赤の月 第七話


「これ以上好き放題暴れられると思わない事だね!!」
 先程よりも早く、力強い金色の竜の攻撃をしのぎ、アヴェラはそう叫んだ。
『メラミ!!』
 竜の爪の先から大きな火球が出現し彼女を襲った。
―…こいつ…!いつの間に魔力を回復して…!
 一度倒した時には既にイオ一発が精一杯だったが、今はもはや本能任せに動いているものの上級呪文を難なく唱えている…!
『イオラ!!』
「…くっ!?」
 幾度もの爆発があたりで巻き起こり、アヴェラを飲み込んだ…!
「マホカンタ!」
「!?」
 しかし、それが届く直前に…目の前に何者かが現れて呪文反射で彼女を守った。
「…!?」
「一応まだ死なれたら困るのよねぇ。…だって笛弁償してもらわなきゃならないし。」
「…ゴホンゴホン!邪魔はしないで欲しいね!」
―姉妹そろって似たような事を口にするね…。
「あなたもよ、メドラ。いい加減目を覚ましなさい。そのまま暴れっぱなしだと本当に死ぬわよ。」
 そう言いつつメリッサは箒を竜の目の前に浮かせた。
グオオオオオオオオオオッ!!!
「!」
 しかし彼女は姉に対しても何も思わなかったのか、灼熱の息吹を吹き付けた。
「フバーハ!!」
 同時にメリッサの掌に光が集まり、オーラと化して彼女の体を覆った。
「…くっ!」
 断熱のバリアーを築く加護呪文フバーハ…その力を持ってもブレスの威力を殺しきれず、メリッサに熱気が襲い掛かる…!!
「…はぁ…はぁ……流石にこれだけじゃ辛いわね…。」
 ただ一度の業火で、彼女の意識は薄れかかっていた。目の前にいる竜のレベルは最強クラスの魔物の類に入ると言っても過言ではない…!
「…ホント、手の掛かる子…。」
 しかし彼女は気を強く持ち、竜の鼻先へ手をかざした。
「ザメハ!」

―あっぶねぇ…!危うく俺ら串刺しになってるとこだったぜ…!
 辺りに散らばる巨大な氷の欠片を見回しながらカンダタは体の芯からの恐怖を僅かに感じていた。
「…コイツが無ければ皆さんオダブツだったな……。流石にあんなデケェのは…。」
 マリウスの左手に握られている盾…人攫いの洞窟で大盾を失った彼が新しく手に入れたのは、厳つい人相の顔が描かれた丸い盾だった。
「風神の盾…ですね。」
 風神の盾…かなり高価な盾の一つでその値打ちに違わぬ盾としての機能と特殊能力を有していた。
「まぁ…死ぬよかマシだよな…。」
 助かったとは言っても、取りこぼした氷塊や遮り様の無い冷気を受けてカンダタ達三人を含むその場の多くの者が満身創痍になっている…。
「……ん?」
 先程から大気を震わせていた竜の咆哮が急に止んだ。

『……?』 
 ムーは急に動きを止めて正面に立つ魔女を見た。
「もう、随分暴れちゃって…。」
 嘆息しながら魔女…メリッサは竜の鼻先を撫でた。
「人間の心にドラゴンの体なんだから無理しちゃダメよ。このままじゃホントにただの凶暴なだけのドラゴンになる所だったんだから。」
『………。』
 竜化の呪文ドラゴラム…最上級の呪文に類するだけに扱いが難しく、一歩間違えたら自滅する可能性もあった。その一つが身も心も竜になったまま戻れなくなった魔術師の話だった。
―まぁこの子にダリアの話をしてもきっと分からないでしょうけど…。
 しかも彼女はかなりの腕前を持ち、様々な条件下での呪文の発動を成功させていた。マホトーンが掛かった状態で呪文を唱えた…等の迷信と思しき話もあるが、その実力は本物であった。だが結局ドラゴラムの力に飲み込まれて邪竜と化して…アリアハンの勇者オルテガに引き裂かれて死んだのであった。
「ドラゴラム使い慣れたあなただって…」
 メリッサはすっかり大人しくなった手負いの金色の竜に語り続けた…
『…うるさい。』
 が、ムーは静かにそう告げた。
「うるさい…って……、え?」
 僅かに顔をしかめて言葉を返そうとしたその瞬間、突然ムーの体が輝きだした。そして光が収まると、緑の糸が赤毛の少女に纏わりつき服となっている…。
―…傷が…。
 同時にベホマでも使ったのだろうか…繊維の隙間からドラゴン状態の時に付けられていた傷がすっかり塞がっているのが見えた。
「……。」
 理力の杖を握り、浮遊する魔法の盾の上に乗りムーは下に居るアヴェラを見下ろした…!
―……何で…?…まさか……!?
 瀕死状態…かつ魔力も既に限界で尚心身を酷使して…今は全快の状態。一体何が起こったのか…?

