拓かれし道 第七話
「……ッ!!」
 魔物達が集まってくるのを見て、赤い髪の少女は肩を竦めた。
「…ベギラマ」
 体のあちこちに痣が出来ていて、息も上がっている…。他人目から見ると、既にいつ倒れてもおかしくない状態に見えた。
グサッ!!
「………!!」
 空飛ぶ蜂の魔物の針が彼女の脇腹に突き刺さった。
「…ぐ……メラミ…!」
 火球が魔物を吹き飛ばして彼女の体から離して、そのまま消し炭へと化した。
カサカサカサッ!!
「…軍隊蟹…!」
 赤い甲殻を持つ蟹の群れ…軍隊蟹を虚ろな瞳で見つめ、腰から唯一の武器…木製の短い護身用の警棒を引き抜いた。
「……バイキルト…!!」
 なけなしの魔力を引き出して、少女は攻撃力増大の呪文を武器に伝わらせた。
ガッ!!
「……。」
 しかし、その一撃も…蟹の甲殻に罅を入れたに過ぎず、空いたハサミで襲われた。
「…ッ!!!!」
 僅かに腕を掠めてそこからささやかに血を流した。
「…イオ!」
ドドド…!
 小さい爆発が巻き起こり、蟹の群れを空高く巻き上げた。ひっくり返って身動きが取れない彼等にすかさず駆け寄って、殻の薄い部分を砕いて止めを刺していった。
「とど…」
「ボミオス」
「!!!」
 しかし、最後の一匹を倒すといったところで、新手の魔物の呪文が彼女の動きを止めた。
「……ピオ…」
ガブゥッ!!
「……ぁ……!!!」
 腹部を狼型の魔物に噛み砕かれ、少女の口から鮮血が大量に吐き出された。
ウォォォォンッ!!!
 崩れる彼女から牙を剥がし、生ける屍と化した狼は遠吠えを上げた。ぞろぞろと彼の同類が現れた。
「…………。」
 腹から流れる大量の血の流れを感じながら、少女は恐れるべき死の一時を苦痛の中で待った。

「ニフラム!!」

 しかし、その時は訪れず、代わりに中年の男が唱えた浄化の呪文が聞こえてきた。
「まぁだ残ってやがる!!…てめぇなんかこうだっ!!」
ドオオオオオオオン!!
 大地を揺るがす一撃がもたらす余波が、少女の顔にも伝わり、パサパサの前髪を僅かに揺らした。
「こ…木っ端微塵に…流石は親分…。」
「バカヤロウが!!んなこと言ってる場合か!?」
「は…スイマセン!!親分!!」
 彼等が慌しく話すのが聞こえたのを最後に、少女は意識を手放した。

「……おい、アラン。一応俺のベホイミは施したけどよ、どうだ?」
「…これは……いけませんね。教会で処置をしてもらわないと…。」
 落ち着いた様子ながら、少し焦った口調でアランは容態を説明した。
「…とまぁ…見た感じの傷はこのような物です。」
 カザーブの村へと運びこまれていく少女を見やりながら、カンダタはアランの言葉を黙って聞いていた。
「……。」
「…どうしましたか?親分?」
「……ってんだ…。」
「…?」
「何やってんだよ…!!村の連中は…!!!」
 カンダタは怒りに身を震わせて、覆面の下で歯軋りした。
「…こんな子供外に置いて…自分達は知らん顔だと……?…何やってんだ……てめぇら…!!」
 そう言うと、彼は村の方へとずかずかと入って行った。
「あ!親分!!」
 アランは止めようと声をかけたが、敢えて追うような事はしなかった。
「……私だって信じられませんよ…。」
 カザーブ伝統の穀物料理が散らばっているのを見て、彼はそう呟いた。

「…で…ですから…突然…」
「ふざけんなぁっ!!!」
ガッ!!
「ぐあっ…!?」
ガシャーン!!
 筋骨隆々の巨漢が、精悍な顔を怒りに歪ませつつ初老の男性を殴り倒した勢いで、傍にあった花瓶が床に落ちて割れた。
「何であんな状態で村から出した!?」
「い…いえ…でもカイルさん…我々じゃあ面倒見切れないんで…」
ぱぁん!!
「げふっ!!」
 刈り上げた短い茶髪の青年は最後まで聞かずに男の頬を張った。
「じゃあ何か!?あんな怪我してんのに外に出したってのかよ!?」
「…ま…魔物が化けているかも知れないじゃないですか…!」
「そうやって逃げんのも大概にしろよ…!!…魔物一匹が何だ…!!そうやって出てきたら皆で追っ払えば良いだけの話じゃねえか!!」
 カイルはその後、散々に村の全員を集めて最低一発ずつの拳骨をお見舞いした。
「……もう良い!!この娘は俺が拾う!…てめぇらはいつまでも勝手にウジウジしてろ!!」
 それを最後に、カイルは少女を抱きかかえて教会を後にした。
「……む?如何なさった?」
 浅黒の肌を持つ黒髪の青年がすれ違いに中に入ってきた。
「…ふむ、あの方らしいな…。拙者もあの漢気を見習わなければな。」
 教会の席で頭を抱えて伏せている者達を見て、青年は納得したように頷いた。

