深淵への道 第二話


「…ここが…神殿がある樹海か…。」
 ホレスは町の北に空高くそびえる森林を見上げた。
「今日こそ…今日こそは聖域を我が目に焼き付けますぞ…!!」
 オードは目を輝かせながら、手にした錫杖をしっかりと握り締めた。
「空から一望出来れば楽なんだけどな…。」
「…そうだな。…あの木なら登れそうだが…。」
 木の一つに目を付け、ホレスはあたかも木の上で生活しなれた猫の様に滑らかに登って行った。
「…成る程な…。ここからでは分かったものではないな…。」
 見渡す限りの樹海…。その中に神殿を建てる為に切り開かれた後は無く、
「いっその事現地の者に案内してもらうのも手だと思うがな?」
「それが…その案内人の方が重病に伏せっておられまして、あの分じゃ一週間は動けないでしょうし、一ヶ月は絶対安静でしょうな。」
「…ああ、成る程な…。」
 オードもまた一人の神官であると同時に医療に精通した者でもあるのか、初めから村の者の案内は期待できないと知っていたようだ。
「それに、この森には…他を凌駕する化け物が出るそうで…誰も近づきたがらないと、その方に聞きました。」
「……ふむ、化け物ですか。どのようなものなので?」
「…実はそれについては何も聞いておらんのです。何でも…化け物とは言っても…姿を見たものは誰もいないそうで…。」
「何?……まさか、その案内人とやらは…そいつにやられて…?」
 目撃者無き正体不明の怪物と恐れられる者…。誰も知りえぬ脅威がこの先にいるのを思うと…皆僅かに不安を覚えた。
「だが…あんたはよく襲われなかったな。」
 噂になる怪物に、神殿を求めて森中を探した彼が襲われていないと言う事を不思議に思い、そう言った。
「そう言えばそうですなぁ。神のご加護があったのかもしれませんね。」
「ふむ…一理ありますな。では、お話はこの辺にしてそろそろ行きますか。」
 ニージスは皆を促しつつ、真っ先に森へと歩いていった。

「…んん?今度はあのマヌケなオッサンだけじゃないのか?…ふぅん。」
 街中にある二つの影が…森へと入る五人を見つめていた。
「あらぁ、随分見所ありそうな子が居るじゃないっ!!楽しみねぇっ!!おーほっほっほっ!」
「メルシー姉さま…声大きいよ…。」
 小さな方の影が、長身の女性の影にそう囁いた。
「んもぉ、つれないわねえ。おほほほほ!折角だから様子見に行ったらどぉかしら、マテルア?」
「そうだねぇ、今回のは少し骨がありそうなのが居るみたいだし、何より一人がね。」
「一人って誰のことかしら?面白い事があったら知らせなさいよぉっ!!おーほっほっほっほ!!」
 女性はそう言うと、不意に高速で舞い上がり、一瞬で大空へと消えていった。
「さぁて、オイラも行こうかな。」
 小さな影もまた、一瞬で森の中へと疾駆して…誰にも知られぬままランシールの町から消えた。