「…ハッ!笑わせてくれるね!!オマエが変身してたなんてねぇ!」
 宙に佇む竜の正体…赤毛の魔女を見て、アヴェラは嘲笑した。
「とっとと降りてきな!勝手に暴れてくれた報いはきっちり受けてもらうよ!!」
 ドラゴンキラーを構えて彼女は空に立つ魔女に手招きした。
「だからうるさい。」
 ムーは何処か苛立たしげにそう呟き、掌を相手に翳した。
「ザキ」
「「!!」」
 死の呪いがアヴェラの命を脅かす…!
「そうはいかないよ!」
 アヴェラは空高く飛び上がり、魔女に向かって斬りかかった。
「命の石……!」
 ムーは今度はあからさまに忌々しげに呟いた。
「メドラ…!どうしてザキなんか…」
「さっきからうるさい。」
「!?」
 メリッサが余りに普段と様子が違うムーの様子を尋ねようとしたその時、ムーは彼女に向けて杖を向けた。
「バシルーラ」
「きゃ…!!」
―…や…やっぱり……まだ…!
 バシルーラで遠くに弾き飛ばされながらメリッサはムーがまだ豹変しているままである事を確信した。
―これが…ニージス君が言っていた…

「仲間割れかい?見苦しいねぇ。」
 魔法の盾に乗って空を飛んでいるムーに向かってアヴェラはそう嘲った。
「…もういい、さっさと死んで。」
 ムーは腰に差した炎のブーメランをアヴェラに投げつけた。
「ガキがナメた事言ってんじゃないよ!」
 毒づきながらドラゴンキラーで飛んでくる刃を弾き、ムーに向かってもう片方の刃を一閃した。切っ先から真空の渦が巻き起こり彼女に牙をむいた。僅かに血煙が上がる…!
「…!」
 しかしそれに構った様子も無く、ムーは理力の杖を振り上げながらアヴェラに向かって飛び降りた。
「見え見えだよ!んな攻撃!」 
 落下していく軌道を読みつつアヴェラは高く跳躍した。
「うるさい。」
「!」
 不意に先程まで足場にしていた盾が彼女目掛けて飛んだ。
ギギギギッ…!
「おっと!」
 それに対してアヴェラは片方のドラゴンキラーで軌道を逸らした。
「もらった!」
 自分の間合いに計算どおりのタイミングで落ちてくる事を確信し、アヴェラは叫んだ。しかし…
「その程度?」
「!?」
 目の前に変わった形の杖の先端が迫った。払おうとドラゴンキラーを一閃するが…
「!」
 逆に自分の方が押し返されてそのまま地面に叩きつけられた。
「ザキ」
 ムーは間髪入れずに死の呪文を詠唱した。
「くっ…!」
 アヴェラは素早くその場を飛びのきザキの範囲から逃れた。
「イオ」
 ムーはイオの呪文で落下の衝撃を抑えて遅れて着地した。
「ちっ…甘く見ていたみたいだね。」
 アヴェラが毒づきながらまた一気に間合いを詰めて斬りかかってきたのをムーは地面にめり込んだ理力の杖を引き抜いてその柄で受けた。
「あなたが弱いだけ。」
「その言葉、そのままオマエに返すよ。」
 アヴェラは細い腕から全く考えられないような重い斬撃を立て続けに繰り出し、一方のムーも理力の杖が持つ力で応戦した。
「そんなモンでアタイと張り合えると思ってるのかい?」
 武器が強くても所詮は魔法使い。単純に近接戦闘の腕前では生粋の戦士には敵わない。魔物相手にならともかく、戦い慣れた戦士に対して自分から肉弾戦を挑むのは愚かな事だった。
「……。」
 魔法の盾と炎のブーメランを魔力で牽引しつつ、ムーは二本の刃を理力の杖でいなし続けた。
「どうしたどうした!?大口叩いてた割には随分と引いてるじゃないか!」
「……。」
 燃え盛る炎がムーとアヴェラの戦いの場を囲み、剣戟が辺りに鳴り響いた。