赤の月 第九話
「…やれやれ、性質が悪いね。同情するよ、カンダタ。」
 アヴェラはムーにメチャクチャに殴られ…あちこちボロボロのカンダタを見て苦笑した。
「まさかホントに覚えてねぇなんてな…。」
「つーか今度のはあんたらが知ってる"ムー"じゃなくて、本当に"メドラ"なのな。」
 瀕死であったにも関わらず、ドラゴンの状態で暴れまわり意識が遠のいた状態で覚醒呪文ザメハを唱えた事が事の発端であったようだ。心身共に極限状態に陥った事で彼女の深層の意識を呼び起こし、ムーの体を操っていた様だ。
「話を聞いた時は驚いたぜ…マジでお前…つっても意味わかんないだろうけどな。…で、記憶取り戻せたのか?」
「記憶……?カンダタに拾われた頃しか覚えてない。」
 一時的に表に出ただけで…今では完全に表には出ていないようだ。
「ベギラゴン唱えたのも覚えてないのかい?」
「それ以前にまだ使えない。」
 ムーは即座に首を振った。
「そうかい。」
 森の一区画を丸ごと焼き払った炎の壁を召喚した事を覚えていない…大いなる力を秘めながらそれを自覚しない赤毛の少女を見てアヴェラは嘆息した。
「使えなくても負ける気はしない。」
「何言ってんだい!?そっちはオマエの姉さんが余計な手出ししたからだろ!?」
「でも、勝ちは勝ち。だから、ハンバークの建て直し。」
「冗談じゃないよ!百歩譲ってそっちは譲っても勝負はアタイの勝ちだ!」
「もう一回やりたい?」
「望むところだよ!さぁ、とっとと…」
「だああっ!少しは大人しく出来ねぇのかテメエらは!!」
 カンダタは再び互いの武器を構えて向かい合うムーとアヴェラに怒鳴りつけた。
「ふふ、ところで…山彦の笛はどうなっていて?」
「あ〜ゴホンゴホン。それより…ハンバーク…だったか…まぁこれ以上アンタらとやり合っても痛い目みるだけだからもう手ぇ出すつもりは無いけど、一体何がしたいんだい?」
 メリッサの小言を軽く流してアヴェラはハンバークの重鎮…ハンに向き直って尋ねた。
「いや別に。私がやりたいと思った事をやりたいと思ったまでです。」
「…へぇ、そんな好き勝手やってて困る奴らがいるって知っててもかい?」
「では、あなた方がなさっている事は困る者を出さないと?」
 厳しい返答にピシャリとそう返したハンに、アヴェラはきょとんとした顔で彼をしばらく見つめて…
「くくく…あっはっはっは!成る程ねえ、そう来たかい!」
 豪快に笑い、ハンの肩を叩いた。
「あ…いや……」
「いいねえその姿勢は!大した奴だよ旦那!」
 海賊の首領にも全く怖気づく様子も無く斬り返した事にアヴェラは感銘を受けたようだ。
―カンダタさんのお陰でしょうか…。
 あまりに出で立ちから性格までインパクトが強過ぎる大盗賊…カンダタと共にいるからこそ、この場で出たのかもしれない。
「随分と盛り上ってる所悪いんだけど…山彦の笛は何処?」
 突然のメリッサの言葉に、海賊達はたじろいだ。
―ど…何処探しても見つからなかったッス…!!
―ええい…!うろたえるんじゃないよ!
「まあその内見つかるさ。」
「じゃあ早い話が、今は無い…無くしたのね?」
 咳払いをしているアヴェラと震えている海賊達を見て、メリッサは妖艶かつ不敵な笑みを浮かべた。
「…やれやれ。俺もとんだ海賊団に入ってしまった物だな。」
 三つ編みの男は彼らの様子を見て深い溜息をついた。
「そうだねぇ。これも皆教育がしっかりしてないからだねえ…。」
「「「ひっ!?」」」
 ジンの言葉に何かを思いついたように反応した後、アヴェラも手下達を見やった。
「弁償。」
 最後にムーがアヴェラの顔に理力の杖を突きつけた。
「だとさ。じゃあオマエ達、上手くやれよ。出来なかったらどうなるか…わかってるだろうねぇ?」
 特に怯えたわけでもないが何処か罰が悪そうな顔をしながら、アヴェラは海賊達に薄ら笑いを見せた。
「「「へ…へいぃぃっ!!」」」
「…ふん。」
 ジンを除く者達全ての手下が震え上がりながら異口同音で返事した。
「…女に逆らえないのはウチと同じか…。」
 カンダタは遠い眼をしてそう呟いた。
「ふふふ。」
「?」
 
