山彦の塔 第二話


「嬢ちゃんは外に出ねぇのか?」
 船室の一角で佇んでいるムーに開拓者の一人がそう尋ねた。
「…これが終わったら行くかも。」
「かも…って……、まぁいいや。一人ぐらい留守番はいたほうがいいかも知れねえからな。んじゃ、頼んだぜ。」
 彼はムーにそう告げ、船室を去り…外にある縄梯子を伝って外へと出て行った。
「……これだけじゃ上手く行かない。」
 ムーは机に並べてある物を見てそう呟いた。
「……。」
 傍にはたくさんの紙くずが転がっていた。それにはおおよそ人の書く字とは思えない内容がびっしりと刻まれていた…。そのど真ん中で、ムーはあれこれぶつくさ言いながら羽ペンを手に気が狂ったように書類を書き上げている…!しかし……

 一時間後……
「…飽きた。」
 あっさりそう呟き、椅子から立ち上がるなり軽く伸びをして、部屋の外へ向かって歩き出した。そして、最早もぬけの空の甲板に出ると…
「……我人の裡を捨て……」
 少女が唱える言葉と共に…辺りは一気に静まり返った。
「身を委ねん……今ここに……ドラゴラム」
 詠唱が終わったと共に…ムーの体の内の鼓動が高まり、それを押さえる様に…彼女は胸に手を当てて来るべき時を待った。
「グ…ググググ………」
 ムーは、力強く体の中に鳴る力強い鼓動が全身へと行き渡り、自身に確かな力がみなぎってくるのを感じた。

ブチブチブチィッ!!
グオオオオオゥゥゥゥゥン!!!!

 身に付けていた緑の服が裂け、その内から金色の竜が姿を現した。
『……。』
 いつもならばカンダタや他の者達が騒ぐ所だが、今は全員が出払っていて辺りはかなり静かであった。
『やられっぱなし……』
 ムーは己の体に触れてそう呟いた。金色の手が触れた場所には痛々しいまでの傷痕が胸から腹にかけてうっすらと残っている…。
『でも、今度は負けない。』
―分かっていれば二度はないもの。
 海賊の女首領アヴェラとの戦いで傷つけられた部位をさすりながら、ムーは静かにそう呟いていた。
『……眠い。』
ズゥウウウウン
 そう呟きながら、彼女は甲板に横たわった。巨体相応の低い寝息を立てながら…金色の竜は実に穏やかな表情で眠りについた。

「それじゃ、私は行くわね。」
 スーの村の入り口で、メリッサはマリウス、カンダタ…そして現地の知り合いにそう告げた。
「おう、危なくなったら戻って来いよ。ムーの為にもな。」
「ふふ、大丈夫よ。相変わらず優しいのね、親分さん。」
 そう言うと、メリッサは箒に乗って上空へと舞い上がった。
「ほぉ、嬉しい事言ってくれるじゃねえか。そうありたいモンだぜ。」
「優しい…ねぇ…アンタにゃ似合わないな。」
「うっせぇ!黙ってろ!!」
 カンダタはいつものようにからかってくるマリウスに怒鳴った。
「おいおい、んな怒鳴るなって…。ホラ、怯えてるぜ…。」
 マリウスは肩を竦めながらきょとんとしている村人達を指差した。
「…そ…その服……何処で手に入れた?」
 その様な気まずい雰囲気の中で、一人の村人がカンダタにそう尋ねた。
「…あ?こいつは俺様が仕立てたんだ。別に何処かで買ったわけじゃあねぇ。」
「……変な服。」
「……そっちかよ!?」
 普段から服装をけなされるのは慣れていたが…まさか辺境に来てまで突っ込まれるとは思っていなかったらしく、カンダタは大仰に仰け反った。
―…コイツらに言われたくないと思うのは気のせいか?
 鶏冠のような羽飾りをつけている者、顔に派手な化粧を施している者…住み慣れた場所では見られない辺鄙な出で立ちのスーの村人達を見やり、カンダタは心中でそう毒づいた。
「ははは、やっぱり変だとさ。」
「…あー…くそ……この格好の何処が気に入らねぇってんだ…。俺の一張羅だってのによ…」
「…でも、他に無い不思議なものを感じる。」
「「…あ??」」
 村人の言葉に、二人は揃って同じタイミングと動作で応えた。

 その頃…
「…言われた程には酷くなっていないみたいねぇ…。」
 スーから少し離れた上空で、メリッサは漠然とそう呟いていた。
「これももしかして…あの人の仕業かしらね。」
「ウワーハッハッハッハーッ!!一人で斯様な所に来ようとはええ根性しとるのォッ!!」
「あ、言ってる傍で来た。」
 何時の間にか自分と併行して飛んでいるもう一つの巨大な物体を見やり、メリッサは思わずそうもらした。
「ムムゥッ!?もしやお主はムー嬢かァッ!?」
「あら、私はムーじゃないんだけ…」
「そうかそうかァッ!!ここ暫く見ぬ内に随分と成長したものじゃのぉッ!!」
―ふふ…相変わらずマイペースな事ね。
 何をしでかすか分かったものではない破天荒な爆弾オヤジを前にしても、メリッサは思いの他落ち着いていた。
―まぁ逆に言うと、何を言っても無駄って事だけど。
「魔物退治に随分精が出るわね。お陰でこの辺りは静かになってるわ。」
「オオッ!!そうかそうか!!それは良かったのォッ!!!ウワーハッハッハッハーッ!!」
 いつもの狂喜に歪んだ物凄い形相の笑顔のまま、爆弾オヤジのバクサンは空へと何かを投げ上げた。
「ええ、凄く助かってるわ。」
―後はむやみに危ない事しなければ完璧なのよねぇ…
 メリッサはこの後轟くであろう轟音に備えて耳をふさいだ。

