深淵への道 第十話

―…ったく、冗談じゃないわよ。何なのあの二人…
 地縛霊の如く執念深い銀髪の男と、無よりも虚ろな目の色をした黒髪の少女…どちらもただの鬱陶しい存在としか見ていなかったが…
―武器一つ変わるだけであんなに強くなるモンなの?…特にエセ勇者の子なんか…!
 吹雪を巻き起こす妙な形状の剣を用いて出来損ないのライデインをより昇華させた形で繰り出すセンス…。
「…ったく…何処行ってたのよ?」
「……あら、居たの?レン。」
 物思いに耽っていたところに、仲間の青髪の女性が何時の間にか傍に居た。
「毎回凄いお土産持ってきてくれるから良いケド。…それで、今日は何もってきたの?」
 レンはキリカの荷物に目をやりながらそう言った。
「…そればっかだな。お前。」
「あんたは黙ってらっしゃい!」
「…つれねぇな、オイ。」
 モーニングスターをちらつかせながら怒鳴るレンにやれやれと肩を竦めてサイアスが嘆息した所で、キリカは幾つかの物を取り出して二人に見せた。
「……あぁ今回は無ぇのな。丸いの。」
「…そうね、もしかしたら地球のへそには無かったのかしら…?」
「あったわよ。…でもぉ…あの銀髪の男の子がしつっこくて…結局その子もろとも瓦礫の下敷きになっちゃったのよぉ。」
「ええっ!!?…もぉ…折角見つけたのにぃ…!余計な事してくれたわね!」
 レンは明らかにいきり立った様子で怒鳴った。
「…今度こそ仕留めたからこれ以上の邪魔は入らないでしょうけどね。」
「……ほぉ、そういえばアイツ…ホレスとか言ったか。…殺してきたのか?」
「だってぇ、絶対いつかサイアス様の邪魔するものぉ。」
 人を殺めても、キリカには特に気負いも無いらしく、無邪気にサイアスに抱きついた。
「…まぁ誰が死のうが俺には関係無い話だがな。ただ運が無かった…それだけの話だろ。」
 サイアスは遠い目をしてそう呟いていた。

「……メラ!」
 レフィルは持ち込んだ松明に呪文で火を灯し、それを右手に握りしめた。
「…何処に居るの…?」
 余した左手には抜き身の吹雪の剣があり、周囲の空気を冷やして白い霧に覆われている。
「……ホレス…」
グルルルルルルル……
 炎に照らされた苔が生した回廊を遠い目で見つめる彼女の前に、数体の魔獣が現れた。
「………。」
 レフィルはその状況を前に…眉一つ動かさずに、左手に持つ剣を構えた。

「……なぬ!?レフィルちゃんが!?」
 事情をマテルアから聞いたカリューは目をむいた。
―一人しか入れへんはずやろ!?…そしたら…元からホレスも進入出来ないちゃうの!?
 傍で聞いていたニージスも、いつに無い状況に首を傾げつつ思案に耽っていた。
「…どうしたものでしょうな。もうその不埒な輩とやらは逃げ去った今…真相を知るのは…」
 おそらく知りえる者であるホレスは、黒衣の女に殺されてこの世には居ない…。
「……いずれにせよ許せへんな。ホレス…仇は取ったる…!」
 闖入者により、遺跡探索を邪魔されたばかりか…命を奪われてしまった理不尽にカリューは憤り、凄まじい怒りをその顔に表した。
「…カリューどの……。」
 オードはその様な彼女を…心配そうな面持ちで見た。
「ふむ…この上レフィルまで失う事があれば…我らは旅の目的を失う事になりますな。」
「…何さらっと言ってるんや、モヤシ!……わてはホレスを殺したそいつだけは…絶対にとっちめな気が済まなや!」
 自分の呟きに苛立ちを強めるカリューに肩を竦めながら、ニージスは何か別の答えを探していた。
―…或いは…

