レフィルの帰郷 第九話


「なぁニージス。あんた…どうしてさっきはあれ程までに大袈裟な奥の手を?あんたならもう少し堅実な手を思いつくのは容易いはずじゃ?」
 宿の主人…ナジミの塔の老人の息子に案内されている中、ホレスはニージスに尋ねた。
「…いや、まぁあれが一番無難な手だったと。」
「……呪縛という手は無かったのか?」
「それだとかなりの確率で急所狙いが失敗する事でしょう。」
「じゃあメラゾーマ等の最高位呪文は?」
「…それだと塔ごとぶっ壊しかねないでしょう。」
―…うわ…何か凄い難しい事話してるな…。
 レフィルは繰り広げられる魔法理論だの呪文の使い所だのと言った専門知識に何となく聞き入っていた。カリューが耳を塞いで聞こうともしない傍で…。
「…ですがまぁ、もう少し考える時間が有れば確かに他の手段も考えついた事でしょう。」
「時間?」
「はっは。余りに悠長にやっているとホレスとカリューが暫く再起不能な怪我にもなりそうでしたからな。そうしたらバコタとの約束を果たせなくなってしまうではないですか。」
「約束?」
「あ…そうですね。」
「…?レフィル?」
「だって、あの日から一週間後…今日で三日目だからあと四日だったかな。バコタさんと一緒に飲まないかって言われたでしょ。」
「…成る程。そう言えばそうだったな…。」
 忘れていたワケでもないが…ここで大怪我でもしようものなら酒盛りどころの騒ぎではない。
「実はね…わたし、楽しみにしてるの。バコタさんってカンダタさんの弟分さんって話だから…。」
「ああ…そうだな。」
 レフィルとホレスは…カンダタとは短い間の付き合いではあったものの…彼のお陰で得た物も数多く、バコタと話せる日を楽しみにしていた。
「おっしゃあ、帰ったらたっぷり飲むぞぉっ!!」 
「か…カリューさん…。」
 遠慮の無い物言いにレフィルは少し肩を竦めた。

「…おお、レフィルよ。よくぞ来たな。」
「…?わたしの名前を…」
 レフィルは自分の名前を言い当てられてきょとんとした。
「ふぁっふぁっふぁ。お主が此処に来る事は分かっておった。名前すら鮮明に浮かぶ程にな。」
「そうなのですか…。」
 塔の最上階…四人はそこに佇む老人と向き合って座っていた。
「そう、それとお主…鍵を持っておるじゃろ。」
 宿屋の主人が五人に茶を汲み、それぞれの前に置いた。
「あ…盗賊の鍵…?」
「ふむ…この夢は正しかったようじゃな。ならば…ホレ、そこの青いボウズ。」
「…む?私のことで?」
 呼び方が可笑しかったのか、少し笑いながらニージスは老人に向き直った。
「お主以外誰がおるのじゃ。早よへんちくりんな壺出さんかい。」
「…渇きの壺で?」
 言われてニージスは荷物の中から一つの壺を取り出した。
「……此処までは正しい夢の様じゃ。よし…お主ら、ワシをアリアハンまで連れてかんかい。」
「「「…あ…アリアハンまで…!?」」」
 突然老人が言い出した事にニージスを除く三人は異口同音に素っ頓狂な声をあげた。
「最後に見た光景は海の上に巻き起こる大渦…それなら船に乗っておればいずれめぐり合えるっちゅう事じゃ。」
「成る程…。」
「それに、ワシがかつて見た夢の中に港で駄々をこねておるワシの姿を見た事もある。」
「…な…それはただ単に船に乗りたいだけじゃ…?」
「ふぁっふぁ。まあそういう事じゃ。」
 まるで緊張感の無い老人を横目にホレスは他の三人に耳打ちした。
「…どうする、厳しい航海じゃ足手まといだぞ…。予知能力があるとはいえ…それが外れていたら…。」
「ふむ……それが予言というのであれば連れて行ったほうが良いのでは?」
「…でも、お爺さんに何かあったら…」
「うーん…。」
 四人はいつに無く悩んだ。今まではそれなりに旅慣れた者同士であった為、然程の問題になる事も無かった…が今回は…。

