拓かれし道 第六話
「おらよっ!!」
 カンダタの斧が常人の胴の何倍もある大木を一撃で真っ二つにした。
「…すげぇ…!!やっぱ旦那は俺らの親分だぜ…。」
 あたかもカンダタ盗賊団の一員であるかのように、開拓者たちは彼の後ろに付いて行った。
「やっぱその新コスチュームが良いんですかね?」
「おおっ!!判るか!!これが俺様の晴れ着ってヤツさぁ!!」
「…何だかわかんねぇけど……すっげえかっちょええわ…。」
 赤マントと青タイツのコントラストが受けたらしい。たった一日しか経っていないにも関わらず、既に噂は村中に広がっていた。
「しっかし…何処で仕立てられたんスか?特にその胸にあるKの字はそこらの仕立て屋じゃあ作れないでしょう?」
「はっはっは!!そりゃあそうだろうぜ!俺様の手作りだからなあ!!」
 この衣装自体、カンダタお手製の物である事を聞かされると、場は更に盛り上った。
「お…親分直々に…!!それは凄ぇ…!」
「カイルのアニキー!!」
「どこまでも付いて行くぜー!!」
 カンダタ本人も気付いているかどうか判らない彼の持つカリスマ性が、大半の開拓者の心を捉え、熱狂の渦を形成していた。
―…あ〜…ホンット良い奴ばっかだぜ…。
 ホレスやマリウス…メリッサ…挙句の果てには子分達からも出で立ちの面では厳しい評価を貰い続けてきたカンダタにとって、この上ない喜びであった。
「…おお、アニキが泣いてる…!」
「おう……おめぇら…ありがとよぉ…!!おっしゃあ、行くぜぇ野郎どもぉ!!」
「「「「オゥッ!!」」」」
 その後、カンダタ達は凄まじいスピードで作業を進めていき、メリッサの書き上げた指示書の半分の作業を終わらせてしまった。
「…すっごくしんどい事やらせてくれるモンだなぁ…あの姐ちゃん……。」
「ん?…村長さんの事で…?」
「それもそうだが…ムーの姉ちゃんの方だよ…。姉妹そろって頭が良いってのはタチが悪いな…。」
 カンダタは適当に器材の上に腰掛けながら空を見上げた。
―……出会った時には夢にも思わなかったけどな…。

「大漁大漁。ぼったくりのインチキ商人って言うだけに、大層なモン持ってやがったぜ。」
「大漁…って、そんなへんちくりんな置物が売れるわけ無いじゃないッスか!!」
 アッサラームの街の一角で、緑色のマントとパンツを着用した筋骨隆々の男、カンダタが何人かいる男と共に戦利品を囲んでいた。
「ちょっと位くすねてもいいとは思うんですがねえ…」
「…あー、分かるぜその気持ち。単純に俺がそんなチマチマとした真似が嫌いなだけだから無理して我慢しなくてもいいぜ。」
「……い…いえ…親分が我慢してるのに自分らだけって訳にはいきませんや…。」
「ははは。まぁ、好きにしな。」
 カンダタはそう言うと、街の外へと一足先に出て行った。
「お疲れッス!!」
「じゃあ、俺らもすぐ出るぞ。ちゃんと準備出来てるだろうな?」
「へいっ!!」
 
「…一仕事終えたのは良いけど…行きも帰りも歩きって…どうにかなりませんかね…?」
「キメラの翼って高いんだよなぁ…。」
 子分達はぶつくさ言いながらもカンダタの後にしっかりと付いていた。
「…面目ねぇ…。」
「あ…いや…親分のせいじゃ……」
「思った以上に集まっちまったからなぁ…かといって独立できる奴なんかいねぇだろ…盗賊団からなんてよ…。」
 カンダタ盗賊団に一度所属した事がばれてしまっては、只では済まない。下手をすれば実質死刑以上の扱いを受ける事にもなりかねないし、盗賊団本体にも影を落とす事になる。
「…まぁ、あいつは見事に出て行きやがったけどな…。…今頃どうしてるかねぇ…。」
「バコタのアニキの事ですかい?」
「ああ。何でも…最後のカギっていう大層な代物を探してるって話だぜ。カギ作りの達人だったからな、あいつ。」
「……そうっスね。」
 帰りの道中に子分達と色々な話で盛り上っていた。その多くは辛くもあるが、家族同然の皆の思い出話であった。カンダタを長兄とした大家族ならぬ大兄弟といった具合の盗賊団は、夕方頃にロマリア方面まで至った。
「……。」
 しかし…入り口は兵士達の監視の目が行き届いていて迂闊に近寄れなかった。
「…親分〜…。」
「…ゴタゴタを起こすのも面倒だな…。おい、ルー、ジェイ。買出し頼むわ。メシは適当に材料取ってくりゃあいい。」
「「ウスッ!!」」
 怪しい出で立ちの男が皆で入っていったら間違いなく目立つ。カンダタ盗賊団を目の仇にしている大臣がいる位だ。見つかってしまって騎士団に囲まれてしまったら…カンダタならともかく、子分達は勝ち目が無い…。魔物との戦いで洗練された実力を持つ彼等でも。組織力を売りにしている騎士団相手に立ち回る術を持たないのだ。

