生命の樹海 第三話
「…ホントにこの子ったら礼儀ってモノをしらないんだから!」
「……。」
―…あんたが言うかね…。
 外見の美しさに反して…且つ高飛車な雰囲気そのままで凶悪な威力を持つ武器でこの様な暴挙に及ぶ蒼い髪の女性に…カンダタは内心でそう呟いた。
「ごめんなさいね。ああ、申し遅れました。私はサマンオサの神官、レンと申します。」
「……あ…ああ。よろしくな。」
 そして…今度は先程とはうって変わって丁寧な応対で彼女…レンは名乗りを上げた。
「すっかり猫被っちまって…、今更意味ねえだろ、止めとけ止めと…」
ぶぉん!!
「……は…ははは…何でもございません。」
 再びモーニングスターを振るって連れの男を黙らせた後、レンは言葉を続けた。
「サマンオサより王命で魔王討伐へと旅に出たサイモンの息子、サイアスの供として世界を回っております。」
「…ああ、なるほど。お前さんも勇者か。」
 カンダタは彼女の言葉を聞き、納得しつつそう言った。
「…まぁな。つっても、そう名乗ったところで誰も信じはしねぇんだけどな。」
「自業自得じゃ…全く、この親不孝の薄情モンが…。」
「え〜?でもサイアス様は絶対勇者様よぉ〜。だってすっごく強いし優しいしぃ〜。」
「あー…もういい、分かった。」
 一通り見た限り…おそらく勇者サイアスはあの黒い髪の青年で間違い無いだろう。他の仲間達は、話をすすめていた女神官と緑のローブを纏った老人、そして黒いボディスーツに身を包んだ銀髪の女であったが…正直勇者の一行とは思えなかった。
「まぁええわ…。ワシは魔法使いジダンじゃ。」
「…何?ジダンってあのアレか?」

 ジダン 

勇者サイモンの仲間の一人で博識で知られる大魔法使い。
老いた今では修練が行き届かず、呪文の力は日に日に衰え、メラを発するのがやっとと言う状態まで陥ってしまったと言う。
だが、数多の魔物を打ち倒して来た類稀且つ絶大な魔力…それは失われてなお、彼の名を世界に留める事となっている。

