レフィルの帰郷 第七話

「おはよう、レフィル。何処に行っていたんだ?」
 早朝、宿屋の入り口でホレスはレフィルとばったり会った。
「……。」
「…?どうした?」
 しかし、レフィルは口許に手を当てたまま、固まって動かない…。
「……???」
「ホ…ホレス……どうしたの…?」
「…な、何?」
 わけがわからず、ホレスは素っ頓狂な声でレフィルに尋ねた。
「顔……凄い事に…」
「……顔?」
 言われて彼は手近な水桶を覗き込んだ。
「………。」
 そこに移っていたのはインクで散々に落書きされた自分の顔だった。
「…ふん。随分と随分と面白い事をしてくれる…。」
 その後、ホレスは水桶から水を掬って何度も顔を洗い流した。

 朝食をとり終えて、レフィル達はレーベ南の祠へと赴いた。
「ここからナジミの塔へと行けるようですな。道のりを考えると…半日あれば塔の中へ入れる事でしょう。」
「…そうだな。まぁよほど真っ直ぐな道であってくれればもっと早く着くかもしれないがな。」
 祠には堅牢な鉄格子で閉ざされた部屋と、石の椅子と机という簡単な休憩スペース…そして地下へと続く道があった。
「ふむ…。この中には旅の扉がある様で。」
 部屋を鉄格子越しに覗きこんで、ニージスはそう呟いた。
「……こいつは盗賊の鍵じゃ開かないみたいだ。」
「なぁホレスぅ、お前…合鍵とか何か作れへんの?」
「……オレは泥棒じゃないんだ。知識として持っていても実践を考えた事は無い。」
「…つまらんのぉ。」
 ホレスは元はと言えば世界に散らばる秘宝を求めて旅するトレジャーハンターのようなもので、間違いなく一般に知られる盗賊…鍵空けなど得意とする泥棒とは違うタイプだった。
「まぁ今日の目的はそちらでは無い。それでは、行きましょうか。」
 ニージスは先に地下への道へと入って行った。
「…一体どんな人なんだろう?」
「変わり者である事は間違い無いが…悪人でない事を願うばかりだな。」
 レフィル…ホレスの二人共が、ナジミの塔の老人とやらの正体が気になっていた。

「…うっひゃあ…何かジメジメした所やなぁ。」
「…海の下だけに…ですな。」
 石で作られた道を、四人はホレスのレミーラの光を頼りに奥へと進んでいた。
「こんだけ光ぶっ放しとると魔物が寄って来るんとちゃう?その辺どないするね。」
「よほど強い魔物が出たら戦うしかないだろうな…。」
 ここにはフロッガーや一角ウサギ、大アリクイなど…一人では相手するのも大変だが、四人ならば然程脅威ではない魔物達の巣窟だった。そうした魔物達を刺激しないように、四人は静かに歩いていた。
「……もしかしたら…ううん、何でもない。」
「?」
 不意にレフィルが呟いたのに対し、ホレスは特に気を悪くした様子も無く首を傾げた。
―比較的治安が安定しているようだが…油断は出来ないな。
 アリアハンの兵士は質実剛健と言って物足りない程に鍛えられていて、よく魔物の掃討に携わったりもしている。そのためアリアハンの周辺では大きな力を持つ魔物の多くが彼等によって倒されて残りは然程力を持たないものだけなので、近年で魔物による事件と言ったらレフィルがキラーエイプに襲われた事ぐらいの物だった。

