レフィルの帰郷 第十二話

 我ら、神の名の元に大魔を退けし者。
 心せよ、全ての災いはギアガより出ずる。
 其は深淵に繋がり、数多の蠢く者を招かん。

「ギアガ…?」
「ふむ…、聞き慣れぬ言葉ですな。」
「あんたでも知らないのか?」
 ダーマで賢者として様々な知識を得ているニージスが知らないと聞き、ホレスは少し眉をひそめた。
「あらゆる聖地や魔境の通り名は存じてますが、これは聞いたことが無いもので。」
「…そうか。」
 ニージスの知識は偏り無く、様々な面で多くの学者を凌駕する事は、共にしている者全てがしる事であった。レフィルやカリューも意外そうにニージスの顔を見た。
「私とて人間ではあるのですが。」
「…薀蓄だけが取り柄やからなぁ…。」
「はっは。まぁ少しは努力した方が良いみたいで。」
 ニージスはそれを聞き…乾いた笑いを浮かべた。
「…ん?」
 それを横目に、ホレスはふと…何かを感じて辺りを見回した。
「どうしたの?」
「…何かが…光っている気がしてな…。」
「え?わたしには…」
 レフィルが首を傾げる傍で、ホレスは地面を探り始めた。
「……これは…」
 彼は摘み上げたものを目の前に掲げた。
「…何か書いてあるね。」
 レフィルはその言葉を読み上げた。

 最後の鍵は此処にあり。
 悪しき者の手に在れば闇への道…
 善き者の手に在れば神苑への道が拓かれん。
 全ての道を拓きし力を汝へ与えん。

「…最後の鍵……?」
 それに刻まれた文字を読み、レフィルは首を傾げた。
「……これが…その最後の鍵とやらか…。」
 ホレスの手に握られた金色に輝くおよそ鍵とも思えぬ形状の物体…それが伝説に謳われる最後の鍵…。
「…ふむ、どうやらマネマネ銀から出来ているみたいですな。」
「マネマネ銀…?…っ!?」
 突然物体の先端が蠢き…先へと伸びはじめた。
「…伸びた…!?」
「ほぉ…これは面白い。…実際に目にした事は無かったが、まさかこの様な力まで…。」
 ホレスが握る"最後の鍵"はぐんぐんと伸び続け…何かに当たる手応えがあった。
カシャン…ゴトッ
「!」
 ホレスの耳に、遠くで何かが落ちた音が聞こえた。
「おや?どうしたので?」
「遠くの鍵を外したみたいだぞ…。」
「おおぅ、それはそれは。」
 特に驚いては居ないようだが…ニージスは大仰に仰け反って見せた。…だが、やはり興味深そうに"最後の鍵"を見ている限り、まんざら演技でもないようだ。
「……ニージス、どうやらこれはとんでもない代物だぞ…。」
「その様で。よくぞまぁこんなクセのある金属をこうまで加工できるとは…。」
「昔の技術の産物もバカに出来ないな。」 
「…或いは神と呼ばれる者達が作ったと言うのか…。」
 それが人間として類い稀れな能力を持つ鬼才の匠の成せる業なのか、はたまた人智を超えた正真正銘の神の気まぐれで作られた代物なのか…ホレス達に知る術は無い。
「……っ!?」
ドッ!!
「何だ…?」
 突然物音がして、ホレスはそちらに向き直った。そこにはレフィルがその場に座り込んで固まっていた。
「レフィル……どうした!?」
「…あ、ご…ごめんなさい。ちょっと驚いちゃっただけ…。」
 レフィルは慌てて立ち上がってホレスへと駆け寄った。
「一体何が…?」
「うん……」
 三人はレフィルが指差した方…先程最後の鍵が開いた扉の向こうを見た。
「……骸骨…か。」
「ふむぅ……こないになるまで此処におったんか…。」
「さぞや寂しかった事でしょうな…。」
「……お墓…作ってあげた方がいいかな…?」
 四人が物言わぬ屍を見つめている中…足元まで海水が溜まり始めていた。
「…そうしたいのも山々だが、あまり時間も無いみたいだな。渇きの壷を回収して脱出するぞ。」
 ホレスはそういうと真っ先に外へと走り去っていった。
「……じゃあ我々も。渇きの壷の回収はホレスに任せて…入り口まで。」

