孤島の王国 第五話
「…きゃー!!ニージス様ぁー!!」
「素敵ー!!」
高貴な家柄の子女が着そうな豪奢な服に身を包んだ女達がニージスを見て騒ぎ出した。
「はっは、それは嬉しい限りで。」
青のモヒカン頭とグラサン、黒の皮ジャケットとズボンの男は歓声に答えて手を振った。
―…ど…どうしてこんなに…?
傍では紫のドレスに身を包んだ少女がまるで状況が飲み込めていない様にキョロキョロしている…。
「ふむ…、やはり高貴な女性に対してもこれは受けが良いみたいですな。」
―え…?
レフィルから見れば…格好良くも見えなくも無いが…どこか引いてしまう様な出で立ちであった。まして格式を重んじるエジンベア貴族の子女から褒められる様な格好には見えない。
「こ…これから何処へ…?」
彼女としては、今すぐルーラでこの場を離れたい気分だったが…
「…まぁ足に任せるとしましょう。ホレスもカリューもそこまでヤワな訳でもない。」
―あ…足に任せるって……やっぱりこの格好で…!?
つまりは気の向くままに行こうと言うのである。レフィルの心配をよそにニージスは観光にでも来ているかのように辺りを眺めていた。
「時にレフィル、今度の得物…鉄の斧でしたな。」
ニージスはレフィルが背負っている袋を見つつ彼女に問い掛けた。中身は例により鉄の斧である。
「私が言うのも難だが…もっと別の武器は無かったので?カリューならともかく君に斧は似合わないかと。」
「…そうですか?思いの他扱い易かったですし。」
―…その辺りの事はまるで考えていないようで……。
「まぁそれならそれで良いのですが…そこで、ここエジンベアに由緒ある鍛冶屋があるそうでして、何でも彼が手を加えた物には幸運をもたらす力があるとか…。」
「…?」
彼が持ち掛けた話題に、レフィルは訳が分からない様に首を傾げたが…少なからず興味を示しているようだ。
「せっかくだから行ってみます?」
「は…はい。」
特に行くあても無かったので、とりあえず二人はその鍛冶屋へと向かう事になった。
ドアが開くとそれに付いていた鈴の音が鳴った。
「おう、いらっしゃい。久々のお客さんだな。」
出迎えたのは…着こなしの良いいわゆるお洒落な青年だった。
「ほぉ、あんたら良い服きてるじゃねぇか。とても旅慣れた戦士の着こなしとは思えねえな。」
「そりゃあどうも。」
ニージスはまんざらでも無い様子で微笑んだ。
「旅に出るにもお洒落は欠かさない。それは女だけじゃなくて男の美学でも言えることだぜ。そうだろ?姉ちゃん。」
「…え……いや、その……。」
女である事を忘れたわけでは無くとも、服装に殆ど気を使わないだけに…
ひらり
「…え?」
「特にそのガーターベルト…」
「……っ!?」
きゃあああああああっ!!
突然ドレスのスカートをめくられて…まじまじと中を物色されているのに気付いて、レフィルは悲鳴を上げた。
ゴンッ!!
「ゴフゥ…!嬢ちゃん…あんた…ちゃんと見えないトコまで気ぃ使ってるんだな…!」
さわやかな笑顔のニージスからの拳骨を喰らい、男は地面に突っ伏した。一方のレフィルはまだ落ち着きを取り戻せておらず…燃え尽きんばかりの勢いで赤面している…。
「はっは、此処がサマンオサで無くて良かったですな。そうならば貴方はタダでは済まないと言うに。」
「……だよなぁ…。今のサマンオサ王だったらこの程度で死刑ッ!とか言い兼ねないしな…。」
―…こ…この程度…って…。
まだ心臓の動悸が収まらない…。何かを言いたいがまるで言葉にならない…!