「…ふぅむ。大体午後六時…と言ったところですかな?」
 通路を抜け、既に暗くなり始めている空を見上げてニージスはそう呟いた。
「結構長かったものね…。」
 途中、うっかり小さな魔物の群れを刺激してしまい、収集をつけるのにてこずり…ラリホーに精神力を使ったのもあったが、同じような風景のかなり長い通路を歩いていた事にも起因した疲れなのか、レフィルはふぅ、と溜息をついた。
「……適当に休めそうな場所でも見つけてテントでも…ん?」
 ホレスは休もうと言いかけて…誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえて言葉を止めた。
「魔物ですか?」
「いや…これは人だ。……一体何だってこんな所に…。」
「ほああったああああああああっ!!!」
ビシィッ!!バシィッ!!
「「「!?」」」
「…武闘家か。」
 気合の声…この声色からすると中年の男の声だろう。
「…いやはや、久方振りのお客様が見えられたのに随分と騒がしいな…。」
「…何を言っているんだ?あんたは。」
 魔物を鋭い拳撃で退けた男がこちらに歩み寄ってくるのに対し、ホレスは訝しげな顔で彼に声をかけた。
「ああ、驚かせてしまった様ですみません。私、この塔で宿を経営させて頂いておる者です…と言っても今では形式ばかりですが…。」
「宿…??」
 突然何を言い出すのか、だが…その言葉に淀んだものは無く、レフィル達は只顔を見合わせた。

「凄いな…本当にこんな所に宿屋が…」
 レフィルは古代の塔には明らかに場違いながら…宿屋としては一級品の部屋に感銘を受けたのか…わぁ…と感嘆の声を漏らした。
「いやぁ……父を養おうとダーマで商人として勉強したのですが…今時観光客もめっきりでして…。」
「父?…もしかしてナジミの塔の老人って…」
「ええ、私の父です。私が言うのも変かもしれませんがね。」
 何となく予想はついていたが、ホレスを除く三人は思わずへぇ…と頷いた。
「…あまり驚かれないようで。」
「別に。初めからこんな所に人がいる時点で奇妙だとは思ったが…。」
「「なるほど…。」」
「…それより、一応宿としては機能してるんだな?」
「もちろん。お一人様2ゴールド…合計8ゴールドになりますがよろしいですか?」
「そんなものか?…安すぎないか?」
 こんな辺鄙な地で営んでいるにしてはかなり安い。手間を考えるともっと取ったとしても喰いつく者は多いはずだが…。
「いやいや、昔はお客さんが多く来たので…それに別館で稼いでますから大丈夫ですよ。」
「…別館…か。」
 見覚えのある看板をアリアハンの何処かで見た事がある気はしたが…。
「まぁいい。今日の所はここで休んでおこうか、皆。」
「ですな。」
「…うん。」
「決まりやな。」
 暗い塔の中を探索するのは危険が伴うと判断し、四人はナジミの塔地下の宿で休息を取った。

 翌朝。
「おはようございます。…昨日お聞きした限りでは父に会いたいとの事でしたね。」
 早朝に四人は宿屋の主人の下に集まった。
「そや。あんさんの親父さんが不思議な力持っとる聞いたからな。」
「…予知夢って本当なんですか?」
 レフィルは男に尋ねた。
「ええ。ただ…100%とはいかないみたいでして…外れる事の方が多いくらいのようです。」
「成る程な。…だが、それでも不思議は無いだろう。そもそも噂で聞く話その通りならば余りに性質が悪すぎる。」
「ですな。」
 全ての夢が未来を示唆するような物であったとすれば…内容にも因るが、普通の人間ならばそれが示す余りに現実的な内容に気が気でなくなる事だろう。
「だが…そうか。だからこんな所に…。」
「あ、いえいえ。ここに住み着くようになったのは予知夢に目覚める前からだったそうなので…」
「「「………。」」」
「そ…そうなんですか…。」
「それより、父との面会が目的であるならば私がこの塔を案内しましょう。」
 閉口する三人とどう答えたものかと身じろぎするレフィルに向けてそう告げつつ、男はカウンターの掲示板に張り紙を張り付けた。

「さて、そろそろ着きますよ。」
 塔を我が家とする謎の宿屋の主人にとって、歩みなれた道を付いて行った所…殆ど魔物と遭遇する事なく塔の奥へと進む事が出来た。
「…ですが、ここからは気をつけて下さい。最近住み着いた大きな魔物…あれは迂闊に手を出せない凶暴なヤツですから…。」
「大きな魔物…?」
 主人の言葉にレフィルは何処か引っ掛かる物を感じてあたりを見回した。
うがああああああっ!!!
「!!」
 彼女は正面に現れた何者かに目を大きく見開いた。
「な…!?」
「コイツです!皆さん走って!」
 宿の主人の注意はレフィルには届かなかった。