氷海の祠 第四話

―レフィル…よくぞここまでたどり着きました…。
 朦朧とした意識の中、レフィルは先の夢の見えざる者の声を聞いた…。
「あなたが…ここに…わたしを…?」
 それ以上何も聞こえないまま、レフィルの意識は暗転した…。
「え……?…まだ…聞き終わって…」
 催眠呪文ラリホーを受けたかの様にレフィルは静かに目を閉じた…。

 石作りの建造物の中、ニージス達三人の下へとホレスが帰ってきた。
「どうでした?ホレス?」
「…問題ない。この中には魔物も入ってこれないらしいし、誰もいなかった。…レフィルは?」
 防寒着を毛布代わりに掛けられている…。顔はまだ赤く、熱もある様で…レフィルは苦しそうに横たわっていた…。
「どうにか意識を取り戻しました。…大丈夫で?」
「え…あ…ご…ごめんな…さい……。」
 険しい表情のホレスを見て、レフィルはどこか怯えた様子で弱弱しく謝った…。
「気にするな、お前は良くやった。」
「…で…でも……!」
「……オレ達にもあの妙な声は聞こえてきた。」
「!」
 ホレスの言葉を聞き、レフィルは目を見開いて彼に詰め寄ろうとした…が。
「…痛っ…!!」
「無茶をするな!死にかけていたんだぞ!お前は!!」
「…あ、…ご…ごめんなさい…。」
「…今は休んでおけ…。ニージス、カリュー。オレはもう一度此処を調べてくる。…レフィルを頼む…。」
 そう言うとホレスは遺跡の奥へと進んでいった…。
「仕方ないですな…。まあ年配者の配慮として…」
「ん、わてらホレスより年上やったか。」
「…はっは。ぶっちゃけましたな。」
「〜!!ニぃージスぅーっ!!」
ピシャゴローン!!
 カリューは何時の間にか手にしていた雷の杖でニージスを殴った。迸る電撃が彼の体を焦がす…。
「はっは…いやはや…口は災いの元とは…」
「だったらハナから言うな!!」
 喚きあっている二人の傍で、レフィルが傷の痛みが疼くのを言い出せなかったのはまた別の話…。

―…またか。
 遠くから聞こえる雷の音を聞きながら、ホレスは石段を一歩一歩着実に昇っていた。雷が落ちたと思しき場所にはレフィル達がいる小さな小部屋があった。
「…しかし、随分規模の大きい遺跡だな…。」
 氷海の広さと比べてしまっては確かに小さく感じるのだが、ここは何か随分と大きな役目を果たしているらしく、ホレスが今まで見てきた遺跡の中ではまさしく最大級の大きさと言えた。
―…高さだけで言うならシャンパーニの塔よか高いかもな…。
 階段を昇り切って見下ろすと、なるほど…確かに高い…。此処までの高さは一体何なのだろうかと思いつつ、ホレスはそこにあった巨大な聖堂の様な建物の中へと入った。
「これは…。」
 入り口の数段の階段を軽く上った先にあったのは…六つの祭壇に囲まれた一つの大きな祭壇だった。その上には巨大な卵のような物が乗っている……。
―何だ…??オレは夢でも見ているのか…?
 しばらく呆然と眺めていたが、不意に口端が吊り上がり…不敵な笑みを見せた…。
―…これは面白い物に出会えたかもしれないぞ…。
 ホレスは本を手に取り、随所を調べはじめた…。

 我、久遠の翼の眠りを見届けし者なり。
 滅び無き光の化身にして神道への導き手たる彼の者、その御霊は六の光と成りて何処かへと散り、血脈を此処に封ず。
 六の光が此処に集いし刻…久遠の翼出でて…其に神道を拓かん。

「…これは…。」
 遺跡に書かれた文字を解読して、ホレスは思わずそれに手を当てた。
「…不死鳥か…はたまた神龍か…。」
 久遠の翼…悠久の時を生きる空を飛ぶ者の意味を取ればそういう事になる。
「鍵は六つの光……。光?」
 光…それは何を指すのだろうか…。ホレスは手にした本を片っ端から開き始めた…が特に納得のいく答えは出なかった。

