赤の月 第五話

「それで?見つからなかったのね。」
 メリッサは赤い珠を手に取りながら戻って来た海賊達へと向き直った。
「な…何やってやがる!?テメエ…!勝手に人の宝漁って…」
「構わないさ、それで…何かわかったのかい?」
 苛立つ手下達を宥めつつ、海賊の首領は片眼鏡で自分の本を覗き込んでいるメリッサに尋ねた。
「……そうねぇ。幾つも思い当たる物があるから分からないのよねえ…。」
 そう言いつつメリッサは一枚の紙を海賊達に手渡した。
「……ま…魔法の球…!?お…おいおい!?」
 それに書かれていたのは道具の数々であった。
「ああ、魔法の球って事は無かったね。そんなんだったらテンタクルスに襲われた時点で赤の月全滅だったからな。」
「あら、そう。…で、山彦の笛は…無いのよね。」
 メリッサは残念そうに嘆息した。
「悪かったね。せっかくの宝を台無しにしてな。」
「…いいわよ別に。後で落とし前はきっちりつけてもらうから。」
「落とし前?」
 いつもと変わらぬ穏やかな口調で何処か物騒な今の発言に、アヴェラは首を傾げた。
「「「……っ!?」」」
 メリッサが冷たい笑みを浮かべているのを見て、手下達はぞくっとした。
「……ハッタリだよな?」
「……だな。」
 彼らは冷静にそう言うが、声が震えている…。
「ふふふ…。」
 一方の彼女はアヴェラの方を向いて笑っている…。
グオオオオオォゥゥゥゥゥゥン!!!!
「「「「!」」」」

『イオラ、ヒャダイン』
 上空を旋回しつつムーはひたすら攻撃呪文を唱え続けた。
『ついでにこれも』
 そして口を開き凍り付く息を吐き出した。

「どわああああっ!!」
 天井を突き破って次々と床に刺さる氷の塊と屋根を吹き飛ばした爆発で飛び散る木片がメリッサ達の部屋に次々と舞い上がってきた。
「な…何だ!?」
ズウウウウウウン!!
グォオオオオオン!!
「ド…ドラゴンだぁ〜っ!?」
「騒ぐな!」
 アヴェラは突如現れた竜に身構えながら悲鳴を上げて逃げていく彼らを叱責した。
「…いい度胸じゃないか。おいっ!お前達!!何をボサっとしてるんだ!!さっさと皆を集めな!!」
「へ…へぃっ!!」
 首領に急かされて、手下達は弾かれたように外へと走って行こうとした。
『逃がさない。』
 しかし、竜の口が開き…高熱のブレスが吐き出された。
「うあああああっ!!?」
「あぢぇやああああああっ!!?」
「ぎゃぁあああっ!!」
 炎が直撃する事は免れたものの…降り注ぐ火の粉が海賊達の服にかかり燃え上がった。
「な…何で燃えやがるんだよぉおおっ!?」
「…伊達にそんな図体してないって事か。」
 続けて繰り出される爪によるなぎ払いをアヴェラは軽やかなステップでかわした。
「オラ!しっかりしな!!ベホイミ!」
 火傷でうめく手下達にアヴェラは回復の呪文を唱えた。
「回復はしてんだ、情けない声出してないでとっとと行け!!」
ゲシッ!!
「あだああっ!!!」
「「「お…お頭!へ…へいっ!!」」」
 一人が容赦無い蹴りを入れられたのを見て、他の者達は震えながらその場を素早く離れた。
『!』
 獲物が逃げるのを見たドラゴンは直ぐにそちらを向いて走る彼らを凝視した。
『イオ…』
「マホ…」
『!!』
「トーン」
バチィッ!!
 竜は咄嗟に詠唱を止め、呪文封じに身構えた。そこが大きな隙となり、アヴェラは一気に切り込んだ!
『!?』
ザクッ!!

「ちっ、外したか…」
 鋼鉄にも勝る堅牢な金色の鱗を突き破って海賊の首領の刃がムーの体を貫いた。
『痛い…。』
 腹部から刃が引き抜かれると、鮮血が尾を引いてアヴェラの持つそれから滴り落ちた。遅れてムーがバランスを崩して地に膝を屈する…!
―ドラゴンキラー…!
 製法も使い方も他の剣とは一線を成す武器で、硬質の物を貫く材質とより先端に力を入れやすくする手甲のような構造…単純に攻撃力ならば巨大な戦斧にも迫る強さを誇る…それがアヴェラが持つ類の剣が竜殺しの名を冠する所以であった。
「遅い!」
 不意にアヴェラは黒いマントを脱ぎ捨てた。 もう片方の手にも、竜殺しの剣が握られている…!しかしそれより…。
『!』
 長身痩躯で顔立ちの鋭さが修羅場を乗り越えた海賊である事を知らしめていたが…その体は…男の物とはかけ離れている…!
「ふぅん、アンタでもおかしいと思うのかい?女のアタイが統領やってるなんてさぁ!!」
『…!スカラ!』
 守りのオーラがムーの金色の鱗を覆い、それに包まれた掌でアヴェラの攻撃を受ける…!!
「ハッ!生ぬるいねえっ!!」
 二本の刃が一点を狙って突き出されて、スカラの防御を打ち破った。 外見から想像できぬ程の膂力により、ムーの右腕が弾き返された!
『…く…!』
 痛みに呻きながら、ムーは火の玉をアヴェラに向かって吐いた。
「せやあああああっ!!」
『……!!!』
 しかしアヴェラはそれを避けようとする所か、その火球の中に飛び込むように突進した。炎が彼女の体を包み込む…!!
「らあああああああっ!!!」
 両手のドラゴンキラーが閃き、ムーが放った炎は四分され…やがて霧散した。

「…あの人、本当に人間?」
 痩身の女が呪文の力も殆ど宛てにせずに己の力だけで妹を圧倒している様を見て、メリッサは眉を潜めた。
―この力で首領にまで上り詰めたのね…。
 今にも妹が倒されそうになっているこの状況で、彼女は思いの外冷静であった。
―傷ついても回復してあげられないから…かと言って…
 目に付く物は二人…否、一人と一匹の戦いによって完膚なきまでに破壊されている。自分ひとりがこうして五体満足なのが不思議なくらいであった。


『………。』
 女首領が両手の剣を突きつけている先には…傷だらけの金色の竜が今にも倒れそうな状態で対峙している…。
「よくここまで暴れたモンだねぇ、だが、これで仕舞いさ!!」
『!?』
 全身に火傷を負いながらも勢いは衰える所か寧ろ増して、金色の竜に斬撃が叩き込まれた。
グギャアアアアアアアアアアァッ!!
 凄まじいまでの断末魔の悲鳴が森中にこだました。