山彦の塔 第三話


 金色の竜が地面に降り立つと、ひっ!…と言う悲鳴が武装した村人達の間から漏れ、皆が後じさった、
『……。』
ウルルルルル…
 自分を見て怯える村人達を見下ろして、ムーは僅かに唸りを漏らした。
「…まぁそりゃあ驚くわな…。」
 カンダタの様に普段から見慣れているわけでも、マリウスの様に戦いの中に生きている中で度胸がついているわけでも無い普通の村人にとって、目の前にいる金色の竜は余りに大きく…そして恐ろしかった。
『別に食べたりしないのに。』
「あのな…自分で今のナリ分かってんのか?ドラゴンだろうが、ドラゴン。」
『?』
 本人には恐れられていると言う自覚は全く無いらしく、武器を突きつけてくる村人達を見て首を傾げていた。
「ああ、コイツは一応俺らの連れだ。特に何かする様な事は無ぇから武器を下ろしてくれねぇか?」
「でも、バケモノ…」
「ほぁたぁっ!!!」
『!』
ドゴォッ!!
 カンダタが村人を宥めている時、一筋の影が金竜の目の前を掠めた。
「ヤルね!デカい図体してる割りに随分速いね!」
 反対の方から凛とした声が聞こえてくる。どうやら今のはその声の主の仕業のようだ。
『…破壊の鉄球。』
 ムーは目の前を通り過ぎた物の正体を言い当ててそう呟いた。地面にトゲ付きの巨大な鉄球がめり込んでいる…。
ジャランッ!!
『!!』
 今度は何処かで聞き覚えのあるような馴染み深い音と共に上から何者かが襲い掛かってきた。
「アラ、ホント。気をつけたほうがいいわね、サイ。」
 それは四角い先端を持つ巨大な錫杖を持った小柄な桃色のポニーテールの少女だった。彼女は華麗に着地すると、同じく大きな得物を持つ二つ結びの黒髪をした、緑色の装束を纏った同じくらいの体格の少女へと向き直りそう告げた。
「了解ねジナ!油断はいつだって禁物ある!」
 彼女に答えつつ、サイは鉄球の鎖を引いた。
「お…おいおいおい…。何か凄い事になってねぇか…?」
 マリウスは使い手の身に余る程巨大な鉄球と錫杖を構える二人の少女を見て肩を竦めた。どう見ても目を疑う様な光景であったものだ…。
「…てか、アレってソロバン…だよなぁ?」
「あんな女の子が…?」
「ありえねぇ…。」
 開拓者の間でも…それを見てざわめきが起こった。
『…丁度良い。』
 怯える村人と興味深そうに眺める開拓者達を横目に、ムーは只そう呟いた。
「あ〜…止めるのももう面倒だぜ…。」
 二人へ構えるムーに…カンダタは深いため息をついた。
「はいやぁっ!!」
「でぇええっ!」
『…退屈しのぎにうってつけ。』
 ムーは掌を広げて迫り来る者達へと振り下ろした。


「さて…着いたわね…。」
 メリッサは平原に聳え立つ塔の入り口に降り立ち、その扉へと手を当てた。
「アバカム!」
 呪文を唱えると、扉の間で何かが蠢く音がした。
「…どうせまた寝てるわよね。だったら今開けちゃっても問題は無いはずよね。」
 すんなりと扉を押し開け、メリッサは静まり返った塔へと入っていった。

 アープの塔

 かつては今は失われた王国の灯台として使われていた。最低限の足場しか用意されていなかったのはその灯台としての役目ゆえである。
 突如訪れた時の大災害によりその国土が荒廃し…多くの民は死に絶え、残った者は旅の扉を作り出してその場を離れたと言う。
 逃れた民が切り開いた山中の集落…それがサマンオサの原型となった。
 当時捨て置かれた荒野の内に立つ塔を知る者は、山を隔てた深き森に生きる…現在のスーの者達だけとなってしまった。
 
 入り口から少し歩いたところに大きな石碑が立てられていた。
「……ふふ、随分と暇をもてあましているみたいね。また新しい石碑を作っているなんてね。」
 古代文字では無く、ありふれた文字と文体が刻まれたいわゆる記念碑の様な物であった。
「長い事会ってなかったから心配してたけど、随分と新しいからまぁお爺ちゃんの体は大丈夫そうね。」
 そう呟きながら石碑から踵を返して塔の奥へと消えていった。

「ハイハイハイハイぃっ!!」
 大きな掛け声と共に、二つ編みの少女が巨大な鉄球を振り回してくるのをムーは空高く飛んでかわした。
「デッカい癖にちょこまかとっ!!」
 同時に後ろから迫ってきたジナの持つ巨大なソロバンつきの錫杖が翼を掠めた。
―でも、こっちも反撃出来ない。
 如何にドラゴンの姿を取っていても、二人の持つ得物が持つ破壊力は純粋に恐れるに値する。ムーは空に留まり下を見下ろして様子を見た。
「どうしたね!ワタシらに恐れをなしたあるか!?」
『……。』
 空を飛び、様子を見ているだけの金色の竜を見て、サイは不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。
「空飛んでワタシらから逃げられるなんて思わないことね!」
『!』
 そして、鉄球の柄をしっかりと握り、体を思い切り回転させた。ぶぉんぶぉん…と凄まじい唸りと共に辺りに旋風が巻き起こった。
「ハイヤァアアアアアアアッ!!!」
 気合と共に、鉄球がムーへ向けて投げ放たれた。
『…ハンマー投げ…。』
 呆れたようにムーはそう呟き、迫り来るトゲ付きの鉄球を見た。
―これは避けられない。
 それは着実にムーの体を捉えて、今からでは回避する事は困難だった。
『……。』
―この姿のままだったらの話だけど。
 鉄球がムーの腹に直撃すると同時に、彼女の体が光の粒子となって辺りに散った。
「…!消えた!?」
「倒した…の?」
 余りの強烈な一投に粉々に砕け散ったのか…。
「バカ言うなよ。そう簡単にムーがくたばるワケねえだろ。」
「「…え?」」
 カンダタが思わずもらした言葉に、サイとジナはきょとんとして彼を見た。
―でも、痛いものは痛い。
「「!」」
 何処からとも無く聞こえてくる竜の声に、二人は辺りを見回した。
―ベギラゴン

