赤の月 第三話

「…ってー……。また奇襲仕掛けて来やがって…で何で俺まで…。」
 カンダタはゆっくりと起き上がりながら声の主に毒づいた。
「暴れてるあなた達が悪い。」
 黒い三角帽子を被った魔女が杖を地面についてそう返した。
「"達"って…俺もかよ!?」
 それに思わず大仰に仰け反るカンダタに、ムーはある方向を指差した。
「…あ?何だありゃ?」
 彼女が指した方向には…崩れたような石の山が転がっていた。
「せっかくもう少しで完成だったのに。」
「だから何だよ?」
 相変わらず言わんとしている所が読めず、カンダタが怪訝な目を向けると、ムーは突然何かのポーズを取った。
「あ?…悩殺ポーズ?」
 しかしムーは答えない…。無表情でその様な仕草に出ても色気がまるで無い…。
「ははは、似合わねぇな。」
「……。」
 カンダタの一言に…ムーはおもむろに石の欠片を一つ拾った…。
「…ん?爪……?」
 それはまさしく爪が付いた竜の掌だった。
「……まさか……??」
 彼女はその石片を抱えたまま黙ってカンダタを見つめている…。
「ぶっ…!!だははははははっ!!!何だお前!そんな竜の石像を作ろうとしてやがったのか!!…くくく…わ…笑いが止まらねぇ……っ!!」
「……。」
 カンダタは瓦礫の山を指差して笑い転げた。
「ありえねぇ…っ!!こいつは今までで一番…面白ぇ冗談だぜ…ひ…ひひひひひ…っ!!ああ…腹がいてぇ…ははは……っ!!」
 それはもう…周りの者がいるならば狂人にも見える程に…。
ズガァッ!!
「どわっ!?…な…何しやが……」
「……………………………………………………。」
「…っ!!」
 いつに無いムーの様子にカンダタは一瞬ゾクッと冷たいものを感じた…。表情こそ変わっていないものの…辺りの雰囲気全体を変えてしまう程に…彼女から凄まじい何かを感じた…!そして無造作に魔法の盾をデタラメな方向に飛ばした…!
ガンッ!!
「あだぁっ!!?」
「な…なななっ?!」
 それは廃材から這い上がってきた真紅の鎧の戦士、マリウスの兜にに直撃した。
「…な…何で俺が…」
「問答無用。」
「「っ!?」」
ドガァッ!!ベキッ!!ズゴッ!!
「あぎゃあああああっ!!!」
「ぎょえええええっ!!!」
 ムーの持つ理力の杖が何度も振り下ろされ、カンダタとマリウスは容赦無くぶちのめされた。
「我人の裡を捨て汝が境地に身を委ねん、我が内に眠りし背徳の化身にして神の眷属たる其は我が身を糧に今ここに目覚めよ!!」
―げげ…っ!!ちょと待てぇ…!!
 抵抗さえ出来ずに容赦無く殴られ続けて…痛みの余り動けない中、男二人は絶望への旋律を聞くほかなかった…。
「ドラゴラ…」
ガンッ!!
「っ!?」
 しかし、詠唱を止めたのは…皮肉にも闖入者だった。
「…ふん、止めたか。」
「あなたが…元凶?」
 ジンの蹴りを直前で魔法の盾で阻み…ムーは彼に向き直った。
「勝負の最中に水を差すとは無粋な餓鬼だな。…万死に値するぞ。」
 ムーは黙って理力の杖と魔法の盾を構えた。
「上等だ。せいぜい下らない茶番にしてくれるなよ。」
 彼がそう不満そうに吐き捨てると……。
「…死にたくなければ帰って。」
 ただ自然にそう言った。
「ふん…。」
 同時に彼の姿が掻き消えて、一気に間合いを詰めた。
「ぜあああああっ!!」
 そして無防備に突っ立っているムーに向かって拳を突き出した。
「バイキルト」
 ムーはポツリとそう呟き…杖を相手の動きに合わせて振り下ろした。
「遅い!」
 ジンはその攻撃を力任せに払うとすぐに第二撃を彼女の心臓目掛けて突き出した。
シュッ!!
「…!?」
 しかし、その瞬間…彼女の体が霧のように立ち消えた…!同時に彼の体を氷の矢が掠める…!
「…な…何っ…!?」
「こっち」
「!!」
ブンッ!!
「…!!」
 ジンは素早く間合いを切って後ろからの杖の攻撃をかわした。
「ヒャダイン」
「…くっ…!!」
 広範囲にわたるヒャダインの冷気が水分を喰らって、凍気の奔流と化してジンに襲い掛かった…!!
「なめるな!!」
 ジンは叫ぶとその場から姿を消した。そして…
「終わりだ!!」
 急にムーの後ろから奇襲をかけた…が…
「!!」
 ヒャダインを唱えながら尚…理力の杖は彼の眉間に合わせられていた…!!
「ヒャダイン」
「…な…」
―何…!?
 氷の嵐が杖の先から出て、一気にジンを飲み込んだ。
「がああ…っ…!!」
 凄まじい冷気が辺りに広がり…全てを凍て付かせた…!!