「…しかし、さっきから揺れるなぁ…。この辺りって地震とか良く起こるのか?」
 揺れで自らの鎧が擦れ合う音に顔をしかめながら、マリウスは村の者に尋ねた。
「違う。魔物を倒してくれる方の武器の力。」
 すると、思わぬ返事が返ってきた。
「…ん?…待てよ…?もしかしてそれって…」
「……!!」
 その時…カンダタとマリウスの脳裏に浮かんだもの…それは…
「……聞かなかった事にしようぜ…。」 
「…だな。それが無難だな。」
 軽く薄ら笑いを浮かべてマリウスは村の奥へと歩いていった。
「アニキ〜!なにやら凄い物が売ってますぜ!」
「…ん?どうしたんだ?お前ら?」
 カンダタは開拓者達を見て目を丸くした。

『…む〜…?』
 船が揺れたのを感じ取り、ムーは船上で目を覚ました。うつ伏せに倒れた体勢からゆっくりと起き上がり、前に足を投げ出して尻尾を後ろへと下げた。
ルゥ……
 竜本来の唸り声も漏らし、彼女はその長い首を回して辺りを見回した。
『……。』
 しかし、特に変わった様子は無く…彼女は首を傾げた。
『でも、騒がしいのは間違い無い。』
 先程から村の方が騒がしいのをその耳で感じ取り、そちらの方を見やった。
―ホレスだったらもっと良く聞こえるかも。
 二ヶ月程度の旅の中で、ムーはホレスの聴力の良さを十分に思い知っていた。気配察知はもちろん、あたかもコウモリやイルカであるかの如く音から周りの地形を理解していた事実もしっかりと覚えている。
『…これだけは勝てない。』
 そう呟くと、ムーは黄金の翼を広げて…甲板を蹴破らん勢いで力強く蹴って空高く飛び上がった。

「……どっかで見た気がするのは気のせいか?」
 カンダタは目の前に並んだ開拓仲間を見てそう呟いた。
「わからんッスけど、やっぱ格好いいと思わんっすかね?」
「…まぁな。んにしても派手過ぎやしねぇか?」
「そッスか?」
 目の前に並ぶ開拓者達は皆顔に赤や蒼の化粧を施し、ニワトリの様に逆立った髪をしている…。どうやらこの地で売っていた留めるなり固めるなりする道具でそのモヒカン頭を作り出したようだ。
「何にしても、スーの民族衣装とやら…確かに面白いわな。俺様の一張羅と同じカラーリングだしなぁ。」
「「「違ぇねぇ!!」」」
 赤の覆面と青いタイツの出で立ちのカンダタを見て、開拓者達は揃ってそう言いつつ笑い出した。
「あんたらもそう思うだろ?」
 自慢のマントを翻して、カンダタはスーの住人達に意気高らかに尋ねた。
「…でも、やっぱり変な服。お化けみたい。」
「だぁっ!?」
 思いもよらぬ村人の言葉に彼は思い切り転んで地面に頭をぶつけた。
「…だ…だぁれがお化けだぁっ!!?」
「ああ、そういやエリミネーターとか言うバケモノもそんな服着てたなぁ。」
「うっせぇ!!…だいたいテメェなんか…」
「カイルのアニキ!!」
 マリウスに毒づくカンダタに向かって開拓者の一人が上を指差しながら注意を促した。
「!」

「ムムゥッ!!玉切れかァッ!!」
 野太い男の声が下の山に響いた。ところどころに大きなクレーターが形成されている…。
「…本当に玉投げみたいだったわね…。」
 巨漢を乗せた糸の切れた凧と併行していたメリッサは疲れた様子でただ下の惨状に嘆息していた。
「これは致し方ないのォッ!!すまんのォ!ムー嬢!!」
「…だから私はメリッ…」
「ウムッ!!では健闘を祈るぞォッ!!ウワーハッハッハッハーッ!!」
 バクサンは鼓膜が破れん勢いでそう声を張り上げながら、物理的にありえない動きをする凧共々、大空へと飛び去っていった。
「ふふ…、面白い人なんだけどねぇ…。ま、当分この辺りに魔物は現れないでしょうケド。」
 メリッサはおもむろに水晶玉を覗き込んだ。…そこには大空に浮かぶ凧と箒におびえる蠢く者達の姿が映っていた。
「この分なら今日の夕方にはアープの塔に着きそうね。」
 凄まじい嵐の後の静寂を保つ空の上を、メリッサの箒は何者にも邪魔されずに軽快に飛んでいた。

 大空を舞う金色の竜に、皆の注目が集まった。
「ドラゴン嬢ちゃんじゃねぇか!」
「いやぁ…派手な登場の仕方だなぁ、流石はアニキの妹分。」
 見慣れた者にとってはこの光景はさほど大きな問題にはならない、のだが…
「化け物キライ!」
「あっち行って!」
 村の者達は口々に竜に罵声を浴びせながら弓や槍などの武器を彼女に向けた。