レフィルの帰郷 第三話

レフィルの帰郷 第三話



ー…レフィル、かつての貴女はとても我が強い子だったのですね…。
「……。」
 いつぞやの夢の続き…流れ落ちる滝を見上げながらレフィルは何処からともなく聞こえてくる声に耳を傾けていた。
―……そんな貴女がこうして変わったのは…
「…それは…」
 レフィルは滝の向かい側の崖に腰を下ろしながら、更なる夢に心を委ねた…。

―おい聞いたか!?姫様がとうとうお嫁に行くって話だぜ!?
―マジか!そいつはめでたい!!
―…こりゃあ…国を挙げてお送りの準備をしなきゃな!!

―……何も知らないクセに…!!

「……レフィ?どうしたの?」
 幼いレフィルの手に、スライムを模したピアスが握られている。
「アリス…?」
「…なんだか何時にも増して元気が無いみたいじゃない、何があったの?」
「………。」
 幼馴染に尋ねられても、何も言おうとしなかった。
―…姫様と…もう二度と会えないかも知れないのに……。
「…ねぇ、本当に大丈夫なの?…最近教会に来ないって神父さまも言ってるわよ。」
「教会に行ったって…またカールやキャリーがわたしの事苛めるから…。」
「……あんなヤツらの事なんか何よ!いつもみたいに蹴散らしちゃえば良いじゃない!」
「好きでケンカしてる訳じゃないの!!…だって…!わたしは…!」
「…レフィル…。」
 声を荒げて反論するレフィルに、アリスは何も言えなかった。
「……またね。」
 そして、何処か寂しそうに別れを告げた。
「……。」
 レフィルはそのまま街の外へと出て行った。

ぴきー、ぴききー
「……。」
 レフィルは街の外の平原でスライムの群れが集っているのをただぼんやりと見ていた。
―……寂しくはなさそうね。
 スライムが一匹だけで現れるケースはそう多くない。ごくまれに見かけると、明らかにキョロキョロとして落ち着かない事の方が殆どであった。
ぴぃ……
「…あ。」
 一匹のスライムが元気のなさそうな鳴き声を上げながらとぼとぼと群れから離れていくのを見て、レフィルはそちらに注目した。
「……傷だらけ…。苛められたのかな…。」
 彼女は草むらから立ち上がると、ゆっくりとスライムへと歩み寄った。
―!
 スライムは彼女に気付き、敵意を露にして身構えた。
「…怖がらないで。あなたを苛めたりしないわ。」
 幼い少女とスライムの目が合った。スライムはビクッと体を震わせた。
「…大丈夫…だから。」
 レフィルは泣きそうな子供をあやす様な仕草でスライムを宥めながら、掌をスライムへと翳した。
「ホイミ」
 癒しの光がスライムへと降り注いだ。
「…ピキ?」
 スライムはきょとんとしてレフィルを見た…。
「……キミも一人なの?」
「ピ?」
 穏やかな表情で尋ねられて、スライムは首を傾げているつもりなのか、僅かに体を揺らした。
「…お友達の所に帰らないの?」
「ピキィ…。」
 スライムに人語が通じるのかは分からないが、スライムは力無く返事した。
「…そうなんだ。見つかると良いね、一緒にいてくれるお友達が…。」
「……。」
「わたしみたいにはならないで…。」
「ピー…」
 レフィルが去っていくのを、スライムはどこか寂しそうに鳴きながら見守っていた。

―…その後も、教会に行かずに色んな動物と遊んでたっけ…。

ピィイイイイッ!
「……レフィ、何してるの?」
「…!」
 口笛を吹いているレフィルに誰かが後ろから声をかけてきた。
「…え?…わ…わたしは…。」
 全てを語り終える前に、レフィルの肩に小鳥が舞い降りた。
「……小鳥?」
「あ……。」
 隠そうにももう遅い、レフィルは只後ろから現れた者を見る事しかできなかった。
「ねぇねぇ、今のどうやったの!?教会じゃそんな事教わらなかったよ!」
「…え…?で…でも教会じゃ…」 
「レフィルっていっつも教会に居ないみたいだけど…何だかんだで勉強してるんだなぁ…。」
「…そ…そうじゃないの…!これはわたしが…」
 レフィルが口笛で小鳥を呼び寄せた事は、その後アリアハンの子供達の知れるところとなった。

「……。」
 その後…またレフィルは街の隅でがっくりとうな垂れていた。
―…どうして皆余計な事言うのかしら…。
 たまたま見られてしまった為に他の子供達が寄ってきて…その時には呼び寄せに失敗してしまったので、たちまちにはやし立てられてしまったのだ。
―悪気は無いのは分かってるの…。でも、どうして…
 彼女から見れば、何かと理由をつけてからかってくる者も…余計な事で意に介さず波を立てる者もどちらも鬱陶しい存在でしかなかった。目からは自然と涙がこぼれて、寄ってきた角のある兎の頭に落ちた。

 その夜も、レフィルは何ともいえぬ悲しみで眠りにつく事が出来ず…机に力無く突っ伏していた。
―……もうやだ…。こんな所…。
 落ち込むレフィルの脳裏に苛めっ子の顔が浮かぶ…。
―……どうして皆でわたしを苛めるの…。
 耳につけていたスライムピアスを外して…彼女は涙を流した。
―…オルテガ父さんの娘だからって……わたしはそんな風に見て欲しくなんか無い…!
 涙は掌のスライムピアスに当たり…その表面を伝って掌へと流れた。

