拓かれし道 第二話
「おいおい…さっきのは一体なんだったんだ…?」
「どっから出て来たんだよ…あんな見た事もねぇドラゴンなんて…」
「捕まえれば高く売れそうですねぇ。」
「…売り物にする気かよ!?」
 ムーが海に飛び込んでから暫く、野次馬達の間に喧騒が広がった。その話題はもちろんいきなり現れた雌ドラゴンについてである。
「…流石に…そう簡単には捕まらないとは思うけど…」
 箒に乗って上空から成り行きを見守っていたメリッサはそう呟いた。
「……何かすっげえ嫌な予感がするのは俺だけか…?」
 カンダタはムーが飛び込んで行った海を見ていた…。何処か不安げな気配を感じさせながら。それは他の二人も思った事だった。
「まだ相手してあげた方が良かったのでしょうか…。」
 ハンは半分だけ甲板に埋まった男を指差してそう言った。
「だとしても…何かあいつとだけは戦いたくない…んな気がするんだよな…。」
 戦士としての腕前…人攫いのアジトでも一人完膚なきまでにタコ殴りにしていた辺り…容赦の無さというものが目立っている…。オマケに魔法も武器攻撃もできる反則的な強さがある限り、楽しむというより本気で戦わなければ只の怪我ではすまない。
「ドラゴンに変身されたら一人じゃまず勝てねぇよな…。」
「下手すりゃ喰われちまうし。」
「……いやはや…あの時はホントに驚きましたよ…。」
 ぼーっとしている無表情の少女が突然ドラゴンに変身したら誰でも驚くだろう…。
「メリッサさんよぉ、あんたもあんな芸当できるのかい?」
 カンダタは上を見上げて大声で上空のメリッサに尋ねた。
「ドラゴラム自体使えないわよ。出来たとしてもあんなはしたない事なんかねぇ…ふふふ。」
「そりゃ良かった。」
「アレってお母様でも出来ない神業みたいな芸当なのよねぇ…。ニージス君から聞いてるかも知れないけど。」
 メリッサの母、おそらくは彼女もまた偉大な魔女であるのか…。
「…そういやそうだったか…。」
 理性を失わないドラゴラム…ムーのみが成せる業であるようだ。盗賊団で長い事魔術の勉強なんてしていないにも関わらず、才能がそれを補ったのかもしれない。
ざばぁああああっ!!!
どすぅんっ!!!
「「「う…うおおおおっ!?」」」
 突如何かが海中から現れ船に降り立ち、甲板を揺らした。
「ム…ムー!!」
 カンダタはその何か…金色の竜ムーに抗議の罵声を浴びせた。
「てめぇ!!今の自分の体重考えやが…れ?」
 しかし、ムーの全貌を見回している内に言葉が止まった…。
『「……。」』
びちびち…びちびち…
 どこから持ってきたのか、漁に使う網のような物に…大量の魚介類が入っていた。
「…おおっ!!我々の分まで…!!」
『美味しいものは皆で食べる。』
「気が利くなぁ!!見直したぜ、メドラ!!」
 周りの者たちが恐れおののいて震えている中で、マリウスとハンはムーの滑らかな肌のような金色の鱗を撫でた。
「…凄いな…喰える魚ばかりだよ…。」
「やや!!これはまた大きなマグロを…。」
「……。」
『?』
「…ん?どうした、オッサン?」
 先程から何も言わずに固まっているカンダタへ向き直った。
「…お前…何喰ってんだよ…。」
『ガニラス』
「……いや、それは分かる。俺が言いたいのは…」
『?』
 ガニラス…巨大な蟹なのだが…その甲羅はまっとうな手段で砕ける物では無い。
「まず甲羅剥がせよ…。」
『……。』
 料理するにもまず甲羅から剥がすのが基本であるが…彼女は何故か丸ごと口にくわえて牙で噛み砕いている…が多少悪戦苦闘しているようだ。ふがふがと口を動かしている…。
「クスクスクス…」
「あ?何笑ってんだよ姐ちゃん?」
「…だって……」

 話は少し戻ってムーが海中から飛び出してきた時…。
ざばあああああっ!!!
 メリッサは上がってきた雌ドラゴンを見た。
「あ……」
 ジタバタと暴れる青い甲羅の蟹をくわえたムーの姿があった、お魚ではなく。