「…で?何の用だい?旅の戦士って言うなら武器とかそういう用件だろ?」
まだ顔を真っ赤にしているレフィルをよそに、男は真顔に戻りカウンターの椅子に腰掛けた。
「左様で…。これを。」
ニージスは袋からレフィルの持つ得物を取り出して鍛冶屋に見せた。
「斧か…。あらら、こりゃあセンスの欠片も無いな…。よくこんなの使ってたねあんた。」
男はそれを見るなり手を広げて首を横に振りつつそう言った。
「おおぅッ!?何故私を見るので!?」
未だに狼狽しているレフィルにでは無く…いかにも荒くれ者の風貌のニージスに向かって…。
「…は?まさかそこの姉ちゃんが使ってるって言うのかい!?」
「左様で…。」
「……レベル高ぇな…。あんな綺麗な姉ちゃんが…こんな無骨と言うにも世辞が過ぎるモンを…。おっしゃあ任せろ!!俺がこの武器ピカピカに叩きなおしてやるぜ!!」
「…それ言うなら磨き上げる…では?」
「どうだって良いだろうが!!はっはぁ!久しぶりに腕がなるねぇ!!」
トーンテーンカーンカーンコーン
「ホレ!一丁上がりぃ!!」
その間およそ十分…。
「ふむ…どうやってこんな短時間で…?」
余りの時間の短さに、分かっていながらもニージスはそう聞かずにいられなかった。おそらくは魔法の類であろう…。
「ふっふ、それは企業秘密と言う奴だぜ。」
「でしょうな。」
返しつつ、ニージスは鍛え直された武器を見た。壮麗に仕上げられた刃だけでなく…柄にも細工が成されており、以前の無骨さは何処にも無かった。
「…これは…。」
レフィルは目の前に差し出された武器を見て動きを止めた。
「斧というには…芸術品にも見えますな。」
「これなら姉ちゃんが持ってもさっきほどは違和感ねえだろ?」
「…まぁ確かに。だが…以前と比べると大分耐久力は落ちているみたいで…。」
「いや、その分扱いやすくなってるはずだぜ。切れ味も大分上げたからな。もっとも普通の武器の強さの域を出ないだろうが、こっちの方が良いだろ?」
「ふむ…それもそうですな。」
話す二人をよそに…レフィルは生まれ変わった戦斧をじっと見ていた。
―綺麗と思えるのは何でかな…。
鋼鉄特有の鈍い鉄塊のような雰囲気こそ失っていないものの波打つ波紋が特徴の壮麗な刃…刃と柄を固定する留め金の部分には彼女の耳飾りの影響からか、スライムをあしらったレリーフが刻まれている…。磨き込まれた刃と滑らかな柄はニージスの言葉通り、芸術品の持ちえる物だった。
「毎度あり!また来てくれよ!!」
―ホイミ…。
「……ん?」
近くから何かを聞き取り、ホレスは目を覚ました。
「大丈夫ですか?…じゃなくて…大丈夫?」
「あ…ああ。」
馴れない言葉使いに少しばかり翻弄されているレフィルをよそに、ホレスはゆっくりと立ち上がった。
「カリューは…どうした…?」
「…え?カリューさん…ですか?…ううん、見てないけど…。」
また言葉が変になったが、ホレスは気にした様子も無く言葉を続けた。
「そうか…。いや、助かった…。」
「一体何があったの…?」
尋ねられて、ホレスは事情を説明した。
「…あ……あの人と…?」
「ああ。」
そして、いきさつを聞いているうちに…。
「……た…凧…??」
「ああ。」
「「……。」」
「えっ……!?」
信じられないような内容が次々と告げられたが…否定できる要素は無かった。
「…まぁ彼と戦って無事に帰ってこれただけ良かったと思いましょー。」
「「思うか!!」」
その日の夕方、レフィルの回復呪文ですっかり元気になった二人を加え、船の外でレフィル達はエジンベア国王から授かった宝を傍らに集まっていた。
「それはさておき…ふむ、色々と手に入りましたな。だが…」
ただ高価なだけの宝剣や何の役にも立ちそうに無い絵画等がズラリと並んでいる中、幾つかのものはそれらとは一閃を成す物を何かしら持っている雰囲気を醸し出していた。
「…ほぇええ…こりゃあええ杖やなあ。」
カリューの手には、伝説の雷の杖が握られている。
「分かります?…あ、むやみに振り回さないよう…」
ピカッゴロロロ…ドォーン!!
「おぉうッ!?だから言わんこっちゃない!」
突如雷がニージス目掛けて落ちてきた。
「おお、おもろいな…」
意地の悪そうな笑みを浮かべて…杖を彼に向けて振り翳した。
ゴロピシャーン!!
