拓かれし道 第四話
「…ややや…酷いやられ様ですね…。」
『ベホイミ』
「ベホマラー」
 ドラゴンと魔女が、負傷者達に回復呪文を唱えた。
「……よく山火事にならなかったよな…。」
『吹雪で消した。』
「あ〜…そうか。…成る程、便利だな…お前のドラゴラム。」
「しかし、メリッサちゃんも…凄い回復呪文だな、それ。」
「こっちの方が効率いいと思ったから。」
 ベホマラー…僧侶でも、より経験を積んだ者にしか発動出来ない上級回復呪文である。
「う…うう……。」
 一人…一際大柄な男が目を覚ました。
「気が付きましたか?」
「…む…………あ、ハン船長?…どうしたんです…?何で自分は…。」
「…いえ…あなた達の方こそ何があったのですか?そんなにボロボロになって…。」
 大柄な男…ハンの補佐役を問い詰めたが、彼は特に何もないと言い張るばかりで何も話してくれなかった。
「…しかし、倒れてたというなら…どなたが救ってくれたんですか?」
 ハンはドラゴンを指差した。しかし…いつも予想されるような展開にはならなかった。
「ああ…あなたが救ってくれたので……どうもありがとうございました。」
 男は神妙にムーに向かって頭を下げた。驚く様子一つも無く…。
『…もう平気?』
 反応に困ったのか…しかし、抑揚にその様子を見せずにムーは男に具合を尋ねた。
「はい、どうやら貴方達の助けが無ければ我々は危なかったようで…感謝しております…。」
『…そう。』
 ムーは金色の尻尾を僅かに動かした。…これが感情表現だと気付く者は誰も居ない…おそらくは彼女本人にも。
 そして…全員が目を覚まし…口々にお礼を言ってそれぞれの持ち場へと戻った。
「……変ですね…。」
『……。』
 彼らが去った後、ハンは思わず独り言を言った。ムーもそれに呼応するように頷いた。
『………人は外見に寄らない、でも…人は外見に現れる。』
「…あ?何言いたいんだよ、ムー?」
 意味深な言葉を紡いだムーにカンダタは首を傾げた。
「…ふふ、ムーって言ってることがたまに分からないのよねぇ…。」
「あんたもいい勝負じゃねぇか…?」
「…イヤ…、ムーさんの言うとおりですよ。…その場では話さなかったのですが…」
 ハンが言うには、吹き飛ばされてきた男達はお世辞にも柄が良いとは言えない者達であり、初めて彼らと会ったときはまさに外見そのままであったらしい。
「……そういや…確かに気持ち悪い位に丁寧語使ってたな…。」
「そこなんですよ。…何か…メダパニの余波でも残っているのか…はたまた気違いを起こすほどのの恐怖でも見てしまったのか…。」
「……。」
 カンダタは先程森で幾度か起こった爆発の事を思い出した。
「……ま…まさか……!?」

「ぶえーっくしょいッ!!!…ムムゥ!!風邪でも引いてしまったかァッ!!?口惜しい限りじゃのォッ!!!ウワーハッハッハッハーッ!!!」
 噂された当の本人は…大海原を見下ろしていた。
「平穏も良い物じゃのォッ!!」
 いつも平穏をぶち壊しにしている者が言う台詞かどうか…。

「…まぁ細かい事はどうでも良いだろ、今は。それよりメリッサちゃん、メドラ。何か分かったか?」
 マリウスの一声で、とりあえず話題転換がなされた。
「ええ、これを見て。」
 メリッサは水晶玉を取り出して皆の前に掲げた。
ずいっ
「お…重……」
『……。』
 ムーの頭がカンダタの上にのしかかっていた。
「いい加減…元に戻っとけ……。あと、すぐ服着るの忘れんなよ…。」
 ムーは…やはり何処か残念そうに唸り声を上げた。そして、次の瞬間光に包まれた。徐々に体が縮んでいく…。
「ああ、そう言えば魔法繊維製の新しい服…如何ですか?ムーさん。」
 光が収まると、ムーは一言何かを口ずさんだ。その瞬間、糸が彼女の体に纏わりつき、いつもの彼女の服を形成した。もちろん理力の杖同伴で。
「悪くない。…でも、別にいらないのに。」
「「「……。」」」
 男三人はムーの恥じらいも何もあったものでは無い言葉に閉口した。
「変わらないわねぇ…。」
 対するメリッサは、カンダタの肩に小鳥のようにちょこんと座っているムーを見てクスクスと笑っていた。
「…所持者のイメージ通りの服になる繊維なんだよな?オマケに千切れてもくっつくようになってるし。」
「ええ。ムーさんは遠くの物を引き寄せる魔法を使えたみたいでしたから…」
 その魔法を使ったのは…ムーを瀕死に追い込んだ男に対して地獄の制裁を加えた時だった…。距離ばかりか空間を越えて…彼女のあまりに凶悪な得物を手繰り寄せた…あの力に注目して、ハンはこの服を薦めたのだ。
「ははは、ドラゴラムいくら唱えても再生するんだとよ。良かったじゃねぇか、ムー。」
「……。」
 ムーは特に嬉しくもないのか、只黙って水晶玉を見ていた。
「…しかしまぁ…こんな所に本当に街の原型が出来ているとはなぁ…。」
「ええ…実物…と言っても水晶玉ごしですけど…それを見て初めて実感がわきましたよ…。」
 水晶玉に映し出されていたのは、数人の男達が街づくりの為に土木工事を行っている場面だった。
「…さぁ、皆の準備ができ次第出発しましょうか。私もこの偉業に携わりたくてうずうずしてますとも。」

