孤島の王国 第三話

「おお、エジンベアや!」
「…遂に来たか…。」
 一ヶ月の航海の末、一行は孤島の王国…エジンベアへと行き着いた。
「うん…。長かったね…。」
 レフィルは遠くからでも見える大きな宮殿を見てホッと息をついた。暗中模索にも近い航海の旅がようやく実を結んだ事に安心したのだろう。
「とりあえず…この航海で食べ物が底を尽きましたね。城下町で補給しましょう。」
「ですな。」
 
 島国…ロマリアのある大陸の北西に位置する王国エジンベア。伝説と化した人物の子孫…由緒正しき家柄の王族が治める島国であった。ポルトガと同じく造船技術は進んでいるようだが…他の国との国交はそれ程進んではいない様だ。

「おや、見ない顔だねぇ。何処から来たんだい?」
「ダーマから。」
「ダーマ!?…こりゃまた遠いところから…確かあそこは田舎と聞いたけどねぇ…。」
「はっは、否定できませんな。」
 特に気を悪くした様子も無く、ニージスは笑って地元の人間と談話に入っていた。
「…そりゃあ…ダーマは田舎やろうけど…何だってサマンオサまで田舎って言うね!?」
 カリューは不満そうにホレスに捲くし立てた。
「しょうがないだろう。ここの奴らはそう言う連中と思って諦めるんだな。」
「…あ…アリアハンが…田舎…。」
 レフィルは力無くそう呟きつつうな垂れていた。
―…落ち込んでいるな…二人とも。
 ホレスはそんな女二人の様子を見て、そう思っていた…

―おい、そこのガキ!!何してんだ!?
―……。
―これから近くの村の馬鹿共が攻めて来るって時にてめぇは何遊んでやがる!!
―………。
―…黙ってねぇで、柵立てんのでも手伝いやがれ!この穀潰しってだけのクズが!!

「…ッ!!」
 突然ホレスは頭を抱えて地面に崩れた。
「ホレス…!!」
 すぐさまレフィルが駆け寄り倒れる前に体を支えた。
「ホレス…大丈夫!?」
「…心配するな……。下らない事が頭を過ぎっただけだ…。」
「…で…でも……!」
 不安そうな目で見つめるレフィルの肩から腕を離し、ホレスはふらふらと立ち上がった。
「問題ない…。行くぞ。」
 彼はそう言うと、城下町の奥へと進んでいった。
「ホレス……。」
―…でも、一体何が……?
 彼が一度倒れたのは何故なのか…その事が暫く彼女の頭から離れなかった。 
 
「…さて、ここエジンベアには最近…とは言っても戦争が各地で勃発していた時…つまりは20年程前になりますか。」 
 宿屋の一室に集まり、ニージスの話に聞き入る一行。賢者たる彼がもたらす知識はまさに歩く歴史書…いや歩く百科事典ともいうべき所以に相応しい程の物であった。

 もともとこの国エジンベアは探検家の国と言うべき場所でした。探検家達が海を越えて…その成果を元に当時の世界地図を作り上げたと言われております。その地図は今もこの国規定の物となっているようです。同時に訪れた地域の物を色々持ち帰り、この国の繁栄に色を添えたのです。例えばこのビン…実はこれってテドンの技術なんですよ。他にも人工の爆弾石や斑蜘蛛糸、そしてそれらを利用した強力な武器なども作り、世界の強国の一つにまで名を連ねました。

「…強国と言えば、アリアハンも嘗てはそうだったと有ったが。」
「ですな。そもそもアリアハンは世界中を治めていたと言う位の勢力でしたからな。」

 アリアハン…今では強国でこそ有っても小さな大陸にある国家でしかなく、嘗てこの世界をも治めたと言わしめる国の面影は何処にも無い。大アリアハンから分かれた中でもエジンベアは最も強大な勢力の一つであり、同じく海に面するポルトガを圧倒しておりました。魔物が現れ始めた最近だからこそ、そのポルトガが胡椒貿易が出来るまでにこの国の動向は落ち着いておりますが、その気になれば小国の一つや二つなど直ぐに滅ぼせる圧倒的な戦力を持っているのは確かです。…だが、強大な力を持っているにも関わらずこの国が近くの国であるにも関わらず…アリアハンを脅かさなかった…何故攻め入らなかったのか。…それは、余りに固執的な観念しか持ち合わせていなかったからでした。