「…レフィル、大丈夫か。」
「はい…。ごめんね…ホレス。」
 レフィルはまだ顔色が悪く…足取りもおぼつかない状態だった。
「……いや、お前があのトロルと相討っていなければ…オレ達は全滅していたからな…。無茶をするなとは言ったが…すまない。」
「え…?あれはホレスが倒したんじゃ…?」
「…な…何も覚えていないのか…?」
 ライデインもベギラマも使わずして鍛え上げた肉厚の斧だけで巨人を一刀両断に仕留めた事をレフィルは覚えていなかった様だ。
「…だって、わたし…吹雪に巻き込まれて……っ!?」
 しかし、倒れた時の記憶を辿ったその時、レフィルは激しい頭痛を感じて頭を抑えて床に伏した。
「ど…どうした!?」

―ああああああああっ!!!
 レフィルは左腕を焦がされて悲痛な叫びを上げた。
―外したか…まあいい、これでもうろくには動けまい…。
―メラ
 魔法使い達が…左腕を抑えて膝を屈する皮鎧を付けている小柄な旅人に火球を浴びせた。
―…ギラ!
 しかし、突如として彼女の体に炎が纏わり…火球を飲み込んだ。
―…!?メラ!
 魔法使い達は一瞬たじろいだが、気を取り直して再び火球の群れを浴びせた。
ザンッ!!
 しかし、同時に残った右腕で彼女は剣を抜いてそれで火球を斬った。…それは真っ二つに切り裂かれて弾け飛んだ…が、それだけでは終わらなかった。
シュゴオオオオオオッ!!
 彼女の周りに集っていた炎が剣圧で飛ばされて、他の火球諸共魔法使い達を飲み込んでいった。四人の内の三人は成すすべも無く、その炎に巻かれて断末魔の悲鳴を上げ…やがて燃え尽きた。
―ば…馬鹿な…!!
 最後の一人は死人とも思えるほどの虚ろな目をした少女の剣に心臓を貫かれて辺りを己の血で赤く染めた…。

「…う……!これは…。」
 ようやく我に返り…レフィルは顔を上げた
「……誘いの洞窟の…。」
「誘いの…?」
 ホレスはその言葉を聞いて動きを止めた。…レフィルがロマリアへの道として通った洞窟…同時にあの時の大火傷を負った場所…。
―…あの時も…あの傷で…
 レフィルはこれまでも、いつもは大人しいのだが…時々ホレス以上に無茶をやらかしていた。
「……ふむ。まだ右腕は折れたままですし、まだ休んでいた方が良いかと。」
「…そうだな。しかし、食料はどれだけ残ってる?」
 遺跡の外には氷河魔人の群れが佇み、これを突破するのは至難の業であるのは間違い無い。全滅まで行かずとも…四人の誰かに犠牲が出るかもしれない。
「大体五日分位ですな。戦いの途中で躓いた際に氷河魔人に一つ荷物を引きちぎられてしまいましたからな。」
「五日か…。どうする?ハンの船を置いていけば一応ポルトガへ帰る事なら出来るとは思うが…?」
 この一帯が守護者…氷河魔人の領域であるならば、船の近くに降り立ってもかなり危険である事だろう。
「そ…それは…」
「…出来る事なら船に乗り込みたい所だが…悪戯に危険に晒す訳にもいかないだろう?」
「で…でも…!」
「オレ達は良い。だが、お前は深手を負ってるんだ。しかもこの状況だ。オレ達がお前を守ってやれるとも限らないんだ…。」
「ホレス…。」
 今の自分は足手まといでしか無いのか…。武器を失い、満身創意のレフィルは哀しくもこれ以上何も言えなかった。
「なに、ハンだって船の事はとやかく言わないだろう。命には代えられないさ。」
「……。」
「気にするな。お前もオレ達を救ったんだ。」
「わたしが…ホレスを…?」
「外を見てみろ。」
 相変わらず氷河魔人達が入り口付近の石段で固まっている…。
「いやはや…よく退屈しないもので…」
―論点が違うぞ…
「そ…そういう問題じゃ…。」
「…ん、だが…言っただろう。あのままだと全滅の危機にあったとな。」
「…そう…なんだよね…。」
 遁走していた時は…確かに必死ではあったが、改めて状況を理解すると…死と隣合わせであった事を実感し…背筋に寒気が走った。
「…それじゃあ、打開策を考えるのと…この遺跡の調査に五日間を費やす事にしますか。」
 残り少ない道具…爆弾石も薬草も底を尽き…魔力も満足に回復できないこの状況で一体何が出来るのか…。