レフィルの帰郷 第六話

「バコタ…か。」
 四人は兵士の一人に案内され、地下牢へと向かった。
「囚人と話すときは鉄格子ごしにお願いします。」
「ああ、分かっている。」

―おお、待つのじゃ。カンダタといえば…今、盗賊バコタなる者が地下牢に居る。聞けばカンダタの弟分と聞く。一度会ってみたらどうじゃ?

「…ハァ、まさかいきなりあんな目に遭うとは思わなかったぜ…。」
 バコタの話を聞いた一同は、驚愕に目を見開いた。
「……そりゃ驚きますな。全てを知られたかの如く待ち伏せされてしまえば…。」
「全くだ。…何の力も持ち得ない只の老人…そいつが何故魔物の巣窟などに住めるのか…分かる気がしたな。」
 暗い地下牢の下、レフィル達は暗い牢に佇む男と面会していた。黒く伸びきった髭と髪に、縞模様の囚人服…。名を馳せた盗賊だったとは思えない程のやつれ様…それが盗賊バコタであった。
「しっかし、嬢ちゃんがアニキと知り合いになってたなんてな…皆は元気だったか?」
「…あ…はい。戦う事にはなってしまいましたが…」
「あー、まぁ血の気の多い連中だからな。特にムーのお嬢なんかはよ。…よく連れて歩けたな、君ら。」
「……いや、それより賭け事が好きと分かった時の方がもっと驚いたが。」
「何?…確かにそうかもなぁ。アイツ、何気に頭良いし。相当儲かったろ?」
「いや、全く逆だ。」
「…は?…ははぁ、成る程。ギャンブルは頭でやると思ってたが…」
 自分の兄貴分の知り合いだからか…バコタは自分が置かれている立場も忘れて楽しそうに話を続けた。
―ムーの事を知ってるから…やっぱりこの人も……。
「…まぁもっと積もる話もあるんだろうが、おいらもじきにここを出られるんだよ。たった二年とはいえ長かったぜ…。」
「……それは良かったな。だが、また下らない事で捕まったら元も子も無いが。」
「ハッ…、んな事したら今度はどんだけ閉じ込められるか分かったもんじゃねえ。…釈放は一週間後だが、シャバの空気吸ったら一度戻るかねぇ、シャンパーニによ。アニキが居ないんならおいらがガツンと言ってやらなきゃアイツら弛んじまってしょうがねえんだよ。」
「そうなのか…?」
 上が余りに厳しい存在であるならば…確かに鬼の居ぬ間に洗濯などと言う事もよく起こるだろう。或いはカンダタもその様な男だったのだろうか。
「…しかし、折角アニキのダチに会えたんだ。帰る前に一杯奢らせてくれねぇか。」
「おぉ、それはありがたい。是非ご馳走になりますぞ。」
「せやなぁ。カンダタはんについて語り明かそうやないか。」
 バコタの勧めに、ニージスとカリューはすんなり快諾した。
「…ん?どうした兄ちゃん。」
 一方、ホレスとレフィルが何処か迷っている様子を見て…バコタは彼らに尋ねた。
「…レフィルは酒が飲めないんだが…。まぁオレは好きで飲んでないだけだが。」
「変わってるな。でも付き合う位ならできるだろ?まぁ無理強いはしねぇけどよ。」
「そ…そうですね。…だったらわたし達も…。」
 レフィルは躊躇いながらも、一応付き合うことにした。
「…とは言うものの、君らは一週間も休んでいる暇なんてねぇのか…。そうだな…。」
 釈放されるまでの一週間…
「ふむ、ならばその間私はエジンベアで得た宝の使い道でも考えるとしますかね。」
「そんなん考えてどうするんだよ。…折角だから君らもナジミの塔のヘンクツじじいに会ってきたらどうだ?おいらなんかはあんな事があった後だから顔合わせるワケにもいかないけど、勇者一行となればその予知夢とやらで何か手がかりが掴めるかも知れないぜ。」
「…成る程な。それは面白そうだ。」
 ホレスは微かに口端を吊り上げささやかな愉悦が見て取れる表情になった。
「じゃあ、行ってみましょうか。ナジミの塔へ。」
 レフィルはそう言うと皆を促して牢を去っていった。
「バコタさん、ありがとう。」
「おうよ。気ぃつけてな。」

ピィイイイイイッ!!
 レフィルの口笛が空に響き渡った。
ピキキー
チュンチュン
クルックー
「…躾けられていないのに随分と懐いてますな。」
「ほええ…わて何かは口笛も満足に吹けへんのに。」
 レフィルに群がるスライムや鳥達を見てカリューとニージスは感心したのか思わず唸った。
―オルテガが生きていれば、この子はまた別の生き方をしていたのだろうな。
 ホレスは肩に乗った獰猛そうな鳥と顔をあわせている少女を見て、そう思った。
「……ナジミの塔へはレーベの方から行けば近いみたい。森の中に抜け道があるんだって。」
「そうか。…それじゃあ行くか。ここから歩けばレーベへは半日でつくんだろ?」
「うん…。」
 複雑な思いを胸に、レフィルは三人に先立ってレーベへと歩き始めた。