「レ〜フィ〜」
「……。」
 翌日、レフィルの下に例の少女が走ってきた。
「昨日の事なんか気にする事なんか無いよ。だってウソつきはあいつ等だもん。」
「……。」
「あたしはちゃぁんとこの目で見たんだもん。小鳥を呼べるなんて…」
「…さいよ…。」
 レフィルは彼女の言葉を遮って低い声で何かを呟いた。
「…どうしたの?」
「うるさいって言ったの。もうわたしに近づかないで。」
「…え〜?どうして〜?」
 少女が問い返すのも届かず、レフィルは無言で風の様に走り去った。
「…!ま…待ってよぉ〜っ!!」

 日も暮れる頃、レフィルは一人で夕焼けに染まる平原の上に座っていた。
―…今日は……もう帰りたくないな…。
 いつもならば…祖父が作る夕飯を取りに戻る時間だったのだが……ここ数日の激しい呵責にアリアハンの町へ戻ろうと言う気がしなかった。
「……。」

―…子供の我侭…と言ってしまえばそれだけの話ね…でも……。

―レフィル…!
「!!」
 強く呼びかけられて、レフィルはハッとして辺りを見回した。そこは見慣れた自分の部屋であった。
「……爺ちゃん。」
 同時に自分が何をしたのかを改めて実感した。
―…そうだ。わたしは…
 家にも帰らずに、母や祖父を心配させたばかりか、町の者にまで迷惑をかけたのだ。
「爺ちゃん…。わたし…わたし…」
 謝らなければと思い、レフィルは弱弱しい声で言葉を搾り出そうとした。
「…すまぬ…!ほんにすまぬのぉ…!」
「…え?」
 酷くしかられるものとばかり思っていたので…今の祖父の言葉に思わず動きを止めた。
「お前の父が居らぬ今…ワシが責任を持たねばならんと言うに…」
「そんな…悪いのはわたし…」
「……いや、悪いのは俺だ。」
「「!」」
 突然レフィルの部屋に、野太い声の男が入ってきた。
「…お…お前…!!」
「…すまない、レフィル。俺が面倒を見てやれれば…。」
「……。」
 逞しい体躯の屈強の戦士と形容すれば良いだろうか…。
「オルテガ…、何時帰ったのじゃ…?」
「…親父、長い事レフィルの面倒を見てくれたそうだな…。だが…俺は浅はかだった。」
「父さん…。」
 ベッドに横たわる娘の姿を見て、父は物憂げな顔をした。
「当然生半可な覚悟で魔王討伐の旅に出たわけではない。…数多くの犠牲と共に今日まで歩んできたんだ。今更引き下がるわけには行かない…。しかし…俺が旅に出てしまった為に、親父やエリアはもとより…娘にまで苦労をかける事になってしまうとはな…。」
「…そ…それは…」
 父…オルテガは幼い娘に…穏やかに告げた。
「父無し子…或いは英雄の娘のくせに…と蔑まれたのだろう…。要らぬ面倒をかけたな…。」
「父さん…ううん…違…」
「……良いんだ。俺にはお前の父たる資格なぞ無いのかもしれん…。」
「たわけ!そう言って簡単に責を逃れようなどと思うな!」
「分かっている…俺には弱音すら吐く資格さえないのだからな。」
「オルテガ…」
「だから俺は必ず魔王バラモスを討ち取る。お前の為にも…。」
「…そ…そんな事……」
「…すまない。俺はもう行かなければならないんだ…。」
「と…父さん…!」
 オルテガは俯き、そのまま部屋を後にした…。
―そんな事なんかしなくて良い…でも…引き下がれない…の?
 レフィルは去り行く父の背中に重い物を感じた…。

―…あれは夢だったのかな…。それとも……。

―…親父、エリア。レフィルを頼むぞ。
―いってらっしゃい!おとうさん!!
―レフィル、母さんを助けてやるんだぞ。
―あなた…何か仰って?
―ゴホンゴホン、あー、じゃあ行ってくる。

 次の日…
「あれ!?レフィルじゃないか?随分久しぶりに見るが…」
「……。」
「あ、レフィ!良かった〜、元気になったんだ!」
「え…その……だから…」
「流石は…オルテガの娘ってか?三日三晩飲まず喰わずで生きてられるんだからよ!」
 あれ程五月蝿く感じられた野次やはやし立てが、今では少々聴覚を煩わせる程度にしか聞こえない。
―…父さんだって……行きたくて旅に出てる訳じゃないんだ。
 それに比べればこの程度…と言わんばかりに、レフィルはまるで動じなかった。
―けど…その先に幸せがあると信じているから続けられるんだ…。そうだよね…父さん。
「あれれ?レフィ、少し顔が良くなったんじゃない?」
「…そ…そう?」
 今思えば…あの時の幼馴染の言葉も、まんざらデタラメでは無いのだろう…。

―……変われたのはあの時から…なのかな…。

―英雄の娘として…随分と普通の日々を送ってこられたのですね…。
「……。」
 回想はここで止まり、レフィルは滝壷を見やった。
―…この様な日々だからこそ…今の貴女の様なしっかり者となったのですね…。
「わたしが…しっかり者?」
―ただ……昔の貴女は言いたいことをハッキリと言う性格でしたが…今は少々引っ込み思案な所が目立つ様です…。
「…引っ込み思案……。」
―ふふ…それでは…また会う日まで…
「……。」
 声はそれ以降…聞こえてくる事は無かった。