氷海の祠 第五話

「…ふむ。六つの祭壇…と。いやはや、これはとんでもないモノに出会った事ですな…。」
「あんたもそう思うか?」
 四人は遺跡の中心部にある大広間…七つの祭壇が並ぶ部屋に入った。
「何…これ……。」
 レフィルは中央にある卵のような物に触れた。
「……凄い……何だろう…。」
「…レフィル……?」
 卵から感じる暖かな温もりを左手から感じ取り…彼女は何とも言えない気持ちになった。
「見てみたいな……でも…」
 極寒の地の果てで…たった一つ……
「まだ…出たくないの…それとも……」
―……。
「…出られないの…?」
 儚げな抑揚で…残念そうにレフィルは卵に尋ねた。
「…何しているんだ?」
「この子…何年も卵の中に居るみたい…。」
「…馬鹿な、そんな筈は…」
「…やっぱり信じられないよね…。わたしも…、でも…嘘に聞こえないのは何でだろう…。」
「卵と会話できる…とはいやはや…。」
「…?会話…??え…?そうじゃないですけど…」
 突然卵に話しかけ始めたレフィルを見て、カリューとニージスは訝しげな顔を向けた。
「疲れてるんとちゃう…??」
「…オレもレフィルの言う事が何となく分かる気がするが…」
「矛盾してますな…」
「イヤ、そうじゃない。…この子がいっている事はともかく…卵の中から聞こえてくるんだ。」
「「何が?」」
「中身の…おそらくは鳥の心臓の鼓動がな。…既に力強く脈打っているのが聞き取れたが…。」
 ホレスの言葉に…二人は…
「成る程…。まぁ無理して庇わんでもええで。」
「…別に庇っているつもりも無いが…。」
「…固いヤツやのぉ…。ここはもっと…」
 からかわれても仏頂面のホレスを見て、カリューは気が萎えて肩を落とした。
―ホレス…?
 レフィルもまた複雑な気持ちで彼の横顔を見た…。今はニージスと何やら難しい話をしている…。
「気ぃ落とすなレフィルちゃん。まだチャンスはあるで。」
「!!!」
「おお、良いリアクションや。」
「ええっ!?」
 大げさにも見える反応を示すレフィルを見て、カリューは意地悪な笑みを浮かべた…。レフィルはそれを見て更に肩をびくぅっと竦ませた。
「…あ…あの…!」
 レフィルは顔を赤らめながら必死に何かを言おうとした…
カッ…!
「…え…??」
 突然光が走り、レフィル達は揃ってその方向を向いた。光源は…あの大きな卵だった。…今は既に光を失っているが…それ以外に光を発しうるものは無い…。
「…流石は不死鳥の卵。不思議だらけですな。」
「不思議と言うより…不気味と言うべきじゃないか…?というより不死鳥…?」
「どっげぇええええっ!?何や何や…!?」
「……。」
 カリュー以外の三人は思いの外冷静に卵を見た。
「やっぱりこれは不死鳥の卵なのか?」
「ふむ…文献が間違っていなければこれは不死鳥ラー……」
―…テ…
「「「!」」」
「ぎょぇえええええっ!?今度は何や…!!?」
 頭に直接語りかけてくる思念の主…おそらくは卵の中身…にカリューは必要以上に大声で喚きつつ右往左往した。
「…あなたなの?」
 レフィルは卵に再び話し掛けた。
―………。
 しかし、これ以上は何も呼び掛けて事は無く…思考には何も聞こえなくなった。
「幻聴…では無いですな。」
「…そうですね…」
 三人はともかく…まだうろたえているカリュー…どうやら彼女にはモロに効いているらしい。
「ふむ…それはさておき…」
 ニージスが気を取り直して話を続けようと思ったその時…
「!」
 レフィルは突如目を見開いた…!
「…そ…そんな事…」
「どうした?レフィ…」
 全てを言い終わる前に…レフィルの体が淡い光に包まれた…。
「…え…?ちょっと…これって……」
「…まさか…ルー…」
 しかし、それはレフィル一人への変化…では無かった。四人の体に同じような光子が纏わりつき…ぼんやりと光っている…。

「…ん……んん…。」
 気が付くと、レフィルは石の上の床ではなく…ベッドの上で目を覚ましていた。
「…あ…あれ……??」
 辺りを見回すと…今ではすっかり馴染んだ自分の船室…であった。先程までいた石の建造物とは全てが違った…。
「そうだ…皆は大丈夫…かな…。」
 レフィルはベッドから起き上がろうと手で地面を押した。
ズキンッ!!
「…痛っ…!!」
 右腕に激痛が走り、レフィルはもう片方…左腕でようやくベッドから起き上がり…窓にかけられたカーテンを開いた。
「………。」
 しかし、その瞬間…レフィルは言葉を失った…。
―…どう…して……?
 思わず彼女の目から涙がこぼれた…。
―そう……あなたが…。
 遠く離れた地にさみしく佇む者…その者が連れてきた先は…実に馴染みのある光景であった…。見慣れた城に…その城下町…。
「アリアハン…。」

「……一体何が…。」
 船を下りて、平原に立った一行は全員起こっている事に首を傾げた。
「夢ちゃうん…やろ?」
 辺りでうろうろしているのは氷河魔人ではなく…スライムの群れだった。しかし、全く襲ってくる気配は無く…皆驚き留まっている…。
「だからと言って叩くのは勘弁していただけないかと…。しびれクラゲの時の張り手は見事に効いてたので。」
 見事に頬を腫らせながらもニコニコしているニージスを見て、カリューは更に顔を歪めた…。
「ほぉ…もっかいやって欲しそうな顔やなぁ…。」
「…はっは。勝手に勘違いするのも止めていただきたいものですな。第一、夢かどうかの確認は自分自身の痛覚で感じるものでは?」
「いちいち細かいヤツやのぉ…。」
 果てしない言い合いをしているニージスとカリューを横目に、レフィルは懐かしい草原の感触をしっかりと踏みしめていた…。
「…アリアハンと言っていたな…。」
「…うん。」
 傍らには黒装束の青年が立っている…。
「帰ってきたんだ…。」
「……。」
 ホレスは…複雑な感情を抱きながらもやはり嬉しそうなレフィルの顔を…無表情で見ていた…。
「…でも、あまり進展は無いんだよね…。」
「そうでもないじゃないか。今回最後に迷い込んだあの祠は…ラーミアの社だ。」
「!」
 不死鳥ラーミア…神話に出てくる巨大な怪鳥として知られている。
「…あの子が…ラーミア……?」
「伝説に触れた…肩書きはそれだけで十分だろ。第一…お前、今までしてきた事を忘れたのか?」
「……?」
「ロマリアの件はともかく、バハラタの人攫いの事件を解決に導いたのはお前なんだぞ。それに、ハンの黒胡椒貿易が成功したのも…お前が動いたからこその事だろうが。」
「…そ……それは…」
「どう思おうがお前の勝手ではあるが…胸張って帰れるさ。」
「ホレス…。」
 傍から見れば…ただ気を使っているようにしか見えないが…レフィルはホレスの飾り気の無い抑揚で綴られた言葉を聞いている内に…少し気が楽になった。

―ありがとう…。
 レフィルは心の中でそう呟いた。ホレスに、そして…このアリアハンに返した見えない誰かに対して…。
―わたしをここに帰してくれて…。
 
第九章 氷海の祠(完)