「本当に戻るんだ…。」
 アリアハンに戻った一行は、船がアリアハンの岬に泊まっているのを確認した。
「ふむ…本物のようで…どれ。」
 ニージスはそう呟きながら、船の中へと向かった。
「…大したモンやなぁ…アリアハンの技術も。」
「確かにな。」
「……うん。」
 レフィル達もまた、船へと歩いていった。
「……全く…、突然何をしたんだ君は…。」
「あんたは…」
 ホレスは船から出てきた人物…兵士のリーダーに呼び止められてそちらに向き直った。
「君が投げた壷があの大渦を引き起こしたんだろう?…どういう事か説明してもらおうか。」
 他の三人が船の中に入るのを横目に、ホレスは事情を説明した。
「…確かに、熱くなって周りが見えなくなってしまっていたようだからな。その事は詫びておかないとな。」
 事情を説明している内に、兵士のリーダーは先程の訝しげな表情を消し…話に聞き入っていた。
「ふむ…流石は勇者一行だな。こんな凄い現象を起こせる物まで持っているとはな。」
 先程までの事務的なものではなく、親しみがこもった口調で兵士は話を弾ませた。
「…だが、これで魔王を倒す事は出来ないだろうな。……もっと強力な物が無ければ…。」
「ふむ…魔王と言えども生物には違い無いはずだろうに…そこまで大袈裟な力は必要なので?」
「……あるに越した事は無いと思うがな。」
 二人の会話に、兵士のリーダーは少し俯いた。
「…どうした?」
「…あ、すまないな。少し考え事をしていただけだ。」
「そうなのか。…しかし、今回はいい成果が持ち帰れそうだぞ。」
 兵士の様子が少しおかしいのに怪訝な顔をしながらも、ホレスは腰に下げた袋から先程の"最後の鍵"を取り出した。
「…それは?」
「最後の鍵だ。あの沈んだ遺跡の中で拾ってきたんだ。」
「鍵?…そう見えなくも無いが……面白い物を持ってきたな。」
「…実際に古びた扉を開いてのけた。鍵である事は間違いない。」
「何?」
 どうやってこれが扉の鍵を外したのか…?兵士はそれが気になって仕方が無かった。
「……しかし、いきなり危険な行為に出た君も悪いが…我々も我々だ。おい!勝手にルーラを唱えたヤツは誰だ!?」
 兵士のリーダーは外にアリアハンの者達が集まり始めたのを見ると、彼らに向かって怒鳴りつけた。
「も…申し訳ありません!エメラル隊長…!」
「貴様の処分はまた後で通達する。二度とあの様な真似をするな!」
 厳しい口調で兵士…エメラルは勝手に呪文を使った魔道士に対してそう告げた。
「……オレがそもそもの原因だと思うが?」
「いや…君はアリアハンの兵士や文官では無い。どちらかと言うと客人に近い扱いだ。それに、あの船はレフィル殿の船だろう?我々はあくまで君達に同行して成果を報告しろ…と言われただけで、君達の行動をとやかく言う権利は無い。人間としてもう少し節度を持って欲しいと思ったことははあったが。」
「……。」
 エメラルの言葉に特に動じた様子も無く、ホレスはただ無表情で彼を見た。
「まぁ私としては面白かったけどな。先程の慌て者もそう厳しい処分を下すつもりは無いさ。」
「……そうなのか。」
 あっはっは、と笑うエメラルを見て、ホレスはフゥ…と嘆息する他無かった。
「しかし、ここだけの話だが…まるで君がリーダーやっているみたいだな。」
 辺りに居る者の注目が自分達に無いのを確認すると、エメラルはそうホレスに告げた。
「…まぁな。本来なら勇者であるレフィルがそうあるべきだが…必要以上にオレが動いているからそう見えるのかもな。」
 特に否定もせずにホレスはそう返した。
「……ふむ、成る程な。私は勇者になる前からレフィル殿を見てきたのだが…やはり我が弱いのか、普段はかなりいい成果を聞くのだが…人前に出ると少し緊張しているのが目に見えてな。旅の初めの王様との謁見でもそうだったんだ。」
「………。」
 表情こそ変えなかったが、ホレスはそのようなレフィルの姿を聞き…少々意外に思った。もちろん、普段からの姿を知らない訳ではないが。
「……正直言うと少女が魔王討伐の旅に出るなど…無謀以外の何者でもない…。あの方の性格から考えてもそう思えてな。…だが、君の様な頼もしい仲間が居てくれるなら…或いはとも思えるのだ。」
「…オレ達とて魔王に今のままで勝てるとは思わないがな…。」
「それでも…短い間でそういう期待を持たされる事になるとは思わなかったよ。」
 エメラルは神妙な面持ちでそう告げた。
「だが…無理はするなよ。…特にレフィル殿に何かあったら…アリアハンはおそらく混乱に陥る事になる。」
「……言われなくてもそうするつもりだ。」
「それに、まだ年端もいかぬ少女を犠牲になったと聞けば…私とてやりきれなくなる。」
「…そうか。」
―人間…全て同じと言うわけでもないな。
 兵士としての実直さがありながらも、人間としての温かさを失わないエメラルに、過去の出来事も相まってホレスは少し安堵した。