「……見えてきたな。」
 ホレスは足元にあるタイルの欠片と柱の跡…そして木々の隙間から見える石の建築物の屋根らしき物を見てそう言った。
「…むむ?おかしいですぞ…?何故こうもあっさりと…。」
「まあ複雑な道ではありましたな。迷いの森と言うには弱くはありましたが。」
 自分が数日間迷った挙句見つからなかった神殿を、四人は半日も経たない内にその手がかりへと行き着いた事に、オードは首をかしげていた。
「…これもホレスのお陰かな…。」
「確かに…ホレスどのが示す道には間違いは無かったみたいでしたな。」
 彼はレフィル共々黒装束の間から覗かせる銀髪の青年を見た。
「……あんたが言った通りに進んだだけなんだがな。」
 対してホレスは歩みを止めずに手帳の中身を見ながら振り返る事無くそう返した。
「でも、同じように進んでなして迷ったんや?オードはん。」
「…あや…そ…それは…。」
 カリューに尋ねられて慌てた様な表情で、オードは言葉を詰まらせた。
「…道を途中で間違えたのかもな。」
 手帳に描かれたこの辺りの地形を示す簡単な地図を見て、ホレスは嘆息しながらそう言った。
「…この辺りで進むべき道を見失ったのだろう。」
「見失った…?ってどういう事や?」
 ホレスの言葉に、カリューもその地図を覗き込んだ。指差されているのは数ある十字路や三叉路のような分岐の多いエリアだった。
「何処を見ても同じように見えてしまうが、道順さえ間違えなければ辿り着く事は容易だ。…だが、ここで迷う事は十分考えられるだろう。」
 口頭で複雑な作りの地形を進む道順を正確に伝える事は容易ではない。まして、同じような風景が続く道ならば尚更である。
「…はぁ…ですが……このような道を通った事…この数日中にはありませんでしたぞ?」
「……そう感じるだけでは無いのか?」
「いや…、ここまで複雑な通路など…無かったワケでして…。」
「…何?」
 かたくなに否定する…と取ってしまえばそれだけの話であるが、オードの言い振りに何処か引っ掛かる物を感じてホレスは彼に向き直った。
「…ここ以外は殆ど一本道のはずだろ?一体何処で迷ったんだ…?」
「ふむ…何となく分かった気はしますがな…。」
「……ニージス?分かったのか?」
「いやいや、何となくの域を出ないので。」
 それ以上ニージスは何も言わなかった。
―方向音痴…ですな。
 導き出した結論…これを言って良い物かを内心で迷いながら…。
「「…?」」
 ホレスとレフィルは彼の言葉に余計その事が気になり、顔を見合わせた。
「またもったいぶりおって…今度は何や、ええ?」
 飄々とした態度にしびれを切らし、カリューはニージスに絡んだ。
「…はっは。ここは心の内にしまっておきたく…」
 肩をつかまれても、首に腕を回されても…ニージスはただはっはっは…と笑うだけで手応えがまるでなかった。
「仲間に秘密も何もあったモンやないで。いいから教え…」
 余計に興味をそそる結果となり、カリューの腕がニージスを締め上げようとしたその時…!
びゅんっ!!
「危ないっ!」
 真っ先に反応したのはホレスだった。
「「!?」」
どんっ!
 怒鳴り声に反応してこちらを見る二人を突き飛ばし、迫り来る者へ向かってナイフを投擲した。
ズンッ!!
「ッ…!!」
 しかし、闖入者はそれをあっさりかわし、ホレスの懐へと飛び込んだ。咄嗟に黒装束の手甲で受けたが、勢いを殺しきれず…そのまま後ろへと弾き出された。
「な…なんや!?」
「ホレス!!」
 レフィルは何者かの攻撃を受け、宙へ浮いたホレスを見て悲鳴をあげた。
「…くっ!?」
 転倒する前に一回転して無事に着地した。
「くそ…!一体誰だ…!?」
 うめきながら、ホレスは懐の大振りのナイフを構えた。
「…一体何処に…!?」
 他の四人も各々の武器を取り出し、見えない敵に身構えた。
ボゥッ!!
「!」
 不意にホレスの真上に大きな火の玉が現れた。
「メラミ…!」
 ニージスがそれが呪文による物と気付いているその瞬間、火球は地面へと舞い降りて爆ぜた。
「甘いな!」
 しかし、当たる直前でかわし、ホレスは取り出した爆弾石を放り投げた。
ドガーンッ!!
「人間相手に消え去り草使えば大抵の相手はごまかせる。…だが、運が悪かったな。」
 爆発の直撃を受けた敵が地面に落ちる音を聞きながら、ホレスはそう告げた。
『…テテテ…。全く…アッタマくるなぁ…。誰だよオマエ…。』
 爆発によって巻き起こされた土ぼこりが舞う中から少し高めの声が聞こえてきた。
「関係ないな。それ以上邪魔するなら次は命を貰おうか。」
『言ったな!コイツ!!』
 敵はいきり立つと、再び気配を消した。
「……無駄だ。」
 しかし、ホレスは動じずにドラゴンテイルを取り出し、何も無い空間へと振り下ろした。
『…っ!?スカラッ!!』
 予想外の事に慌てた様子で敵は呪文を唱えた。
「…捉えた…。」
 同時にホレスは空いた手を前へと突き出した。
ぱしっ!
「はーなーせぇーっ!!」
「「「「!!」」」」
 見守っていた四人はホレスの手に掴まれている物を見て思わず息を飲んだ。
「…スライム…!?」
「……ふん。やっぱりな。」
 突然姿を現したスライムは、黒装束の青年にしっかりと押さえられて身動きが取れない様だ。
「ちくしょおっ!!オマエなんかにぃ…!!」
「…喧嘩を売る相手を間違えたな。さて、どうしてくれようか。」