 森の中を歩いて数時間…一行はメリッサの水晶玉が見せた光景の場所にたどり着いた。
「皆さん!着きましたよ!!」
「おおっ!!腕が鳴るぜぇっ!!いくぞ野郎共!!」
「「「「オオッ!!」」」」
 便乗者の筆頭の職人が駆け出したのを最初に、後ろから残りのほぼ全員が掛け声と共に村へと駆け出していった。
「…テンション高ぇ…。」
「そりゃあ…ここが街になれば貿易の中継地点として…とても便利になるでしょうからね。」
 取引そのものに携わる商人達はもちろんの事、成功した彼らの元で働く様々な職の者が張り切って作業に当たっていた。
「おお、人沢山。感謝の言葉も無い。」 
「…?」
 喧騒を見守っていると、誰かが此方に歩み寄ってきた。元居た所では珍しい服を来ている少女だった。羽がふんだんに使われている民族衣装だ。
「あなたは…?」
「私、この村始めた。」
「ああ、貴方が村長さんでしたか。」
 ハンがそう言うと、彼女はコクリと頷いた。
「スーの方ですね?どうしてこの街を?」
「8年前、勇者様来た。」
「勇者様…?オルテガ様が?」
「…違う、ポカパマズ様。」
「ポカ…パマ…ズ…???」
 一同は首を傾げて彼女を見た。ムーは一言…
「…変人?」
 と呟いていた。
「うん。」
「うん…って…図星かよ!?」
「あの人が言ってた。"魔王を倒そうなどという酔狂な変人がここにいる"って。」
「……面白いヤツだな…。」
 話しながら五人は村長の少女…ムーよりは年上に見える彼女についていった。
「…墓?…誰のだ?」
 ムー達が案内されたのは…二つの木の板が立てられている森の中だった。
「……"鉄壁の金庫"ビシャス、ここに眠る。」
「何ぃっ!?ビシャスだとぉっ!?」
 マリウスが木の板の墓標の文字を読み上げると、カンダタは彼を押しのけて墓の文字を凝視した。
「な…何だよ?急に…って…どわっ!?」
「知らないのですか、マリウスさん!!ビシャスって言えばそれはもう…」

"鉄壁の金庫" ビシャス
 頑固者で知られる商人。既に武具店を構えているが、経営を弟子達に任せて行商に出ている。
 一流の戦士や魔法使いにも負けずとも劣らぬ戦いが出来る強さを持つ。
 己の金や商品を守り、客との信頼関係を大事にする商人の鑑。

 その後暫く、マリウスはハンにビシャス成る者について延々と聞かされ続けた。
「…もういい…わかったから……っていうかそのビシャスさんとやらがどうしてこんな所に。」
「同感だな。何だってあのビシャスのヤツが…」
「いや、確かに的確な考えがあっての事だと思いますよ?」
 この大陸にはスーという辺境の村があり、アリアハンやロマリアでは手に入らない珍しい物が沢山あるらしい。中には生活必需品や生活に彩りを添える物等もあり、それだけでも十分注目されていた。
「しかも、噂とはいえ…黄金の国とまで呼ばれたそうですよ。今も多くの鉱夫達がめぼしい所を掘り始めているみたいで…。」
 少女自身が考えている以上に重要な位置を占める事になるのは間違いはなかった。
「成る程なぁ…。やっぱ商人だけに頭良いんだな…あのヤロウ…。」
「え…?もしかしてカンダタさん…彼に会われたので?」
「遭ったんだよ。…今度あったらコテンパンにしてやる…と思った矢先にこれかよ。」
 カンダタは墓に手を乗せて座り込んだ。
「アレからもう8年は経つか…。よくもやってくれたなオイ…!オマケに勝手に逝きやがって…。」
「…い…一体何があったんで…?」
「大方…商船でも襲って返り討ちにでも遭ったんだろうよ。」
「な…何ですと!!?」
「オイ!!勝手に話を進めるな!!!」

