レフィルの帰郷 第二話

「…おお、手ひどくやられたものよのぉ…。どれ…」
 母と娘が向き合っている中、その後ろから一人の老人が歩み寄ってきた。
「ごめんね…爺ちゃん。」
「…なに、生きとればどうとでもなる。さすがはオルテガの娘じゃ。そして…ワシの孫と言うだけある。」
 レフィルの祖父は、彼女の傷ついた右腕に手を添えて…うんうんと頷いた。
「それより…大丈夫だった?」
 レフィルはそう言いながら家の中を見回した。
「………。」
 そしてその有様に言葉を失った。
「……お前の家とは思えないな…。」
「おおぅっ!?何気に失礼な事を言って…!?」
「あちゃあ…。」
 辺りには物が散らかり放題で、汚れた食器が机の上に置きっ放し、飾られていた花は見事にドライフラワーと化して…その他突っ込み所満載の…惨状とも言える状態だった。
「…片付けなきゃ……。」
 いつもの表情ながら何処か悲しげにレフィルはそう呟いた。

「…お初にお目にかかります。私はダーマの十代目の賢者を務めさせていただいておりますニージスと申します。」
「カリューですわ。よろしゅう。」
「……。」
「…あ、彼はホレス。」
 綺麗に磨かれた床に片付けられて纏められた食器、そして埃一つ舞わない辺りの空気と…先程とは打って変わって住み良い雰囲気の居間で、四人はレフィルの母と祖父に向き合っていた。部屋の清潔さと対照的に…レフィルは酷く疲れた様子であった。
「あらあら、レフィルがこんなに沢山お友達を連れてくる日が来るなんて…母さんうれしくて涙が出てきそう…。」
「ほんにのぉ…。誘いの洞窟で死んだと聞いたときにはどれ程嘆いた事か…。オルテガの二の轍を踏ませてしまったとな…。」
 母と祖父は言葉通りの表情を見せた。
「…皆さん、レフィルが大変お世話になっているそうで…これからもよろしくお願いしますわ…。」
「はっは、いやはや…私等は勝手に同行させて貰っておいて全くの役立たずでしてな…。」
「あら、ご謙遜を。随分と腰が低いのね。」
「いやいや、この子には何度助けられた事か。」
「せやな。イザと言う時に豪く頼りになる子ですわ、レフィルは。」
「変わったわね。この子ったらちょっと前まではケンカも嫌いな子だったのに。」
 母とカリューとニージスは既に彼らの話題で盛り上がっていた。
「…ふむ、まぁ環境が環境じゃからのぉ。しかし、お主は先程から何も話しておらんのぉ…。」
 一方、話から取り残されたホレスは祖父に声をかけられた。
「話す事が無いだけです。」
「そうか…。ホレスと言ったか、お若いの。お主を見ていると昔のワシを思い出す様じゃの…」
「…何故です?」
「昔の血が騒ぐんじゃ、おぬしを見ておるとな。今は何も出来ん老いぼれに過ぎんが昔はこれでも王宮の兵士として務めていた頃があってな…。」 
 ホレスは老人が語る言葉に何処か引っ掛かる物を感じ…その後の言葉に耳を傾けた。
「あの頃のワシは弱い癖に粋がっておった。まぁ、結局のところだからと言ってどうなったと言うわけでも無かったのじゃがな。」
「……。」
「…じゃが、幸か不幸かそれが生きた時があった。…と言っても戦時の時じゃったか…。」

―…ぐ…私は…まだ……戦える…!!
―ボ…ボウズ!!もう良い!!お前さんは下がってろ!!
―…だが…皆が傷ついている中で私だけ下がるわけにはいきません…!
―戦えないんなら足手まといになるだけだ!!
―…お…囮くらいになら…!
―お前は良くやってるんだ…!見ろ、さっきのお前の勇気に励まされて戦ってるみんなの姿をよ!!
―……そ…そんな…。
―大将の首を取る事ばかりが手柄じゃねえんだ。…こうして士気を上げたお前さんも勲章物の立役者だ。
―……。
―だから勝手に死ぬなんて許さねぇからな!!戦えなくなるまでやる根性のあるヤツをこんな所で死なせてたまるかってんだ!!

