新たなる旅路へ 第八話
「嬢ちゃん…しっかりしろ…!」
「…う…ぁ…?」
 気が付くと、辺りはすっかり明るくなっていた。
「カ…ン…ダタ……さん…?」
「おうよ、ベホイミをかけ続けといて良かったぜ…。」
 覆面に隠れて顔は見えないが、レフィルには彼が心底安心した様に感じられた。
「……ん…んん…。」
 所々に焼ける様な痛みを感じながら彼女は起き上がった。近くの鏡を見ると、顔には湿布が貼られ、体には包帯が巻かれている…。
「あのメリッサって姐ちゃんがいなかったら危なかったんだぜ、ホレスもな。」
「そう…だったのですか…。すいません…。」
「ああ、いや…責めてるわけじゃねえんだ。…あんたら…一体誰に襲われたんだ…?気になるよなぁ?」
 カンダタはもう一人立ち会っている者に向き直った。
「ホンマ…気になりますわ。あんなえぐい傷…見た事も聞いた事もまるであらへんけど…。」
「…あなたは…?」
 紫の髪を持つ女に向きなおり、レフィルは尋ねた。
「ん?わて?カリューですわ。」
 柔らかな笑みを浮かべて、彼女…カリューはレフィルに手を差し伸べた。
「ああ、コイツはあんたらをここまで運ぶの手伝ってくれたんだよ。」
「…!…し…失礼しました…!」
 カンダタの言葉に、レフィルは慌てて頭を下げた。
「そないに固くならんでもええよ。そない大げさな事したんと違うし。」
「んなこたぁねえ。…ハンの旦那が俺達庇って大怪我しちまった上に、俺もヘトヘトだったんだからよ。流石にネクロゴンド地方は危ねぇな…。」
 その後、カリューとカンダタからここまで運ばれた経緯とホレスの容態について聞かされた。
「…良かった…。無事で…。」
「あいつ…どんだけタフなんだろうな。雷の直撃受けてんのによ。」
 ホレスは昨晩だけですっかり回復し、今では町で聞き込みに出ている。
「…旦那も大した体力してたぜ。あれでホントに38歳かよ?」
 ホレス程目覚しい回復こそしていないものの、メリッサのザオラルとベホイミで殆ど傷は癒えて、数日間安静にしていれば完治してしまうとの事だった。
ガチャッ
「……。」
「ムー?」
 果たして入ってきたのは赤毛の少女…ムーだった。祭りでの晴れ着の着物は既に脱いで、簡単な寝巻きに身を包んでいた。
「どうした?嬢ちゃんのケガなら心配すんな、俺が面倒見てやっからよ。」
「……い。」
「は?」
 あまりに小さく呟いたので、カンダタは首を傾げた。
「お見舞い。…これ、食べて。」
「…うげ…!!」
「「?」」
 カンダタははっきり聞こえたムーの言葉に顔をしかめた…ようだ。
「ムーが作ったの?それ。」
 レフィルはムーが持っている物…クッキーであろうそれを見た。…見るからに美味しそうな代物である。
「おお!!美味そうやないかっ!!わてにも一つ!!」
 カリューは香ばしい匂いを放っているそれの一つを手に取った。
「お…おいっ!?」
「え?…あかん?そんな水臭い事言わんでくださいよカンダタの旦那。美味いもんは皆で分ける、そうやろ?レフィルちゃん。」
「は…はい。」
「ほな、早速」
「ま…待て…」
 カンダタが止めようとするも既に遅く、クッキーはカリューの口の中に入った。
パクッ…サクサク…
「ッ!?ぶはあああっ!?」
 しかし、直に吐き出された。
「…む〜……。」
 ムーは声の抑揚と表情こそ変わらないものの、どこか不満そうに見えた。
「何っつーもん食わせんのや!!殺す気かぁっ!?」
「……慌てて食べたあなたが悪い。」
「慌てて…って、コレをレフィルちゃんに食わせる気やったん!?」
 ムーは頷いた。
「…殺人的な料理の不味さは相変わらずだな……。」
 どうやったらクッキーが吐き出すほど不味くなるのか…。巧妙なイタズラにも見える。
「え?…それってそんなに…?」
 レフィルはクッキーの一つを手に取り、口に含んだ。
「嬢ちゃん!?」
サクサク…
「……ああ、そっか…。」
「「…!!」」
 終始顔色一つ変えずに食べてのけた彼女を見て、カリューとカンダタは絶句した。
「ムー、ちょっといい?」
 しばらく考え込んだ後、レフィルはムーを呼んだ。ムーは何も言わずにレフィルの下へ歩み寄った。
「…命の木の実と薬草入れてたでしょ?…それはね…」
「……。」
「…でも、ここで…を入れたのは駄目だと思うの。…入れるタイミングを間違えただけで、隠し味にはぴったりなんだけどね。」
「……。」
「「……!!!」」
―何っちゅーもん入れとるんや…こいつ…!
―…てか、嬢ちゃんもそれでよく平気で食ってるぜ…。
 美味いとか不味いとか関係なく、レフィルはムーのクッキーの原材料名と、作り方を次々と言っていた。いつに無く自分からよく喋っているレフィルの様子を見て、カンダタは…こう呟いた。
「…でもまぁ…なんだかんだで楽しそうだな。」
「…アレ食って楽しめるって…。」
 カンダタには元々感情の変化に乏しいレフィルの顔が今は珍しく輝いて見えた気がした。

 数日後…
「うめえっ!!」
「…お代わり!!」
「……。」
「勇者にしておくには惜しい才能ですな。」
「…あのクッキーとは月とスッポンやな…。」
 食堂で、一同は大量に盛られた手料理を箸でつついてその美味さに絶賛していた。
「おう!どんどん食え!」
 甲冑を付けたまま…エプロンを付けているマリウスが次々と料理を運んできた。
「…何故鎧を外さない?」
「は…はははは…それは言わない約束だ。」
「……わかった。」
 並んで料理を運ぶホレスは嘆息しながら野菜炒めをテーブルに置いた。
「しかし、皆随分と美味そうに食ってるな。」
「当たり前だろ?俺の料理が不味いわけが無い!」
「…レフィルはともかく、…あんたがな…。」
 マリウスが作り出した料理も次々と空になっていき、テーブル脇には空になった皿が並々と積まれていった。
「お疲れ、レフィルちゃん。」
「お疲れ様です。」
 町娘姿のレフィルは厨房で忙しく働いていた。
「メリッサちゃんの料理は…アレはアレで面白いんだけどな…。」
 そのいい振りから、彼女の料理の腕も知れた物とうかがえた。
「…モーゲンのおやっさんにしごかれといて良かったぜ。まさかこんな形で役に立つなんてな。」
「あんたの師匠か。…ムーの父親だったか。」
「ムー…?ああそうか、お前達はそう呼んでたか。」
 料理下手な娘の父とは思えないと付け足して、マリウスは笑った。
「…オルテガのおっちゃんと一緒に旅してた時もあったな。それはもう二人揃ってでっかい斧を片手で振り回して次々と敵を倒してくんだよ。今じゃあ一線を退いて隠居してるけど、それでも俺よか強いだろうな…。」
「……達人か。…まぁ、冒険者リストに二つ名だけでも載っているあんたが言うなら間違いないだろうな。」
 極限まで鍛えられた技巧を以って相手を制する程に経験を積んだからこそ、一流の戦士マリウスにそう言わしめる事ができるのだろう。
「お、そうなのか?…で?どんな二つ名よ?」
「"真紅の甲冑"」
「……まんまじゃねえかぁ!!!」
 妙なやるせなさにマリウスは絶叫した。