 話の筋は大体合ってはいた。嘗てカンダタは裏の情報網から麻薬取引の事を知り、子分達と共にその問題の船へと忍び込んだ。しかし、見張りの者に見つかってしまい、子分達を先に逃がして自身は彼等を迎え撃ち、見事に全滅させたがそこにビシャスと名乗る美髯の男が割り込んできて、カンダタと戦いになったのだ…。

―…ぐぁああっ!!
―ここまで入り込んだその根性だけは認めてやろう。だが、詰めが甘かったな。
―……て…てめぇ…!!この船が何をしているのか分かってんのか…!!
―麻薬の密売…とでも言えば満足か?
―知ってやがるなら何故てめぇもこの船に悠然と乗ってやがる!!!どうみても密売の片棒担いでいるだろうが!!
―フン…何も分かっていない様だな、貴様。
―……な……に……!?
―敵を欺くも、客を欺くも同じ事。異なるのは信頼の真偽のみ。

 大盗賊として名を上げてからまもなくの初めての失敗だった。その後、麻薬グループはビシャスの手引きにより招き入れられたロマリアの騎士団によって一網打尽に捕まり、魔物がいる地下牢に幽閉されている。…もちろんちゃんと隔離されていて、裏の手の者による見張りも付いているので喰われる事は無いが、今も恐怖を味わっている事だろう。

「……へぇ…そんな事があったのか、なぁハンさん……ってアレ?」
 カンダタの話に聞き入っている間に他の者達は既にその場から居なくなっていた。どうやら村長の少女に呼ばれて何処かに行ってしまったようだ。
「…ていうかアンタ…もしかしてそん時もその格好で行ったのか…?」
「ったりめーだ!華麗に盗って華麗に去る!!それが大盗賊ってヤツだろうが!!」
 赤と青を主張とした全身タイツと覆面マント…そして三角パンツという盗賊としては何とも目立ちすぎる格好をしている彼を見て、マリウスは嘆息した。
「…こんなんだから見つかったんじゃねぇか…?」

「では、貴女のお爺様の跡を継がれて今の立場に…?」
「ああ。爺が夢見た世界が集う街。私が完成させる。」
 少女は力強く瞳を爛々と輝かせ、祖父の肖像を見た。羽飾りが雄雄しい精悍な顔つきをした老人であった。
「そうですね…貴女なら出来そうな気がします。」
「ありがとう。貴方のおかげでまた人が来た。感謝する。」
 いやいや…と謙遜するハンをムーはじーっと見ていた。
「…どうしたんです?ムーさん。」
「ここに残れば?」
「……え?」
 唐突に言われてハンは肩を竦めた。
「…街作るのって結構な大仕事よ。あなたの助けがあればそれも少しは楽になるんじゃないかしら?」
 今回、ハンが船によって導いた人材は良い街の礎となるのは間違いが無かった。逆に言うと、ハンの船が無ければこうした大幅な進展は望めなかった事だろう。
「商人として成功したいんでしょ?…占いにそう出ていたわ。」
「…え…ええ、そりゃあもう…。」
「黒胡椒貿易が出来るのは今の所あなただけよ。東の魔物を恐れず立ち向かえた勇気があったからこそね。」
「ぼ…貿易!?それ、本当!?」
 メリッサの言葉を聞くと、少女は彼女に詰め寄った。
「ええ、ポルトガの王様相手にね。」
「王様…そうか…!それ、凄い…!!」
 少女は大きく目を見開いてハンを見た。
「ハン!頼む!!これからも力、貸して!!」
 有無を言わさぬ剣幕とはこの事だろうか、ハンは思わずウンと頷いてしまった。
「助かる!!私、早速寝床準備する!あなた達も休んでいくといい!」
「私達も?…ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ。」
 ここ数日、航海と野営の連続で、人里でのもてなしが恋しくなる頃合であった。もちろん、ムーが居たお陰で食料の心配は無かったのだが…。