赤の月 第六話

「…ムーさん!?」
 咆哮はカンダタ達の耳にも届いた。
「おいおいおいおい…!こいつはやべぇんじゃねぇか…??」
 如何にも止めを刺された断末魔の悲鳴に聞こえてならない…。マリウスは抑えようの無い不安に襲われていた。
―メドラが負けた…!?
 船旅で彼女のドラゴラム形態での戦い振りを見て、その実力を思い知らされていただけに、信じがたい状況ではあった…が、相手は大海賊団"赤の月"である。彼の武闘家ジン以上の強者が居てもおかしくは無い。
「あ〜、心配すんな。あいつはこれ位じゃ死なねぇよ。」
「オッサン!?いくらなんでも…!!」
「まぁ只事じゃねえのは確かだな。だが今のでどっちに向かうべきかは分かったな。」
「いや!?そんな問題では無くて…!」
 うろたえているマリウスとハンに対してカンダタは何処か落ち着いた様子で二人をなだめた。
「落ち着けよ二人とも。今俺らがやるべき事は何だ?ムーが危ない?だったらさっさと助けに行ってやろうぜ!」
「…あ…ああ……。だが……!?」
「だがじゃねえ!!黙って俺様に付いて来い!!」
 有無を言わさぬ剣幕に、マリウスとハンはたじろぎつつも頷いた。
「っしゃあ!!待ってろムー!!間違ってもくたばってんじゃねえぞぉっ!!」
「「ま…間違ってもって……」」
 猛進しながらそう叫ぶカンダタの言葉に、二人は肩を竦めた。

ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
 胸から腹の辺りまでをざっくりと斬り裂かれて、ドラゴンは地面に沈んだ。
グゥ………
「おや、浅かったようだねぇ。」
 出血量は物凄いが…辛うじて息を留めている…。だが、その瞳からは徐々に輝きがが失われていく…!
『……う……』
「…まぁこのドラゴンキラーを受け切ったヤツ自体長い事見てないから驚いちゃいるよ。」
 そういっている間にもムーの体からは赤い血が流れ続けている…!
「このままこうしてるのも辛いだろ、すぐに楽にしてやるよ。」
 金色の鱗を血で赤く染めている竜の首に二本の剣を突きつけた。
『…イオ』
「!」
 爆発が剣に当たり、その衝撃でアヴェラの腕が痺れた。
「……ふぅん、共倒れ狙いの最後の賭けってワケか。」
 痺れた左腕からドラゴンキラーが落ちたが…残る右にはしっかりと刃が握られていた。。
ドスンッ…
 それが最後の力だったのか、ムーは力無く頭を地面に落とした…。

「…メドラ……。」
 メリッサは先程と同じく遠くから成り行きを見守っていた…。
「まずいわね…。」
 今にも止めを刺さんとするアヴェラと今はピクリとも動かない手負いの金色の竜…ムー。この状況が何を表わしているのか…分かりきった物と思えるが…。
―どちらにしても…このままじゃ…!

「今度こそ…」
 アヴェラは再度剣をムーに向けて振り下ろした。
「やめなさい!」
 その時メリッサが彼女に向かって叫んだ。
「…何言ってるんだい?先に手を出したのは…」
グルゥ……
「いいから下がりなさい!死にたいの!?」
「うるさいね!!さっきから何なんだ……」
シュゴオオオオオオオッ!!!
「…ッ!?」
 鬱陶しく思い、毒づいた時…突然彼女に灼熱の炎が吹き付けた。
「きゃあっ!?」
 それは凄まじい速度で遠くで警告していたメリッサの方まで広がった。
グガアアアアアアアアアアアッ!!!!!ズゥン…!!
「…な…!?」
 アヴェラが後ろを振り返ると、そこには深手を負って瀕死の重傷であるはずの竜が再び立ち上がって此方を睨んでいた…!!

―…満たされてる。
 全身を切り刻まれてダメージを受け続けていたはずなのに、今はそれに因る苦しみが…取るに足らない物に感じられる…。
―これは……?
 まるで月が満ちていくように自分の中で自分でない何かが目覚めた…そのような感覚だった。
―……あなた達は……誰…?
 炎が吹き荒れる瓦礫の山…そしてそこに佇む者達…。
―……でも、今はもう…どうでも…いい…。

ガァアアアアアアアアアッ!!!
 ムーは吼えながら手近にいた女、アヴェラに襲い掛かった。
「ナメんじゃないよ!!そんな傷でアタイに勝とうなんて十年早いよ!!」
 感覚が戻った両腕でしっかりと刃を握り、アヴェラはドラゴンに対して身構えた。
グォオオオオオオオオッ!!!
 ムーは首を振りながら火炎を吐いた。しかし…
「な…!?」
 今度はデタラメな方向に向かっての攻撃だった。その炎により森が焼かれて瞬く間に熱気が広がっていく…!!
「…無視してんじゃないよ!!」
 流石にこれにはいきり立ったのか、アヴェラは無防備な後姿をさらすムーに向かって斬りかかった!
ズン
「げふっ…!?」
 しかし、不意に竜の尾が彼女の腹に突き刺さり、そのまま何度も地面に打ち付けた。
「が…がは…っ!…くそ…ベホイミ!!」
 尾から放たれると同時に…咄嗟に回復呪文で傷を塞ぐが…
ズゴォン!!
「くっ!!」
 間髪いれずに竜の腕が地面に打ちつけられてそこに大きな窪みを築いた。
―…さっきとは大違いだ…!一体何が…!?

「メドラ…!」
 なけなしの力で何とか瓦礫から抜け出しながら、メリッサは必死に何かを探していた…!
グォオオオオオオオオオオオッ!!!!
ビュオオオオオオオオオッ!!!
「…くっ…!」
 ムー…否、荒れ狂う金竜の翼で巻き起こされた烈風が激しく打ちつけてメリッサの髪を乱した。
「…まさかとは思っていたケド…本当にこうなるなんて……!!」
 舌打ちしながら足元にたまたま転がっていた袋の中身を改める…!
―…魔法の鍵…これがあれば…!
 彼女は魔封じの効果を秘めた拘束具の鍵穴にそれを挿し込んだ。ガチャッと音を立てて拘束具が外れて、同時に力が戻ってくるのを感じ取れた。
「最悪…。またあの子の癇癪止めなきゃならないなんて…。」
 はぁ…と溜息をついた後、手に愛用の箒を引き寄せて空へと飛んだ。

「…!こ…これは…!!」
 海賊達のアジトに付いたカンダタ達は目の前の光景に愕然としていた。金色の竜が怒り狂ったように暴れて、様々な物を破壊し、その成れの果てを撒き散らしている…!
「ム…ムーの奴!…な…何やってんだ!?」
 遠くからでも咆哮と音、そして燃え盛る辺り一面の様子から何が起こっているのかは大体想像できるだろう…。
「た…助けてくれぇっ!!」
「「「!」」」
 煤と血に塗れた海賊の一団がこちらに向かってくる。しかし、やはり彼らも様子がおかしい…。
「…オイ!一体何があったってんだ!?」
 カンダタは、彼らの一人に詰め寄って肩を揺すった。
「…う…うう…!お頭が…ドラゴンに…!!」
 パニックの後であたふたしていたものの…彼らはここまでの一部始終を三人に語った。
「な…やっぱりやられて…!?」
「…だったら何でいま…」
 海賊の話を聞いた三人が何かを言いかけた時、無数の氷塊が雪崩の如く迫ってきた。
「「「どわぁああああああっ!!?」」」