―…お〜い……俺達忘れてるぞ…………
―ああ…だから言わんこっちゃない……
 氷の中に、カンダタとマリウスは仲良く閉じ込められていた。ジンに放ったヒャダインの余波がこちらにも大いに及んだ結果であった。
「…あらあら。大丈夫…?」
 メリッサは箒に乗りながら物言わぬ二人に尋ねた。しかし…彼女自身もジンから受けた一撃で今にも倒れそうな程顔色が悪かった…。
―無事に見えるか…?
「ふふ、ごめんなさいね。…こういう時は…ベギラマ…!」
 メリッサの掌から熱線が放たれて二人の周りの氷を少しずつ溶かしていく…。
「…で…出られた…。危うく死ぬトコだったぜ…ゲホッゲホッ…!」
「は…はははは……また閉じ込められる事になろうとはな…。」
「何?」
 マリウスがさり気なく吐いた一言にカンダタは怪訝な目で彼を見た。

「…く……ぐぅうう…!」
 ジンは氷の中に閉じ込められ、ムーによって顔だけを出されていた。
「あなたが海賊の長?」
 理力の杖を突きつけながらムーはそう尋ねた。
「…だとすれば?」
 ジンは置かれている状況にも関わらず毅然とそう返した。すると…ムーは先程の崩れた石像の破片を指差した。
「………。」
 それを見るなり…彼は目を丸くした。先程戦いで壊れた彼女作の石像である…。
「…あなた達の宝で弁償して。」
「くくく…下らない…。あの様なふざけた石像と…俺達の宝を交換だと…ははは、全く以って下らない。」
「……。」
 ムーは彼の嘲笑を聞くと…やはり表情を変えずに理力の杖を大きく振り上げた。
「おい待てムー。んな事しなくてもどうせコイツ動けねえよ。」
「…おいアンタ、痛い目見たくなかったら言う事聞いた方が身の為だぜ…。ていうか言う事聞いとけ。」
 理力の杖を掴むカンダタと、ジンへ忠告するマリウス…。ムーのえげつ無さを知り尽くした男達であるが…。
「あなた達も同罪。」
「「…げ…マジかよ…!!」」
「……それで、答えは?」
 たじろぐ二人を尻目にムーはジンに答えを聞いた。
「ノーだ。」
「……。」
 彼が躊躇いの一つも見られない様子でそう言うと…ムーは何かぶつぶつと言い始めた…。
「…だから言わんこっちゃない…。」
「大丈夫。死なない程度には手加減するから。それよりあなた達も覚悟はいい?」
「げ……やっぱりやるのか…?…ていうかお前もこの辺り氷づけにしちまって…俺だってなぁ…っ!!」
「……。」
 理力の杖を掴みつつよろめきながらカンダタはムーに力強く語り始めた。
「…大体…あんなトコに置いとくから悪いんだろうが!!いつもアレ程ちゃんと片付けとけって言ってるのによ…!」
「だからといって壊して良い理由にはならない。」
「…っていうか壊したのは俺じゃねえ!!マリウスとそこにいる三つ編み野郎だろうが!!」
「……む〜…。」
「ま…待てオッサン!?」
 氷尽くしの場の中で三人が言い合っているのを見て可笑しかったのか、ジンは急に笑い出した。
「…くっくっく…これは本当に茶番だな。」
「茶碗?」
「…違っ!!」
「…イヤ…んな事言ってる場合じゃねえみたいだぜ…!」
 カンダタの耳に…何十人もの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「イオラ!!」
ドガーンッ!!
「「くっ!?」」
 呪文の声を聞き、マリウスとカンダタは素早くその場を離れた。
「……一網打尽。」
 ムーは魔法の盾で爆発をしのぎ、理力の杖を振り翳した。
「ヒャダイン」
 紡がれた呪文と共に杖の先に氷が集い、刃となって辺りにばら撒かれた。
「どわぁっ!?合図くらいしろっ!!」
 カンダタとマリウスは慌てて今度はムーの近くに寄った。そして、氷の刃が近づくもの全てを貫き、傷つけていくのを見た。
「…ったく…危うく俺らもあいつらの仲間入りするトコだったぜ…。」
「つーか今度は容赦無いのな。」
 射掛けられる矢をも弾き返し、その射手を貫き傷口ごと凍り付かせた。

