第八章 赤の月

 ポルトガを出発して一ヶ月…そして開拓地に留まってから更に一ヶ月が経過した時…ムー達はやはり開拓に勤しんでいたが、彼らの参入で既に大方の作業は終わり、"移民の町"と言っても相違ないまでに発展していた。
「良かったじゃねえか旦那。あんたの功績が皆に認められてよ。」
 赤い覆面のカンダタは小柄な商人ハンの肩を叩いて自分も嬉しそうな口調でそう言った。さながらそれは家族の成功を喜ぶ者の様だった。
「…でもよ、何か食べ物みたいじゃないか…?俺、無性に腹へってきたぜ…?」
 マリウスはフライパン片手にそう呟いた。
「ハンバーグかよ!?」
「美味しい?」
「喰えねえだろ!美味いのとは別次元の話だろうが!!」
「あら、でもここも随分作物が沢山取れるみたいだけど?バハラタと良い勝負じゃない?」
「…あ〜、もう何とでも話してくれ…。」
 何処か笑えるものの…返答に困る各々の反応にカンダタはガックリと肩を落とした。
「ハンバーグじゃなくてハンバー"ク"…だろうが…つっても誰も聞かねぇだろうがな…。」
 ハンバーク。数多くの優れた人材を送り込み自らも進んで開拓に臨むなど…全面的な協力の甲斐有ってかハンは村長に認められて、ここに来て間もないにも関わらず…町に彼のの名前を冠されたのであった。
「ん?そう言えばここでは肉牛や豚も飼育してましたっけ。…成る程。それなら名物料理にそれを出すのもアリかもしれませんね。」
「…あ…あんたもか…。逞しいって言って良いもんかな…。」
 嘆息しつつ、カンダタは商売第一なハンの前向きな姿勢にある意味で感心した。

「…凄ぇよなあ…。俺達…街作るのに携わったんだもんな…。」
 開拓され尽くして広大な土地を得て、多くの作物が育てられて…更には町並みも大分整ってきた。結果、それに見合った多くの者を受け入れる町としての発展を遂げたようだ。もっとも…肝心の住むべき人が無いため…まだ殺風景な感が否めないのも確かだった。
「そういやそろそろ移民連中の第一波が来る頃だよな?」
「…難破してなければね。」
「おいおい…不吉な事言うなよメリッサさんよ。今度来る連中は自分の船を持つ程の貿易商人達って話だったよな。…ま、色々有りそうだが楽しみだぜ。」
 中にはここハンバークで一時上陸をした上で中継ぎ貿易を営む者達も居る事だろう。何れにせよ、人や物の流通は以前よりも格段に良くなるのは間違いない。
「ふふふ。ごめんなさいね。占いしているとついつい悪い方向も考えがちなのよねぇ。」
「…そういやあんた、占いも出来るんだったか……。で、この町のことも占ったのか?」
「ふふ、聞きたい?」
「おお、言い出したのは俺だからな。漢に二言は無ぇっ!」
 カンダタは迷い無くそう言った。
「そう……でも、占ってないのよねぇ…。」
「だあっ!!?」
 しかし、彼女のすっ呆けた一言で…カンダタは勢い余って地面に転んだ。
「アテテ…何だよ…だったら初めから……ん?向こうが何か騒がしいな。」
 起き上がろうとした時…彼の盗賊として磨き上げてきた耳が…確かに何かを捕らえた。
「どうしたオッサン?」
「だからオッサンじゃ…」
「…一体何かしら?」
 カンダタ、マリウス、メリッサの三人はすぐに不穏な雰囲気が漂う方向へと向かった。