『……。』
 ムーはその後も暫くドラゴンの姿をとっていた。大人しくしていた為か、見物人が次第に集まってきた。
「…一体飼い主は誰なんだ…?」
「よく躾けられてるよな…。」
 普通の獣であれば…確かに知能が高い部類に入るだろう…。
『躾け?』
「……育て方間違っちまったか…?」
 カンダタはムーを拾って育ててきたが、彼自身…子育てとは縁の無い環境にあったため、何処か不安なところがあった。
「なぁムー。」
『……。』
「あー…何て言うか…俺らと五年位暮らしててどうだったよ?」
『…別に。』
「…なら良いんだけどよ。」
『でも…ホレス達に会えたのはあなた達のおかげ。』
「…そりゃどーも。…たった何ヶ月かで随分仲良くなったみてぇじゃねぇか。」
『……だから寂しい。』
「だったら…そのままあいつらについてきゃ良かったじゃねえか。」
『それなら初めからあなたを呼ばない。』
「……お前が生まれた場所って奴か?」
 カンダタがそういうと、ムーはコクリと頷いた。
「何ていうか…そう言うのを知りてぇのは分かるんだけどよ…その為に無理するこたぁねぇと思うんだがな。」
『……。』
「お前の事だから何か考えてんだろうけどな…ま、気長にやろうぜ。」
 カンダタはドラゴンの頭を撫でてやった。ムーは只それに喉を鳴らしただけだった。
「変態仮面さん…あのドラゴン手なずけてるぜ…。」
 ふと、話が終わったところで野次馬達がまた騒ぎ始めた。
「…だ…だぁれが変態仮面だぁっ!!!」
「わわ…!怒った!?」
「ええい…!!ムー!!もういい!あいつら喰っちまえ!!」
「「え゛え゛っ!!?」」
 意気軒昂に甲板を踏みながらムーに命令するカンダタに、一同は本気で怯えた。
「さぁ、やっちまえ!!」
『…ヤダ。』
 しかし、ムーは興味ないと言った風にあっさりと拒否した。
「……は?」
 カンダタはもちろん、震えていた者達も目を丸くして彼女を見つめた。
『……つまらないもの。』
―不味いの次はつまらない…!!?
『……こうした方が面白い。』
ぐいっ
「お…おおぅっ!!?」
 カンダタはムーのドラゴンの爪で服に引っ掛けられてそのまま持ち上げられた。そしてそのまま空高く投げ上げられた。
「ぎ…ぎぃやああああああああっ!!!?」
 野次馬達はムーと一緒に空に舞うカンダタの姿を見て、怯えた。
びゅおおおおおおおっ!!!
 続けてムーは口から吹雪を吐いた。白く輝く流れがカンダタを飲み込んだ。そしてそのままその方向へ飛んでいった。
『……氷の彫刻。』
「「「……」」」
 野次馬達はその一部始終を見て…
「み…見事に逆らってるし…。」
「何か笑いが止まらないのは何でだろ…。」
 中には大声で喚きながら逃げ出す者も居たが、物事の滑稽さに笑い始める者が殆どだった。
「何か…面白いヤツだな…お前。」
「すっげぇな…何喰ったらそこまででっかくなるんだ…?」
 何だかんだで、皆…目の前の金色の竜に馴染んだらしい。

「火傷の次は凍傷か…忙しいオッサンだな…。」
「…うっせえ…。オマケに服までボロボロだしよ…。」
 カンダタはベッドの上でマリウスに毒づいていた。自慢の覆面マントは失われたが、代わりに全身を包帯で包まれてしまっていつもと顔の出ている部分はあまり変わりないみたいだった。
「服ね…。命があるだけまだ良い方だと思うけどな…。」
「何言ってやがる!!漢は服装って言うだろうが!!あとは取って置きの一張羅しかねぇんだよ!!」
―取って置きの一張羅…?
「ははは、メドラの面倒見るの、滅茶苦茶大変だろ?」
「……大変で済んだらまだ良い方だぜ…。…もう少し厳しく教育した方が良かっただろうな…。」
「 あんたなんかまだ良い方だぜ。…俺なんかよ…」
 マリウスは見舞いがてら、ムー…メドラとの昔の思い出を語った。
「…な…なにおおおっ!?俺なんかなぁっ!!ムーに…」
ごんっ
「ぶおぉっ!!?」 
 カンダタは負けじと何かを言おうとしたが、突然後ろから何かに叩かれてそのままベッドに突っ伏した。
「おお、メドラじゃないか。ドラゴラム解いたのか。」
「……。」
 ムーは出迎えたマリウスに黙って頷いた。その手には例によって…
「…は…はははは…おいオッサン、喜べ。メドラが見舞いに来てくれたみてぇだぞ。」
「…み…見舞いに来るんなら理力の杖は置いとけ…。つーか…よくもぬけぬけと…」
「そんな事言ってる場合じゃねぇだろ…ホレ。」
 マリウスが言っている間にムーはカンダタの目の前に来ていた。
「な…!?…ちょ…ちょと待て……!!そ…それだけは…」
 いつもの豪放磊落な姿勢は何処へやら、カンダタは目の前の少女に懇願するような口調で喚きながら精一杯後ろへ下がろうとした。
「あきらめろ、メドラから逃れられたヤツはいない…そう、俺でさえもな…」
「ぎ…ぎぃやあああああああああああああっ!!!」
 その後、一日の間カンダタがトイレの住人になった経緯を知るものは居ない…。当人達を除いて…。