「……良い人に巡り会えましたね。」 
 心底そう思いながら、ホレスは老人にそう返した。
「…何、それ以上にワシが思ったのはどのような些末事も見ておる者は見てると言うことじゃな。じゃから普段の行いがモノを言う…そう思わされたよ。」
「……。」
「お主も随分と傷ついておるようじゃが…」 
「!」
 老人の言葉にホレスは瞠目した。
「ほっほ、その様子じゃと…あまり深く語るとお主の気を害しそうじゃな…年を取ると妙な所で鋭くなるのでな。」
「…いえ、ただ驚いただけです。確かにオレもこの身に過去に苛烈なまでの傷を負い、死の床に臥せっていた時期はありました。」
「…すまんの、掻き乱してしまった様でな。…じゃが、お主を見ておるとこう言わずには居られぬのじゃな…。」
「……何故です?」
 ホレスは怪訝な顔をして老人に返した。
「……似とるんじゃよ。若かりし頃の我が愚息、オルテガにな。」
「…??」
「…やっぱりそうなんだ。」
 怪訝な顔で首を傾げるホレスとは対照的に、レフィルは納得した様子で呟いた。
「…レフィル?」
「……カンダタさんも…ホレスの事を話している内に、父さんの話に行き着いたから…。」
「…何?」
「やっぱりホレスは父さんに似てるんだ…。」
「…お…おいおい、オレがオルテガに…?」
 ホレスは肩を竦めてレフィルを見た。
―…まぁ価値観は人にも寄るから別にそう呼ばれようとも構わないが…。
「な…なんとっ!?レフィルよ!お前はカンダタとあっておったのか!?」
「…っ!?」
 いきなり目の前に顔を突き出してきた祖父に、レフィルは身じろぎしながら後退した。
「……やっぱりそうなるだろうな…。」
 その後、彼女は老人にイヤと言う程説教を喰らった。傍で呑気に話している母とニージスとカリュ−を横目に…。

「……ふぅ。やっぱりカンダタさんって……嫌われ者なんだな…。」
 ようやく自室に戻ると、レフィルは左手で懐かしい机の椅子を引き、そこに腰掛けた。目の前にはスライムを模したぬいぐるみが置いてある。
「…あの時のわたしも……。」
 机の引き出しの一番下を引き、その中身の一つを見た。それは木製の簡素な額に収められた一枚の絵であった。

―レフィ〜、こんどはキミのばんだろ?早くやりなよ。
―やだやだやだぁーっ!!
―……あー、オルテガのこどもなのにワガママいうんだー
―いけないんだー
―もうやだぁ!!みんなだいっきらい!!

―…どうしたのレフィ?
―えぐっ…みんながわたしのことオルテガのこどもなのにって……
―……ほらほらもう泣かないの。綺麗なお顔が台無しでしょ。
―……うん。
―…さ、話してご覧。私で良ければ力になってあげるから。

―……レフィ。また一人でそこに居たの?
―……。
―また男の子と喧嘩したそうじゃない。…ふふ、勝っちゃう所が凄いけど。
―…そんな事言われても嬉しくないよ。
―そうね。分かってるじゃない。…一人で寂しくないの?
―寂しくない。だって、今は姫様が一緒だから…。
―……でも、私はあなたに何もしてあげられなかったわ。
―そんな事無い!何時だって姫様はわたしを助けてくれた!
―…そう言ってくれると嬉しいわ。でも…私、もうすぐ嫁がなきゃならないから…
―……"とつぐ"?
―今日はさよならを言いに来たの。明日、サマンオサから王子様がいらしてくるの。…私は彼と一緒にサマンオサに行くわ。
―サマンオサ!?駄目!!だってあそこは…!
―…寂しいのは私も一緒。レフィルに会えて本当に良かったわ。
―やだ…!行っちゃやだ!!行かないで!!姫様!!
―…あ、そう言えば誕生日のプレゼント…すっかり遅くなってごめんなさい。何せお父様ったら抜け目無いんだから…。
―…え?
―……あなた、スライムとじゃれてたじゃない。だったらこんなのも好きかな…と思って。
―こ…こんなのいらない!!だから行かないで!!
―……さようなら。
―姫様ぁーっ!!

 レフィルは回想を一時休み、常時両耳につけていた物を机に置いた。
「…あの頃のわたしには姫様しかいなかった。」
 長く過酷な旅を共にしてきたにも関わらず、傷一つ無いスライムの耳飾りを見て、レフィルはふぅ、と嘆息した。
―…人を拒んで生きてきたものね…。
 友達といさかいが絶えず、意見の違い等からすぐに喧嘩になるのを嫌ってレフィルは何時しか一人で過ごす事が多くなっていた。