』 
ぼじゅおおおおおおおおおおっ!!!!
『…!!』
 奥の方から何やら熱気が迫ってくるのを感じ取り、素早く身構えた。しかし…その勢いは凄まじく、その奔流に比べればあまりに小さな体では抵抗など無いに等しかった。

ズガァッ!!!
 程なくして、炎に包まれた金色の竜が勢い良く三人の目の前に落ちてきた。
「ムーっ!!?」
 カンダタはあわててその竜…ムーに駆け寄ろうとした…
どごぉっ!!
「……っ!?」
 しかし…突如目の前に巨大な赤い柱が立って彼の行く手を阻んだ。
「げぇっ……!?何だこりゃ!!?」
『おーほっほっほっほっほ!!おーほっほっほっほっほ!!!』
 目の前に立っていたのは柱などでは無かった。
「腕…!?な…長っ!?」
 それは太くて長い赤い鱗に覆われていた天竜の腕だった。
『おーほっほっほっほっほっほ!!!おーほっほっほっほっほっほ!!!』
どごっ!!ぼごっ!!
「オッサン!!危ない!!」
「どうわっ!?」
 引き抜かれてはまた地面に落ちてくる巨大な柱としか思えない赤い何かが何度も地面をえぐっていた。その真ん中でムーはぐったりとしている…。
「潰されたら人間じゃあひとたまりもないぞ!!?」
「………」
 メリッサはまだ上空からその顔を覗かせている自分の母…否、真紅の化け物竜へ目を見開いていた…。
「ムー!逃げろっ!!」
『………』
グルゥ……
 カンダタはムーに呼びかけたが既に精根尽き果てたらしく、弱弱しくうめき声を漏らすだけだった。
『おーほっほっほっほっほっほ!!!おーほっほっほっほ!!』
 次々と地面がえぐられていき…その度に地面が激しく揺れた…。
「!!ムー!!あぶねえ!!」
 ついに巨大な腕がムーの元へと振り下ろされた。
「駄目だ…!間に合わねぇっ!!」
 反射的にカンダタは必死に走ったが、ムーを助ける前に腕が打ち下ろされるのは変えられなかった。
「ち…くっしょぉおおおおおおっ!!!」
 叫びながらもなお勢いを失う事無く走り続けた。

がしっ!!

「「「!!?」」」
『おーほっほっほっほっほ!!!おーほっほっほっほっほ!!』
 しかし、予想していた事は起こらず…変わりに…
ぐいっ!!
 天竜の腕がムーの体を鷲づかみにして遥か高くへと引き寄せていった。
「「「さ…攫われたぁーーーーっ!!?」」」
『おーほっほっほっほっほっほ!!!』
ズガアアアァッ!!!!バシィイイッ!!!ゲシィイイイッ!!!!
 雲の上から凄まじい音が響いた…!
ドガァーーーンッ!!!!!
 そして最後の爆発音と共に再びボロ雑巾の様になった金色の竜が落っこちてきた。
「「「…………。」」」
 もはや三人に言葉を話すだけの気力は無く…手足は震え…驚愕に開いた口は全くふさがる気配が無かった……。