赤の月 第二話

「…やっちまえ!!」
「野郎!!…カイルのアニキが精一杯築いたこの町で…好き勝手やらせるかよ!!」
 未開の大地に住む逞しい開拓者達と、海で鍛え上げられた海賊達が激しい戦いを繰り広げていた。
「呪文使う奴を先に片付けろ!!」
「させるか!!」
ドカーン!!
「…!爆弾石!!」
「行商人の物量を甘く見て貰ってハ困りまスネ〜!!」
「料理人の魂を見せてやる!!」
「何をぉっ!!海の恐怖を乗り越えたおれ達を舐めてんじゃねえぞ!!」
 町の者は総員で赤の月の手の者達を迎え撃っていた。戦いの専門家で無い者も数多くいたが、その信念で彼らに打ち勝っていた。
「…く…!このまま引けるか…!!」
「…何…してる。」
「!!」
 逃げ腰になった海賊達の前に長身の武闘家風の男が立ちふさがった。
「……ここは俺がやる。」
「ジンさん…!ですが…!」
「かぁあああああああああああっ!!」
 気合一声、男は群集へと突っ込んでいった。
ビシッ!!バシイッ!!ズガァッ!!
「がっ…!!」
「ぎぇえっ!!」
「ごっ……!!!」
 目にも留まらぬ高速の動きで、次々と開拓者達を叩きのめしていった。
「…我が師ホンのもう一つの拳…不殺の瞬撃。」
 そう呟いた直後…逞しき開拓者達は遅れて地面に倒れた。
「殺しはしない。その程度なら今後の生活にも不便はあるまい。」
 ジンは最後に開拓者達にそう告げて、町の奥へと向かった。

「…こ…こいつは…。」
 遅れてこの場に来たカンダタは目の前の光景に愕然とした。
「ベホマラー!」
 メリッサが回復呪文を唱えると…多くの者がすぐに立ち上がった…。
「い…いつつつ…。あ…姐さん!鎧のダンナ!」
「ご無事で!?アニキ!!」
 目を覚まして早々…自分の心配より…カンダタの身を案じる開拓者達に…カンダタは一瞬固まった。
「…お…おう。全員生きてるか…?」
 そして…何処か照れくさそうに返答した。
「…そ…それが……生きちゃいるんですが…。」
「…!?…何があった…!?」
 開拓者達の話辛そうな表情を見て、カンダタは目を細めた。
「あ…イヤ…全員無事です。」
 カンダタに迫られてビクッと肩を竦ませて、彼は慌ててそう言った。
「…驚かせるなよ。」
 カンダタは安堵して肩を落とした。
「そうなのですが…気が付いたらこうなってまして……。」
「は…?」 
「ジンとか呼ばれたヤツが大声を上げた瞬間…何がなんだか分からなくて…で、気が付いたらこうなってました。」
「……。」
 カンダタは彼の話に耳を傾けて暫く黙り込んだ…。…やがて意を決したように彼の肩をぽんと叩いた。
「ま、皆無事なんだろ?そのジンとか言う奴は俺様直々にぶっ飛ばしてやるよ。お前らは…まぁ無茶はするなよ。」
「わかりやした!引き続き警戒しときます!!」
「おう。」
 共に過ごした仲間を一瞥し、カンダタ達は町の奥へと走っていった。

「…しかし…何だってこんな所に…。」
 マリウスは走りながらそう呟いた。
「あ?そりゃ黒胡椒貿易の重鎮、ハンの旦那が居る位だ。こんな美味い狩場が何処にあるってんだ?」 
「ああ、成る程。さすがは大盗賊。」
「いやいや、それ程でも…ってそれ褒めてんのか?」
 傍では併行してメリッサが箒で飛んでいる…。
「…ふふ。」
「何だよ。」
 突然微笑を浮かべた彼女を見やり、カンダタが怪訝な顔で振り返った。
「だってあなた…どっちかと言うとレスラーさんに見えるのにやっぱり大盗賊なのねって…」
「…レスラーだぁ?」
「おいおい、変態の間違いだろうが…。」
「だぁれが変態だ!!てめえなんか鎧エプロンじゃねえか!!そっちの方がよっぽど気味悪いわ!!」
「…よ…鎧エプロン…ガーン…また言われた…。」
 マリウスはガックリと肩を落としてうな垂れた…。
「気にしてんのか…。一体コイツのこの格好…何なんだ…?」
「聞きたい…?」
「言うな!!メリッサちゃん!!」
「…さて、そろそろおしゃべりはこの辺にしとこうか…。」
 カンダタはそう言いつつ身構えていた。
「ああ、そうだな…。」
「つーかエプロン外せよ…。」
「外せたら苦労するか!!」
「…何?外せな…」
 しかし…言葉は最後まで続かなかった。
ギィン!!
ガンッ!!
「「!!」」
ドッ!!
「う…っ…!」
「…!メリッサ…」
 突然メリッサが胸を抑えながら倒れ込むのを見てマリウスは彼女の方を向いた…
ズガァッ!!
「ぐわあああっ!!」
 しかし…呼びかけたのも束の間…マリウスも何処かから一撃を受けて地面に転がり、何かに激突しその破片の中に埋もれてしまった。
「マリウス!!…野郎…!!」
 カンダタは見えない相手に対して闇雲に斧を振り回した。
「…ちぃっ…!さては…消え去り草でも使ってやがるか…!!」
『その通り。貴様等は骨がある様だからそうさせて貰った。』
「さっき情けであいつら助けた割りにや随分と卑怯じゃねえか…。」
『…ふん、殺すに値しないだけの話だ。』
「そうかい。まぁ勝ちゃあ良いだけだもんなぁッ!!!」
 声のする方にカンダタは斧を振り下ろした。
『ほぉ…如何に足がかりを与えてやったとはいえ…その反応…。貴様本当に見えてないのか?』
「んなくだらねえ小細工…初めからねぇのと同じだぁッ!!」
「ふん…ならもう要らんか…。」
 姿を現したのは緑の戦装束を身に付けた武闘家風の男だった。
「…ああ、どっかで見覚えがあると思ったら…」