「ベギラマ!!」
シュゴオオオオッ!!
 少女が唱えた呪文と共に、灼熱の風が蠢く者達の間を駆け抜けた。
「………ここにも…居ない…。」
 自らに刻まれた傷にもまるで影響されず、レフィルは地球のへその中をさまよい続けた。
「…一番奥……。きっとそこに……」
 地面に開いた大穴や多くの魔物達の亡骸を見て…少なくともホレスはここで倒れてはいないと確信した。
「ピキ!?」
「…?」
 不意に足元から甲高い鳴き声が聞こえてきて、レフィルは下を見下ろした。そこにあったのは銀色の体を持つ魔物だった。
「……。」
 メタルスライム…鉱石を食べている内に進化したスライム種の一つとも言われている魔物で、その輝く金属の体は如何なる攻撃も跳ね返す絶対的な防御力を持つ。だが、レフィルがそれを見て思ったことはまた別のものだった。
―…わたしは……
 自らの姿が…メタルスライムによって映し出されている…。
「………何を…していたんだろう……。」
―…ホレスを助けたい…少なくともこんな所から出してあげたい…そう思っていた。でも…
 行く先々で数多くの魔物を容赦無く斬り捨て、命を奪ってきた。体には幾つかの爪痕と…多くの返り血を浴びて真っ赤に染まった部位があった。
―…その為に…また…多くの命を……
 マテルアとの稽古で身に付けた力…それによりここまで無事に来ることが出来たが、何かが間違っている…レフィルは目的のために歪んでしまった物の存在に気付き、呆然と立ち尽くした。
「ピキ?」
 メタルスライムは目の前の少女が突然動かなくなった事を疑問に思ったのか、彼もまた…その場にしばらく留まっていた。

『引き返せ』

「……!」
 突如、大広間に厳かな低い声が響き、レフィルは顔を上げた。
「ピキッ!?」
 一方、メタルスライムの方はそれに怯えて飛び上がり、着地と同時に一目散に逃げてしまった。
「……今のは…一体…?」
 辺りを見回したが、特に声の主らしき者は誰も居ない。
―……。
 それもそのはず、この辺りの魔物は全て自分が切り伏せてしまったから先程のメタルスライム以外の何者もここに存在しない…。同時に、レフィルは激しい後悔の念に押されて体が熱くなっていくのを感じた。
―…どうして…わたしは……ここにいるの…?だけど……
 心身共に力が抜けていくのを感じながらも、レフィルは立っていた。
―まだ……帰りたくない…。

 奥の階に行くにしたがって、段階を経るが如く…敵の強さも増していった。
「……く…!」
 宙に浮く細長い体の龍…スカイドラゴンの突進攻撃を水鏡の盾を使って受けたが、重量の差が大きすぎて後ろに思い切り吹き飛ばされた。
「きゃああっ!!」
 壁に体を激しくぶつけて、その衝撃でひびの入った天井が崩れてレフィルはそれに埋もれてしまった。
―…体が…動かない…!
 レフィル自身にも体中に奔る突然のダメージに体が付いて行かず、しびれて動けなくなっていた。
グルゥ…
 しかし、今の攻撃で龍は彼女を見失ったのか…辺りを見回している。やがて何も居ないと悟ったのか、龍は唸りながらその場を去っていった。
「う……。」
 感覚が戻り、レフィルは瓦礫の中から這い出した…が、全身に洒落にならないダメージを負い…よろめきながら体中から血を流していた。
「ベホイミ…!」
 余りに深い傷はそれだけで癒える事は無く、疲労による衰弱も…治まらなかった。

『引き返せ』

 回廊に再び声が響いた。
―…また……。何処から……。
 先程も聞こえてきた謎の声。…声色からすると同じ者が発する声だろうか…。
「…今になって……どうして……?」
―……嫌だな……。
 繰り返される耳障りな言葉にレフィルは少しずつ疲れていた。
「……。」

『引き返した方がいいぞ』 

「…だから……もう…何が言いたいの…」
 声が掠れているのは傷と疲労のせいだけではなかった。
―…………ホレス……何処に居るの……?
 この苛烈な環境で取り残されれば…その結末も絶望的なものである事は間違いない。
「見つからない…ここまで進んだのに……」
―…だったらもうこれ以上探しても無駄でしょ?
「…え?」
 時折聞こえるものとは違う声がレフィルの頭の中に響いた。
―どうせ彼はとっくに魔物の餌食になってるわよ。…いい加減諦めたら?
 それは自分の声色で饒舌に語りかけてきた。
「そ…そんなこ…と……」
―無いって言えるの?
「!」
―あなただって…何度も死にそうになったじゃない。仮に彼が居たとして、見るに耐えられない状態だった時…あなたはどうするつもり?
 黒衣の女が持っていた血濡れのナイフ…その刃にかかっては長くは生きていられない、仮に生きていようとも…満足に動ける状態ではないはずである。
―仲間一人の為に、あなたまで死ぬつもり?

『引き返せ』

 レフィルの中にある心の闇が紡ぐ思考からの語りかけが続く間も…不思議な声は何処からとも無く響いてきた。しかし…もはやレフィルの耳にはそれは届いていなかった。
「彼だって命をかけていた…。みんなの為に…。だったら…」
 彼女の言葉に答える者は誰も居なかった。
「今度はわたしの番…それだけ。」

彼が生きてるかどうか…それはもう問題じゃない。
…勇者として…そんなのも関係ない。
ただ…目的の為に命をかける…。それだけの話…。