深淵への道 第八話

グォオオオオオオオン!!
「…ちぃっ!!」
 巨大な顎で噛み付いてくるスカイドラゴンの猛攻をかわし、懐に滑り込んだ。
―…倒せない!……ならばどうする…!?
 堅牢な鱗を持ち、巨大な体と鋭い爪…そして灼熱の息吹…全くスキの無い強さを秘めた強敵を前に、ホレスは珍しく焦っていた。
―爆弾石はさっきの大部屋で最後だ…。間合いを切ってもすぐに追いついてくる…!
「…!」
 ふと、ホレスは先程手に入れた魔杖の事を思い出した。
―…他に手段も無い。
「南無三…!!」
 魔杖を…顎を開き炎を吐かんとするスカイドラゴンへと振り翳した…が何も起こる気配が無い。
「……失敗か!?」
 しかし、龍が炎を吐く事も無かった。
グルルゥ……
 そして、スカイドラゴンは徐々にその瞳を狭め…やがて眠りについた。

『ライデイン!』
 マテルアの掌から雷鳴が轟き…衝撃波と化してレフィルへと迫った。
「…!アストロン!」
 すかさずレフィルは鋼鉄化の呪文を唱え、衝撃を受けた。
「く…!えいっ!!」 
 レフィルは吹雪の剣の力を解き放った。複数の氷塊がマテルアへ向かって飛んでいった。
『ベギラマ!』
 対してマテルアは、炎を顕現してそれと相殺しつつ…レフィルへと突進した。
「はぁっ!!」
 間合いに入る直前に、レフィルは剣を地面へと突き立てて氷の壁を築いた。
『おっとっと!』
 マテルアはあわや氷の壁へぶつかるところでそれを蹴って後ろへと下がった。

「…次から次へと……」
 手負いの人間は…魔物達にとって格好の糧であるらしく、ホレスは先程から執拗に魔物に追いまわされていた。小動物系の魔物をドラゴンテイルで薙ぎ払い、巨大なキラーエイプには雷の杖をお見舞いした。
「これは…奥の手を一つ……」
 荷物から一つの長い筒を取り出し、中身を開いた。それは文字がびっしりと書き綴られた一つの巻物だった。
「大地の神々よ、寄り添いて我に力を与えん!バイキルト!!」
 傷ついたホレスの体の内から力が溢れてきた…!
「……はぁあああああああああああっ!!」
 ドラゴンテイルを握る手に力が篭る。
「ドラゴン程の頑強さならともかく…お前ら程度なら…」
ギャウッ!!
 凄まじい唸りと共に、キラーエイプは上下が泣き別れになり、絶命した。
「……一撃で仕留められる…!」
 次いで投擲されたナイフは一直線で迫り来るマッドオックスの群れの急所を捉えて貫通し、後続の魔物まで一気に仕留めた。
「覚悟は出来ているだろうな…?」
 生き残った魔物達に…冷徹にそう告げながら、ホレスはドラゴンテイルを振り下ろした。
 
「はぁ…はぁ……。」
『お疲れ。…稽古とは言っても…凄いな姉さま…。ここまで追い込めるんだ…。』
 息一つ乱さぬマテルアに対し、レフィルは非常に疲弊した様子で身を屈めていた。
『じゃあ、今日はこれまでにしようか。』
 マテルアは鎧を外し、剣を鞘に収めた。そして…モシャスの呪文を解いた。
「…ふぅ。あーノドが乾いたなぁ。」
 マテルアは変化を解くと、ぴょんぴょんと外へと跳ねていった。
「……。」
 体が熱くなり、節々が痛む。この様な形で集中して剣を振ったのは初めてと言っても過言では無かった。
「ホレス、わたしは……」
―…結局あなたを頼ることしか出来ない…。
 ここ数日の稽古でレフィルは確かに自信をつけてきた。…しかし、同時に自らの力量が…どの程度の物かも改めて思い知った。
「よいしょっと!」
ガタン!
 物思いに耽るのも僅かな間、レフィルは近くに水瓶が少々乱暴に置かれたの見て肩を竦めた。
「姉さまも水飲みたいでしょ?」
「あ…ありがとう…。」
 レフィルは水筒を取り出すと、水瓶に湛えられた水を掬い上げて口へと運んだ。
「ぷっはぁ…やっぱりスライムには水分は欠かせないね。」
「そうだね…。」
 明るく振舞うマテルアとは対照的に、レフィルは遠い目をして虚空を見つめた。

