レフィルの帰郷 第十話

「…まさか本当にこんな爺さんが付いてくる事になろうとはな…」
 船上でくつろぐ老人とその息子を見て、ホレスは小さくそう呟いた。
「大丈夫なのかな…。」
「……ああ、どうなる事だろうな…。」
 自分の意思で同行を決めた…とは言え、何か有ってはこちらが後味が悪い…。
「レフィル殿!船に施した術についてですが…」
 ふと、二人の前に、レフィルには見慣れた制服を着た学者風の男が現れて声をかけてきた。
「…あ、そっか。そう言えば…ルーラで船ごと移動できるって話でしたっけ?」
「ええ、それと…ダーマの賢者様がいらしていると言う事で…その方の知識も頂いて…」
 その後、暫く難しい話が続いた。わからない所はホレスが簡単に説明してくれたので聞いていて苦にはならなかったが、かなり長い時間に感じられた。
―…凄いな…。さすがは国の学者さん…。その話についていくホレスも凄いけど…。
「…以上です。今回の航海に数名の兵士と魔道士がその性能を記録する為に同行させて欲しいとの王のお言葉ですのでよろしくお願いします。」
 四人では余りに広い船ではあったが…今度は逆に狭くなりそうだ。ナジミの塔の老人とその息子も付いていく事になる為、食料の消費も激しくなるだろう…。
「…何だか見張られてるみたい…。」
「確かに色々と面倒な事になりそうだ。」
 アリアハンの兵士がついている分、老人に対しての手間は減るかもしれないが…彼等の存在にレフィルはプレッシャーを感じていた。
「…ところでレフィル、今お前の持っている武器って…そのナイフだけだろ?」
 大掛かりな航海の準備が進む中、ホレスはレフィルの腰に差された物を見て尋ねた。
「あ…うん。だから…ハンさんから貰った武器がまだあるからその中からまた選ぼうと思って…。」
「ああ、成る程な…。だが、殆どの物はあまりに役に立たないぞ…。」
「え?」
 ホレスの言葉に、レフィルはきょとんとして彼を見つめた。
「…手入れされていなかったからな…。ハンが手をつけてもう二ヶ月は経っているが、あれは応急処置的な物に過ぎなかった。かなり錆びが酷くなり始めている…。」
「そう…。」
「……一つだけ使えなくは無い武器があるが…」
 ホレスはそう言うと一つの長い包みを取り出した。
「あ…確かこれって…」

―…?…何だろう、これ…
―何故こんなに厳重に包んでいるんだ…?
―……今は開きそうに無いね…。時間がないもの…。
―そうだな…機をみてオレが中身を取り出してみる。
 
「そうだ、魔法の紐で厳重に縛られていた包みの中身だ。アリアハンに着いてからその封を解く事が出来た。」 
 ホレスは包みの口を開き、中身を取り出した。
「…剣?」
 剣の形をしてはいるが…鍔が無く…奇妙な形の鞘に収められている…。
「ああ、だが…只の剣とは勝手が違うらしい…。」
 ホレスはそう言うとその謎の剣を抜き放った。
ゴゥッ!!
「きゃ……!」
 一瞬辺りに冷たい風が吹き付けた。
「…これは……。」
 レフィルが何かを言い終える前に、ホレスはおもむろに剣を地面に付きたてた。
パキンッ!
「!」
 すると、突然剣から冷気が巻き起こり、草木を凍らせて一瞬で砕いた。
「……吹雪の剣だ。しかし…今ここにあるなんて信じられないな…。」
「魔法の剣…なんだ…。」
 足元はすっかり凍りつき…砕けた草はそのまま塵と化した。
「凄い剣だけど……扱いは難しそうね…。」
「ああ。…一応お前かカリューなら使えると思って持ってきたんだが一歩間違えると自分を傷つける剣だからな…。…どうする?」
 レフィルは目の前に刺さっている剣をしばらく眺めた。
「……使ってみる。」
「…そうか。だが…無理して上手く使おうだとか思うなよ。」
「うん……。」
 ホレスが見ている傍で、レフィルは吹雪の剣を引き抜き、手にとって眺めた。
―冷たいな…。
 眺めているだけで冷気が伝わってくる…。余りの冷たさに…既に刀身に霜が降りはじめているのが見えた…。
「…でも、綺麗だな…。」
 柄から三叉に分かれたその一つ一つが匠の手により鍛えられた特殊な金属の蒼い刀身…それに埋め込まれたサファイアよりも淡い色合いの宝珠…、青一色の装飾が施された武器としての性能だけでは無く、芸術品の様な美しさも見て取れた。