「仲間入りとは随分とご挨拶じゃないか。」
ギィン!!
「な…てめぇ…!!」
 何者かの刃が迫るのをカンダタの斧が受け止めた…が今度は呪文を唱えているムーの正面にその者が現れた。
ガンッ!
 咄嗟に魔法の盾で身を守ったが、それによって呪文の集中が解けてムーは身構えた。
「…ふん、少しは出来るみたいだな。」
 それは髑髏の刺繍が施された黒いバンダナとマントに身を包んだ長身の青年だった。鋭い目つきと少し高めだが威厳を感じられる声を感じ、カンダタは斧を構えた。
「…あんたがアヴェラ…ってヤツか…?」
「そうさ、カンダタ。」
 その男…アヴェラに名を呼ばれて僅かに目を細めたがそれ以上何も言わずに斧を持ち上げた。
「おっと、コイツがどうなってもいいのかい?」
「…!」
「メリッサちゃん!!」
 アヴェラの腕に抱かれていたのは…気を失った魔女メリッサその人だった。
「…そこの嬢ちゃんも黙ってな。コイツの命が惜しければな。」
「うるさい。」
 しかし、ムーはぴしゃりとそう言い返した。そして…
「イオラ」
ドゥッ!!
 爆発の呪文を唱えた。辺りは無数の爆発に震撼し、手下の何人かはそれに巻き込まれた。
「その時はあなた達に同じ事をするだけ。」
 彼女は理力の杖をアヴェラに突きつけて堂々とそう言い放った。
「…ふん。面白い子だねぇ。おい皆、引き上げるよ!」
 海賊の頭領は特に怯んだ様子を見せずに近くの者たち全員にそう告げて…
「ルーラ!!」
 瞬間移動の呪文を唱えて手下達を牽引してその場を脱出した。

「…くっ……!」
 村長の少女は歯噛みしながら荒れ果てた町を見て悔しそうに俯いた。
「参りましたね…。どうやら海賊達は今度運ばれてくる物資まで掻っ攫ってしまったみたいで…。」
 傍を歩く白いターバンの小男が相槌を打ちつつ報われない顔つきで辺りを見回していた。
「しかも"赤の月"と来ましたから…これからも義賊気取りで商船を襲うのは間違いないですね…。」
「それ…困る。外から何も来ない、町…発展しない。」
「…そうですね……。」
 今回の襲撃で深手を負った者も多数いる。悪い事に…回復呪文の使い手のメリッサも攫われてしまっていて、癒し手の数も足りない…。
「ベホイミ」
 ムーとカンダタが手分けして負傷者を癒しているが…規模の大きい相手から受けた損害は計り知れない…。
「おお、カンダタ。どうだ、皆は?」
「悪いな姉ちゃん。とりあえず全員命に別状は無ぇんだけどよ…やっぱ休ませるトコ位は直さないとな…。」
 宿舎も道具屋等も全て壊されてしまい、皆は数少ない天幕の中で体を休ませている。
「…高くつくぜ…アヴェラの野郎が……!」
 一気にごっそりと様々な物を奪い…略奪していった赤の月に対して彼はそう吐き捨てた。
「…船はどうなってる、旦那?」
「幸い最近来た一隻だけ無事ですが…。他はあの海賊に焼かれて…」
「至れり尽せりってか…?ふざけやがって…!」
 カンダタは勢い良く立ち上がり、外へと飛び出した。
「…あ〜…わりぃ。こんな時に難だけどよ…俺、散歩してくるわ。」
 最後にそう言い残して彼は町の外へと走っていった。

「…さて、まぁまずはアイツらの雨風をしのぐ場所をしっかりしてやらねぇとな。」
 翌日、カンダタは動ける開拓者達と共に幾つかの掘建て小屋を立てていた。
「しっかしカイルのアニキ…やっぱりご無事でしたね。」
「あ…ああ。」
―…イヤ、正直無事じゃねえ…。
 覆面とタイツの下には数え切れないほどの痣と生傷だらけな事を、開拓者達は知らない…。
―そういやアイツ…いつに無く怒ってたな…。
 表情からは全く見て取れないが、今まで見られなかった反応だった。
「…ま、いい趣向と思いたいかね。」
 自分から何かをやりたいと言った事も、所有物を壊されて怒る事も…共に旅をしていて初めて見たという訳ではないものの…今回程のものでは無かっただけに、無表情で呑気者に見える彼女にもやはりそう言った感情があるのだと思い、カンダタは何故か安心したような気分になった。
―…でもまぁ…怒らせるとマジ怖いのな。
 あらゆる呪文を使いこなし、武闘家にも劣らぬ鋭い動きが出来る魔法使い…宥めるにも取り押さえるにも命を張る位の覚悟は必要であろう…。