「…ふぃ〜…喰った喰った…。さて、行こうぜ。」
 ロマリア北の平原でルーとジェイが買ってきた食材を元に作った軽い夕食を食べ終えた後、一行は北の山道へと入った。
「あそこに付くまでにはぐれんなよ。」
「「「へいっ!」」」
 誰かが唱えたレミーラの光を頼りに、カンダタは自ら先導し、先へ進んだ。
「……しっかし…一応儲かったのは良いんだが…そろそろ裏仕事でもやんなきゃダメか…?」
「親分?」
 悩みが独り言となって出てしまったその時、子分の一人…気の弱そうな男が彼の顔を覗き込んだ。
「何でもねぇよ、心配性だな、ジェイ。」
「ならいいんですが…。…あ、蝙蝠男が来ました。」
「…ああ、来たな。気付かなかったぜ。」
 すぐに戦闘体制に入るカンダタ。しかし…
「ベギラマ!」
 別の男の声と共に熱線が空からの襲撃者達を一閃し、焼き切った。
「ヒュウッ…やるじゃねえか。ルー。」
「いえいえ…。」
 その後も幾度かの魔物の襲撃にあったが、特に大きな怪我もなく、無事に目的地まで着いた。

「ホイミ」
 カンダタの掌から柔らかな光が迸り、負傷した子分達の傷を癒した。
「あざーっす!!」
「おう。…んで、他には?」
 灯明呪文レミーラの薄明かりがぼんやり光る洞穴の中で、カンダタ達は夜を過ごしていた。
「いえ、もう皆大丈夫です。」
「そうか。ご苦労だったな、アラン。」
「はい。」
 アランと呼ばれた男は盗賊団に似合わぬ優雅な動作で一礼した。
「流石は元僧侶だな。…あんた程の奴がどうして俺なんかの傘下にいるんだろうな…?」
「…いえ、特には…。貴方方に助けて頂いた事がきっかけでしょう。」
「…そりゃあそうかもな。こっちこそいつも世話になってるぜ。無理すんなよ。」
「お気遣い感謝します。」
「ルー…そろそろ明り消すぞぉ!」
「へいっ!」
 
―…ま、あいつが来る前は…何か平和じゃあったよな…。
 大八車を引きながら、カンダタは色々と思い出していた。
「嬢ちゃんにも色々話したっけなァ…。」
 人攫いの洞窟に突然現れた謎の闖入者によってボコボコにされた後、一度過去の思い出をレフィルに語った事を思い出した。その時の彼女の顔には何処かカンダタを思う心が滲み出ているような気がした。
「嬢ちゃんってどなたで?」
「ん…?オルテガの娘さんだよ。」
「へぇ!親分って勇者様と知り合いだったんで!!」
「いやぁ…流石親分!顔が広いッスねぇ!!」
 レフィルの事を話題に出したのをきっかけに、また開拓者達の間に盛り上がりが起こった。
「…んで、どんな方で?さぞや凄く美しい方なんでしょうねぇ…」
「バカ、あのゴリラみてぇな勇者様の娘さんだぜ?きっとすっげえおっかなくて…おめぇ何かの目に敵う筈がねぇだろ。」
「ちげぇねぇ。」
 陽気に笑っている者達を横目にカンダタは覆面の下で軽く失笑していた。
―これで勇者なんかとかけ離れたいい娘って聞いたらどう思うだろうな?
 何処か悲しげな表情ながらも全てを包み込むような優しさに満ちた顔立ちからは、とてもじゃないが勇者とは思えないだろう。
「はっはっは、美人なのは間違い無いぜ。せいぜい頑張んな!」
「ウスッ!!」
 カンダタは、気合のこもった返事を返す開拓者達を見て、本当に彼の盗賊団の面々みたいだと改めて思った。
「分かったら次はあそこだ!!とっとと済ませるぞ!!」
「「オオゥッ!!」」
 自分たちより明らかに若い者達が果敢に作業に取り組む姿を見守りながらも、カンダタはシャンパーニの塔で佇んでいる子分達の様子が気になっていた。
―…アランもバコタももういねぇから、怪我したらちとまずいかもな。たまには帰ってやるか。