レフィルの帰郷 第五話

「レフィルよ!よくぞ無事に戻った!」
「…はい。」
 レフィルはあの時の様に王の前へと呼び出された。

 遡る事二時間…傷も治り、ようやく旅立ちの支度を始めようとした所に王の使いの兵士が駆け込んできた。
「勇者レフィル殿!病み上がりの所申し訳ありませんが王様がお呼びです!」
 呼び出しがかかり、レフィルはすぐに服装を整えてアリアハンの城へと向かおうとした。
「…やれやれ。謁見なぞ面倒な事ですな。」
 ニージスもだるそうに起き上がりながらいつもの旅装束へと着替えて彼女の後へ続いた。
「もがっ!もががあが!」
 食卓でレフィルの母と一緒に紅茶を嗜んでいたカリューは慌しい音につまんでいたおやつを喉に詰まらせながら慌てて彼らを追いかけた。
「まぁ勇者の仲間と言うならば我等もついていた方がいいでしょう。…しかしホレスはどちらに…?」
 言われて三人はホレスを探した。
「…ホレス?」
「……分かっている。では、オレはここで。」
 ホレスはレフィルに声を掛けられると同時にそう返して、立ち上がった。
「何…やってたの?」
「…ポーカーだ。お前の祖父に勧められて面白そうだから付き合ってみた。」
「うむ、中々楽しめたぞ!勝負の仕方が上手いと言うのかの…最後にはほれ!5スライムまで出しおったわ!」
 ホレスの後ろに座っていた祖父がスライム柄のカードを五枚並べてレフィルに見せた。
「…す…凄…」
「…たまたまだ。そう驚く事でも無いさ。」
「イカサマなどに頼らず引き当てるとは…いやはや大した物じゃわい。」
「…イカサマなど行って勝つにしても大した価値無いでしょう。相手がそうした技巧を使ってくるならともかく。」
「…ギクッ!」
 ホレスの言葉に、老人はあからさまに肩を竦めた。
「……とはいえオレも実に面白い物を見せてもらいました。」
「…すまぬの、元は余りに固いお主にちょっとちょっかいを出す程度のつもりだったんじゃ…。」
「…よく言われます。お前は頑固だ…と。」
「ま、アレじゃ。人生程々が一番…て事じゃ。」
「……。」
 ホレスは彼の言葉に何も返さずに部屋を出て行った。

「…ふむ。随分とやつれておるな。…久方振りの家での暮らしは如何であった?」
 王は上座に置かれた玉座からレフィルを見下ろした。
「はい。…母や祖父に生きて会えて…大変嬉しい限りでした。」
「うむ、そうか。…早速で悪いが、成果を聞かせてくれぬか?」
「…はい。」 
 レフィルは鞄から何冊かの本を取り出して王に向けて捧げた。
「これが…わたしの冒険の書です。」
「うむ。ああ、よい。…どれ、わしが取ろう。」
 王は玉座から降りてレフィルの下へと歩み寄り、その冒険の書と綺麗な字で記された本を受け取った。
「…ああ、皆下がってよいぞ。レフィル、その者達を連れてわしについて参れ。」
 言われるままに、四人は玉座の間から出て…アリアハン城の中を巡った。

 王の執務室に案内され、四人は冒険の書を読む王の前に並んでいた。
「ハッハッハッハッ、いやはや…そなたの旅路も難儀な物じゃのお。」
「……。」
 冒険の書を一通り読み終えた王は、真っ赤な顔で俯くレフィルに笑いかけた。
「オルテガもそなたと違った奇天烈な道を歩んできた。…これが只の旅行記であればもっと笑えるのじゃがのぉ…。」
「…言ってる傍でかなり大笑いしているじゃないか…。」
「王に対して命知らずな何ともストイックな突っ込みじゃな…。…まぁそなたが居なければ旅慣れぬレフィルがこうして帰って来る事も無かったじゃろうしな。」
 怪訝な顔で睨むホレスと対照的に、王はやはり何だかんだで楽しんでいるようだった。
「ふむ…さぞや不安ながらも退屈な日々を過ごされたようで。」
「おおっ!それじゃ!話がわかるのぉ、お主!戦いで大した役に立てぬくせに流石はダーマの賢者を名乗るだけにある!」
「はっは。それは嬉しい褒め言葉を。」
―……けなされとんじゃ、ボケ。
 意気投合する二人にカリューは心中でそう呟いた。
「しかし、まさかカンダタが絡んでこようとは…。狡猾で残忍な印象が世の中に定着しとるからのぉ…。ここに記されておるのはかつての"義賊"その人じゃろうに。」
「…そうですね。」
「……タニアとグプタはカンダタを見ただけで相当動揺したみたいだしな…。」
「…う〜む、挿絵のこの出で立ち…どう考えても変態にしか見えんのぉ…。」
「…そうですか?」
「……どちらにせよ、とんだ酔狂の類である事は間違い無いな…。」
 王はレフィルの命懸けの旅路をまるで漫画を読むかの様に楽しんでいた。
「…いやぁ驚いたわ…。レフィルちゃんロマリアの女王様やっとったの?」
「はっは。私と出会う前にこの様な事があったとは。興味深い限りですな。」
 カリューとニージスも便乗して冒険の書を読み、
「…ふん。別に楽しませる為に書いた訳じゃあるまい。」
 只一人ホレスだけが、レフィルの冒険の書を読んで尚、特に気の緩んだ様子も無く用意された椅子にふんぞり返っていた。
「……それは…そうだけど…。」
「なーんじゃ、やはり頑固な男じゃのお、ホレスよ。」
「…あんたを見てるとロマリアの道楽王を思い出すよ。」
「な…何をぉ!?わしはあそこまで放蕩な男ではないわ!!」
 ホレスの言葉に、初めて王は真正面から反論した。
「のぉレフィル!?」
「…え…えっと……その…」
 しかし、話を振られた当の本人はまだ落ち着いていないのか顔を赤くして硬直した。