「………休む暇も無かったな…。」
 すっかり静まり返った石の回廊に座り込み、ホレスはそう呟いていた。辺りには自分が倒した魔物の亡骸が転がっている…。
「…あれ以上続いていたら面倒だったな。」
 中身が突入時の半分近くにまで減っている荷物を見つつ、嘆息した。
「使える物は…せいぜいこれぐらいの物か。」
 持ち込んだ道具は…古代文字の辞書や自身は使えない呪文の書等…ある種の手がかりになりうる物以外は殆ど失われ、魔道士の杖の先端の魔石や雷の杖、そして薬草や毒消し草等の僅かな道具のみとなった。
「それと…」
 途中、遺跡の中にある薄汚れた武具や、得体の知れぬ野草等も拾っていたが…冒険者として学んだ事が生き…それらが持つ性質を理解して…このギリギリの状態を生き抜いてきた。
「……これくらいか。」
 その中から手に馴染む物をいくつか身に帯び、残りは背中の刃のブーメランと一緒に背負った。
―……さて、この先どこまで進めるか…。
 奥に進む度…厳しさが増すばかりの戦いで傷つき、既に体の方も極限状態に達している事は理解していた。
―…蒼の光とやら…この目で見てみたいものだ。
 ラーミアの封印を解く為に必要であろうオーブこと光…。これもまた一つの鍵に過ぎない事を思うと、まだ先は長い…。

…その頃…。
『…もう、最後の最後でこんなワケのわかんない仕掛けなんか置かないでよね…。』
 何も無いはずの空間に…一人の女が佇んでいた。その姿は闇に溶け込み…本当にその場に無いと思わされるが……その存在を知り得る者は誰もいない…少なくとも今は。
『……あの場で殺さなければ良かったかしらね。』
 口惜しいといわんばかりの言い振りで…闇の女はそう呟いた。
『…でも、生きてるかしら?あの子…バケモノだものね。』

「行き止まりか…。」
 血に塗れた折れた剣…そして砕けた刃のブーメランを捨て、ホレスは最後に行き当たった石壁に手を当てて…しばらく立ち尽くした。
ガコンッ!
「……仕掛け…或いは罠か…それとも……」
 呟きながら、ホレスはへこんだ石のブロックを暫し眺めて…すぐにおもむろに壁全体を調べ始めた。
「………これは動かせるか。…ん?…良く見れば順番があるんじゃないか…??そうならば…傷の付き具合からして…初めはこれだな。」
 ホレスの呟きは止まらない…。いつもとは全く別の姿…それを見たものは誰も居ない…はずだった。

『……何なのよ。せっかくきてくれたと思ったらぶつくさいってばかりで……さっさと進めなさいよぉ…。』
 どこからともなく洞窟の空気を僅かに振るわせたその声は…今のホレスには届かなかった。
『………もう一時間になるのに…全く、レディを待たせるなんて野暮な子ね。』

ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!
「……隠し通路…この先にあるのは一体…」
 ホレスが石の壁を少しいじると、その奥にある分厚い壁が彼を招くように左右へと引っ込んでいった。
「……!」
 道が完全に開いた時、奥の方から光が見えた。
「蒼い光…!」
 ホレスはそれに導かれるままに進み…その根源へと至った。
「これが……青いオーブ…なのか……?」
 闇の中に光っていたのは青く光る宝珠を抱いた竜の像だった。
「……拍子抜けだな。ある意味では当然とも言えるが。……さて、これを取った後は後は来た道を帰るだけか…。最後の最後で随分お粗末な仕掛けだったが、長かったな…。」
 そして、竜の像から青い珠を手に取ろうとした…。
『……ごくろうさま。』
「!!」
 しかし、その手は女の嘲笑まじりの労いの言葉で止められた。
ドスッ!
「……なっ!?」
 突如肩口に刺さったナイフを見て、ホレスは目を見開いた。
「……く…!!」
―…くそ……やはり曲者がいたか…!

―イオラ!

「…貴様があの呪文を唱えたのか…!?」
 見えざる相手にホレスは怒りとも恐れとも言える凄まじい形相で尋ねた。
『ふぅん、聞こえてたの?』
「……一体何が目的だ!?」
『いっつもあの人の邪魔ばかりするアナタ達の息の根を止めたかった、それだけよ。』
「……!」
 女の言い振りに…ホレスはその正体を確信した。
「…ポルトガの…!」
『あら、覚えていてくれたのね。でも、名前までは知らないでしょう?』
「……。」
 名前など聞いてなんとなる…ホレスは黙って残った右腕でドラゴンテイルを取った。
『…アタシはキリカ。サイアス様の…』
「…!?サイアスだとっ!?」
 今も闇に塗れてその姿が見えない女…キリカが放った言葉にホレスは瞠目した。
―……何故あいつが…!
『んもぉ…何も分かってないのね。』
 キリカは嘆息しながらやれやれと言わんばかりに首を振った。
「…お前らがオレ達の事を消したいと言うのであれば…オレはあの子を守る為に…貴様らを倒す!」
『…させると思って?アナタ如きにアタシのサイアス様に指一本触れさせはしないわ。』
「…いずれにせよ、オーブは渡さん!」
 一喝するように叫び、ホレスはドラゴンテイルを闇に向かって放った。