生命の樹海 第五話
「帰ってきたみたいねぇ!!メドラ!!」
 空に浮かぶ箒の上に立ち、腕組みしている赤い髪の麗人が四人を見下ろしていた。
「会いたかったわよぉ!!おーほっほっほっほ!!」
「……。」
 ムーは上空から大声で話しかけてくる魔女を…表情こそ変えずとも…小さく口を開けて呆然と見ていた。
「……あれで、お袋さんなのか…。」
「…!オッサン!!変な事言っちゃ…」
「アラぁ!!そこのアナタ!?女性に年齢聞くなんて失礼と思わなくて!!?おーほっほっほっほ!!」
ドガーンッ!!!
「「あぎゃあああっ!!?」」
 魔女の哄笑と共に突然発生した大爆発によって、カンダタとマリウスは空高く巻き上げられた。
―…イオナズン。
 カンダタ達を吹き飛ばした呪文…それはイオ系最大の呪文だった。それをたやすく使う様子を見ても…彼女が呪文の使い手として凄まじい実力を秘めているのは間違いない。
「お…お母様、落ち着いて!お客様も一緒なのよ!」
「あらぁ!?良く見ればアナタ、メドラじゃないわねぇっ!?本物のメドラは何処行ったのかしらあ!?」
 空に居る母親には既にメリッサの言葉は届いていないようだ。
「……。」
 彼女の言葉…それに何かを感じたようにムーは首をかしげている。
―…私はメドラじゃない?
「アテテテ…、流石はムーの母親だぜ…。」
「…下手にメルシーさんを刺激しちゃこうなるわな…。」
「良く見ればマリウスちゃんじゃないのぉッ!!久しぶりねぇっ!!」
「どうもッス……。」
 ふと母親の魔女…メルシーはゆっくりと立ち上がるマリウスに目を向けた。
「また後でゆっくりとアナタの料理を味わいたいものねぇっ!!」
「は…はい…。」
 圧倒的な存在感に圧されて萎縮気味なマリウスとは対照的に、メルシーは満面の笑みを浮かべながら高笑いしている…。
「でもごめんなさいねぇっ!先にこの子に話があるのよぉっ!!」
「……。」
 有無を言わさぬ口調でマリウスに告げた後、メルシーは箒に乗ったままムーの前まで高度を下げてきた。
「メドラ、イヤ…今はムーって呼ぶべきかしらねぇ?」
「……。」
 彼女は娘の目をじっと見つめた。その目には先程までの狂気じみた様子はなく、鏡の如く澄んだ瞳でムーの顔を見た。
「この際アナタでも良いわねえ。ダーマに送ってあげてからの八年でどれだけ成長したのかしら?」
「…ダーマ?」
 ムーはメルシーが口走った言葉を聞き、ぴくりと反応した。
―やっぱり私は…
 ダーマから追放されたと記憶も不鮮明なまま自称してきたが、目の前の母親を名乗る魔女が言っている事が本当ならば、それもまたムーの過去であると言う事になる。
「んんー、やっぱりメリッサに比べると体は成長してないわねぇっ!?環境の問題だったのかしら!?」
 八年経っても未だに子供の様な体型のムーの体を見て、メルシーは首を傾げた。
「……。」
「…あらぁ!?何よその目は!?文句でもある訳ぇっ!?おーほっほっほっほ!!」
「…全く意味が分からない。」
 本当にいわれた事が分からないのをムーはただ素直にそう言った。
「おーほっほっほっほ!!お仕置きする必要がありそうねぇっ!!」
 ところが、勘違いされてしまったのか…メルシーは突然空高く飛び上がりながら呪文の詠唱を始めた。
「……お仕置きされるべきはあなた。」
 しかし、ムーも負けじと理力の杖を振り翳しながら呪文を唱えた。
「おーほっほっほっほ!!手始めにコレはどうかしらぁっ!?」
「ベギラゴン」
 同時にベギラゴンの呪文が放たれ、巨大な炎が互いにぶつかり合った。
「甘いわねぇ!!」
 メルシーがそう叫ぶと同時にムーが放った炎がメルシーのベギラゴンに呆気なく飲み込まれて一気にムーへと押し寄せた。
「やべぇっ!?ムー!!」
 カンダタはムーに迫る巨大な炎を見て、駆け寄ろうとしたが…炎は無情にもあっという間に彼女へと迫った。
「ピオリム」 
 まさに飲み込まんとしたその時、ムーは素早く呪文を唱え…次の瞬間にはその場から大きく離れた。
「もぉおっ!大人しくしてなさいなっ!!おーほっほっほっほ!!」
 メルシーの傍からこれでもかと言わんばかりに呪文の産物が散弾のようにばら撒かれた。
「バイキルト」
 ムーは腰に差した炎のブーメランを手に取り、攻撃力増強の呪文を唱えてすかさず投げた。
「おーほっほっほっほ!!そんなモノ当たらないわよぉっ!!」
 メルシーに向かって投げたそれは大きく狙いを逸れたが、無数の呪文に一筋の突破口を切り開いていた。ムーは素早くそこに駆け込み呪文の余波を逃れた。
「………。」
 戻って来た炎のブーメランをキャッチしつつ、ムーは空を見上げた。
「おーほっほっほっほ!!私に立ち向かおうなんて随分と成長したじゃないの!!」
「……。」
 ムーは何も答えず次の呪文を唱えた。
「ヒャダイン」
 理力の杖の先から吹雪が巻き起こり、中で無数の氷の刃が形成されてメルシーへと迫った。
「おーほっほっほっほ!!そんな呪文が当たると思って!?」
 今度は呪文を唱えずにメルシーは手を天にかざした。
ぶぉんっ!!!