「…はっは……、あまり悪戯はする物ではないですな…。」
雷の直撃を受けて黒コゲになりながら、ニージスは乾いた笑いを浮かべつつ気を取り直して宝の一つを取った。
「さて…この渇きの壷ですが…まずはこれを。」
ニージスは渇きの壷の口を海面に少し付けた。
しゅごおおおおおおおっ!!
「「「!?」」」
壷は物凄い勢いで海水を吸い込み始めた。驚いた三人の様子を見やってニージスは壷を素早く海面から離した。
「…っとまあこんな具合で。これがあれば海での戦いに幅が広がるのは間違いはありませんな。」
「確かに…だが、オレ達の船まで巻き込まないように気をつけるのは難しいんじゃないのか…?それが無ければこの上なく頼りになる代物だが…。」
「まぁその辺りは私にお任せを。」
渇きの壷…凄まじくも恐ろしいその力を前に、ニージスはそれを怖れる事も無く寧ろ愉しんでいる様に思えた。
―あんた…これがどれだけの恐ろしい事を出来る可能性を秘めているのか本当に分かっているのか…?
辺りの水を一瞬にして飲み干してしまう壷…。能力の発動条件によっては国さえも脅かす事に成り得る強大な力を秘めた謎の産物を見てホレスは戦慄しているのをその身に感じ…彼の気楽さに少し抵抗を覚えながらも、何処かに共感している自分に気付き、複雑な気持ちを抱いていた。
―…そうだな。オレは…こうした宝を集めて…何がしたいのだろうな…?
分かりきっているようで分からない自分の目的…。
「ふむ…ところでレフィル、アレはまだ身に付けて…」
ニージスが何かを言いかけてレフィルに向き直ると…レフィルは既にいつもの旅装束に着替えていた。
「おや?」
「…え…?いや…その……。」
二人のやり取りに、怪訝な顔をしてカリューが割り込んできた。
「どないした?」
「え…?で…ですから…その……。」
「ふぅん成る程のぉ。…任しとき、恋愛沙汰ならわてはよう経験しとるからのぅ。」
「れ…れんあ……ええっ…!?」
「んん~恥ずかしがる事無いで。うんうん。ようわかるわその気持ち。わても昔そんなんだったからなぁ。」
―…だからそうじゃなくて……!
またドキドキし始めて、レフィルは言葉を失った。
「…おい、レフィルをこれ以上思い詰めさせる様な真似は止めておけ。」
ホレスが見かねてカリューとニージスを止めようとしたが彼らはきょとんとして首を傾げるだけだった。
「は…?困らす気なんて…なぁニージス。」
「はっは…まぁ少なくともこの子にガーターベルト差し上げたのは間違いでしたな。」
「!!」
その言葉を聞き、レフィルはパニックになったのか身を何度も竦ませた。同時にカリューもまた眉をぴくっと動かして固まった…。
「…ん?どうなさったんで?カリュ…」
「犯人はオマエかぁーっ!!?」
ごろぴしゃーんっ!!!
「……はっは…。口は災いの元…ですな……。」
「お前…一遍死んどくか?」
更にあられの無い状態になったニージスと雷の杖を持つカリューを横目に、ホレスはレフィルの元へと歩み寄った。まだ動揺しているのか、目の焦点が合っていない…。
「レフィル。」
「…あ……ホレス……。」
声を掛けるとレフィルは一度は彼の方を向いた…が。
「…!」
「な…!?ど…どうした!?」
「…あ…いや……そ…その……」
「落ち着け、とりあえず水飲むか…?」
そう言いつつホレスは水筒の栓を開いてをレフィルに手渡した。
「あ…ありがとう…。」
彼女はまだ何処か吹っ切れない様子で礼を言った。大分息が荒くなっていて少し汗もかいている…、余程気を張っているようだ…。
―…一体ニージスは何を…。
レフィルが余りに不安定になっているのを見て、ホレスは軽く苛立っているのを感じた。もちろん彼女にではなく、ニージスに対してであるが。
「ごめんなさい…ホレス。こんな勝手に…」
「…気にするな。オレもお前に助けられている身だ。」
「でも…」
「しかし…さっきのガーターとやら…オレには一体何なのか全く分からん。」
「え?」
悪意無くこう尋ねてきたホレスの反応にレフィルはきょとんとして彼を見た。