 そして…時が流れて…
「…うげ!?何でそのヘンクツジジイまで一緒なんだよ!?」
「す…すみません……。付いて行くって言って聞かないものですから…。」
 アリアハンのルイーダの酒場で、吃驚したバコタにレフィルは必死で頭を下げた…。
「ガキか!?アンタは!?」
「ふぁっふぁ、体が老いると心は自然と童心に返るものじゃと思うがのぉ。」
「…く…クソジジイ…。」
「まぁまぁ、昨日の敵は今日の友とも言いますし、楽しくやりましょうよ。」
「げげ…!?アンタまで…!!」
 いつの間にか後ろには自分を捕まえた張本人が佇んでいた。盗賊として気配察知に優れたバコタの後ろを取る辺り…この男は只者ではない…。
「安心してください。せっかく出所できたあなたを憲兵に突き出す気はありませんから。」
「…しても意味ねぇだろ…。マジで長かったぜ…たった二年の事だっつーに…。」
 人が良さそうな宿屋の主人に何処か疲れた様子でバコタはそうぼやいた。
「気…気が滅入りそうだぜ……」
「ご…ごめんなさい…」
「いや…まぁへこんでもしょうがねぇか……。よ…よぉし!マダム!酒!!」
 意を決したように、バコタは酒場の主、ルイーダに向かって叫んだ。
「あいよ。こんなに大勢で来たのは久しぶりだねぇ。」
 呼びかけてから一分もしない間に、ルイーダは麦酒を人数分持ってきた。
「…ああ、オレとレフィルは他の飲み物を頼めないか?」
「?…あんた、酒飲めないのかい?」
「…一応未成年だからな。その匂いは嫌いでは無いが…。」
 レフィルはバハラタでの無礼講でもホレスが酒を飲まなかった事を思い出した。
―そっか…あの時も……。
「いずれにせよ、レフィルが酒の匂いに弱い事は承知してる。その時一人動ける人間が居た方がいいだろ?」
「ふぅん、あんた…随分カタい考え方するのねぇ。嫌いじゃないし寧ろ好き系だけど。じゃあ何にする?青汁から謎のミックスジュースまで何でもござれよ。」
「な…謎のミックスジュースって……」
「……。」
 結局は二人ともコーヒーを頼む事で決着したが…。
「なんなら少し味見してみるかい?なぁに、お代は要らないさ。」
 ルイーダが何処か楽しそうに小さなコップ二つをこちらへと持ってきた…。
「「こ…これって……」」
 レフィル達はその中身を見て…僅かに目を細めた。

「おい、大丈夫か?ボウズ?嬢ちゃん?」
「「……。」」
 その場で突っ伏している二人に、バコタが声をかけたが二人は何も言わない…。
「な…何入れたの……これ…。」
「…オレに聞くな……。」
 ムーの吐き出すほど不味いクッキーも平気で食べてのけたレフィルと、エリアの地獄の肉じゃがを涼しい顔で完食したホレスが…今は声も聞けない程完全に生気を失っている…。
「毒でも入ってたんじゃねえのか?」
「ふむ…キアリー!」
 ニージスはジョッキを片手にレフィル達へ解毒呪文を唱えた。
「…全然変わらないぞ……。」
「ほほぉ、毒では無い様で…。それでは…キアリ…」
「…もういい!」
 ホレスはテーブルを押して強引に起き上がった。
「一体何入れたんだあの主人は…」
「う……うん…。」
 大抵の物を文句一つ言わずに食べられる自信は二人ともにあったが…。
「…まぁそれはさておき…」
 ニージスが話を切り、皆に向き直った。
―…さておきって……
―ふん…とんだ茶番だったな…。
「バコタはカンダタについてどう思います?」
 彼は空のジョッキを弄ぶバコタにそう尋ねた。
「…あー、あの格好がなけりゃ完璧なんだけどよ…。アレだけは勘弁してくれって…。」
「何言うとるのや!アレこそ漢のコスチュームってヤツやろ!?」
「はっは、君には女性としての恥じらいと言うものが無いので?」
「…っ!?言う事に欠いてかこのモヤシがぁ!!」
ギシギシギシ!
「あらー……暴力反対ですな……」
 引き締まった四肢に絡め取られ、ニージスはジタバタともがいた。
「ほっほ、これは楽しい限りじゃの。」
「火事とケンカは…の花と聞くからね、父さん。」
 それを肴に、ナジミの塔の親子は酒を酌み交わしていた。
「…オレとしてもあの出で立ちは酔狂だと思うがな…」
「だよなぁ…。」
「うん…確かに少し格好良いけど…いつもあれで歩かれてもね…。」
「嬢ちゃん!?あれは格好良いと言うんじゃなくて…」
 レフィルのさり気ない一言にバコタは驚いて彼女に詰め寄った。
「…!?レ…レスラーさんならああ言うの着ると思いますけど…」
「……まぁ嬢ちゃんの考え方次第だけどよ…。」
 カリューがニージスを四の字固めにしているのを横目に、バコタはレフィルを少し哀れむような目で見た。
―…しっかりしてるように見えて…やっぱ少し抜けてるな、この嬢ちゃんも…。
「…でも、カンダタさんって優しいですよね。」
「だよなぁ。アニキはただの山賊なんかで収まる器じゃねえのにおいらのような不器用な生き方に付き合ってくれてるしな…。」
「…まぁかなりのお人好しではあるようだがな。」
「…え?」
 ホレスの言葉にレフィルはふと、彼自身の事が頭に過ぎった。
「オレはただレフィルの立場を利用しているに過ぎない。だが、あいつは何の見返りも無くても他人の為に動いているじゃないか。」
―本当にそうなの…?あなただって…。
「そこだよ。アニキの人間としての大きさってヤツはよ。ムーのお嬢を育てたのも…あ、これは別の話か。」
「「別の話?」」
 二人は揃ってバコタにきょとんとした顔を向けた。
「…ああ。実はアランのおっさんから聞いたに過ぎないんだがよ…。」