 呪文は如何に大いなる才能をもっていても、戦いなどで実際に使わなければやがて衰えてしまうと言う。知識で勝っている呪文の使い手が必ずしも呪文によって大きな力を出す事が出来ないのはおそらくはその点が大きいかも知れない。
「…ほぉ、ワシを知っておるのか。」
「ああ、なんだかすっげぇ偉ぇ人みてぇにあるけどよ、あんた一体何者なんだ?」
「ほっほ、今じゃあただの老いぼれじゃよ。幸か不幸か腰がまだ動くでここに居るサイモンめのこせがれに引っ張りまわされておる所じゃがのぉ。」
「へぇ…そりゃあ大変だな。まぁ然程嫌そうじゃねぇみてぇだが。」
「まぁこれでもあやつの子じゃからのぉ、面倒を見てやりたくもなるわい。」
 緑のローブの老人、ジダンは笑ってサイアスの方を見やりながらそう言った。
「ふふ、お爺ちゃんってこの歳になっても随分元気なのね。」
「ふぁっふぁっふぁ。感じの良い娘じゃのぉ。暴力娘とは大違い…」
ぶぉん!!ごすっ!!
「ごっふぅ…お転婆娘とは大違いじゃのぉ…。」
 再び飛んできた鉄球を脳天に受け、ジダンは血を流しながらフラフラと立ち上がった。
「どうして私の周りには死にたい人が多いのかしらねぇっ!!」
「……おーい、流石にそれはまずいんじゃねぇか…??」
 目を怒りに光らせているレンにマリウスは恐る恐る話し掛けた。
「……あ…あら、ごめんあそばせ。私とした事が…」
「…いつもじゃねぇか…。」
 「私とした事が」と言うよりも、寧ろ彼女レンだからこそ…とサイアスは言いたい様だ。無論の事、それは言わずとも皆理解したようだが。
「…で、どうしたムー。そいつらと何かあったか?」
 雰囲気を見る限り、ムーと四人の旅人の間で特にいさかい等は無いようだが、カンダタは何となく気になってムーに尋ねた。
「……。」
「ああ。一度ロマリアで会ったんでね。」
「なるほどな。じゃあレフィルの嬢ちゃんとホレスの奴とも会ってるって事か。」
 しかし、レフィルとホレスの名前が出た途端、辺りに一時の静寂が過ぎった。
「…?どうした?」
「……い…いや、何でもねぇよ、は…はははは。」
「そおかぁ?…どーも怪しいな…オイ。まぁいいけどよ。」
 何も知らないカンダタ達に図星を突かれそうになり、サイアスは僅かに冷や汗を流した。
―…おいおいおい、やっぱりコイツもアイツらと知り合いだったのかよ…!
 もしもここでキリカがホレスを殺したと言う話をしてしまったら、どうなるか分かったものではない。
―……今コイツらと戦って勝ち目はねぇな…
 咎人と言われるメドラに加え、大盗賊として知られる悪名高いカンダタ、傍に居る赤い鎧の男もまた熟練の戦士が持つ雰囲気を纏っている…。間違っても今戦うという選択肢を選ぶべきではないのは確かだろう。
―……何の準備もなしに戦うのは危険すぎるモンな…。
 だが、いずれは戦う時も来るかも知れない。特にムーは、放っておけば確かに厄介な存在になりかねないのは間違い無い。万が一メドラとして覚醒してしまったら、キリカの言う冷徹な脅威ともなりえる。そうなれば、自分達ばかりか辺りの集落を巻き込む程度のレベルでの危険があるだろう。
「で、嬢ちゃんはどうだったよ?あれでオルテガの娘ってぇのが驚いたけどよ。」
「……そうだな。」
 レフィル…見るからに気弱そうなおっとりとした感じの少女、姿が姿でなければ…勇者と言われても誰も信じないだろう。
「と言うか、まだ旅していると知った時には驚いたわよぉ。」
「あ?」
『しぃっ!!』
 銀髪の女がぼそりと呟いた言葉にサイアスは慌てて口止めした。
「だぁからさっきからなんなんだよ。」
「あぁ、き…気にすんな。」
「……つーか、さっきから銀髪の姉ちゃん、ムーの事ばっかり見てやがってよ。」
 カンダタは先程から落ち着かない様子の銀髪の女…キリカとサイアスに訝しげな視線を向けた。
「…そ…それは…メドラだって知れば誰だって……」
「…!?おい!!どうしてコイツがメドラだって…」
「…そ…それは……」
「……私がそう言ったから。」
「…あ?」
 キリカの言動に瞠目しつつ怒鳴るカンダタを諌めているつもりだったのか、ムーはポツリとそう呟いた。
「私はメリッサやマリウスにメドラと呼ばれてる。だからそう言っただけ。」
「…なんでぇ、そういう事か…。まぁそれにしたって下手にビクビクしねぇ方がいいぜ。」
 カンダタは呆れたようにキリカへとそう告げた。
「…いやぁ、ホントにいつの間にメドラがここまで大物になるなんてな…。」
「ふふ、そうねぇ。まさか世界に恐れられる咎人なんかにねぇ。」
「お前らな……」
「アニキーッ!!出航の準備が出来ましたぜ!!」
 メリッサとマリウスが呑気に振舞っている様にカンダタが何かを言おうとした所で、開拓者の一員の男が大声で彼らに報告した。
「おお、そうか!すぐ行くぜ!…わりぃな、俺達には連れが沢山いるんでな。」
「そうねぇ。時間があったらゆっくりお話しても良かったのだけれど。」
「じゃあ行くか。」
 カンダタは三人を促しつつ先に船へと帰って行った。メリッサも箒に乗って船へと飛び立った。
「……そうだな。それじゃあ縁があったらまた会おうぜ。ジダンさん、あんたもトシなんだから無理はするなよ。」
 マリウスは、最後にジダンを見て…そう言ってからカンダタ達の後を追った。
「…ん、ジダン?あの兄ちゃんに接点があったのかい?」
 去り行く三人から緑のローブの老人へと向き直り、サイアスは彼に尋ねた。
「うむ、あ奴はモーゲンの弟子じゃ。」
「モーゲンって、オヤジの仲間の?」
ぶんっ!!
「…っ!?」
 しかし、話の途中で何かがサイアスの髪を揺らした。
「……なんだ?突風か?」
 彼は不思議に思って辺りを見回した。
「…さ…サイアス様ぁ…!!」
 見ると先程まで一緒にいた赤毛の少女が、手にした理力の杖をキリカに突きつけていた。
「…!?な…何のつもりだ!?」
 流石のサイアスも驚いてムーに怒鳴った。
「あなたから、ホレスの匂いがする。」
「「「「!!?」」」」
 ムーが呟いた言葉に全員が目を見開いた。
「血の匂い……あなたの手に血がついていた。それとそのナイフにも。」
「…な……!!?」
 出会った時の無表情のまま、敵意を剥き出しの状態で四人を冷たい視線で見つめていた。
「…ホレスに何かあったら私はあなた達を絶対に許さないから。」
 それだけ告げるとムーは空に手を翳した。
「ルーラ」
 見えざる力を操って、彼女は船に向けて飛んで行った。
「……な…何だ……?」
 出会った時には気付いた様な素振りを見せなかったが、今の様子を見る限り…勘付かれてしまった様だ。
「……キリカ、大丈夫か?」
「…え…えぇ…。」
「な…何て子なの…いつの間に…」
「…むぅ、只者では無いな。」
 その場にいた全員が…彼女、ムーに畏怖の念を抱いていた。
「や…凄い汗だな……、なぁキリカ。…メドラってのはそんなに怖いのか?死神とかいってたけどよ…。」
 サイアスの言葉にキリカは答えなかった。
―……
「とりあえず、一度サマンオサに戻るか。船もぶっ壊れちまったし。」
「「「………。」」」

―ウワーハッハッハッハーッ!!盗品とは言え斯様な小船でここまでこようとはええ根性しとるのォッ!!
―…ぎゃーっ!?変態ーっ!!
―……ひぃいいいっ…こ…腰がぁ…!
―あらあらあら…、これは参ったわねぇ…。
―……騒いでる場合じゃねぇだろ……。
ドッカーンッ!!
―あぎゃああああああっ!!!

「俺たち…どうにも化け物どもに好かれてるみてぇだな…。」
 ホレスと言いメドラと言い…はたまたあの狂人じみた豪傑まで…サイアスは彼らの事を思い、深い溜息をついた。…だが、その口端は何故か吊り上り…僅かに愉悦を感じている様にも見えた。