―知らないんだ…。
「いや、別に言わなくていい。どうせ下らない事なのだろうからな。」
―く…下らないって……でも…
ニージスには散々意識させられてしまっていたが、ホレスのその言葉が何処か悪くも聞こえたが…少し気が楽になった気がした。
「あいつは賢者だが…全部が全部正しいわけじゃない。お前自身が断ればあいつも深くは追わないと思うが…。」
「そ…そうなの……?」
「あいつも人間だ。…と言うか思い切り遊び心の塊に見えるのはオレだけか…?」
―……遊び心…?…あ……。
言われてみれば…あのふざけた出で立ちは特に真剣に考えていない…そうとも取れる。ダーマの賢者だからあの様な出で立ちをしているのは訳ありと思い込んでいたが成る程、言われてみれば…。
「狙いがあるにしろ無いにしろ、…好きでやっているんだろ…アレは。」
「狙い…?」
「あまり深く考えるな、多分あいつはお前をからかって愉しんでいるだけだ。」
「たのしんで……?」
「……オレもああいう奴と旅するのは初めてだが…まともに相手していたら身が保たないぞ…。」
―た…確かに…。
レフィルは別行動になってから、ニージスの言われるままにしてきたのだが…時々言われる無茶な要求まで素直に従ってしまったため…心身ともにかなり疲れていた。
「ふぅ……、もう少し勇者としての自覚持った方が良いのかな…。」
「…?何故そう思う?」
「…だって…三人で旅してた時だって…旅を進めるのは全部ホレスに任せてしまっているし…戦いもムーがやっていたから…。」
レフィルは申し訳なさそうにしょげながらそう言った。
「だが、今はどうだ?」
「…え?」
「もともとお前が言う程の事でも無いさ。少なくともあの時より更に良くなってると思うがな。」
一ヶ月近くの船旅…その中でレフィルはまた色々な事を学び、彼女自身に自覚無い内に成長しているのをホレスは見ていた。特に戦闘に関して…呪文の使いどころをしっかりと弁えて的確に仲間を援護できた。
「第一このパーティで料理作れるのはお前だけだろう。」
「…え?それならホレスも…?」
「オレのは人並みに…だ。お前の様に食材を最大限に活用した効率の良い物は作れないさ。」
ホレスが作る料理…ポルトガでレフィルとマリウスの手伝いをしていただけあって、彼も…上手とも言えなくともそれなりに人に与える料理は出来た。…もちろんレフィルの物とは埋められない差があるが。
「で…でも、いつも…」
「ああ、気にするな。お前が作れない時はオレが作るさ。」
「…え…えっと…」
「…ん?」
「…そうじゃなくて、料理の事もそうだけど…わたしって…あまり勇者らしく無い…。あまり公に知られてる訳じゃないけど…父さんや祖父ちゃんみたいな勇者に成りきれて無い…。そうじゃないと…ホレスは…」
共に旅する意味が無い。彼の目当ては勇者の旅を通じての遺跡の探索と宝物なのだから…。
「…別に勇者であろうとする必要は無い。勇者と呼ばれるのはあくまでそれに見合った事を成した者だけだ。今のレフィルもそうじゃないのか?」
「…え?」
レフィルは彼の言葉を聞き、首を傾げた。
「誘いの洞窟をたった一人で抜けてその力を示し、人攫いの事件を解決して…既にそう呼ばれて引けは無いはずだろう。」
「……。」
―…わたしの力だけじゃないのに……。でも……。
結局はどれも自分自身の力だけで出来る物では無かったのだ。もし、助けが入らなかったら初めの誘いの洞窟を踏破した時点で死んでいた。ホレスはその事実に気付いているかは分からなかったが、精一杯自分に気を使ってくれている彼に…感謝の気持ちが湧き出てきた。
「…ありがとう、ホレス。」
レフィルは冷たくも穏やかな表情を少し綻ばせて微笑んだ。
「…少しは気が楽になったか?」
「うん…本当に。」
「…それは良かった。」
ホレスは安堵したように息をついた。
―…え?
レフィルにはその一瞬、彼の表情が少し柔らかくなった…そんな気がした。
―…笑った…?
それを垣間見たように感じて…
―良かった…。
自然とこう思ったのだった。
(第七章 孤島の王国 完)