「ぎゃああああああっ!!!」
「「「!!」」」
「おらおらぁーっ!!金目の物は全部もってっちまいな!!」
 見慣れぬ者達が、非力な協力者達を襲っていた。辺りにはカンダタと共に開拓をした仲間達が血まみれで倒れている…。
「オイッ!しっかりしろ!!」
「…う…うう…。」
 止めまでは刺されておらず…命に別状は無い様だったが…それでもかなり苦しそうに喘いでいる…。
「ベホマラー!」
 メリッサは広範囲の回復呪文を唱えた。傷つき倒れた者達の傷と痛みを消し去っていく…。
「…何だあの女は…!」
「ふざけやがって!!」
 招かれざる闖入者達は…赤毛の魔女に苛立ち、一斉に襲い掛かってきた。
「…ラリホー!」
 咄嗟にメリッサはラリホーを唱えて彼らの動きを封じたが、効果が行き届かず…取りこぼした数人がこちらに向かってきた。
「おおおおおっ!!」
 敵の一人が曲刀を振り上げてメリッサに斬り掛かった。
ズドォオオオオオン!!!
 しかし…その直前で何か巨大な物がその刀にぶち当たって思い切り弾き飛ばした。
「…っ、危ねぇ危ねぇ…間一髪って奴か…?」
「ホント…。髪の毛少し切れちゃったし…。」
 メリッサは名残惜しそうに前髪をいじった。見やる先にはカンダタ自慢の巨大な斧がある。
「!」
 不意に彼らの目の前に無数の矢が迫ってきた。
「スクルト!!」
 メリッサはすぐに防御呪文を唱えた。矢の多くは当たる直前で跳ね返されて辺りに散った。
「…くっ…!」
 しかし、一本はメリッサの体を射抜いた。
「メリッサちゃん!!」
 すぐさまマリウスが駆け寄り、抱え上げる…。
「…だ…大丈夫…大したことは…っ…!?」
 急所は外していたようだが…しかし、突然彼女はがくっと地面に膝をついた。
「毒だ!…ちくしょう!今は毒消しが…」
「慌てんなオッサン、あんたはあいつらを。ここは俺が…。」
 道具袋を覗いて毒づくカンダタを尻目にマリウスはメリッサの傷口に意識を集中した。
「キアリー!」
 彼女は目の前の真紅の鎧を着た男が唱えた呪文で…少しずつ悪寒が消えていくように感じた。
「ありがとう。…あなた達は大丈…」
「一応あんまり喋るな。矢刺さってるんだからな。」
「もう…せっかく心配してあげてるのにねぇ…。」
「ははは、立場が逆じゃねえか?」
 カンダタが残りの闖入者達を叩き伏せている間…この場に不相応な会話が流れた。
「鎧エプロンの旦那!」
「…おお、あんたらも無事で…ってなんだよその呼び名!!」
 マリウスはその言葉に素っ頓狂な声を上げた。…確かに今もその名に違わぬ出で立ちをしているのだが…。
「あ…いや…皆そう呼んで…ってんな事言ってる場合じゃねぇ!!」
「…たく…一体何が?」
「"赤の月"が…攻めてきやがったんだぁ!!」
「「!!」」
 その名を聞いて、二人は僅かに硬直した。

"赤の月"首領 大海の帝王 アヴェラ
七つの海を股にかけるとの曰くの海賊団、"赤の月"首領。
船乗りとして類まれな才能を持ち、海をわたる事にかけては右に出るものは居ない。
義賊を名乗っているが…海を行く商人の天敵といった方が理解が早い。
多くの強力な部下を従える大海の帝王。
懸賞金30000ゴールドのメタル級手配犯。

「…海賊団か。しかもあのアヴェラのか。」
「オッサン、戻ったか。」
 後ろにはいつの間にか赤い覆面を被り、青地の服で全身を覆った巨漢が立っていた。
「コラ、誰がオッサンだ。…で、コイツが相手か……。厄介だな…。つーか俺より懸賞金高ぇしな…。」
「会った事あるのか?」
 冒険者リストのお尋ね者ページに載っているが…肝心の顔を見たものは誰もいないと言う…。その為か似顔絵は載っていなかった。
「イヤ、赤の月と一戦交えた事があるだけだ。随分と骨のある連中だったが…肝心のそいつが出て来ねぇ。…ったく、率先して前に出ねぇで海賊出来るかってんだ。」
「…あら?あなたのタイプの方が珍しくてよ?親分さん。」
「…そうか?…って矢刺さったままじゃねえか。大丈夫か?」
 カンダタはメリッサの体に刺さった矢を見た。スカラで弱められたお陰か比較的浅かったが…それでも血はかなり出ている…。
「少し痛いが勘弁してくれよ。跡は残さないようにしてやるから。」
「ごめんなさいね。……ッ!!」
 矢を引き抜いた時…彼女は痛みに顔を歪めた。その後すぐにカンダタがベホイミを唱えて傷の手当をした。
「ありがとう。」
「…まだ戦ってる奴らがいるみたいだな…。よっしゃ!!まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!!行こうぜ二人とも!!」
「ま…メドラの遊び道具ぶっ壊したくないからな…。」
「そうよねぇ…。後が怖いもの。」
 意気軒昂に前に踏み出したカンダタを見て、二人はそう呟いた。
―…あ〜…それもあるよな…。
 カンダタはそれを聞いて…昔の事を思い出した。
―食べ物の恨みって奴は恐ろしかったぜ…。

"カンダタ盗賊団"親分 怪盗カンダタ
世界を暗躍する大泥棒。
常人離れした屈強な肉体と…ズレた趣向を持つまさに怪盗と言うべき存在。
仮面の下の素顔は誰も知らないが、会う者はその仁義に惚れるという…。
近年では傍に赤い髪の少女を連れ歩いているが…目的は不明。
懸賞金18000ゴールドのゴールド級手配犯。

 近くに落ちていた手帳にそう書いてあるのはいざ知れず…。