「…ふ〜む…、やはり実用の商品としての価値は皆無に等しいですね…。ですが、飾る分にはかなり高価な代物ですよ。」
 ハンは赤の月所有の宝物の一つ…赤い宝珠を調べていた。…彼から鑑定結果を聞いて、メリッサはふぅ、と溜息をついた。
「あ〜あ。アレがあればすぐにわかるのにねぇ…。」
「山彦の笛…ですか?」
 先日テドンへ行く一つの道しるべを示した魔法の笛。今は既に手元に無く、最悪海賊達とムーとの戦いで壊れてしまっているかもしれない。
「さっきもレミラーマ使ったんだけど…どこも反応が無いのよねぇ。」
「そうですか…。」
 千里眼の呪、レミラーマ。高い探知能力を持つこの呪文でも探し当てられなかったようだ。
「しょうがないからまたアープの塔にいるお爺ちゃんに作ってもらうしか無いわね。」
「アープ…ですか?」
「あそこなら魔物もおとなしい子達ばかりだから、私一人でも多分大丈夫だと思うわ。」
「…しかし、スーまでは…箒に乗っていても危険ですよ?私も付いていきましょうか?」
「いいえ、あなたには街の再建という大仕事が待っているでしょう?そこまでは彼らと一緒に行けば良いだけの話よ。…主戦力であるあなたがいないのは密かに残念だけど。」
 ハンの槍の腕前…この年になって尚その勢いを失っておらず、一流の戦士にも匹敵する強さである事は彼女だけでなく、カンダタ、マリウス、或いはムーにも知られているだろう。
「いやあ…嬉しいお言葉です…。ですが、ご無理はなさらないで下さいね…。」
「ふふ…何も大変なのは私だけじゃないのよ。あなただって体力に任せて仕事し過ぎないでたまには休むのも良いと思うわ。大体基礎は終わっているんだし。それに…」
 メリッサはちらりと海賊達の方を見た。
「ゴホンゴホン!おいオマエ達!早速仕事だよ!」
 それに何かを察したのか、アヴェラは咳払いをしつつ、手下達にテキパキと指示を出した。
「「「へ…へいいいいっ!!」」」
トンテンカントンテンカン!!
シャッシャッシャッシャッ!!
ガタンッ!!ゴンゴンゴン!!
ガラガラガラガラ!!
 遠くから慌しいまでの作業音がけたたましく鳴り響いた。

 翌日…。
「船の準備が整いました!」
 立て直されたアジトの首領室に、一人の男が駆け込んだ。
「そうかい。随分遅かったじゃないか。」
「…半日で出来りゃ上出来だろうが…。」
 物理的に難解な事を実際にやり遂げた手下達に同情しながら、カンダタは嘆息した。
「スパルタ過ぎだろ、お前。」
「何言ってんだい!海じゃこんなのは生易しいモンだよ!航海しながら船の損傷直す事にくらべりゃあね!!」
「…そりゃそうだろうがな…。」

 一行は報告を聞くなり外の森林地帯を通り、海賊の簡素な港へ赴いた。
「ほぉ、ご丁寧に俺らの船まで持ってきてくれたって事か。」
 カンダタ達が乗ってきた船も港の片隅に泊められていた。
「コイツらがこれからのハンバークの発展に携わってくれる事を考えると、随分と楽しみじゃねえか旦那。」
「そうですね。…彼らが及ぼした被害以上の事を成してくれるとは思いますが…。問題は街の皆さんが受け入れてくれるかどうか…。」
「それだなぁ。そこがあんたの課題になりそうだぜ。今は姉ちゃんに付き合いてぇから戻れねぇけどよ、…まあイザとなったら俺に連絡よこしな。すぐに黙らせてやっからよ。」
 カンダタは何束もの封筒をメリッサから受け取り、ハンに手渡した。
「あ…こんな高価な物で…!?」
「あ?知ってんのか?俺はただ遠くのヤツに手紙をよこせるヤツとしか聞いてねぇんだけどよ。」
 カンダタが封筒を見て首をかしげているのを見てメリッサが口をはさんだ。
「ルーラと似た原理の魔法で…記憶に残る人に手紙を送れる特別製の封筒よ。これならお得意先に連絡を送る事も容易くできるわ。これから暫くあなたとはお別れだから…せめてこういう形で力になれればと思って…。足りなくなったら私がそれと同じのを作って送ってあげるから遠慮なく言って頂戴ね。」
「…あ…ありがとうございます…!」
「気にしないで。私達もあなたには随分と助けられたわ。お互い様ってコト。」
 深々と頭を下げたハンの手を取り、メリッサは暖かな微笑みを浮かべた。
「…お爺ちゃんに山彦の笛を作ってもらったらルーラで帰るわ。」
「幸運を祈ります。」
「ありがとう。あなたも気を付けてね。」
 メリッサは箒に乗って、船の上空へと飛んでいった。
「……。」
 その直後、彼女の後ろに居た、赤毛の少女がハンの顔をじっと眺めていた。
「ムーさん?…どうかしましたか?」 
 自分から話を切り出すことはあまり多くない事がしばしばだったので、ハンはムーに声をかけた。
「…その封筒、一枚…。」
「…ああ、レフィルさんとホレスさんに?どうぞどうぞ。」
 メリッサに作ってもらえばすぐに調達できるはずだが…それを知っていてハンは敢えて魔法の封筒を一枚手渡した。
「…ありがとう。」
 ムーはそう呟くと、桟橋を伝って船の中へと入った。
―…一体過去の彼女の身に何があったのでしょうね…。今はお仲間を思う優しい子なのに。
 昨日の話…ムーがアヴェラに対して躊躇無く殺しに掛かった冷徹な戦いをしていた事を思い出し、首を傾げた。記憶を失わせる程の事をあの"メドラ"なるムーの前身がしてきたと言うのか…。
「旦那!いつでも出航できますぜ!!準備がよろしければアッシらに言いつけてくだせぇ!」
「おおっと!すっかり忘れてた、天候の状態はよろしいんですね?」
「バッチリでさ!」
「そうですか。では、出航しましょう。」 
 海賊の一人の案内を受けて、ハンもまた別の船に乗り込み、船室へと入った。

「錨を上げろ!帆を下ろせ!」
「アイアイサー!!」

 多くの船が岬より出港して礼砲の音を轟かせた。

(第八章 赤の月 完)