拓かれし道 第八話
「ミーティア…ううん…らしくねぇ……」
「………。」
 部屋の真ん中で腕を組み、あぐらをかきながらカンダタは先程から色々とぶつぶつと呟いていた。背中には少女が張り付く様にじゃれている。
「…あ?何だよ、今名前考えてんだからあっちいってろ。」
「…誰の?」
「そりゃあ…お前の名前に決まってんだろ?」
「……。」
ぎゅうううう
 一時はじゃれつくのをやめていたが、興味を失ったのかおもむろに仮面を引っ張り始めた。
「こ…コラ…!引っ張んなって…!!…ファーラ…ってのも何か合わねぇなぁ……。」
「………。」
 名付ける事が此処まで悩む物だとは思わなかったらしく、カンダタはいつしか少女がくっついているのを忘れて無我夢中に考え込んだ……。

「…親分?」
「……ん?」
 ふと、自分の顔を覗き込んでいる者に気付いた。片方は子分の中年男、もう片方は無表情の赤毛の少女だった。
「……む〜…?」
「いやぁ、この娘が突然我々の元に駆け寄ってきて……。」
 どうやら名前を決めている間に軽くまどろんでいたらしい。
「…まぁ取り越し苦労で良かったですよ。」
「ああ、悪いなアラン。」
 アランの肩をポンと叩き、カンダタはよっこらせっと起き上がった。
「……しかし、よっぽど好きなんですね。」
「…あ?」
「親分は一生懸命この娘の名前を考えて…、この娘は無意識に我らに知らせに来たくらいですから…。」
 まだ回りが良く見えていない中で知らせに入った少女も、娘ができたように名前を考え込むカンダタを見てアランはそう言った。
「…ああ、成る程な……。」
「それで…名前…決まったんですか?」
「…そうだなぁ…マギってのはどうだ?魔法使いだからそれで…。」
「…う〜ん…私はあまり勧めませんけどね…もっとシンプルに名前をつけるのはいかがかと…。」
「…そ…そうか?…じゃあ…ミランダ…とか…いや、これも駄目か…。」
「マリアってのは…?」
「…じゃねえな…。」
 延々と続くカンダタとアランの会話を聞いている内に、少女はさりげなく瞼が重くなってくるのを感じた。
「じゃあ…」
「……む〜……。」
「ってのは…。」
「ムー?…おっ、なんかピッタリじゃねぇか?」
「ムー?…ハッ…!確かに……。」
「??」
「なぁ、お前はどう思うよ、この名前。」
 カンダタは少女に向き直り尋ねた。
「……?…名前、付けてくれるの?」
「…おま……さっきからそう言ってるだろ……。もう忘れちまったのか…?」
 カンダタがそう言うと、少女は自分の髪を掴んで…
「ニワトリ…?」
 と呟いた。
「…ワケわかんねぇ……。」
―ま……パニックになられないだけマシなんだがな…。
 記憶喪失の人間には世話する側にも分からない事だらけである。かなりひどい物になると、自覚の無いフラッシュバックに襲われて暴れ出したりする事もあると聞いている。
「んで、どうよ?」
 気を取り直して、カンダタが改めて訊いた。
「……いい。」
 ポツリとそう呟き、彼女はこくこくと頷いた。
「…そうか。じゃあ、今日からお前の名前はムーだ!」
 カンダタは少女、ムーの腰を掴み、生まれたばかりの赤ん坊を掲げるが如く、高く抱え上げた。

