孤島の王国 第四話

「…おや、効果が切れてしまった様ですな。」
 地下の宝物庫の中…ニージス達はその姿を現していた。どうやらレムオルの効力が切れたようだ。
「そうですね…。もう一回唱えられたら…」
「…ふむ、そうしたいのは山々なのですが、魔力が打ち止めでして。」
 先程からずっと姿を消していたのでその状態を維持する魔力が尽きてしまったと付け加えながらニージスは僅かに首を振った。
「一度帰りますか…?わたし…リレミトならとりあえず使えるようになりましたし…。」
 レフィルはそう言うと呪文を唱えるために意識を集中した。
「…ですな。それでは…一時てった……いや、少し待って下さい。」
「え?」
 ニージスの言葉にレフィルは呪文を中断して彼に向き直った。
「こんな事もあろうかと…」
 彼は荷物の中から色々と取り出した。
「これは…」
 レフィルはその中の一つを手に取った。
―…服…よね。
 男物はもちろん、女物の服も色々とあった。
―わー…一杯持ってるんだ…。
 この前借りた紫のワンピースを含む様々な服が畳まれた状態で並べられた。
「…変装…ですか?」
「着飾ると言って欲しいものですな。…ふむ、この中でなら…」
 ニージスはおもむろに広げた服の中から一着を取り、レフィルに手渡した。
「これは…?」
「良いから着てみて下さい。私も向こうで着替えているので。」
 彼もまた何着か服を取って宝物庫の一角へと去っていった。
―…何だろ…?
 レフィルは丁寧に畳まれた服を広げて物色した。
―…あ……これは…。
 いつぞや渡された紫のワンピースと似ているが…フリルがあちこちに付いていてより豪奢なつくりとなっていて何処か普段着には見えないドレスの様な服であった。紫色であるのはいつもレフィルが身に付けているマントの色と合わせているのだろう。
―いいな…こんなに色々な服持ってるんだ…。
 そう思いつつ、レフィルは服を着ようとした…その時…
はらり…
「?」
 レフィルの足元に何かが落ちた。
「……。」
 黒い生地で作られた…それを見て……
―…こ…これも……!?
 反論するべき当の本人はそこに無く…彼女はただ動揺する他無かった…。

「ぶっ…だははははははは!!!なんだぁあの格好は…!!!」
「あら、変な髪形ですわね…。いつからこんな田舎の殿方がいらしたのかしら?」
 王宮で突如として笑いの喧騒が巻き起こった…。その中心にあった一組の男女…男はモヒカン頭に黒い皮のジャケットとズボンを着て…下には締まった肉体が覗かせるラフな着こなしを…後ろで赤面している女は程よい飾り付けの紫色のドレスを着て、耳にはスライムピアスを付け、スライムのレリーフが刻まれた髪留めで後ろに垂れた髪を結い上げていた。
「後ろの姉ちゃんも何か田舎者っぽくねぇか?何かキョロキョロしてるし。」
「そうだなぁ…。でもよ、何か似合ってるんじゃないか?」
「馬子にも衣装…って奴だなぁ…。まぁ、綺麗ならそれで良いけどさ。」
「…ほ…ほほほ、わたくしの方がもっと美しくてよ…、この様な田舎娘に負ける道理など…」 

「…に…ニージスさん…!」
 自分達に注目する周りの者達をよそに、レフィルは自分の内に高鳴る鼓動で吐き気さえしそうだった。
「ふむ…少し選択を誤ったか…。」
「…す…少しって……」
 少し所ではない場違いな衣装を身に纏った蒼いモヒカンの男…
「…というより……何で…アレも…?」
「む?お気に召しませんでしたか?そういう所まで気を使うのが女性というものだと聞きましたが?」
「……え…?…そ…そうなのですか……??」
 何かが間違っている様に感じていながらも…目の前のダーマの賢者の言葉を完全に否定しきれず…彼女は更に葛藤した。
―…ホ…ホレスに見られたら…どうしよう……。