疾風(ハヤテ)のジン
伝説の武闘家…ホンの弟子だった男
しかし…その余りに凄まじい力への執念に…ホンは彼を破門する事に。
だが…それでも尚師を敬愛する仁の精神は本物であるはずだが…?
二つ名通りの目にも留まらぬ早業で敵を仕留める孤高の暗殺者
懸賞金15000ゴールドのゴールド級手配犯。

「ふむ、彼の大盗賊に知られているとは光栄だな。」
「…御託は良いからとっとと始めようぜ。」
 そう言いつつカンダタは一気に彼との間合いを詰めた。
「ッ!?ちぃっ、外したか?」
「遅い!」
ドッ!!
 カンダタの肉体に凶器のようなきりもみの蹴撃が直撃した。
ガシッ!
 しかし…その直後、カンダタはジンの足をがっちりと掴んだ。
「…何!?」
「どおりゃあっ!!」
 そのままカンダタは彼を地面に思い切り叩きつけた。
「ふんぬっ!!」
 激突の瞬間…ジンは両手で降り立つようにそれらを地面に付いた。
「うおっ!?」
 足を掴んでいたカンダタはその勢いに巻かれて持ち上げられそうになり手を離した。
「ほあたぁっ!!」
 その無茶な体制のまま、ジンはカンダタに蹴りかかった!
「うおらぁっ!!」
 カンダタもまた、極太の足でジンに回し蹴りを叩き込んだ。
バンッ!!
「「だぁっ!!」」
 威力は互角で弾かれた勢いで互いに後ろに下がった。
「大盗賊なめんなコラァッ!!」
「…ふむ…武芸に通じている動きではないが…。」
 得物を拾う事もせず、カンダタはすぐさまジンに向かって体当たりした。
「こちらも本気でいかねばな…!!」
 そう言い放つと、突如としてジンの姿が消えた。
「ハッ!!なんだぁ?また小細工かぁ?」
 そうぼやきつつ、カンダタは急停止して近くにあった自慢の得物を拾い上げた。
ドゥッ!!
「…!?」
 しかし、突如としてカンダタの背中から強烈な衝撃が走った。
「野郎!!」
 今度は捉えられず、ジンはすぐに離れてしまった。
「なんだなんだぁ…?まだこんな早く動けるのかよ?」
 置かれている状況にも関らず、カンダタは何処か余裕のある口調で見えない相手に訊いた。
「…これが死合いなら、貴様は既に死んでいる。」
「んな事始めからわーってんだよ!!何なら今からやるか…?」
ズンッ!!
 再び一撃が叩き込まれ、カンダタは僅かに後ろに仰け反った。
「…どうした?その程度か?そんなナマクラな蹴りなんざ効かねえな…!ホレ。」
ギィン…!!
「!!」
 カンダタはジンの強烈な蹴撃を斧の腹で受け止めて…そのまま思い切り振って相手をはじき返した。
「喰らえやぁ!!」
 渾身の力を込めた斧の一投をジンに向けて放った。斧は回転しながら唸りを上げ、空気を裂きつつ相手を追いかける…!!
「…ッ!?」
 斧から巻き起こる真空の刃がジンの眉間を傷つけた。そして尚斧は彼へと向かってくる…!!
「…必殺…!!会心拳!!だぁあああああああっ!!」
 避けることは叶わないと悟ったジンは、同じく渾身の力を全身に込めて一撃を斧に向けて放った。
ガァンッ!!
「相殺か…!!」
 斧は空高く舞い上がり、遠く離れた地面へと落ちて大地を裂いた。
「「うぉおおおおおおっ!!」」
 それを合図に両者は互いへ向けて突進した…
ごんっ!!
「……っ!!?」
「…げ…っ!?」
 しかし、空からの一撃が両者を地面へと叩き伏せた。
「町壊さないで。」