「おおぃっ!!皆聞けぇ!!」
 その日の夕方、カンダタは塔中に聞こえる大音声で子分達を集めた。広間に次々と荒くれ者達が集まってくる。
「お呼びで?親分!」
 ざわめく彼らの前に、カンダタとアラン、そして…あの赤い髪の少女が現れた。
「今日からコイツが新しく兄弟に加わる事になった!!仲良くしてやんな!!」
 カンダタはそう叫んでムーを前に出させた。
「ホレ、軽く自己紹介。」
「…わかった。」
 ムーは大勢の男達を前にしても気後れした様子も無く、真っ直ぐに彼らを見た。
「私はムー。…よろしく。」
「「「「……。」」」」
 彼女の言葉に、皆は一時沈黙した。
「……。」
 彼女自身もまたそれっきり黙り込んだ。そして…
「「「「それだけかよッ!!?」」」」
 男達から容赦の無いツッコミが入れられた。
「そうとしか言い様がないもの。」
 異口同音に言葉を揃える彼らに、ムーはぴしゃりとそう言い切った。
「…おい……いくらなんでも…」
「だよなぁ……もっと知りてぇよなぁ……。」
 記憶喪失の彼女からこれ以上の事を知るのは実際困難だったが、何故か引き下がれない思いが皆にあった。
「…じゃ…じゃあ、ムー。好きな事は…?」
 子分の一人が思い切って彼女に質問をした。
「…特に無い。」
「んな事言わないで…何でもいいからさぁ…」
「…よく食べてよく寝る。…それだけ。」
 実に平凡な答えであったが…それを呼び水として、色々な質問が次々と彼女に向けられた。
「すりーさい…げふぅ……!」
「ああ、コイツの言う事は気にすんな。…じゃ、次。」
 カンダタが拳骨で不埒な事を言う輩を撃沈させたのを見て、一同は一瞬震え上がった。
「…じゃあ…ムーの職業は?」
 その質問を聞いて、カンダタは一つの言葉を思い浮かべた。
―…魔法使い…だろうな。コイツがどう思ってるのかは知らねぇけど。
「魔法使い」
 あの時、ムーを助けた場所に呪文の跡があったのを見て、カンダタは既にその事を確信していた。もちろん、このような女の子が呪文も無しに魔物を相手に出来ないと思っていた事の方が大きいのだが…。

「…た…大変だ!親分!!アランのアニキが!!」
「な…何だとぉっ!?」
 回復呪文を得意とするカンダタ盗賊団の医者のような存在のアランが負傷したと聞き、カンダタは大慌てで彼の元へと走った。
「…ひ…ひでぇやられようだな…。」
 呪文の詠唱が間に合わず、止むを得ないとして自らの危険を顧みずに弟分達を守ったとの事だった。しかし、彼らもまた新手の魔物に襲われて瀕死の重傷を負ってしまい、必死の思いでキメラの翼を投げて、逃げ帰ってきたのだ。
「どうする…?俺一人で治しきれるか…?おい!ありったけの薬草使って全員で治療に当たれ!」
「し…しかし…!薬草の数が…!」
「あ……!そういや…この前の魔物大発生の時に使っちまったのか…!仕方ねえ…!キメラの翼使っても良い!!ありったけの金使って薬草調達してこい!」
「へ…へいっ!!」
 子分に指示を出すと、カンダタは傷ついた者の一人に掌を当てて回復呪文を詠唱した。
「ベホイミ!」
 
「……。」
 ムーはその様子を後ろからじっと眺めていた。カンダタはいつに無く必死に動いて子分に回復呪文を唱え続けている…。既に何十回も唱えており、彼の疲労が目に見えて分かった。
「無茶はだめ。」
「…違ぇよ…!ここが無理のしどころって奴なんだよっ!」
 仲間…と言うより寧ろ家族意識が強いためか、家族の為ならばその身も惜しまぬと言ったところだろうか。
「う……うう……!」
 ムーは傷ついた者達の様子を見た。切り傷に火傷に凍傷…よほど多くの魔物と遭遇したのだろうか…。
「だが…俺だけじゃ全員治しきれねえ…!お前も薬草使って治療に当たってくれ!」
 頼むような口調で告げたのを見て、本当に切羽詰っている様子が見て取れた。
「……。」
 ムーは黙って負傷者の近くに寄り、その者の容態を調べ始めた。
「…くそ…せめてこんな時にベホイミ使える奴がもう一人くらいいれば…。アランだけでも無事だったなら…。」
 カンダタもまた彼の顔を覗き込みつつ舌打ちした。
「……る。」
「…何?」
 ムーが何かをぼそっと呟いたのを聞き取れず、カンダタは怪訝な顔をして彼女を見た。
「ベホイミ」
 彼女の杖の先から癒しの光が降り注ぎ、苦痛に喘ぐ者を包み込んだ。
「…お…お前…」
「私がやる。親分は休んでて。」
「……あ…ああ。」
 
