レフィルの帰郷 第四話

 包帯も取れ、大分回復した頃…レフィルは武器も帯びずに町の外へと出た。
ヒュィイイイイイイイ……
 彼女はある程度歩いた所で、口許に手を当てて口笛を吹いた。
ポッポー
クルル…
キィキィ
 すると、どこからか…小動物達がレフィルの下に集まってきた。
「…久しぶりね。元気だった?」
 寄り添ってきた兎の頭を撫でながら、彼女は彼らに微笑みかけた。
「……そう。でも、わたしはまた暫くしたら行かなきゃならないの…。ごめんね。」
 数匹の小鳥達がレフィルの周りを旋回するように飛び、仔兎が彼女と共に歩んでいた。
ピキキー
「…あ、あなたはあの時の…。」

―通して…。
ピキー!!
―……。

「ピキ……!?」
 目の前に現れたスライムは、レフィルの顔を見て時間毎止められた様にその場に固まった。
「…大丈夫よ。それよりわたしもあなた達を驚かせる真似してごめんね…。」
「ピキ?」
 その一言で我に返ったのか、スライムはきょとんとレフィルを見上げた。
「おーい、レフィルー」
「…あ。」
 草むらの方から誰かの声が聞こえてきた。
「久しぶりー。随分見ない間に立派になったね。」
 声のした方からもう一匹スライムがぴょんぴょんと跳ねてきた。声の主はこのスライムだったようだ。
「スラリンも元気そうだね…。」
「まあね。レフィルが心配で誘いの洞くつまで行ったらメラ使ってくる魔法使いに襲われて危なかったけどさ。町の人達の話だと誘いの洞くつで死んだって聞いたから心配で見に来たんだけど…大丈夫だった?」
「…ありがとう。もう大丈夫だから…。」
 レフィルは左腕を下ろして、喋るスライム…スラリンの頭を撫でた。
「それよりさ、アリアハンの人達が言ってたけど…レフィルって"勇者"だってね。」
「…うん。」
「何か大変な役目だよね…。もしも魔王がどこまでも逃げる様なヤツだったら…追っかけなきゃならないでしょ?」
「…え?」
 予想しなかった言葉に、レフィルは思わず表情が分からぬスラリンの顔を見た。
「あ、もしもの話だよ。まぁそんなヤツだったら初めから魔王だなんて名乗れないかも知れないけどさ。」
「…でも、本当にそうなら……わたしは…」
「難しく考える事無いって。とにかく無事で居てくれればいいからさ。…そういう人達だってレフィルの知り合いにもいるでしょ?」
「……そうだったらいいな…。」
 多くの者は自分に勇者として魔王を倒す事だけを望んでいる…。魔王を倒せなければ用は無い。
「…ありがとう。話していて少し気が楽になったよ。」
「まぁ出来るだけ近い内にまた顔見せてよ。ボクと話が合うのって仲間内にはあんまりいないからさ。」
「…そう。それじゃ……あなた達も元気でね…。」
 レフィルは動物達から離れて、アリアハンへと戻っていった。

「…そうか、動物か…。」
「そんなに驚いた…?」
 アリアハンの入り口で、レフィルはホレスと合流した。
「…ああ。だからあの卵と……」
「わたしにも分からない…。でも、何かを伝えたいと言うような気がして…。」
 幼い日…人の友達を拒み続けてきた事と相まって、動物とじゃれあっていた事から始まって今の段階に至ったこの力のせいか…それともあの卵の中身が特別なのか…彼等には知る由も無かった。
「喋るスライムを見たのも初めてだったな。話には良く聞いていたが。」
「…そうなんだ。」
「しかも、随分と生意気な事を言ってたな…。」
「…そう?結構スライムって賢かったりするよ。」
「…確かに。御伽噺にもなるくらいだからな…」
 その物語は…スライムが文明を持ち、ある日現れた巨悪を皆で協力して倒す…と言った典型的な勧善懲悪の話が繰り広げられ…子供に大人気の話であった。
「遺跡でもスライムの絵は昔の物から良く見るが…」
「ふーん…。そうなんだ…。」
「…中々面白い物に出会えたものだな…。」
 ホレスは相変わらずの無表情ながら、何処か嬉しそうな様子だった。

「…母さん…それ、全部入れちゃったの…?」
 レフィルは口許に手を当てながら小さな空き瓶を指差して母に尋ねた。
「えっとね…さっき地震があってその時に手元が狂ってお鍋の中に落っことしちゃったみたい。」
「…て…手元が狂って…??」
 彼女は後ろでのた打ち回っているカリューとニージス…そして祖父の姿と呑気に赤い塊があちこちについた空き瓶を眺める母の姿を交互に見た。
「確信犯…?」
 ホレスが渋い顔でレフィルの母を見てそう呟いたのは誰にも聞こえなかった。
「いずれにせよ…ここまで辛い肉じゃがは初めてだったな。」
 フゥ…と溜息をつきながら、ホレスは着々と自分の分を平らげていった。

「何故お前だけ…」
 カリューは真っ赤になった唇を突き出しつつホレスに詰め寄った。
「…さあな。とんでもなく辛くはあったが…」
「……汗一つかかぬのは一体…いやはや。」
 カリューと同じく、腫れ上がった唇を見せてニージスは首を傾げた。
「レフィルも…一体君らの体はどうなっているので?」
「え…?」
 同じ食事を取ったにも関わらず、レフィル…ホレスには特に苦しそうな様子は無い。
「…遺伝……なのかな…?」
 彼女の母、エリアもまたあのとんでもない料理を口にして全然問題無く家事に勤しんでいる…。
「我慢大会出たらお前、金メダル間違い無いとちゃう?」
「…好きで我慢してるわけじゃないんだがな。」
 体力はもちろんの事、辛い物を食べて汗一つかかない精神力…体質とも取れるがかなりの境地にあるホレスを見て、カリューが毒づいたのを彼は物憂げな顔で外を見た。