「宗教…」
「へ?そうなん?」
「ほぅ、良くご存知で…。随分と歴史については勉強なさっている様ですな。」
 レフィルはニージスに褒められて少しはにかんだ笑いを見せた。
―…勉強の事で褒められるなんて思わなかったな…。
「伝説と化した人々が編み出した人を統べる術…所詮はその程度の物なのでしょう。」
「…聖職者であるあんたがそう言って良いものなのか…?」
「はっは。大神官様にはオフレコって事で。」
「……そうか。」
 ダーマの賢者がこの様な不謹慎な発言をしたのを公に知られれば…いや、それ以前にあの大神官にその事が行き渡ってしまったら…タダで済むとは思えない…。
「さて…宗教が何故この国の動きを止めるに至ったのか…。それは世界観と言うものにあります。」
「…この世界は丸い、と言う事か?」
「おぉうっ!?結論を先に言っちゃいかんでしょうが!!」
 ホレスが話の腰を折ったのに対し、ニージスは大仰に仰け反った。
「…まぁ、間違いでは無いでしょう。それで、レフィルとカリューはどうお考えで?」
 話を振られて、彼女らはそれぞれこう答えた。
「繋がってますね…。それで世界が丸いって…」
「へ?真っ平らな世界くとちゃうの?サマンオサの神父のボケはそう言ってたで?」
「ボケって…でも一般的にはそう教わりますな。」

 世界に広められた宗教…その多くは独自の世界観を持っています。このエジンベア等で普及している宗教…性格には宗派と言うべきですかな。それは特に厳格な規律がありましてな、半ば…いや、殆ど強要に近い形でその観念を押し付けてしまうのです。更には規則そのものにさえ逆らえないから性質が悪い…。…ああ、その世界観とやらですが…カリューが仰った真っ平らな世界と言うものでした。そして、世界の果てにあるのは巨大な怪物であると…。それを恐れた為に、行く先はおのずと限られていたと言う事ですな。

「ふぅん、世界の果てにおるのは怪物やて?…おもろそうな話やないか。」
「事実、北の海へ向かって帰って来れた者はいないという話です。…恐らくはテンタクルスやクラーゴンの群れにでも当たったのでしょう。あの辺りでは魔王が降臨する前からそういった生き物が沢山生息していたようですからな。」
「クラーゴンやて?そういや最近じゃ…んな大物の話は聞かんなぁ。…やっぱ魔王バラモスが台頭してから全部おかしくなったっちゅう事か?」
「……。」
 しかし、彼は何も言わなかった。
「ニージス?どないした?」
「…おっと、いけませんな。話を続けなければ。」
「……??」
 沈黙の時の間…ニージスが何を思っていたのだろうか…。

 それで、北への進行は断念して探険家達は東西へと進んでいく事になったのです。その過程で手に入れた数々の宝が今も王宮の中に安置されていて…今回我々が目当てとする物も…中でもスーの村にある渇きの壷…既に失われたと聞いておりますが或いはここに…。

「成る程な。…確かにそうかもしれないが、相手は王族か…。そう簡単に譲ってくれるものか…。それに、中身その物さえ見せてくれないかもしれないな…。」
 世界の大半の宝が集まっていたとしても何ら不思議ではないのは話を聞いて分かったが、ホレスには事が簡単に進むとは思えなかったようだ。
「はっは、そこは私におまかせを。まぁ…問題は別のところにあるのですがね。」
「…何?」
「それは私に手に負える物では無いので…君達にも頑張っていただきましょー。」
「……待て、それは一体…っていない!?…何処行った!?」
 ホレスの言葉はニージスに届かなかった。