「お…親分!!」 
 茶髪のあちこち突き出た頭の筋骨隆々の男…カイルを村の外の荒くれ者達が出迎えた。
「…ああ。」
 駆け寄ってきた子分の目を見て、カイル…カンダタは軽く返答した。その目には既に村人達に向けた爛々とした怒りの光は無かった。
「随分と揉めていたみたいっすね…。」
「当然だ。女の子一人迎えられないなんてな。国の圧力が何だってんだ。」
 おそらくは、得体の知れない者を住まわせる事で、国から目をつけられたく無かったのだろう。姿がいかにも魔女といった風貌なので、致し方ないとも言えるのだろうが…。
「でもまぁ、俺らの子分に?」
「…そうするしかねぇんだ。あんなトコにいたらいつ死んじまうか分かったモンじゃねぇ。」
「さっすが親分。心が広い!」
 カンダタはその言葉に苦笑した。…が、
「…は…はははは…そういや、今回の報酬ってどんくらいだ?」
「へぇ…大体5000ゴールド位ですかね。」
「……ひぃふぅみぃ……、うげ…!!これだと一ヶ月もたねぇぞ…!!」
 金銭の問題にカンダタは頭を抱えた。
「…ウチも余裕無かったんじゃないッスかぁ!!!」
 子分もまた頭を抱えて大声で喚いた。
「…め…面目ねぇ…。だが…言っちまったからにはメシ抜きにしてでもやるしかねぇな…!」
「…そっすね……。おっしゃあ!!もう何でも来いって感じッス!!」
「…そんにしても……どうしたもんかね…。女なんて養った事ねぇだろ、お前ら。」
「あ…そういやルーの奴は女房に逃げられたって言ってた気がしましたよ。」
「…女房……ね。」
 カンダタはその言葉を聞くと、どこか遠い目をしてシャンパーニの塔を見た。
「お…親分……?」
「…何でもねぇよ。…じゃあ帰ろうぜ。」
「へ…へぇ……。」
「んな辛気くせぇ顔すんなって。新しい兄弟が出来たんだからよぉ!もっとこう明るく…なっ?」
「そ…そうっすね。」
 シャンパーニの塔の方角に落ちていく夕焼けが、巨漢の胸に抱かれた少女の白い顔を紅く彩った。

「……?」
 翌日、少女は真っ白なシーツがかけられたふかふかの布団の上で目覚めた。
「………??」
 状況が飲み込めていないのか、彼女は首をひたすら傾げた。
「……フローミ」
 何処か懐かしい響きの言葉が自然に口から漏れた。…同時に頭の中に色々な情報が駆け巡る…。
―ここはシャンパーニの塔の……の部屋のようだ。
「…誰の…?」
 不思議な現象よりも、僅かに聞き取れなかった言葉が気になった。
「……む〜?」
 十分な時間思案に耽ったが、何も思い当たらず…彼女はドアを見つけると、そこから部屋の外に出た。

「……おっ、目が覚めたみたいだな。」
「へえ…結構可愛いじゃねぇか…。」
 何人かの男が出迎えて来たが…少女は彼らを無視して先へ進んでいった。
「…なんだいアイツ…。」
「多分照れてんだよ。…あんま苛めちゃマズイだろ。」
「いや…反応の一つくらい返すだろ、あの場は。」
 話しかけられても僅かに悲鳴を上げる事はおろか、まるで気付いていないかの如く通り過ぎていった…余りに素っ気無い様に、男はがっくりとうなだれた。

「よぉ、すっかり元気になったみてえだな。」
 彼女が塔をあちこち散策しているのをずっと見ていた一人の青年が後ろから声をかけてきた。
「……。」
 やはり反応が無いのを見て、青年は話を自ら切り出した。
「ああ、俺はルー。カンダタ盗賊団のブレインって奴さ。キミは?」
 少女はそこでようやく足を止めた。しかし…
「…………。」
 彼女は黙りこんで俯いてしまった。その様子にルーは焦った。
「あ…わ…わりぃ!!変な事訊いちまったか…!?」
「……分からないだけ。」
「え……?」
 自称しただけの明晰な思考を持つ彼にも、今の突発的な発言は理解できなかった。

「成る程な…。断片的なトコだけ残った記憶喪失ってワケか…。」
 塔の最上部にあるカンダタの部屋、そこに少女は連れて行かれた。
―…つーか全部忘れてるんじゃないか…?
 カンダタもルーも目の前の赤毛の少女の様子を暫く見ていて、その仕草から何までが確かに慣れない様子である事からそう思った。
「でもまぁ…メラミとか何か使ってましたから、あながちウソじゃないかと思われますよ。あと…ダーマから追放されたとか言ってましたし。」
「ダーマ?…何だってまたあんなトコから?」
「……む〜……?」
 話されている内容に、少女はただ首を傾げるだけだった。
「…ああ、あんまし気にすんな。…今はとりあえずある程度好転するまで落ち着かせるのが先か?」
「そうッスね。…でも親分、名前とかちゃんと付けてやった方がいいんじゃないですか?」
「そうだなぁ…。って俺が付けるのか?」
 ルーの言葉に、カンダタは目を丸くして彼を見つめた。