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深淵への道 第三話

 突然姿を現したスライムは、黒装束の青年にしっかりと押さえられて身動きが取れなかった。
「ちくしょおっ!!オマエなんかにぃ…!!」
 口惜しいと言わんばかりに身を震わせながら、スライムはただ叫び続けていた。
「黙れ。」
 ホレスは腰からもう一つ爆弾石を取り出し、スライムの口へとあてがった。
「…喧嘩を売る相手を間違えたな。さて、どうしてくれようか。」
 スライムを捕らえつつ、彼は他の四人へと向き直った。
「……何だ、その目は…。」
 しかし…彼が見たのは、明らかに気まずそうな表情をした…カリューとニージス、そしてオードの姿であった。
「い…いや、ホレス…幾らなんでもスライム相手にアツくならんでもええんやないか?」
「はっは。獅子は鼠を駆るにも全身全霊を尽くすとは聞く物の…」
「弱きを虐げるのは…神の意に反するのでは…?」
 そして…
「………。」
 レフィルはその間で言葉を失っていた。何を言ったらいいものか分からないのだろう…。
「だいたい、お前…余裕無さ過ぎや。」
 ホレスの手からスライムを引ったくりながら、カリューは呆れたようにこう告げた。
「んな物騒なモン…こんなカワイイ奴に突きつけるって…お前…憐れみって奴が無いんちゃう?」
「そうだそうだ!全く…喋るスライムに対して何て乱暴な!」
 何故か捕らえられている身であるはずのスライムまで加わって、ホレスを言葉攻めにした。
「…ふん、自業自得だと思うがな。第一、敵に情けなどかけるいわれも無い。」
 だが、彼には全く効いていないのか、抑揚無くそう返してきた。
「むぅ…やっぱりカタブツやなぁ…。もう少し…」
 押しても引いても手応えが無い様子を見て、カリューは物憂げな顔でホレスに何かを言おうとした…
「おーほっほっほっほ!!本当に面白い事になってるわねぇっ!!」
 しかし、それは空からのもう一人の闖入者によって遮られた。
「…!!」
 以前感じたものと似たような空気に、ホレスは思わず身じろぎした。
―…まさかな…
 恐る恐る空を見上げると…
「……メリッサ…いや……違うな…。」
 箒に乗った赤い長髪の麗人が…ゆっくりとこちらへと下りてきた。
「あらぁ!?アナタ、メリッサの事を知っていて!?出来のいい子でしょう!?おほほほほ!!」
「…あ…ああ。」
 年齢は…おおよそ20代半ばと言ったところだろうか…、メリッサと同じく…女性としての体つきに富み…妖艶な雰囲気を醸し出していたが…常に高笑いを絶やさない所に不気味さを感じる…。
「…ふむ…、笑いダケでも食べましたかな?」
 ニージスがポツリと呟いた言葉は…魔女の哄笑で掻き消された…。

「…ええっ!?メリッサさんのお母さん…!?」
 その後、神殿の入り口へと着き…ひとまずそこで休憩を取る事になった。
「そうなんだよねぇ。メルシー姉さまってこれで実は50代らしいよ。レフィルお姉さま。」
「お…お姉さまって…」
 スライムはレフィルに懐いているのか、彼女の周りを飛び回っている。
「おーほっほっほっほ!気合さえあれば歳と美貌は関係なくてよ!!ねぇマテルア!?」
 レフィルの膝の上で佇む青みを帯びた半透明の魔物にそう尋ねた。
「だよねぇ。」
「……成る程…確かにムーの親と言うだけの事はあるな…。」
 メリッサの母と言う事は…ムーの母である可能性は十分ある。時折見せる豪胆な一面は母親譲りなのだろうか…。
「メドラの事は聞いてるわよ。全く…とんでもない事になってるそうじゃないのぉッ!?そこのボウヤ!?ニージスって言ったかしらぁっ!?」
「おおぅっ!?…な…何ですかな?」
 余りの気迫に、ニージスは珍しく決まり悪く応えた。
「あの子が大分世話になったようねぇっ!!おーほっほっほっほっ!!」
「は…はっは、いやはや…ダーマもダーマでしたからな…。」
「最後にはあの子を助けてくれたそうじゃないっ!?それはもう感謝してるわよぉっ!!出来の悪い子でも我が子だものねぇっ!!おーほっほっほっほっ!!」
 メルシーの言葉に気を悪くする者は誰もいなかった。…少しでも話の腰を折ろうものなら…今も垣間見せている圧倒的な力の前に膝を屈する事になるだろう。
―でも…やっぱり心配してたんだね…。
 言葉ではあの様に言っていても、レフィルにはメルシーがムーに対して抱いていた不安が感じられた。やはり母として、幾つになっても子の事は気になる物だと言う事だろうか…と。
「おおっと!もうこんな時間じゃない!?話の途中で悪いけど行かなきゃならないの、また会えるといいわねぇっ!!おーほっほっほっほっほ!!」
 メルシーは突如そう言い放つと、箒を引き寄せてその上に飛び乗った。
「……!!」
 細い棒にどっしりと両足で立っている見事なバランス感覚に、全員が目を見張った。
「銀髪の子、アナタには期待してるわよぉっ!!おーほっほっほっほっ!!」
「…な…何を…」
―何でオレが…?
 …そんな瞬間も気付いた時に過ぎ去り、メルシーは大空へと舞い上がっていった。
「…嵐が過ぎたな…。」
「うん…。」
 その後…神殿の前に暫しの静寂が訪れた…。