 数週間後……
「くぉら!!ムー、てめえ…!!またやりやがったな!!」
「…ははは。またなんかしでかしたな、ムーの奴。」
 ムーはいきり立つカンダタから逃げ回っていた。正に大盗賊に追いかけられる少女…といった光景だった。
「今日という今日は許さねぇぞ!!きっちり絞ってやる!!」
「ヤダ」
 自慢の得物まで持ち出しての容赦無い追撃を軽やかにかわしながら、ムーはシャンパーニの塔を駆け巡った。
「…一体何が?」
「へぇ…実は…。」
 二人の治療の甲斐あって、すっかり全快したアランが尋ねると、子分の一人が塔の最上階を指差して説明した。
「ああ、親分の部屋に落とし穴を仕掛けたのか…。」
「…ムーの奴がドアをノックして、親分が近づいたところで作動したらしくて…。」
「成る程…。…やるな…。」
「この前はあのルーさんまで引っ掛けたって話ッス。」
「ああ、そんな話もあったか…。」
 結局…この鬼ごっこは、別のトラップがカンダタを捉えた事で収まった。

―…ま、アイツのお陰で…魔物でのケガは減ったんだけどよ…時々人をバカにしたようなトラップまで作りやがるのはな…。
 図らずも、こうしてムーは盗賊団にある意味無くてはならない存在となり得たのだった。
―そんでもって…ドラゴンにまで変身するって……何だかメチャクチャな奴だったな…。
 初めてドラゴンに変身したのは一年程前のロマリア騎士団の強襲の時だった。この時には既にルーやアラン等の呪文に長けた者が殆どいなかったので、ムーが必然的に前線に出て迎え撃っていた。その時に初めてドラゴラムを唱えて一人残らずその圧倒的な力で叩き伏せたのだった。
―…そんな奴だからほっとけねぇんだろうな…。
 仕事を終えて、開拓者と共に休息を取りながら、カンダタは漠然とそう思っていた
バサッバサッ
『……。』
「よぉ、お疲れさん。」
『…好きでやってるだけ。』
 空から舞い降りてくる影に、カンダタは労いの言葉をかけた。そして、それが持っている物に目を向けた。
「……ほぉ、また獲ってきたのか。おっ、マッドオックスじゃねぇか。…そういやコイツのレバー焼きって美味かったっけな。」
『少なくとも、デッドペッカーよりはおいしい。』
「…喰った事ねえよ…あんな頭と足だけって気味悪ぃヤツなんて…。」
 金色のドラゴンが獲ってきた獲物を物色しながらカンダタは嘆息した。
「…しっかしまぁ…一応成長したな、お前も。」
『…大して強くなってない。』
「違ぇよ。…確かに育て方は間違っちまったけど、ま…上手い事やってけそうじゃねぇか。」
『?』
「…やっぱ嬢ちゃんやホレスに大切なモン教わったとかそう言った所か?」
『何も教わってない、多分…。でも、ホレスと一緒にいる時は悪くない。』
 何処か似たような所があるからであろうか…。彼女の口ぶりから大分入れ込んでいる事が読み取れた。
「…そうかい。…ま、頑張りな。」
『何を?』
「……ま、いずれわかるだろうぜ。またあいつに会えたらな。」
『……む〜…。』
 カンダタの意味深な言葉に、ムーは首を傾げた。
「…ところでよ、街づくりっていつまでやるつもりだ?」
『飽きるまで。』
「…お前らしいな…。まぁ暇つぶしには丁度いいだろうからとことん付き合ってやるよ。」
 カンダタは金色の鱗に覆われたムーの頭を撫でてやった。
『ありがとう。』
 目を細めて嬉しそうに鳴き声を上げながら、ムーはそう返した。