深淵への道 第七話

「…しかし…どうしたものか…。」
 先程のミミックのマホトラを受け、ホレスの魔力が削られてレミーラの効果が切れた。
―レミーラは…せいぜいあと二、三回…か。
「松明なら無くはないが…今は必要ないか…。」
 確かに暗くはあったが…まだ階層が浅い為か…所々に日の光が差し込んでいた。
「…この杖にも、闇を照らす力は無いみたいだしな。」
 先程手に入れた魔法の杖を見てホレスは嘆息した。
―だが、思いの外使えそうだ。
 どのような力が込められているか分からない古の杖…ホレスはそれを左手で弄びながら先へ進んだ。
「…階段か。」
 何の変哲も無い石造りの階段が下へと繋がっている…。その先は闇に覆われていて何も見えない…。
「……。」
 ホレスは耳を澄ませて辺りの様子を窺った。
「魔物の巣だ……。」
 闇の奥から…無数の足音と唸り声が聞こえてきて…ホレスは少し眉をひそめた。
「ならば突破するだけだ…!」
 ホレスは音一つ立てずに階段を下りて、下の階層へと進んだ。
 
「……。」
 階段を下りた先には高い天井と、何処までも続くような大広間が広がっていた。
―眠っているな…。
 奥の方から聞こえる足音と…辺りからの魔物の寝息……。
「レミーラは…まずいな…、ここは…。」
 ホレスは荷物から薬草の一種を取り出してそれを口に含んだ。
「まぁ目薬草など気休めに過ぎないな…。」
―気付かれずに済めばそれがいいが…。
 感じられる多くの魔物の気配…これだけ多くの数と戦えば…恐らくただでは済まない…。その様な事態にも関わらず、ホレスは特に気負った様子も無く…普通に歩いていた。…しかし、気配は完全に断たれていて…彼に近づく魔物はいなかった。
―問題は…何処に出口があるか…だな。
 限られた視界の中…暗中模索でホレスは魔物だらけの中を歩んだ。魔物の足音や苔の匂いを感じつつ…徐々に闇に目が慣れてきた。
―四人いれば戦うという選択肢が真っ先にくるところだったか…
 流石に四人では…気配を消して魔物を避けて通ると言う事は出来ない。…だが、ある意味では戦う選択肢が一番手っ取り早いと思うと…一人では心細い気もした。
―…今に始まった話ではないがな。
 元々一人で旅してきたが、…仲間の存在がもたらす安心感を改めて感じたような気がした。
「イオラ!」
「…!?」
 しかし…突然、何処からか呪文を唱える声がした。
ドガーンッ!!
「なにっ!?」
 同時に爆音が鳴り響き、蠢く者共が一斉に目覚めた。
グルルルルル……!!
「ちぃっ…!」
 殆どの魔物が轟音を聞いて怯えるどころか…いきり立ってホレスを睨みつけている…!戦いは到底避けられそうに無かった。
「っ…!レミーラ!」
 こうなってしまっては最早隠れている事に意味は無い。ホレスは大広間を照らし出す光を放った。
『…斬!』
ヒュッ!!
 後ろから刃が一閃され、ホレスの背中を掠めた。
「…く…!地獄の鎧か…!」
 さまよう鎧の上位種に当たる亡霊…地獄の鎧。熟練の戦士の動きで迫る剣技は…時に力任せに暴れ回る魔物をも凌ぐ恐怖を味あわせてくる…。
ギィン!!
 無意識に腰に差した長剣を左手で引き抜き、逆手に持って返す刃を受け流した。
「くそっ…!面倒な…!」
 怨念により…劣化せずにある甲冑の堅牢な防御と鋭利な剣による一撃必殺の斬撃…これによって不覚をとり、命を落とした冒険者も少なくない。
ピシャーン!!
『…ォオオオオオオッ!!』
「くっ…!!」
 ホレスが振るった雷の杖の魔力は…鎧を僅かに焦がしただけでダメージにならなかった。
―…こんな時に…レフィルの吹雪の剣があれば…!
 吹雪の剣の強度で鎧を貫き、内側から凍らせて砕く事ができれば話は早いのだが…。
ドゴォッ!!
「…!」
―しかもこっちも相手にしなければならないのか…!
 大部屋の随所に散らばっていた大小様々な魔物達が、既に近くまで迫ってきた。
『ラリホー』
「…く…!!」
 先程は怯えて逃げていったアルミラージが催眠の呪文を唱えてきた。
「まだまだっ!」
 力が抜けていく体に鞭打ち、ホレスは荷物から一つの小瓶を取り出して地面に叩きつけた。粉に宿る力が睡魔を打ち破り、ホレスに力を与えた。そのままドラゴンテイルをラリホーを唱えたアルミラージの群れに放ち、その命を断った。すると小さな魔物達の何匹かはホレスに危険を感じ、踵を返して逃げていった。
「……この程度か…。」
 だが、小さな魔物を数体倒しただけでは…大した威圧にはならず、更に強い魔物がこちらへと押し寄せてきた。
うがぁあああああっ!!
『…斬!』
「…手に負えんな。」
 キラーエイプと地獄の鎧の同時攻撃を受け流してかわし、激突する両者の上に飛び乗り、更にそれを蹴って天井に迫る程高く飛び上がった。そして、天井に絡まっていたツタに掴まり、下を見下ろした。
ニャァアアアアアアアッ!!!
 下からキャットフライを初めとする空飛ぶ魔物がこちらへと飛んできた。
「邪魔だ…!」
 空いた手でドラゴンテイルを振るい、コウモリのような姿の猫を引き裂いた。つんざく様な断末魔を上げながら落ちていく同胞達を見て、残りは恐れをなして逃げていった。
―…やはりこう来たか…。
 天井に掴まってから程無い内に、下に魔物が群れてきた。
「まとめて吹き飛ばしてやる!」
 ホレスは腰に括り付けた袋を開くと、爆弾石を一気に六つ程掴み取り、下に向かって投げつけた。
ドガガガガガーンッ!!!
 六つの爆発が地を抉り、集った魔物達を砕いた。
「…まだ生き残っていたか…だが!」
 ホレスは雷の杖を振るって粉塵の中にいる魔物に電撃を喰らわせた。
「……とりあえず、大方は片付いたが…」
 城壁ほどの高低差を物ともせず、地面へと着地すると…ホレスはドラゴンテイルを構えた。
『『斬!!』』
ザクッ!
「…うぐっ!!」
 直後に迫った地獄の鎧の二体同時攻撃を避けきれず、剣が肩に僅かに食い込んだ。
「…これでも…喰らえっ!」
 間合いが完全に詰まったところで、ホレスは鎧の隙間に爆弾石をぶち込んだ。
ドガーンッ!!
「ぐぁあああっ!!」
 当然自分も無事で済むはずが無く、粉々に砕けた鎧の破片で全身に傷を負った。
「…ハァ…ハァ…!!…これで打ち止めか…。」
 辛うじて踏みとどまったホレスを…実体無き鎧の騎士達が取り囲む…。
「……望む所だ…!」
 爆弾石も尽き、他の武器でも決定的なダメージを与えられない相手にも…ホレスは怯む事無く強い眼差しで睨みつけた。
 