「よくぞ戻った!レフィルよ!」
 出発の日、レフィルは再び王に呼び出された。
「また旅に出るつもりか?」
「はい。」
「よろしい。…そなたにたとえ勇者としての使命は無くとも…宿命がある事を忘れぬようにな。」
 王のその言葉の意味を知り、レフィルは複雑な気分になった。
―王様…。
「…はい。」
 アリアハンの国民の多くは、英雄の娘…否、勇者レフィルとしての彼女を求めている。そう言った意味合いでのその言葉を受け、レフィルは少し間をおいて一礼した。
「うむ、…最後にそなたに贈りたい物がある。」
 そう言うと、王は側近の一人に目をやった。その者が大きめの袋を携えてレフィルの下へと歩み寄った。
「これは……?」
「開けて手にとって見るが良い。」
 レフィルは包みを受け取ると、それを開いて中身を取り出した。
「…これは……」
 それは武具というにはあまりに豪奢なつくりの白金色の円形盾であった。その大きさの割には驚くほど軽く感じられ、レフィルにも軽々と扱えた。
「水鏡の盾じゃ。かつて英雄サイモンが使っていたとされる彼の故郷…サマンオサで作られた盾の一つじゃ。これは10年前にオルテガへと我が国へ贈られた物なのじゃが…結局あやつはこの盾を手にする事無くネクロゴンドへと消えていきおった…。」
「……。」
「オルテガに使われる事は叶わなかったが…いずれは遺族たるそなたへと渡そうと思っておった。何の変哲も無い盾に過ぎぬが…受け取ってくれるかの?」
「…はい。」
 レフィルは水鏡の盾を大事そうに抱えながら王に一礼した。
「その盾がそなたに降りかかる魔の手を払わん事を。では、行くが良い!期待しておるぞ!」

「レフィ。」
 城の入り口で、レフィルを出迎えたのは…金髪を靡かせた高貴な雰囲気を纏う女性だった。
「姫様…。」
「久しぶりね。…本当なら帰って来たその日に顔を見せたかったのだけど、お父様が許してくれなくて…。」
「許さなくても勝手に抜け出してくるくせに…。」
「もう…お父様ったらさり気なく抜け目無いから…昔から会いに行くのも大変だったわ。」
 彼女は…かつてレフィルが大切に身に付けているスライムピアスを贈ったその人…アリアハンの姫であった。
「あら、それって水鏡の盾?……そう、サマンオサね…。あれから8年になるのね…。」
「……あれで良かったのかな…?」
「そうね。政略結婚なんて本当はしたくなかったし。…でも、あれ以来更にサマンオサの政情が悪化したのも考え物ね…。」
 政略結婚はサマンオサ王子の失踪と言う形で破談となった。彼は今も尚世界の何処かにいるとされ、現在も報奨金が掛けられている。
「私はあの子の事嫌いじゃなんだけど…今のサマンオサには行きたくない。」
 サマンオサ王の悪政はいまや世界中の知るところとなっており…尚且つその国力は凄まじいため、迂闊に刺激する事も出来ない状態にあった。
「いずれサマンオサにも寄る事になるかも知れないけど…気を付けてね。」
「う…うん。姫様は?」
「…私は大丈夫よ。だってイヤでも城の外にさえ出してもらえないもの。」
「そ…そうね。」
 幼い時、一緒に遊んでいた時に衛兵に連れ去られていったのを思い出してレフィルは苦笑した。
「ふふ、少しは笑えるようになったじゃない。」
 姫はレフィルの耳につけられているスライムピアスに触れながらレフィルの顔を見て微笑を浮かべた。
「…え?」
「必ず元気に帰って来て。生きてさえいればきっとまた笑えるから。」
「…ありがとう。」
 レフィルは寂しそうに…しかし何処か嬉しそうにそう告げて城を後にした。兵士達が慌てて姫を連れ戻さんと駆けつけてきたのはその後程無くの事であった。

「行こう。」
 レフィルは船に乗り込み、先に居た三人にそう告げた。
「ああ。」
「ですな。」
「おっしゃ。」
 三者三様の返事をその耳に聞き、レフィルは舵を握った。
(第十章 レフィルの帰還 完)