新たなる旅路へ 第七話
 一方…ポルトガの入り口では…
ドガーン!
 幸か不幸か、先程の爆発で散った無数の魔法の球は空を飛ぶ魔物を残らず叩き落した。
「…何だか知らないが…助かったな。」
 カルロスはそう言いつつ、手にした紫色の剣を振るった。艶やかな音色と共に、魔物の内の一体を鮮やかに斬り裂いた。
「ふん…まさか事故等に巻き込まれてこの様な醜態をさらす事になるとはな。」
 残った唯一の敵…異形の魔術師へ誘惑の剣を突きつけた。
「お前が親玉か?」
「…ふん、その言い方は気に入らんな。…ワシはそもそも部下を手なずけた覚えなど無い。…我らドルイド一族は、そなた達俗物とは違う。」
 これ以上の言葉は無用とばかりに、カルロスは異形の魔術師…ドルイドに斬りかかった。
「…うつけが。」
 剣が触れるその瞬間、ドルイドの姿が幻の様に消えた。
「ッ…!?」
「バギ」
 真空の渦を纏った小さな竜巻がカルロスへ向かって飛んできた。
「はあああっ!!」
 しかし、カルロスの剣の一閃でそれは容易く掻き消された。同時に、傍に隠れていた魔術師をも捉えた。
「むううぅ…ッ!」
 手傷を負い、呻き声を上げるドルイドを見て、再び剣を振るった。
「抜かったわ…ベホマ…!」
 彼が回復呪文を唱えると、半ば切断されかけた部位が瞬く間に完治した。だが、同時に大きな隙をも生んだ。
「覚悟しろ!!」
「ぬぅう…!」
 振り下ろされた紫の刀身を、彼の唯一の武器である節くれ立った杖で受け止めた。
「はああっ!!」
バキィ!!
「…!!」
 それは持ち主を庇って呆気なく折られた。
「止めだ!!」
「…くぅっ!ぬぅん!」
 ドルイドはその小さな右手をなけなしの力を込めて突き出した。
「ぐおっ!?」
「な…何っ!?」
 その場で起きた衝撃に互いに後ろに吹き飛ばされた。
「…流石に老骨にはこたえるわ…!」
 魔術師はフラフラと立ち上がり、そうぼやいた。
「くっ…!こいつ…!!」
「やりおるではないか…。…止むをえん…。」
「…!?何を企んでいる!!」
 カルロスは弾き出される様に、ドルイドに飛び掛った。しかし…
「!!」
 剣が彼を斬り裂くことは無かった。
「…ふん。所詮は俗物か。…この程度の事で動じるとは…」
「き…きさま…!!」
 毒づくも動けないカルロス…その視線の先には魔力らしき力により宙に浮かべられている恋人サブリナの姿があった。
「いずれにせよ…そなた等は邪魔な存在だ。…絆によってその魔剣を振るう力があるために…いずれは我等に災いをもたらす時が来る。」
「!!」
「だが、そなた等もまた命ある者である事も確か。」
 そう言い放つとドルイドは常人には聞き取れぬ速さで詠唱を始めた。
「…せめて畜生としての生を与えてやろう…!」
「…な…!ふざけ…」
 カルロスが怒鳴ろうとしたその時…紅い光が彼等恋人達を包み込んだ。
「!!」
 直後、激しい頭痛が彼を襲い、誘惑の剣を握った手の力が抜け、それは地面に落ちた。
「…う……サブリナ…!!」
 サブリナもまた苦渋に満ちた表情でうなされ始めた。二人の顔には汗が滲んでいる…。
「や…やめ…ろ…!サ…サブリナには……」
 飛びそうな意識を懸命に抑え、カルロスは言葉を搾り出した。
「安心せい。すぐに終わらせて…」
「そないな事が救いやとホンマに考えとるのか、ボケが。」
「!!」
 何者かの声と共にドルイドの掌から放たれる紅い光は途中で断たれた。
「…邪魔が入ったか。まぁ止むを得んな。」
「調子こくのも大概にしとき、こんのクソジジイが。」
 紫の一閃がドルイドを捉えてそれを真っ二つに斬り裂いた。
「…ちぃ、逃げおったな。」
『ふん…余計な事をしてくれたものじゃな小娘、もはやこの術を解く術など無いと言うに。中断した所で発動が僅かに遅れるに過ぎん。ましてワシを殺した所でこの術は解けん。』
「なんやて?」
 女戦士の姿と、絶望的なドルイドの声が…カルロスの薄れゆく意識の中で反芻された…。

「ホレスさん…。」
 レフィルはナイフを腰に収め、掌をホレスの傷口に当てて回復呪文を唱えた。
「…わたし……」
「何も言うな。…あれで良いんだ。」
 ライデインの対象となった銀髪の女は地面にうつ伏せに倒れていたが、まだ息はあるようだ。
「…あいつはオレ達を殺す…と言っていた。躊躇していたら本当に死んでいた…。」
 そう言いつつホレスは立ち上がり、瀕死の女に向けて歩み寄った。
「…くっ…!…アナタ達……アタシに手を出して只で済むと思ってるワケ…?」
「それはオレの台詞だ。…下らない挑発をした事を後悔させてやる。」
 ホレスは荷物からロープを取り出し、女それで縛り上げた。
「んな事しなくてももう動けないわよ…!」
「…。」
「んもぅ、あの人と全く逆ね。レディに手をあげる事に抵抗は無いの?」
 ぶつぶつと文句を言う女に、ホレスは低い声でこう返した。
「…下らない。敵は敵だ。魔物も人間も関係無い。」
「…!」
 レフィルは今の言葉に大きく目を見開いた。
「そ…そんな事……」
「…"人間"…ね。何か悲しい人生送ってるわね。」
「……!?」
 悲しい人生…予想だにしなかった言葉に、ホレスは足を止めた。
「それじゃあ魔物と何ら変わりないじゃない。」
「…何…だと…!?」
 