 「!!」
 次の瞬間、激しい唸りと共にムーの放ったヒャダインが真っ二つに切り裂かれた。
「……理力の杖…!!」
 ムーはメルシーが持っている武器を見て目を見開いた。
「おーほっほっほっほ!!ぼーっとしている暇があるのかしらぁ!?」
 メルシーはそのままムーへと急降下して手にした武器で叩きつけてきた。
「スカラ!」
 ムーは魔法の盾を目の前に引き寄せ、スカラの呪文で強化して受けた。
バシィッ!!!!
「……っ!!?」
 しかし、空からの勢いと理力の杖の魔力はそれを凌駕し、魔法の盾ごとムーを思い切り弾き飛ばした。
「…つぇえ……」
 カンダタは目の前の信じがたい光景に思わずそう漏らしていた…。
「だ…大丈夫だよな……?まさか命のやり取りにまではならねぇよな…??」
「…そうねぇ、あの人…手加減ってものを知らないから……」
「おいおいおい…!!」
「……まぁヤバイのは確かだな。」
 地面で勢い良く転がっているムーを見れば、目前で大暴れしている赤毛の麗人の恐ろしさはイヤでも分かるだろう…。
「……む〜…。」
 木にぶつかってようやく止まった所でムーは立ち上がりながら頭をさすった。
「………怒った。」
 僅かに目を細めながらそう呟き、理力の杖を思い切り振り上げてメルシーに突進した。
ガンッ!!ギィンッ!!ゴンッ!!
 ムーの持つ三日月型の槌の形状の杖がメルシーが振るう刃の先端を持つ杖とぶつかり合い、金属音を撒き散らした。
「おーほっほっほっほ!!やっぱりダメな子ねぇっ!!」
 メルシーはムーと杖を交えながらも呪文を発動し、四方八方からあらゆる攻撃が迫った。
「イオラ」
 しかし、ムーは負けじとイオラを唱えてその全てを無数の爆発で吹き飛ばした。
「あらぁ!?思ったよりやるわねぇっ!!」
 相変わらず余裕の笑みならぬ高笑いをしながらも、メルシーは決定的な隙をさらしていた。すかさずムーは理力の杖を目の前の魔女へと振り下ろした。
ポクッ!
「………!!!???」
 ……その攻撃は、不可解かつなんとも間抜けな音と共に弾き返された。
「おーほっほっほっほっほ!!ダメな子ねぇっ!!こんなモンも打ち抜けない様じゃまだまだでしょうっ!?」
「……!!?」
 後ろに跳ね返されたムーが見たもの…それは…
「おなべの…フタ…!?」
 ムーは珍しく目を丸くしてそれを見た…。木製の円形の板に取っ手が付いたそれだけの品である…少なくとも見てくれは。
「お仕置きよぉっ!!」
 メルシーは勢い良くその木製の鍋蓋をムーに向かって投げつけた。
―よくわからない。でも…今は落ち着かないと。
 余りに理不尽な結果に困惑していたが、すぐに気持ちを切り替え…理力の杖を目の前に迫る標的へと向けた。
「メラミ」
 大きな火球が前方へと飛び、一気におなべのフタを飲み込んだ。
シュバァッ!!ごんっ!!
「……!?……!?……!!??」
 頭に鈍い衝撃を受け、意識が遠のくのを感じながら…ムーはまたもや襲い掛かってきた理不尽と戦っていた…。
―…な……ん……で……???
 ただの木製の板が…触れたら焼き尽くされる程の熱量をもった火球とぶつかって、焦げ目一つ無く自分へと至った…一体何故…!!?
「……む…む〜……。」
―訳が…分からない……!
「我人の裡を捨て汝が境地へ身を委ねん、背徳の化身にして神の眷属たる其は今此処に目覚めよ!!」
 既に頭の中は混乱が支配していた…。表情こそ変わらずとも…ムーの内には凄まじいまでの葛藤が渦巻いていた…!!
「ドラゴラム!!」
 理力の杖を地面に突き立てて体を起こしながら…そう唱えた…!
「グ…グ…グググググググググ……!!」
 激しい鼓動と熱くなる血を感じるうちに…彼女の心の内も満たされていく…そんな気がした。
ブチブチブチィ!!!
グォォォォオオオオオオオオン!!!!!!
 噴出す魔力と急激に膨れ上がった体に纏っていた衣服が悲鳴を上げて四散し、その中から金色の竜が姿を現した。
シュゴオオオオオオオッ!!!
 変身すると同時にムーは竜の息吹を放ちながらメルシーに向かって躍りかかった。
「おーほっほっほっほ!!ドラゴラムねぇっ!!」
 自分よりも遥かに大きな竜を見てもメルシーは特に驚く事無くしっかりとその姿を見据えていた。