―しかし…何だってあんなクソガキを…
―…いや、いつもの事だと思いますが。
―おっさん…アンタは呑気だよな…。
―そうでしょうか。親分があの子を拾ってきたのも親心の表れなのですね…。
―…は?

「…そん時は何の事だか分かんなかったんだけどよ…。」
「だろうな…。オレにも分からない。」
「そうね…。」
「思えばアレがアニキの本質だったんだと思えてならねえ…。」
「…一体何が…?」
 ホレスとレフィルは次のバコタの一言に耳を傾けた。
「アニキは…奥さんと娘さんを亡くされてんだ…。難産で…二人一緒にな…。」
「「…!」」
 二人はバコタが語ったその言葉に、目を見開いた。
「アニキはンな事微塵も顔に出しやしねぇ…或いは覆面で隠してやがるのか…」
「……。」
「だが…そんな時、ムーのお嬢が現れた。思えば魔法使いとしての才能以上に娘として育てたかった…そう言う事だったんじゃねぇのか…。」
「…そうだったのか。」
 ホレスは予想もしなかった話の展開に…ただそう呟く事しか出来なかった。
「……ムー嬢ちゃん、その様子だと随分とアニキに可愛がられている様だしな…。」
「そうですね…。カンダタさん、今ではムーと一緒に旅しているぐらいですし…。」
「ホントに父と娘って感じだよなぁ…。」
「…だが、ムー自身は随分と無碍に扱っている気もするが…。」
 ホレスは人攫いのアジトでカンダタを置き去りにした時の事を語った。
「…!!!」
 バコタはその話を聞くと、相当驚いたのか…目を見開き、口をぱくぱくさせている…。
「そんなに驚いたか?」
「驚くも何も…こいつは面白ぇじゃねえか!!…そうかそうか、ムー嬢ちゃんの悪戯心は相変わらずってか…。くくくく…腹が痛ぇ……。」
「…悪戯心?」
「ああ、これはもう凄いの何の。一番ケッサクだったのはアニキの部屋に落とし穴仕掛けた時の事だったっけな…。」
 バコタが楽しそうに語る内容の余りの凄さに、ホレスとレフィルはただ呆然としていた…。
「……あいつも苦労しているんだな…。」
「カンダタさん……。」

 その後、レフィルとホレスは途中で抜け…家から酒場の様子を眺めた。
「…随分賑やかな事だな。」
 中からはバコタやニージスの絶叫がこだまし、物が壊れる音がこれでもかと鳴り続けた。
「そうね…。」
「酒に酔うと言うのはどういう気分なんだろうな。」
 呆れた口調でそう言うと、ホレスは用意された寝床で横になった。
「…でも、凄かったよね。カンダタさんの話…。」
「ああ。」
 波乱万丈な人生を送り、盗賊団の長として今も尚渦中に身を委ねているカンダタに、二人は何を思ったのだろうか…。