「逃げおったか。」
 敵の気配が消えた事を感じると、女戦士は手にした剣を改めて眺めた。胸と腰を守る小さな鎧から露出した体は筋肉により締められていて…そのくせ丸みを帯びた体つきの名残は残り、妖艶な雰囲気をかもし出していた。
「兄ちゃん、悪いけどあんさんの剣使わせてもらったわ。ばっちり研いで返したるからかんにんな。」
 そう言いつつ彼女は後ろを振り向いた。
ひん
「ひん…?」
ひっひーん
「んん…???」
 夜の闇に包まれてよく分からないが…女戦士の耳に確かに何かが聞こえた…。
にゃあ
「…!!!!」
にゃあ
ひっひひーん
「ど…ど……」
どっげえぇぇぇぇぇぇっ!!!
 なけなしの声を振り絞って彼女は悲鳴を上げた。
「ウ…ウマァあああああっ!?ネ…ネコぉおおおおおおっ!?」
 先程までその場に倒れていた二人の姿は既に無く、代わりに馬と猫の姿があった。剣帯を付けていることから馬のほうがカルロスと呼ばれた青年だろう…
「ななな…!?」
 と考えている余裕も無く、彼女は腰を抜かして地面にへたり込んだ。二匹の動物は女戦士に向かって四足で歩いて来た。
「〜っ!!うひいいいいいぃっ!!!」
 感謝の気持ちなのか、二匹はペロペロと彼女の体を舐め回した。
「あ…あひゃあああああっ!?か…かんにんしてぇ〜!!」
 鍛えられた肉体を存分に舐め回され、そのくすぐったさに彼女は身悶えして…息切れするまでに笑わされた。

 その後暫くして、レフィル達はポルトガの入り口に辿り着いた。
「…魔物…だと?」
「どうもおかしくないアナタ。さっきだってナイフ何本も刺してやったのに立ってたでしょ?普通なら死んでるわよ?」
 急所は辛うじて外したが、それでも傷つけられた部位と出血量は半端ではなく、十分に命の危険に頻していた。
「それをベホイミ一回で治ったって、人間のキャパ越えてない?」
「…当たり所が良かっただけだ。」
「ふぅん…。…でもね、本来のアレは当たり所なんて関係ないわよ。」
「何?」
「…アレって?」
 レフィルが尋ねようとしたその時…
「今回は命だけは助けてあげるわ。」
 何時の間にか女は縄を抜けてホレス達の眼前に立っていた。
「な……!?」
ピュイイィィィィッ!
 ホレスが反応する前に、女が吹いた口笛が辺りに響き渡った。
「ライデイン!!」
 直後、近くからレフィルの物ではない呪文を唱える声が聞こえてきた。
「「!!!」」
 どうやって女が縄を抜けたのかを考える暇も無かった。
ビシャーンッ!!ドゴーンッ!!!
「ぐぁああああああああっ!!!!!」
「きゃああああああああっ!!!!!」
 二人は自分たちに突然直撃した雷に身を焦がされ、絶叫した。そして…そのまま意識を手放した。

「サイアス様ぁ〜。」
 先程までの大人びた態度は何処へやら、女は二人まとめて一撃で倒した雷を落とした張本人…サイアスに無邪気に抱きついた。
「おいおいおい…キリカ…人間相手にライデイン使わせんなよ…しかも知り合いだし…」
「だってぇ…このままじゃまた捕まっちゃうんだもぉん。」
「…やれやれ、何で俺ってば女に甘いのが直らねぇのかねえ…。」
 見るに堪えない程のキリカの厚顔振りにサイアスは嘆息した。
「その甘さが命取りにならなきゃいいんだけど?」
「…相変わらずキツイ事言ってくれるなぁレンちゃん。」
「あんた…そう言って仲間の犯罪公認してるのね。」
 蒼い髪を持つ彼と同年代の女性…レンが皮肉を言うと、キリカは何処からか袋を取り出して彼女に見せながら子供っぽい口調で尋ねた。
「え〜?じゃあこれ返した方がいいのぉ?」
「…ま、財政大助かりだからいいんだけどね。」
「つーかお前大食いだしザルだもんな、ははは。」
「誰が大食い暴れザルじゃコラァ!!」
ぶおんっ!!
「おわっち!!」
 サイアスの目の前をトゲ付きの鉄球が横切った。ヒステリーを起こしたレンの得物がうなりを上げながら辺りを舞った。
ゴスッ!!メリメリ…
 緑の装束を纏った白い髭を伸ばした老人の頭にそれは直撃した。
「ごふぅ……お主…この老骨を盾にしようとは…」
「うっせえ。あんなの喰らってあの世逝きになるよかマシだ。」
「ワシがあの世逝きになるのは良いのか…?」
「…イヤ、ジダン…あんたその程度じゃ死なねえだろ…。」
 サイアスは、頭から血をどくどくと流している老人…ジダンに向き直りそう言った。
「ふぇっふぇっふぇ。…まぁ回復役がアレじゃあたまらんかの。」
「そこ二人、今すぐヴァルハラにでも逝きたい?」
 レンがモーニングスターを構えると、青年と老人はそれっきり黙った。
「それより人の気配がするわねぇ、さっさと離れましょうよこんなとこぉ…。」
 キリカがそう言うと、ジダンはうむ、と頷きルーラの呪文を唱えた。四人は光に包まれてその場から飛び立った。