『やっ!』 
ギィン!!
「きゃあっ!!」
 悲鳴と共に、蒼い剣が回転しながら宙を舞い、離れた所に突き刺さった。
『少し握りの位置が甘かったみたいだね。』
「…う…うん…。」
 マテルアは地面に突き刺さった吹雪の剣を拾い上げ、丁寧にレフィルへと返した。
『でも、さっきの思い切りは良かったと思うよ。剣の筋自体は凄く良いみたいだよ。』
「そう?」
『…んー…まぁやっぱり敵にまで優しいのはちょっとネックになってるかも知れないけどね。それでも、オイラの動きにはちゃんと付いてきてるし。』
「…でも、わたしと同じなんでしょう?…だったらまだ…。」
『そうそう。自分自身の限界に追いつく為にやってる…って師匠は言ってたな。』
 同じ体を持つ筈なのにマテルアは自分よりも遥かに強く感じた事に、レフィルは複雑な気分になった。
―…頑張ればそれだけ強くなれるって事だけど…。
『大丈夫大丈夫。焦る事無いって。口じゃあ簡単に言えるけど、すぐに強くなるなんてそうそう出来る事じゃないからさぁ。』
「…そうね。」
 励ましの言葉をかけるマテルアに微笑みかけながら、レフィルは再び立ち上がった。
―…ええと、どうしてこんなに力が湧いてくるんだろ?
 レフィルが真剣な面持ちでこちらへ構える一方、マテルアは…ふと、その様に考えていた。

「……く…!!」
 散らばる鎧の破片の真ん中で、ホレスは膝を屈していた。その手に握った剣は砕け…体は血に塗れている…。
「…なるほどな…これは……厳しい…。」
 先程破壊した地獄の鎧…もし四人揃っていればカリューの大金槌の餌食となっているであろう。
「……それに、予想以上に傷ついてしまったな…。」
 薬草を飲み…傷がついた部位に町で買った薬草類を調合した薬を塗りながら、レフィルやニージスの回復呪文の存在の大きさも思い知った。一人でいる事の孤独感よりも、仲間に助けられてここまで来た…そちらの気持ちのほうが強かった。
「無理せず帰る事も一つの手だが……。」

―イオラ!

「……一体さっきの声は……」
 おそらくはこの階層の何処かに潜んでいると思われたが、今は魔物の気配以外は何も感じられない…。
「いずれにせよ…まだ…いけるな。」
 止血と処置を終えて、ホレスはゆっくりと立ち上がると、遺跡の探索を再開した。