「…一体何なのですか?この老人は?」
「ふぁっふぁっふぁ。人生死ぬまで何があるかわからんものじゃのぉ。」
 兵士の一人がナジミの塔の老人を見てニージスに尋ねた。
「いやいや、何でも予知夢と言う物を持っているらしくて。」
「はぁ…。」
「さてはて、どうなる事でしょうな。」
 ニージスはカラカラと笑いながら船室へと入って行った。
「……こんな胡散臭いのがダーマの賢者なのか…?」
「そのようだな…。」
「っ!?」
 突然後ろから声を掛けられて、兵士は慌ててそちらに向き直った…と言うより身構えた。
「…お…驚かさないで下さいよホレス殿…」
「…いや、別に普通に歩いていただけだが…。」
 足音も無く…気配が希薄だったためか…ホレスがいる事に大いに驚いたようだった。
「……あ、あの…そろそろ準備はよろしいですか?」
 ホレスの後ろから緊張で少し上擦った女の声が聞こえてきた。
「あ、レフィル殿。お疲れ様です。我々はもう準備は万端です。いつでも出航の合図を。」
「わかりました。」
 それを聞くと、レフィルはふぅ…と一息ついてからこう言った。
「それでは皆さん、十時に出航します。それまでに確認等をお願いします。」

「…すっごく緊張した……。」
 僅かに揺れる船室の中で、レフィルはどきどきする胸を押さえてベッドに座っていた。
「だろうな…。余計なオマケが付いて来ただけにな…。」
「ふぁっふぁっふぁ、若いのぉ。ワシもお前さん位の頃はそれはもうガチガチじゃったな。」
 船室には、共に旅してきた三人と共に、ナジミの塔の老人も一緒に居た。
「そないなモンなのか?モヤシ。」
「…ですな。と言うより…おおぅっ!?何時の間にそんなあだ名を…!?」
「お、認めたな?」
「はっは。…まぁ言われてみればそうなんで。」
「……何や、つまらん。お前やホレス相手にあだ名でからかっておもろい事無いモンな。」
「………。」
 ニージスとカリューが騒ぐ傍で…ホレスとレフィルはただ黙ってその場に佇んでいた。
「…さて、今どの辺まで来とるかのぉ?」
 老人がそう呟くと、ニージスは地図を開いて老人に差し出した。位置を示す魔法の羽ペンはアリアハンの南近海を指し示している…。
「……ほぇ?いつもよか早うなっとるなぁ?」
「…ふむ、海流のお陰ですかな?」
 確かにレフィル達が航海している速度より早いペースで南下し続けている…。
「それとも風…これはかなり大きいですからな。」
「せやけど…そないに吹いとったか?」
 顔を見合わせるニージスとカリューに、ホレスはこう告げた。
「……面白い事を教えてやる。それはオレが細工した事だ。」
「ホレスが?ふむ…細部への微調整でも加えたので?」
「船の話は聞いただろ?ルーラの力を増幅させるって話をな。…それと同じ原理で船の周辺にバギに近い系列の力が働く仕掛けを入れたんだ。」
「…ほぉ。それは面白いですな。」
「……だが、オレにはそうした魔力が無いから…宮廷魔道士達がそれを発動させているのだがな。それに、その技術を盗んで思いついただけだ。」
「駄目やん。」
「まぁ応用力があるという事で。」
 全く役に立たない魔法技術を持つホレスに、カリューは嘆息し…ニージスは愉悦に顔を歪ませた。レフィルは興味深そうに話に聞き入っている…。
「ふむ…何はともあれご苦労な事で…。ならばもう一つ面白い案があるのですが、聞いて頂けますかな?」
 老人がいびきをかいているのを無視して、ニージスはホレスに話を持ちかけた。
「……?そんな呪文誰が使えるって?」
「カリューは体力バカなので…候補は二人しかおらんでしょう。」
「バカ言うなぃっ!!」
ガチッ!!メリメリ…ゴキンッ!!
「あらぁ……」
 何処か危ない音が聞こえてきたにも関らず、ニージスは笑顔のまま成すがままにされている…。
「…ああ、トヘロスか……。でも、この呪文も上手く使えないのよね…。」
「使えるには使えるのか…。やはり変わった適正だな…。」
「そうなの?」
「冒険者として珍しくは無いが、多くも無い。それだけさ。」
 レフィルが使える呪文の組み合わせを考えて、ホレスはそう告げた。
―そういえば…ライデインやアストロンも…使える人自体が少ないとか言われていたっけ…?アストロンはともかく…ライデインは完全じゃないけど…。