「…しかし、ラーミアとな。その卵にまで行き着いたのはそなたらが初めてと?」
「左様で。…ラーミア自体が伝説の中の住人に過ぎなかったので。」
「…ふぅむ。それで六つの光…それが神道を拓く鍵となる…そういう事じゃな?」
 レフィルが書き留めた冒険の書の記述を読み、王は首を傾げた。
「それで、その光とやらの正体…お主らは判っておるのか?」
「それは…」
「六つのオーブを手にした者は船を必要としなくなる。」
「「!」」
 ニージスが話を続けようとしたその時、ホレスは思わずそう呟いていた。
「おおぅっ!?何故オーブの事を!?」
「…別に。ある船乗りの男から聞いた話だ。…だが、そういう事だったんだな…。」
「…人が話さんとする事を横取りするのは止めていただけませんかね…。」
「オーブ…か。これまた大層な代物を求める事になるとはの。超国宝レベルの希少度じゃぞ…?」
 少々不満そうなニージスを横目に、王は真顔になってレフィルに向き直った。
「…さて、レフィルよ。六つのオーブを集め、この力…おそらくは不死鳥ラーミアを手にすればそなたの旅に大いなる力となることだろう。」
「……はい。」
「そなたとてラーミアの姿が見てみたい…そう記しておったじゃろ?…無論、このラーミアが必ずしも魔王バラモスを倒す為に必要な存在とも限らぬが…その前に、今一度問おう。」
 王の厳かな言葉に、レフィルは思わずごくっと固唾を飲んだ。
「魔王バラモスを倒す…その志…今も尚変わらぬか?」
 あの時と同じ問いかけに、レフィルは暫く立ち尽くした。
「…ふむ、まだ迷いがあるようじゃな…。初めの謁見の時も気が進まぬ様子じゃったからな…。」
「…そ…そんな事は…!」
「じゃが、そなたは皆の期待を背負って旅立ってくれた。…借り物の名誉…勇者オルテガの娘としてな…。」
「……。」
「ルイーダの店に行けと言ったが…そこに冒険者は無く、そなたは一人でアリアハンを後にし誘いの洞くつを突破した。…そして、バハラタでは不埒な山賊どもを討ち果たす強者達を導き、船を手にした後は最果ての聖地に行き着いた。…そなたは十分によくやった。」
「…何が言いたい?」
 急に饒舌に語りだす王に、レフィルの代わりにホレスが怪訝な顔で尋ねた。
「…これからはオルテガの娘としてではなく、そなた自身…勇者レフィルと堂々とあれば良い。…魔物と命のやり取りを躊躇う、それもまた一つの勇者という事じゃな…。」
「……。」
「さぁ、顔を上げよ。勇者レフィルよ、そなたが目指すは魔王バラモス。彼の者が抱きし野望を打ち砕くのじゃ!」
「…はい。」
 王はレフィルのサークレットに触れて、その下のレフィルの顔を覗いた。何処か寂しそうな様子が見て取れた彼女の表情を見て、こう続けた。
「……いつでも帰って来るが良い。そなたを送り出すも、迎えるも…我らアリアハンの民しか出来ぬ事じゃ。流れ着いたそなたらの船に王宮の魔術師を向かわせ、術を施している。そなたが唱える呪文を増幅させ、ルーラならば船ごとでも移動できるようになっておるはずじゃ。」
「本当ですか…!?」
「アリアハンに帰るのはもちろんの事、今まで立ち寄った所全てに船を持ち込める。これなら…!」
 レフィルはぱぁっと明るい表情になり、ホレスも今の話を聞き…期待に胸を膨らませている様だった。
「うむ。…わしもそなたに死なれては困る。それが魔王バラモスとの相討ちと言う形であってもだ。それではオルテガの二の舞と同じだからな…。」
「!」
「だから間違っても刺し違えようなどとは考えるな。良いな?」
「…はい!」
 レフィルはこの時…いずれはこの言葉を裏切らなければならない運命にある事をまだ知らなかった。