「見えてきたな。あれがレーベか。」
 ホレスは目の前に見え始めた小さな集落を見てそう呟いた。
「…うん。」
「どないした、レフィルちゃん。何か元気無いんとちゃう?」
「……。」
「え…?そうですか?」
 心配そうな面持ちで尋ねてくるカリューに、レフィルは曖昧に首を傾げた。
―…そう言えばアリアハンを出た時も怪我をしてレーベに滞在していたとあったな。
 その時に何か有ったのだろうか…ホレスはそう感じていた。
「…ふむ。まあ今日はここでゆっくり休む事にしましょう。ナジミの塔は南の祠からの抜け道で入れるようですし。」
「…そうだな。」
 ニージスに促されて、一行はレーベの町へと入った。

 宿を取り、一行はそれぞれの部屋へと入り…休息を取っていた。
「……。」
 レフィルは一人自分の部屋に閉じこもり、窓から外の風景を覗いていた。
「…まだ続けてたんだ。」
 滅茶苦茶に壊れた家が目に入り、レフィルは思わずそう呟いていた。
―…凄い体力だよね…。あのお爺さん。うちの爺ちゃんなんか…もうあまり動けないのに。
 あの高齢でまだ魔法の球の研究という火遊びでは済まない危険な作業をしているあの老人に、レフィルはどう評すれば良いのか分からなかった。
コンコン
「……はい。」
 突然のノック音。レフィルは何処か力無く返事をした。
―…会いたくなかったんだけどな……。
 そしてドアへと近づき、ノブを回して外にいる者へと顔をあわせた。
「レフィルさま!久しぶり!!」
どんっ!
「…わっ…!」
 勢いよく抱きつかれて、レフィルはバランスを崩しそうになりながらも声の主を受け止めた。
「宿帳にレフィルさまの名前が書いてあったから居る事がわかって思い切って会いに来ちゃったんだ。」
「そう…。」
「どうしたの?レフィルさま、何だか元気が無いみたいだけどまた怪我しちゃったの?」
「え…?ううん、それはもう大丈夫…。シンくんは…元気?」
 魔物に両親を無惨に引き裂かれた少年、シンにレフィルは尋ねた。
「うん!レフィルさまが魔物を一杯倒してくれてると思うとボクも落ち込んでいられないしね。」
「…!」
 レフィルは返ってきた一言に絶句した。表情は変わらないが…かなり哀しい気持ちになった。
―……可哀想な子。…でも、わたしじゃ何もしてあげられない…。
「そうだ!時間ある?見てもらいたい物があるんだ。」
「見てもらいたい物?…何?」
 シンはいいから付いてきてと言わんばかりにレフィルの袖を引っ張って外へと飛び出した。

「Zzzz…。」
「…ふむ、ここまで悪戯して起きないとは…今日はぐっすりとお休みの様で…。」
「ええのか?後で殺されても文句は言えへんで?」
 ニージスとカリューは引っくり返された分厚い布団の下に身を埋められているホレスを見て苦笑していた。
「カリューも同犯では?殺されると言うなら君も覚悟はした方が良いかもしれませんな。」
「あー襲ってきたら返り討ちにしたればええ話やろ?」
「…いやいや、実戦でのあの鬼神のような戦い振りは見ておられなかったので?」
「ホンマ凄い言うなら寧ろ楽しみや♪ふふふふふ…血沸き肉躍るっちゅうのはこの事やな。」
「おおぅっ!?…最初から戦う気で!?」
 傍で騒がれているにも関わらず、ホレスは静かに寝息を立てて全く起きる気配が見えなかった。

「…ここだよ、レフィルさま。」
「これは…。」
 レフィルが連れ出されたのは村のはずれにある小さな家だった。長い事人が居ないのを物語るように、家の窓等はすっかり汚れているのが見て取れる。
「…墓…そう、あなたのお父さんとお母さんの…。」
「うん…。でね、ボクは毎朝お祈りしてるの。レフィルさまも明日の朝、一緒に来てくれない?きっと喜んでくれると思うんだ…。」
「……うん。」
 付き添い人が居たとしても…肉親も無く両親の墓参りに行く少年の寂しさと悲しみを思うと、レフィルは複雑な気持ちになった。
「ねぇレフィルさま。」
「…?」
「もっと一杯魔物を倒して…魔王もやっつけちゃってよ。みんなレフィルさまが誘いの洞くつで死んじゃったって言ってたのにちゃんと生きてるから何だかボクレフィルさまの事見直しちゃったぁ。勇者さまって生き返れるって初めて知ったよ。」
「…!!?ええっ…!?」
 とんでもない事を言い出すシンにレフィルは動揺を隠すのが精一杯だった。
―…す…凄い事になってる……。
 少なくとも不死身なんかではない。それは如何なる生物…彼の魔王も同じだろう…。
「え…あの……」
「…でも、痛いのは辛い…よね。だから無理しないでね。」
「…う…うん…。」
―びっくりしたな…。でも…今のこの子には…勇者の存在が大きいのね…。特にわたし…
 必ずしも個人の期待に応える云われは無いのだが、レフィルは両親の死で傷ついた子供を泣かせる程残酷にはなれなかった。