拓かれし道 第三話
 航海は一ヶ月弱と順調に進み、大海原での物資の補給はドラゴンとなったムーが色々と採ってきたお陰で特に困ることは無かった。
「…いや〜何だかんだで助かったな、俺たち。」
「バカ、んな事考えてるくらいなら初めから船旅なんてするなよ。」
 海…本来人が存在し得ない水の砂漠…。恵みの海という印象が殆どであっても、海での糧である魚にめぐり合えない事もある。
「…何とか着きましたね。ここが私の目的地です。」
 ハンは目の前に広がる森を指差してそう言った。
「?…何だこの森は?」
「ここの地を交易都市にしようと尽力されている方が居ると言う話をアッサラームで聞きまして、こうして人を募って訪れてみたわけですよ。」
「へぇ…面白そうな話じゃないか。」
「 そうね。」
 マリウスとメリッサはハンの話に聞き入っていた。
「……それで、そいつは何処にいるんだ?」
「あ……いやぁ…会った事など無いので…詳しい事は何も分かってないんですよ。」
「おいおいおい!」
 後先考えずに未開の地に足を踏み入れた迂闊さを見て、マリウスは肩を竦めた。
「…ああ、それなら私が見てくるわ。空からなら切り開かれたのがどこかってすぐ分かるし。」
「助かります…。」
 ハンが頭を下げているのを宥めると、メリッサは箒に腰掛けて空へ舞い上がった。
「…やっぱいつ見ても便利だぜ…空飛べるってのはな…。」
 集まった人々…海の荒くれ者達も皆頷いた。
「あんなカワイイのに魔法も使えるってか…かー…たまんないぜ…!」
「メリッサちゃん最高!!」
 その声援が彼女の耳に届いたかどうかは定かでは無い…。
「…そういや変態仮面のダンナのあのドラゴン…何処行ったんだ?」
 ほとぼりが冷めた頃…誰かがそう言った。
「ここ。」
「…は?お嬢ちゃんが?」
「…ていうかこんなヤツ居たっけ…?」
「メリッサちゃんの隠し子か!?」
「え〜!?」
「……む〜…。」
 どうでも良い話で盛り上がっている者達に、マリウスが割り込んだ。
「妹だよ。」
「…へぇ…道理で似ていると…。」
「それがな、てんで似てないのよ。」
 マリウスの言葉に一同が首を傾げた。姉妹と言うか親子であるかの様に似ている…それの何処が決定的に異なると言うのか…。
「……そういや何人か先に森の中に入っていったみたいだぜ。一応ハンのダンナの補佐のおっさんが付いてるから大丈夫だとは思うけどよ。」
「ほぉ。…まぁ止めはしないけどな。」
「何があるか分からないから集団行動を義務付けていますけど…。」
「それが賢明だな。」

「…さぁて、一足先にお宝拝見〜♪」
「やりましたな、親分」
「人が良いあのオッサンに取り入って正解でしたよね。」
 森の中の遺跡で、数人の男達があちこちを物色していた。
「未開地域と言えば聞こえは悪いが、未発掘の太古の遺物も沢山眠ってるって事だな。」
「…しかし…魔物も強いッスね…。長居は出来ないでしょう…。」
「まぁ…な。出来りゃあの船長のオッサンとか戦士の兄ちゃん辺りが一緒に来てくれりゃ良いんだけどよ…。」
「確かに…。」
 相槌を打ちながら宝箱の一つに手をかけた。
「親分!こいつは人食い箱ですぜ!!」
「…人食い箱?……ははぁ、さては俺たちを騙して骨一つ残らず食っちまおうって算段か。」
 親分と呼ばれた巨漢は頑丈そうな太い鎖を持ち出してきた。
「コイツは罠としちゃあ申し分無い。きっちり縛り上げとけ。」
「「へいっ!!」」
ギィエエエエエッ!!
「アカイライだ!!」
「確かこいつはバギの連携が得意だったよな。」
 男達の前に突如現れた魔物は首から足が生えた異形の鳥であった。
「やっぱキモいな…おい、とっととやっちまいな。」
「了解ッス!…ヒャダルコ!!」
シュゴオオオオッ!!
 吹雪が巻き起こした不可視の刃が次々とアカイライの群れを切り刻んでいった。
「…ちぃ!まだ残ってやがる!」
「じゃあここはおいらが、ザラキ!!」
 比較的年少の子分が無邪気に呪いの言葉を言い放った。
「「「ギエエエエエエッ!!」」」
 残っていたアカイライ達は呪詛の言葉に断末魔の悲鳴を上げつつ最期には果てた。
「よーくやったぞ、偉いぞ。」
「だからおいらはガキじゃねぇですって!!」
「…はっは、まぁ俺らの中じゃあ一番年下だからな。」
「…そんなあ…。」
 はははははは…と後ろめたい仕事をしている者達には似合わぬ暖かい笑いがこぼれた。
「…さて、アテにしてなかった割には随分と手に入れたモンだな。」
「まぁマヌケの家からくすねるよか全然大漁ですね。」
「じゃあ…あとはキメラの翼使って…」
 子分の一人がキメラの翼を取り出して放り投げようとしたその時…
「おーほっほっほっほ!!良い度胸してるじゃないアナタ達!!人の獲物を横取りなんてねぇ!!」
「「「「!」」」」
 空には赤毛の麗人が箒に乗って腕組してたたずんでいた。

