氷海の祠 第三話

 吹雪の中に散らばる氷の破片…それを後にする氷河魔人達…しかし…!
ドガーンッ!!
―!!
 突然後ろから何かを投げつけられて、それの爆発に巻き込まれて何体かがバラバラに弾け飛んだ。
―貴様…!!
 いきり立った残った氷河魔人が氷の腕で倒したはずの青年に殴りかかった。
ザンッ!!
 しかし、その腕は黒い一閃によって綺麗に切り裂かれた。
「喰らえぇっ!!」
ピシャアアアッ!!ドォォオオオオンッ!!
 青年が振り翳した杖から不思議な力が迸り、直後…雷が氷河魔人の群れに直撃した。魔物達はなすすべもなく粉々に砕け散った。
「………。」
 吹雪の荒れ狂う中、ホレスは目を閉じて意識を聴覚に集中した…。
「…フゥ……、何とか乗り切ったか……。」
 とりあえず新手がいないことを確認すると、彼はその場に座り込んで荷物をあさり、薬草を取り出して何個かを口に入れた。即効性の回復効果が早速彼の体を少しずつ治し始めた。
「こいつが無ければ終わっていたな…。」
 ホレスはずっと左手に持っていたものを見てそう呟いた。それは中に燃えるような煌きを発する丸い球であった。それから迸る熱気が彼の体の熱を保ち、氷から身を守ったのだ。
―フバーハ程スマートにはいかなかったがな…。…さて、どうしたものか…。
 所々に火傷を負ったのを感じつつ、ホレスは傷口に少しずつ処置を施していった。
―…ん?そういえば……。
 今持っていた赤い球に雷の杖…そして黒く長い武器をしまおうとした所で、ホレスは手を止めた。

「…え?」
 レフィルはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……!!」
「おや…。」
 他の二人も、氷河魔人達も思わず彼女の方を見て動きを止めていた…。そこにあったのは斧を振り下ろした格好で止まっている防寒具に身を包んだ少女の姿だった。対象となった氷河魔人が再生する気配は既に無く…欠片は次々と砕け散った。
「これは一体…?」
 ニージスは怪訝な顔をしながらそう呟いていた…。
「…!何ボサッっとしてんね!まだ敵は残ってるんや!!」
「おおっと…!いかんいかん。…しかし、どうやって倒したんで…?」
「知るかい!今は出てきたのを潰すしかないやろ!!」
 残った氷河魔人達が吹雪を三人へと吹きかけるが、フバーハの効力はまだ生きていた為、どうにかやり過ごした。
「ホイミ!」
 我に返ったレフィルが遠くから回復呪文を二人へとかけた。
「レフィル、回復は私が引き受けましょう。君は攻撃呪文を。」
「あ…はい…!……ベギラマっ!」
 ニージスに言われるままに、レフィルはギラの上位にあたる呪文…ベギラマを唱えた。
シュゴオオオッ!
 先程より大きな炎の壁が氷河魔人に襲い掛かる…!
「…!…駄目…これじゃ…」
 しかし、急激に炎の勢いが衰えてすぐに消えてしまった…!それを好機と氷河魔人の一体が呪文を唱えた体勢のままのレフィルを殴りつけた。
「きゃあああっ!!」
 呆気なく拳の直撃を受けてレフィルは地面へと転がった。
「…うっ……!右腕が…」
 立ち上がろうと手をついた所で激痛を感じて彼女はまた地面へと崩れた。右腕だけでなく…全身に洒落にならないダメージを負い、彼女は身じろぎした…。
「…アカんっ!!レフィルちゃん!!」
 すぐさまカリューが駆け出すが、氷河魔人の方が動きが速かった。そのままレフィルにのしかからんばかりの勢いで突進してきた…!その勢いに飲み込まれて、レフィルは身動きが取れない…!
ズンッ!!
 しかし、ぶつかる直前で氷河魔人に黒い一閃が走り、氷の塊が辺りを舞った。
「……あ……」
 レフィルは目の前に立つ黒い装束の青年を見上げて絶句した…。
「…大丈夫か?」
 振り返り、ホレスは彼女に手を差し伸べた。
「…だ…だいじょう…痛…ッ!!」
「…!!お…おいっ!!」
 立ち上がろうとした時に右腕が疼き、レフィルは苦しそうに顔を歪めた。
「…骨が折れている…!ニージス!回復を…!」
「ううん…ここは…ベホイミ…!」
 レフィルはホレスに支えられながら、右腕に左手を当てて回復呪文を唱えた。
「……もういい、無茶はするな。後はオレがやる…!」
「ホレス……。」
 ホレスは右手に持った黒く長い武器をニージスとカリューと闘っている氷河魔人へと振り下ろした。それは鞭にしては決してしなやかな動きでは無かったが、二体同時に攻撃するには十分だった。
「ほぉ…ドラゴンテイルですな…それは。」
 かなりのダメージを受けて怯んだ所を、ニージスが抜けて、カリューは弱った氷河魔人に追撃をかけた。
「…ホレス……酷い怪我…。」
 彼自身は決しておくびにも出さなかったが、顔色はかなり悪い…。
「ベホイミ…!」
 強力な癒しの光がホレスの体を包み、みるみる内に傷を塞いでいった。
「すまないな…勝手な行動をとってしまってな…」
「…そ…そんな事…!」
「あ〜はい。とりあえず四人揃った事ですし、撤退…」
―逃がしはせぬ…。聖地へ足を踏み入れし者はここで滅びよ…!
「「「「…!!」」」」
 四人の周りに、先程とは比較に成らない程の氷河魔人の群れが集った。
「く…オレ達は別にそのような…!!」
「喋っている暇はないようですな…。」
 レフィル達に氷河魔人が一斉に襲い掛かってきた。