シュゴオオオオッ!!
「ぐぅっ…!!」
「ぬっはぁあああっ!!」
ドゴォッ!!
「くっ…!!」
 城から離れた平原で、黒装束を着た者が、豪奢な腰巻を身に付けただけの筋骨隆々の男と戦っていた…
「ま…待て…!!オレはあんたと戦う気は……!!」
 と言うより戦わされていた。辺りには草木の焦げ跡と巨大な手形が所狭しと並んでいた。
「ムムゥ!!気遣いなど無用じゃあッ!!遠慮なく掛かってくるがええぞォッ!!!ウワーハッハッハーッ!!!」
―あんたが戦いたいだけだろうがッ!!
 ホレスは極大呪文や爆雷攻撃からひたすら逃げ回り、船からは随分と遠くに逃げていた。
―…凧から攻撃されるよりはマシだが……そうすると今度は…!
「むぅううううんっ!!」
ズゥウウウンッ!!
 バクサンは思い切り地面を踏んだ。踏んだ先に地割れが巻き起こり、ホレスの元へと迫った。
「ちぃっ!!」
「どおりゃああっ!!」
 飛びのいてかわして程なく、続けて何個かの球が彼目掛けて飛んできた。
―爆弾石!
「させるか!!」
 ホレスも爆弾石を取り出して飛んでくる石に向けて投げつけた。
ドドドドドドォンッ!!!
「ムムゥッ!!?」
「ぐああっ!!」
 爆発はホレス寄りに起こり、彼はその爆風にあおられて吹き飛ばされた。
「ウワーハッハッハッハーッ!!!これはええ逸材に出会ったものよのォッ!!!」
「……く…間に合わなかったか…!」
 ホレスは懐から薬草を取り出して何個も飲み込んだ。
「…回復が間に合わない…!」
 先程から繰り返される怒涛の様な攻撃に…直撃こそ免れたとはいえ、ホレスの体はかなりのダメージを被っていた。
「どうじゃあっ!?お主、ワシの道場に入門せぬかぁッ!?」
―ど…道場……!?
「な…オレはそんな下らない事をしている暇など…!!」
「ムムゥッ!!断ると申すかァッ!!!そうかそうかァッ!!ウワーハッハッハッハーッ!!!」
 残念がるなり怒るなりしそうな返答をしたが…彼の反応はもっと別の物だった…。突然地面を踏んで体躯に似合わぬ高さのジャンプを跳んだ。
「こうまで真っ直ぐに断るとはのォッ!!うむうむッ!!ええ根性じゃァッ!!今時の若人に無きええ心がけじゃなァッ!!!」
 空に浮かぶ凧に乗り、バクサンはホレスに大音声でそう告げた。
―…終わったか…。
 おそらくは帰ってくれるのであろうと思い、ホレスは胸を撫で下ろした。
「無理矢理にでも連れて帰りたくなったわぁああァッ!!!」
「な…なにぃーっ!!!?」
 バクサンは何処からか巨大な球を取り出した。それに描かれているものは…
―…あれって…あのオヤジの顔そのもの…
 悠長にそう思っている間に勢い良くそれは投げ下ろされた。
ちゅどぉーんっ!!!
「くっ!!?」
 ホレスは大爆発の圏外に逃れ、再び爆弾オヤジに向き直った。
―…どうする…!!おそらく連れて行かれたらタダじゃ済まない…!!隠れるか…それとも…
 しかし、それは絶望への布石に過ぎなかった。
カン…コン…コン…コンコンコンコン……
「!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!

「ふむ…流石にマズイですな。これだとホレスとカリューでもタダでは済まないでしょう…。」 
 モヒカン頭となめし皮の黒ジャケットの出で立ちに似合わぬ口調でニージスはそう呟いた…。
「さてはて、レフィルに少しでもアレに馴染んで頂かねば…はっは。」
 ニージスは相変わらずぎこちない動作の紫色のドレスの少女の方を見た。周りからは特に目立った様子は無いにも関らず…やはり彼女には抵抗が大きいようだ。
「でも…確かに君の実年齢からはまだ早いでしょうかね?」
「そ…そういう…」
「じゃあ次は王様に謁見でもしますか。」
「!!!」
 ニージスの提案にレフィルは再び混乱した。既に顔は茹蛸の様に赤くなっている…。
「まぁ何度も会うわけじゃありませんし、そんなに緊張しなくても大丈夫でしょう。」
―…き…きんちょうって……
 今の自分の状態に気負いがあるのもそうなのだが…ニージスの出で立ちはどう見ても謁見に行く服装では無い…!
―…つ…ついていけない……。
 これなら彼の元の旅装束の姿の方がよっぽど正装に見える…。レフィルは心の内でそう思っていた…。