「……!!あっちの方向で煙が!!」
 ハンは森の方で起こった異変に気付き皆に注意を促した。
「さっき行った連中に何か…」
「メリッサちゃんは…無事なのか…!?」
 マリウスも冷や汗をかき…事の成り行きを落ち着かない様子で見守っている…。
「落ち着けよ、皆。」
「「!!」」
 ハンとマリウスは、後ろから声をかけてきた男…カンダタに向き直った。
「あの姐ちゃんならあそこに居るだろ。ホレ、とっとと助けてやりな。」
 
「…くっ……。」
 メリッサは箒に跨りつつ、追いかけてくる二匹の鳥の魔物…ヘルコンドルと対峙していた。
「参ったわね…、私にも攻撃呪文がうまく使えれば…勝機はあるのにね。」
 そう言っている間にも、魔物の嘴や爪が彼女の体を傷つけていく…。
「ベホイミ…。」
 回復呪文を唱え続けているが、傷が完治しても二匹のヘルコンドルに対抗する術が無かった。

「ぶ…ぶはははははは!!!何だその格好は!!」
「笑うな!!」
 カンダタが身に付けていたのは、赤い覆面マントに青の全身タイツ…そして赤いパンツという…
「…おお…正義の味方って感じが…!」
「分かるか!!やっぱあんた俺の心の友ってヤツだぜ!!」
 カンダタはハンと硬い握手を交わした後抱擁した。
「しかし…やべぇな…!」
「空に居るんじゃ…私の槍も届かない…!」
「…こういう時にはやっぱアイツしか居ないんじゃねえか?」
 マリウスは空をぼーっと眺めている赤毛の少女ムーを指差してそう言った。
「俺らじゃ無理だ、ムー、手を貸せ!」
 カンダタがそう言うと、ムーは杖を地面に突き立てて呪文を唱え始めた。
「…ドラゴラム」
ブチブチブチッ!!
 彼女の体から溢れる魔力の奔流で衣服が耐え切れず悲鳴を上げるように千切れとんだ。
グオオオオオオゥゥゥゥゥン!!
バサッバサッ
 ムー…金色の竜は戦っている魔女の方へと飛んでいった。

『スカラ』
 ムーがそう唱えると、メリッサの体の周りに結界が張られ、爪や嘴による攻撃を遮った。
「助かったわ。ありがと、メドラ。」
『…下へ』
「気をつけて。」
 下降するメリッサを追いかけるようにヘルコンドルが追いかけようとしたが、その前にムーが立ちふさがった。
『……』
 ムーとヘルコンドル達の目が合った。魔物達はその意図を察し、一瞬震え上がった。
『鳥肉……!』
 直後、大きく口を開けて魔物に噛み付いた。あわやと言うところでかわすヘルコンドル…しかし、すぐに戦意を失い、逃げ去ろうとした。
『逃がさない』
 しかし、ムーは高速で飛行し、魔物の前に回りこんだ。
ギェエエエエエエエエッ!!!
 二匹のヘルコンドルは悲鳴の二重奏を上げて必死に逃げようとした。するとまたムーが正面に回りこむ…その繰り返しであった。