シュゴオオオオオオオッ!!!
「あちゃちゃ!!ひ…火が突然現れたある!!」
「…呪文!?一体どこから!?」
びゅんっ!!
「!!」
 突然巻き起こった荒れ狂う炎から飛び退いた二人に赤い影が熱風を纏いつつ横切った。
「……こっち。」
「「!!」」
 激しく唸りを上げる猛火の中から小さい声が聞こえてくる。
「……あ…こ…これは……」
 ジナはその何処にでも居そうな声の主を見て、表情を強張らせた。
「ジナ!どうしたね!一体何者ね!」
 友人の様子がおかしいのをすぐに感じ取り、サイは敵に向かって怒鳴った。
「ムー。」
「ムー…?…違う…、だって…あなたのその姿…」
 握る力が弱まり…手の内から武器を取り落としたジナに、ムーは掌を翳した。
「させないある!!」
「イオラ」
ドガーンッ!!
「あいやー!」
「きゃああああっ!!」
 爆発が巻き起こり、二人は空高く吹き飛ばされた。
「まだまだぁっ!!」
 サイは爆発の勢いで落とした鉄球を拾おうともせず、すぐに炎に包まれたムーへと疾駆した。
「ヒャダルコ」
「甘いある!」
 目の前から飛んできた大きな氷塊を、サイはその小さな拳一つで粉々に砕いた。
ドゥッ!!
「っ!!」
 しかし、その直後…サイは腹に無防備に何かの攻撃を叩き込まれて…凄まじいまでの勢いで後ろへと吹き飛ばされた。
「仕返し。」
 胸が詰まって息をする事さえかなわぬまま、サイは地面へと激しく身を打ち付けて転げまわる中で意識を手放した。その時に目にしたのは…炎の中で杖を振り下ろした体勢でこちらを見ている赤毛の少女の姿だった。

「…やれやれ、後片付けする方の身にもなれよ。」
 収まりつつある炎の中に佇む赤い髪の少女の後ろにカンダタは歩み寄った。
「いきなり襲ってきたあの人達が悪い。」
 振り向かないまま、ムーはカンダタにそう返した。
「……だからってな…もっとマシな戦い方だって……ってオイッ!!?」
 炎が静まり、視界が晴れたところで見た光景を見てカンダタは大仰に仰け反った。炎の中でも火傷一つ負っていない白い肌が惜しげもなくさらされている…。
「……またかよ…っていうか今度は服ちゃんと元に戻るんだろ?だったらさっさと着とけよ。」
―こいつ…女だって自覚まるでねぇのな……。
 船でドラゴラムを唱えた時と同じシチュエーションにカンダタは深くため息をついた。体つきはまるで子供ではあるが、魔女として生来持ちうるものなのか、何処か艶やかな雰囲気を纏っている…。
「…でも、今は着れない。」
「…あ?」
 ムーの返答に間の抜けた声を上げながらカンダタは彼女の体を見た。
「……!!」
 そしてすぐに絶句した。足元の血溜まりと、血がついた足…それと右手が押さえている箇所を見て、カンダタはすぐにそれを改めた。
「オイオイオイ!!ケガしてるじゃねえか!!…ベホイミ!」
 押さえているムーの手の上から、カンダタは回復呪文を唱えた。
「…ありがとう。」
 ムーは傷が治ったのを確認すると、カンダタに向き直り礼を言いつつすぐに緑色の糸を召喚し、その身に纏った。
「想定外だったな…。アヴェラのヤツにやられた傷が開いたのか?」
「八割方そう。」
 ドラゴンの姿を取っているとは言え、スカラ等の補助も無しにまともに高速の巨鉄球を受けたのだ。無事で居られる方がおかしい…とも言えるだろうか。
「でも、久々に楽しかった。」
「……こっちは少しヒヤヒヤしたけどよ…。まぁ人の楽しみとやらに手を出すのはあまりいい趣味じゃねえからな。」
 カンダタは…ムーに限ってはただ振りかかる火の粉を払うと言う事は無い事を知っていた。
「カンダタもやる?」
「あ?お前とか?……あ〜…今は遠慮しとくぜ。」
「…じゃあまた今度。」
 ムーはそう言うと、スーの村を後にして船のほうへと戻っていった。
「……少し位は恥ずかしがらねぇモンじゃねえのか…?」
 服を汚したくないからと言って…生身の体を見られるのは女性として…否、人間として問題があるのではないかとカンダタは心底思った。