 翌朝、レフィル達はエジンベアの城の前まで来た。
「ここは由緒正しきエジンベアの城だ!田舎者は帰れ!!」
 目の前には屈強な門番が長槍を手に行く手を阻んでいた。
「……。」
―城の中にさえ入れないじゃないか。
 まっとうな手段ではまず入れるものではない。仮に強行突破をしたとしても、中にいる衛兵に捕まってしまうのがオチだ。
「さて、どうしたものか…。」
「ここは私にお任せを。レフィル、私の手を。」
「え…?」
 言われるままにレフィルはニージスの手をとった。
「レムオル」
 次の瞬間、彼女もろともニージスの姿が消えた。
「…おとりか。」
『そういう事ですな。』
 カリューがそう言うと、どこからかニージスの声が聞こえてきた。
「分かった、任せておけ。」
―…あの呪文か。
 レムオル…レフィル一行と初めて会った時にも使っていた透化呪文であった。姿を消して周りから視覚で認識できなくしてしまう高度な呪文である。

「むむ…、またお前たちか…!だから帰れと言っている!」
「…どうあっても…か?」
 ホレスはカリューと共に再び門番の前へ姿を現した。
「…そうだ。ここを通したと知れれば…自分の命も危ういからな…!!」
 文字通り必死の思いでここの門を死守しているようだ。
―…これは済まない事をしたな。だが…オレ達も命がけで旅をしてきたんだ。後に引くわけにはいかない。
「何故だ…。何故オレ達を追い返す…?田舎者とやらだからか…?」
「……そうでないにしても…素性の知れぬ者は通すわけにはいかない…と言うより…本当に命に関わるんだ…!!」
「……!?」
 鬼気迫る厳つい顔つきから、血の気が引いた…そのような表情となった門番を見て、ホレスは思わず身震いした。そして…何処か心当たりがあるような気がした。
「…ま…待て!それってまさか…」
「言うな!!さ…さっさと帰……ッ!?」
 口論するホレスと門番だったが、何かを感じ取り共に一瞬止まった。
―感づかれたか!?
「そこだぁっ!!」
「させるかっ!!」
ギィンッ!!
 門番の持つ槍とホレスの刃のブーメランが激しくぶつかった。
「…どけぇっ!!俺は侵入者を許すわけにはいかないんだ!!」
「…くっ!!」
―強い…!!
 まさしくロマリアで戦った兵士とは路傍の石と磨き上げられた宝石の違いだった。侵入者の気配に感づく辺り、見張り役としては一流の部類に入るのは間違いない。
「おおおっ!!」
 門番が手にした槍を鋭く突き刺してきた。
「せぇいやっ!!」
 しかし、そこでカリューの掛け声が割り込んだ。
どごぉっ!!
「…新手か…!!」
 門番の目に、黒装束の青年と赤い鎧に身を包んだ戦槌を持った女戦士の姿が映った。
「通せぇっ!!」
「そないに簡単に通すかい!!」
 ホレスとカリュー…そして門番は激しく打ち合い、互角の戦いを演じた。
「なんだなんだ!?」
 騒ぎに乗じて城の中から応援が来た。
「…まずいっ!!引き上げだ!!」
「せやなっ!ほな…」
 ホレスの言葉に応じて、カリューはキメラの翼を取り出した。
「イヤ…もう遅い……終わりだ……すべて終わりだぁあああああっ!!」
「「何…!?」」
 門番の叫びを聞き、彼らはその方向を見た。門番が見ている方向は空の彼方…
ドカーンッ!!
「がああああああっ!!!」
 門番は爆発に巻き込まれて断末魔を上げた。
「ウワーハッハッハッハーッ!!今度は不法侵入かァッ!!相変わらずええ根性しとるのぉッ!!」
 地面に転がりぴくぴくと痙攣している黒コゲの門番を一瞥したのち、野太い声がする方を見た…!!
「…な…!!!?」
「でぇええええっ!?」
 空を見上げると…太陽を背にしているためよく分からないが…そのシルエットは間違いなく…
―と…飛んでるーッ!?

