第十章 レフィルの帰郷

「レフィル…!酷い怪我…でも、無事で良かったわ…。」
 町へ入ると、入り口付近に居た女性が満身創意のレフィルに駆け寄ってきた。
「…もう、だからあれ程止めておけって言ったのに…。」
「アリス…。」
 右手に添え木を付け…包帯で覆われた下は酷く腫れあがっている…。左手の袖の隙間には痛々しい傷跡が微かにだが残されていた…。
「皆心配してたのよ…。だって、あなたが誘いの洞窟で死んだって噂が流れて…。」
「ええ…!?」
 一体何処からそんな情報が流れ出たのか…。確かに危うく死ぬ所ではあったのだが…。
「…でも、ロマリアの女王様になったって聞いて…驚いたケド…生きていてくれて良かった…。」
「……。」
 各地で女王の話を聞いていた事は忘れていないのだが…まさかアリアハンにも広まっていようとは思わなかった。
「あ…ごめんね。…とにかく医者へ…。あなた達も。」
 アリスと名乗る女性が言うままに、四人はアリアハンの街中を歩いていった。

「…レフィルじゃないか!?」
「…帰って来たのか…?じゃあバラモスを…?」
「馬鹿を言うな。外はまだ魔物だらけじゃねえか…。」
「……そうだな。でも…何か逞しくなって…」
「…女の子に逞しいって…褒め言葉になるのか…?」
 道行く見慣れた者達が、自分について色々と話している…。
「そう言えば随分背伸びたわよね…。私よりもう高いんじゃないかしら…。お仲間の三人と比べると小さく見えるケド…」
「……。」
 どう答えたら良い物か分からず…レフィルは表情を変えないまま沈黙してしまった。
「…もう、相変わらず無口なんだから…。」
「あんたが言いたい事はわかるが…今この子は怪我してるんだ。そう多く語ると疲れると思うがな…。」
 とにかくよく喋るアリスに…ホレスは嘆息しながらそう言った。
「…あら、レフィル。この人…彼氏?」
「……。」
「あのな…。」
 ホレスの言葉に特に気を悪くした様子も無く…アリスは彼をまじまじと見た後、レフィルに尋ねた。
「…ふむ。確かにそう見えますな。」
「ふっふっふ…やっぱお似合いなんやなぁ…。」
「……。」
「…あんたらは元気そうだな…。」
 アリスを加えて立ち話している中で…ホレスは表情を変えずに先へと進み、レフィルは少し顔を赤らめながら自分の中の複雑な気持ちに振り回されていた。

「おいおいなんだぁレフィル…もう帰って来たのかよ…。しかも何だよそのザマは…」
「ちょっと!もっと言葉選べないの!?…ごめんねレフィル。カールってば…」
「ばっ…ソニア!それ以上言うんじゃねえ!!」
「…あ…あの…。」
 幼馴染達が処置を終えたレフィル達を出迎えた。
「…うわ…ボンキュッ…ってヤツか…」
「な〜に失礼な事言ってるのよ!!」
「あ〜悪いけどな、先約おるんや。」
「んだよ〜…。」
 筋肉質な体付きにも関わらず…出る所はしっかり出ていて…艶っぽい雰囲気を醸し出している…。
「…でもぉ…やっぱり格好良いな…ニージスさんは…」
「チッ…顔だけの優男が…。」
「はっは、否定できませんな。」
「ニージスさん!コイツの言う事なんか真に受ける事無いです!!」
「んだとぉテメェ!!」
「あら〜…ケンカはいかんですよ、ケンカは。」
 レフィルと同年代の少年少女がニージスやカリューに群がり始めた。
「…そう言えば、レフィルの仲間ってもう一人居なかった?」
 ふと、誰かが違和感を感じてレフィルに向き直った。
「…ホレスの事?あれ?…いない…。」
 幾ら見回しても、黒装束を纏った銀髪の青年の姿は何処にも見当たらなかった。

―…勇者と言うだけに、人が集まるな…。
 診療所の木の上から、ホレスは自分を探す者達を眺めていた。
―それにしても…随分と人望があるんだな…。
 一部には勇者の娘と言う肩書きが気に入らず…小言を言う輩も居たが…多くの者はレフィルのありのままを見ているようだ…。
―…帰る場所があるのは良いものだな、だが……。
 自分にその様な場所があるのか…ホレスは暫く瞑目しながら木の上で佇んでいた。

「何処行ってたの?…皆あなたを探していたんだけど結局見つからなくて…。」
 ほとぼりが済んだ所でホレスはレフィル達と合流した。
「まじまじと見られるのも正直嫌だったからあの木の上に隠れていた。」
「あそこに…?おかしいな…。ちゃんと見たはずなのに…。」
「はっは。流石に忍者の服は迷彩能力が一味違いますな。」
 結局彼の姿を見たものは、数える程の者だけだった。
「…地味だな。」
「……。」
 少年の一人がホレスに詰め寄ったが、彼は特に驚いた様子も無く…ただ相手を見返しただけだった。
「まるでレフィルを男にしたようなヤツだなオイ。」
「…ちょっと!また失礼な事を!!」
「わたしを…男にって…」
「…間違ってるな…。」
 無口である事は共通しているが…。

「…一週間は安静に…か。」
 レイアムランドで深手を負った自分の診断結果を反芻しレフィルは溜息をついた。
「武器も握れないんだよね…。」
 彼女はガチガチに固定された右腕を見た。こうなっていては、戦いもまともに出来ない。
「…まぁ丁度いい休息でしょう。」
「そうだな。考えてみれば、ポルトガを出て以来…あまり落ち着かなかったからな。」
 船旅の最中、海の魔物に襲われて…船を壊されそうになったり、嵐に遭ってレイアムランドに漂着したりと…かなり危険な目に遭って来たのだ。
「…ふむ、時間が空く中…折角ですので不死鳥ラーミアについてでも話しておきますかな?」
「確かにそれもいいな。…あの祠の意味を知る上でもな…。」
 ほんの僅かの間ではあったが、レイアムランドの祠に感じたものは多々あった。
「そうですね…あ、良かったらうちにいらしてくれませんか?…ここまで来れたのも皆さんのお陰ですし…。」
 話の途中で、レフィルは思いついた様に三人にそう言った。
「…いいのか?オレ達…かなり邪魔になるとは思うが…。」
「さり気なく"達"…か。ふぅん…。」
「…え……あの…ホレス…?カリューさん…?…だ…大丈夫よ。狭い所かも知れないけど…。」
「…じゃあその言葉に甘えさせていただくとしようか…。」
 結局、ホレス達はレフィルの家に泊まることとなった。

「…あらやだ。またお肉焦がしちゃった…。」
「相変わらずじゃのお…娘が居なければ何も出来んとは…」
「…そうねぇ…。今頃どうしてるのかしらあの子…。」
コンコン
 女性と老人が居間で過ごしている時、突然ドアをノックする音が鳴った。
「はい。」
ドタバタドタバタ
 女性は慌しい足音を鳴らしながらドアへと走っていった。
「…騒々しいのぉ…。少しは娘を見習ったらどうじゃ…。」
 老人のぼやきには耳を貸さず、彼女はドアの鍵を解いた。
「どうぞ。」
ガチャッ
「…いらっしゃい…あら?どちら様?」
 ドアの先には黒装束を纏った銀髪の青年の姿があった。
「ただいま。」
「!」
 彼の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…レフィル?」