「…おいおいおい!!折角のヘルコンドル一人で二羽喰うつもりかよ!!」
 本能で逃げ去ろうとするヘルコンドルを追いかけ続けるムーに向かってカンダタは怒鳴った。
「…え!?ヘルコンドルって食べられるんですか!?」
「ったりめーだ!!盗賊家業やってりゃ大抵のモンは喰えらぁ!!」
「…じゃあ、あの子のゲテモノ料理は…?」
 上から逃れてきたメリッサがカンダタの目の前に降り立ち、尋ねると…
「…う゛…!!…あ…アレは…喰いモンじゃねぇ…。」 
 カンダタは後じさりしながらそう返した。
「……そうよねぇ…。あの子の料理下手ってカンダタさんのとこ行っても直ってないみたいねぇ…。」
 クス…と笑いながらメリッサがそう言うと、マリウスは肩を竦めた。
「…メリッサちゃんも良い勝負じゃねえか…。」
「やっぱ姉妹って事か…」
「でしょうね…。」
 三人はムーの姉である彼女をちらっと見つつ頷きあった。
「…?」

「おーほっほっほっほっほっ!!!まぁだお仕置きが足りないみたいねぇ!!」
 赤毛の魔女がアクロバティックに箒に立ち乗りしつつ、見たことも無いような杖を振りかざすと、辺りが爆炎に包まれた。
ズドォーンッ!!!!
「あぎゃあぁぁぁっ!!!」
「どわぁあああああっ!!!」
 盗賊団の者達は成す術も無く嵐のような攻撃の応酬に巻き込まれていった。
「さぁ♪さっさとそのお宝寄越しなさいな!!!そしたらここで勘弁してあげてもよくてよ?おーほっほっほっほっほ!!!」
「…こんのアマが…ナメやがって…!!やっちまえ!!」
 親分が指示を出すと、子分の一人が呪文を唱えた。
「死ねぇ!!ザキ!!!」
「おほほほほほ!そんな呪文が効くと思って!!?」
 魔女は即死呪文と恐れられているその黒い波動へ真正面から突っ込んでいった。右手には先端の刃のような飾りの付いた杖が弄ばれている。
「そぉれっ♪」
ズガァッ!!
「ぎぃやあああああっ!!!」
 呪文を唱えた少年は杖に打ちのめされてあえなく吹き飛ばされた。
「何ぃっ!?…なら俺が!!ベギラマァッ!!!」
 魔女に向かって熱線が閃いた。
じゅおおおおおおっ!!!
「!!?」
 しかし、魔女と子分の間に何かが割り込み、ベギラマを遮った。
「修行が足りないわねぇ!!これならウチの子の方がよっぽどマシって言えてよ!?」
「こんちくしょうがぁっ!!」
 親分が自慢の獲物…巨大な金槌を振り上げて魔女に振り下ろした。
バキィッ!!!
 しかし、やはりその巨大な鈍器も子分達同様に、呆気なく砕かれた。
「さぁて、大人しくしてなさい♪これからきっちりお仕置きしてあげるから♪」
「「「「ヒ……ヒィイイイイイイイイイッ!!!!」」」」

 ドッカーン!!!

『!!?』
 ようやくヘルコンドルを…片や丸呑み、片や生け捕りにした所でムーは森の方で爆発が起こったのを見て振り向いた。
『…イオナズン……』
 爆発の正体を言い当て、ジタバタともがくヘルコンドルをしっかりと掴みながら成り行きを見守っていた。
『……妖怪…?』
 脳裏にはカンダタ以上の巨体と暑苦しさを持つ…爆弾岩の描かれた垂れを身に付けた豪傑の姿が思い浮かんでいた。だが…いつもと様子が違う…。
『別人…?…新手の…』
 此方に飛んできた爆発の犠牲者達をとっさにくわえてキャッチし、ムーは下まで降りていった。

 その後…
「なぁ〜によ、これっ!!?ミミックじゃないのよぉっ!!!」
 箱の一つを物色しようとした所、突然その箱が開いて舌と牙を剥き出しにした。しかし…攻撃する気配はまるで無い…そればかりか震え上がってさえいる…。
「まぁだ何か隠してるみたいねぇ…、憶えておきなさいよぉ…!おほほほほほ!!!!」
 かきぃーんっ!!!
 爽快な金属音と共に、大空に一つの影が横切っていった…。それがサマンオサ地方に飛んだのはまた別の話…。