「…悪夢。」
 開拓地の宿舎…メリッサとの相部屋で、ムーは一人そう呟いていた。彼女の目の前にはメリッサの水晶玉があった。
「そうねぇ…。」
 メリッサもまた、水晶球が映し出す悪夢さながらの光景に苦笑する他無かった。

『…い…今の爆発音って……』
『ふむ…余計な邪魔が入ったようですな。…さてはて…どうなる事か。』
 城の地下室…魔法の鍵で開かない宝物庫の仕掛けを次々と解き、ニージスは宝を物色していた。
『…ほほぅ、これは…何故このような所に…。』
『え…?』
 レフィルはニージスが取り出した物に目を向けた。
『あ……!!』
 彼は…黒い何かをその手に持っている…その正体を知ったレフィルは透化の呪文の影で激しく動揺していた。
『…レフィル?どうしました?』
 互いにどうなっているのかが見えないレムオルの呪文の術下にあるので表情は見て取れない…。
『……え…あ…あの…』
『ほう、コレが欲しいと…』
『え…で…ですから……!!』
『まぁここにあるよりはまだ使いようはあるでしょう。』
―つ…使いようって……!?…それ…ガーター…
 ご丁寧にお揃いの下着も同伴で安置されていた。
―…ほ……本当にここって…宝物庫なの…!?
 今の状況にうろたえながら、レフィルは近い将来に言い様の無い不安を抱えていた。

しゅごおおおおおおっ
「ぎょええええええっ!!?」
 カリューはバクサンの放った巨大な炎に巻き込まれてその上昇気流によって上空までカチ上げられた。
「ぬっはあっ!!」
バシィッ!!
「あぎゃああああああっ!!!!」
どおおおぉんッ!!
「ウワーハッハッハッハー!!!これまで耐えたかァッ!!伊達に女戦士やっとらん様じゃのォッ!!」
 上空から賞賛の言葉が掛かった…が、返事は無かった。
「…カリューを一回の連撃だけで……。」
 ホレスは上空にいる大男の実力を再び目の当たりにして…思わずそう呟いていた。
―仕方ない…もう一回キメラの翼で…
「ムムゥッ!!ホレス坊!!場所を変えようと言うのかぁ!!それはええ心がけよのォッ!!」
―…誰があんたと戦うか!
 心中で毒づきながら、ホレスはカリューの肩をとり、キメラの翼を投げた。直後、フワッと体が浮き上がりエジンベアの王城から急速に離れていった。

「…大丈夫か?」
 船を停泊してある岬まで、ホレス達は飛んだ。
「息はある…よな。」
 髪は焼け縮れ、自慢の兜他の防具はすっかり炎と張り手でボロボロになっていた。
「とりあえず…あんたの部屋まで運んで…応急処置だけでもさせてもらうぞ。」
 ホレスはカリューの体を抱えて彼女の船室まで運んだ。

「ウワーハッハッハッハーッ!!!斯様な船まで持っておったかぁ!!コレはええ性能しとるのォッ!!」

「!?」
 外からあの恐怖を振りまく楽天親父の声が聞こえてきた。間違いなくホレスでなくても聞き取れる大音声だった。
「う…う〜ん……。」
 気絶していても聞き取れてしまうのだろうか…高笑いを聞いた途端、カリューは脂汗をかきながらうなされ始めた。
―…もう追いついて……まさか…ニージス…あんた……コレを見越して…
 しかし…考えたところで…船を破壊されたらたまらない。ホレスはそれ以上何も考えずに外へ飛び出した。

「有り得ない…。」
 空を見上げてのホレスの第一声はそれだった。
「ウワーハッハッハッハー!!一人で来ようたぁ殊勝な心掛けじゃのォッ!!」
 上空からの声の主…バクサン…その余りに奇怪な空の飛び方に…彼は思考が付いていかなかった。
―…今度は凧…何で浮いていられるんだ…??
「レフィル嬢は元気かぁ!?お主に好意を寄せとる女子の事じゃ、無茶はさせとらんじゃろうなァッ!!?」
「……ああ。」
「そうかそうかァッ!!!ウワーハッハッハッハーッ!!!」
 話を切ると同時に、高笑いしながらガンガン攻撃を仕掛けてきた…!!
―…一体何処をどうしたらこんな化け物が生まれるんだ…!!
 呪文も身体能力も…果てには趣向も人間のそれからかけ離れている…。一応外見には人間の物が残っているが…。
ドカーンッ!!
「くっ…!!」
 ホレスはイオナズンの直撃を辛うじて避けたが…それでも凄まじい衝撃が彼を襲った…!