「…ふむ。意外に簡単な問い掛けで…。」
 ニージスは幾つかの宝物を手に取っていた。
「しかしまぁ…こんな物まで頂けるとは思いませんでしたな。」
 彼はおもむろに一本の杖をレフィルに渡しながらそう呟いた。
「…これは、雷の杖…?」
 雷の杖、魔力が込められた宝珠を抱えた翼竜…とある神話の邪悪な魔道士が持っていたとされる代物であった。
「そう、とは言っても神話にあるほどの代物ではありませんが。」
 彼の者魔杖振り翳し、天より普く幾千の形無き刃招き大地を裂かん。その言葉は御伽噺に通じた者なら誰でも知っている一説であった。その魔道士は世界を幾度も砕き、幾度もの世界の終わりをもたらした…らしいが今となってみたらそれも所詮は伝説としか思えない程大きすぎるスケールの話であると思われた。
―でも…何か遠い話じゃない気がするのは何でだろ…。
 密かにそう思いつつ、レフィルは他の授かり物の宝に目を向けた。
「…その魚みたいな壷って…何でしょうか…?王様は何も仰っていないみたいでしたが…。」
 彼女は一つの壷に目をやった。壷の口が丁度魚のそれの様になっている奇妙な形の壷だった。
「これが目的の品、渇きの壷です。」
「あっ、これが…。」
 無尽蔵に水を吸い取ると言う代物…。それはまさに水に飢えた巨大な水魚の如く…。
「これは元々はスーの村にあった物でしたっけ…?」
「左様で。譲渡されたのか略奪したのかは未だに謎ですが。」
 大海を行くエジンベアの探検家ならばすぐ西にあるスーも踏破している事だろう。
「…それじゃ、帰りましょうかね。」
 エジンベアの城門まで歩いて出た所でレフィルは呪文を口ずさんだ。
「ルー…」
「ちょっと待った。」
「…?」
 しかし、そんな彼女をニージスはまた引き止めた。
「折角なので城下町の方を通って歩いて帰っていきましょう。折角の壮麗な風景…ルーラを使うのは少しばかり惜しい。」
「え…?こ…この格好のまま…?」
 うろたえるレフィルをよそにニージスはずんずんと街の中へと進んでいった。
「…あ…、ま…待って…!」
 ドレスの裾を踏んで転びそうになりながら、彼女は慌てて先を行くモヒカン頭を追いかけた。

ドッカーン!!
「…やはりこうなったか…。」
 ホレスは煤だらけの顔を布で拭いながら目の前に立ち上る煙を見て呆然とそう呟いていた。
―……何でメガンテなんか唱えて無事でいられるんだ…。
 
―ぬっはぁっ!!!
バシィイイイッ!!!!
―が……は……っ…!!!
―メガンテェッ!!!

―…タイミングがあと一歩早かったら危ないところだったな…。
 最後の張り手で大きく吹き飛ばされたお陰でメガンテに巻き込まれずに済んだのである。とは言え…あの破壊力満点の張り手の直撃を最後に受けてホレスもまた満身創痍であった。よろよろと立ち上がりつつ、ホレスは船の方に向かった。辺りには無数の大きなクレーターが出来ている…。特大の物一つを含めて…。
―…まさかあんな人間がいるなんてな…。
 少なくとも魔物では無いようだが…やはり人間とも思えない…。ある意味では魔物よりも性質が悪い…。彼には間違いなくそう思えた。それこそ出で立ちから何まで…。
「悪いなカリュー……オレも…少し休ませてもらう…。」
 幾つかの薬草を飲み、ホレスは甲板に置いてある長椅子に横たわった。