「…で、姉さま達って神殿に用があるんだよね。」
 言葉を話すスライム…マテルアは、レフィルにそう尋ねた。
「え…えっと…」
「ああ。…魔王バラモスを倒す為に必要な力を探している。」
 言葉に詰まったレフィルに代わり、ホレスがその質問に答えた。
「オマエには聞いてない!」
「……。」
 マテルアが騒ぐと、ホレスは黙ってそれを睨みつけた。
「…ってまぁいいや。…魔王って、レフィル姉さまって…」
「ふむ…勇者……ですかな。」
「そうなんだ。へぇ…。もしかしてサマンオサの?」
 マテルアはレフィルが携えている盾を見て、そう言った。
「ううん、これはサマンオサで作られただけで…本当は父さんの手に渡るはずだったんだ…。」
「父さん…って、ああ…もしかしてアリアハンの勇者って言われるオルテガって人の事?」
 レフィルはそれに対して只頷いた…だけだったがオードはそれを見るなり…
「ななな…なんと!?オルテガ様の…!!?」
 驚愕した様子で、レフィルへと詰め寄った。
「どどど…どうしたい!?方向音痴のオッサン!?」
「「「方向音痴?」」」
 マテルアが思わず口にした事に、レフィル、ホレス、カリューは異口同音に間の抜けた声をあげた。
―ふむ…やはりそうだったので…。
 ニージスは一人胸中でそう呟いていた。
「ええ、それはもう…命を顧みないあの方の献身的な戦い振りに…我々がどれほど救われた事か…。」

―オルテガ様!…この教会の事は良い!!ここはお退き下さい!!
―……。
―その様なお怪我をなさっていては…無茶です!
―…だが、俺は…行かねばならない……!それが貴方方へのせめてもの手向けだ…!

―………この程度の小悪党等に手間取っている暇は無い…。一気に片を付けさせてもらうぞ…!…イオラ!!

「その後…私達の教会を…襲い来る魔物から守り切り…一週間程休まれた後、また何処かへと旅立って行かれたのです。」
「…凄まじい限りやなぁ…。天地を覆わんばかりの大軍勢だったんやろ?それをたった一人で深手の傷を省みずって…どないな根性しとるのや?」
 オードが語るオルテガの話に、皆が聞き入っていた。
「そんな事が…。」
「まさに正真正銘の勇者…と言うべき存在でしたぞ!!うむ…貴女もまた…その様な方を目標にして…」
「…!」

「……目標とするべき人物…それを勝手に父と決め付けるな。」
 言葉に込められた怒りさえ感じるほどの抑揚の無さでホレスは…夢を見ている様なオードに向かってそう告げた。
「…な…」
「…子が必ずしも、親を目指すとは限らない。それが例え…偉大なる者の足跡であれ、同じ道を志す事であってもだ。…この子が目指す勇者という物が…オルテガとはまた違った物であったと知り、それを否定するならば…愚かと言えるだろう。」
 容赦の無い言い振りに、皆が眉をひそめた。
「…ったくオマエは…正しい事を言えばそれで良いと思ったのか?」
 マテルアが真っ先にホレスに機嫌が悪そうに尋ねた。
「……別に。さっきのオードの言葉にレフィルが少し戸惑いを覚えているように見えたのはオレだけか?そう見えたからこそ言ったまでだ。」
「…せやけどなぁホレス、そんな事言って…空気悪くしとる事に気付かんのか?」
「…ふむ、いつものホレスらしくないですな…。」
 カリューもニージスも…ホレスの言葉に不快な物を感じ取り、…それぞれ口々にそう告げた。
「……。」
 しかし、レフィルだけは…何も言わずにホレスの背中を見ていた。
―ホレス…。
 オードに対しては相当なショックを与えてしまったようだが…不思議と嫌では無かった…。
―…父さんとは…また違った勇者…。それって…わたしが言おうとしていた…
「…いえ、良いんです…。皆さん。ホレスどのの言う事も…間違いだと言える道理はありません…。寧ろ…私が軽率な物言いをしてしまったのが悪かったので…」
「オードはん…。」
 先程の明るさは既に無く、オードは遠い目をして俯いた…。
「見損なったで…ホレス。」
 カリューはキッ…とホレスを毅然とした面持ちで睨みつけた。
「勝手に言っていろ。…オレのやり方への下らん無駄口を叩いたところで聞く耳など持たない。」
「…お前……いつまでもそうやってられると思わんことやな。」
「ふん…。」
 ホレスはその場から立ち上がり、神殿の更に奥へと進んでいった。