「ギラッ!!」
 炎の壁が一直線に走り、氷河魔人達を退けた。
「これでも喰らえっ!!」
 ホレスが振り翳した雷の杖が唸りを上げて、敵に雷の洗礼を浴びせた。
「ピオリム!」
 ニージスが唱えた呪文が全員に降りかかった。
「体が軽く…!」
「走れ!」
 四人は切り開いた活路から走った。先頭をカリュー、間にニージスとレフィル…そして殿をホレスが務める形で走り抜けていった…!

「駄目だ!振り切れない…!!」
 雷の杖を後ろで振り続けているホレスはそう叫んだ。
「…どこかに逃げられそうな場所は無いのか…!!?」
「駄目や!!吹雪で何も見えへん…!!」
 前への活路を誘惑の剣で切り開きながらカリューは言葉を返した。
「…ふむ…あの戦いで既に皆の魔法力は尽きてしまったようで…。」
 ライデインとギラの連発で、レフィルの体には相当な負荷が掛かっていて、立っているのもやっとの状態だった。ニージスも既に呪文が撃てない状態にあった。
「このままじゃ全滅だぞ…!?…どうすれば…!!」
―…すか?
「…!」
 走り続けるホレスの耳に、何かが聞こえてきた…!
―……どなたかいらっしゃるのですか…?
「…な…誰だ…!?」
「!?」
 思わず声を出して見えざる者に怒鳴ったホレスに、レフィルは肩を竦めた…!
「ホ…ホレス…!?」
「…あ…いや……!」
 動きが止まりそうに成るのを抑えて、ホレスは雷の杖を振るった。
「あ…あなたにも聞こえたの…?」
「!」
―…レフィルにも…!?じゃあこれは…!?
「ワナか…?いや…だが…!!」
「……。」
 レフィルは突如一行から外れて氷河魔人の群れへと突っ込んでいった。
「レフィル!?」
―わたしは…聖地と呼ばれるこの地の住人…。
 驚いている間にも、声は次々と流れ込んでくる…!だが、それを気にする間もなく、ホレスはレフィルの後を追った。

『ゴオオオオオオオオッ!!!!』
 何かに取り付かれたように走り続けるレフィルを追って行き着いた先に待っていたのは浅黒色の肌を持つ体躯に似合う棍棒を持つ巨人だった。
『ここは通さぬぞ!!』
 そう言うと巨人は棍棒で力任せに地面を抉った。すると、無数の氷の塊が強烈な風をまとって吹雪にも劣らぬ勢いでこちらに吹き付けてくる…!!
「レフィル!!」
 それを見てもレフィルは止まる事を知らずにひたすら走り続けた。氷の奔流にも何も思わず飛び込んでいった…!!
「レフィル!!…くそっ!!」
 人の身でその凄まじい力の渦の中に巻き込まれたらひとたまりも無い…!それを承知でホレスもまた飛び込んだ。
「ぐあああああっ!!」
 右手に炎の力を持つ球を持ち、どうにか寒波からは身を守ったが、無数に突き刺さる氷の刃まではどうにかなる物では無く、ホレスはその場に膝を屈した。
「くそっ…!レフィル…レフィル!!」
 炎の球を目の前に翳しながら、ホレスは暗中模索に突き進んだ。
ガギャアアアアアアアアッ!!!!
「!!?」
 奔流のうなりをも切り裂く魔物の断末魔が聞こえてきて、ホレスは思わず身じろぎした…。同時に氷の奔流も止み、彼は呆然と目の前を見た。
「これは…。」
 真っ白な平原に広がる赤い泉…それは倒した魔物の鮮血であった…。
『グ…グゥウウウウ……!!見事…な…り……!』
 言葉が途切れると共に、魔物は地面に倒れてそのまま事切れた…。
「レフィル!!大丈夫か…!?」
 うつ伏せに倒れている少女に駆け寄った。手にした斧は砕け散っていて、もはや使い物にならなくなっていた。
「……。」
 しかし、返事が無かった…。斧同様に、自分の全てを出し切ったのか…。
「!!」
 防寒具の一部が破けて、そこから痛々しい傷が剥き出しになっていた…。
「おおぅっ!?二人ともどうなさったので!?」
「話は後だ…!はやく回復呪文を!!」
 レフィルを仰向けに寝かせて回復呪文をかけた後、ホレス達は魔物が守っていた建造物の中へと入って行った。