新たなる旅路へ 第五話
「ほほう、噂に違わぬ盛況振りですな。」
 目の前に広がる喧騒を見て、ニージスはそう呟いた。
「ふむ…じゃあ行きましょうか皆さ…おや…?」
 しかし、そこには誰もいなかった。

「ホ…ホレスさん…、本当に良いのですか…?」
 焦りに声を震わせながら、レフィルは後ろをコロコロと振り返った。
「……当然だろう…。あんな奴と一緒にいたら、本当に捕まりかねない…。」
「……。」
 ホレスの言葉に、返す言葉も無く…レフィルは複雑な気持ちでうつむいた。
―でも…意外だったな…。
 まさか賢者と呼ばれる者の趣味が、あれ程奇抜な物だとは…崇高な称号を冠する者の思考は、ある意味一般人には理解できないのも無理は無いが…二人共が何か違う…と感じていた。
「…しかし、オレ達はどうする?このまま別行動にしてどこかで落ち合うか?」
「あ…いえ、良かったらご一緒させて下さい。一人じゃ少し心配ですから…。」
「そうか。」
 商店街には本家に負けじと屋台が立ち並び、食欲をそそる匂いが辺りに漂っていた。…まだ日も沈んでいないのに酒を酌み交わすお調子共を横目に、レフィル達は屋台の一つに立ち寄った。
「おう姉ちゃん。安くしとくぜぇ?見てってくれや。」
 簡単な品から職人の魂がこもっていそうなものまで数多くの装飾品が並べられていた。
「わ〜…色々あるなぁ…。」
「?…何だコレは…。」
 ホレスはその中でも変な帽子のような物を手に取った。
「おお、兄ちゃんお目が高いねぇ!それ、石のカツラっていってなあ、身に付けてれば決して折れねえ信念って奴が手に入るって話だよ。」
「…?」
―…カツラにそんな大層な力がある訳…
 ホレスが胡散臭げにカツラを眺める傍で、レフィルは他の装飾品の類を興味深そうに眺めていた…
「…!」
 突如…何かの気配を感じ、ホレスは此方に向かってくる手を払い除けてすかさず身構えた。直後、チッ…と舌打ちをしながら去っていくのがホレスの耳に届いた。

「………。」
「ホレスさん…?」
「…いや、何でもない。」
「……すごい汗…大丈夫ですか…?」
 レフィルはハンカチを取り出すと、ホレスの額を拭った。
「…!」
 直後、ホレスの黒装束の腕に血がついているのを見て、絶句して口元に手をあてた。
「……?」
「…ど…どうしたんですか!?その傷!!」
 レフィルはホイミを唱えて傷口を塞いだ。
「…すまない。」
「でも…一体何処で……?」
 先程何者かとすれ違った際に腕を切り裂き、何かが食い込む感覚がした。おそらくはその時に出来た傷なのだろう。
「…気にしても仕方が無い。ただ水を差したいだけの輩など捨て置けばいいさ。」
「……。」
 レフィルは自分の感情抜きで冷静に対処するホレスの姿を見て、何処か悲しい気持ちになった。
―…わたしのせいで…。
 自分がいなければ彼は躊躇無く犯人の追跡をしていただろう。彼の性格からして時には容赦無い仕打ちをするかも知れないのを考えるとホッとするが、また彼の足手まといになってしまった事が彼女には耐えられなかった。
 
「……花火…。」
 ムーは空に上がり続けている火が織り成す芸術に見入っていた。
「へぇ、結構好きなんだなお前。」
 偶然一緒にいたマリウスはそんな彼女の様子を見て、やっぱりな…と呟いた。
「お前も子供だからなぁ。」
 ムーは手にした綿菓子を頬張りつつ空を見上げている。その傍に真紅の鎧を着たマリウスが立っている。傍から見れば…名家の御令嬢と其れを守る騎士といった風に見えるかもしれない。
「しかし、何だってまぁあんな…」
 マリウスはあらゆる花火の型を眺めながら何かを言おうとした。
ぴゅうううううう…ぱぁーん…!
「!?」
 しかし、突如マリウスは開いた口が塞がらず…絶句した。
「妖怪…」
 …空に浮かんでいるのは…見覚えのある…されどあまり思い出したくない存在の象徴だった。

「「「きゃー!」」」
「おおぅ!?…これは予想外でしたな…。」
 まさしくニージスは初めに宣言したように捕まりそうになっていた。
「ニージス様ぁ!!」
「サインしてぇ!!」
「あらぁ〜…」
 少女達の奔流に巻き込まれ、ニージスは身動き一つ取れず、自慢の派手な衣装は見るも無残に乱れた。

「……レフィル、何か食べるか?」
 ホレスはいつもにも増して元気が無くなってしまったレフィルに向けて、彼らしくない言葉をかけた。
「……。」
 しかし、レフィルは俯いたまま何も答えない。
「さっきの事なら別に気にするな。お前がいなかったらもっと重傷になっていたかもしれなかったしな。」
「……。」
―だからあれはわたしの…
 レフィルは自分に対しての慰めで、…余計自分に責任があるように感じて、更に塞ぎこんでしまった。
「……。」
 二人は無表情でポルトガの町並みを歩んでいた。周りの者が怪訝な顔で彼らを見ていた事など、当人達には既にどうでも良かった。
「あら、随分とショックだったみたいじゃない?」
 音も気配も無く、女がホレスのすぐそばまで間合いを詰めてきた。
「ッ!!」
 彼は背中に担いだ刃のブーメランを振り切った。
ブンッ!
 女はその一撃を鮮やかに避けた。
「危ないわね。…ま、いずれにせよ生かしては置けないわね。」
 そう言った瞬間、女の姿が消えて気付いたときには既にホレスとレフィルの懐まで潜り込んでいた。そして、壷を取り出してその蓋を外した。
「「!?」」
 何かを話す暇も無く、彼らは壷の中に吸い込まれていった。

「ホレスさん!!」
「!」
 壷に飲み込まれる過程で意識を失ったホレスは、レフィルの声で意識を取り戻した。
「ここは…」
「ポルトガの近く。でも、ここなら邪魔は入らないでしょ?」
 邪魔が入らない…、逆に言うと逃げ場も無いと言うことになる。
「……さぁ、最期に言っておきたい事は…」
ヒュッ!
ドスッ!!
 女が何かを言い終える前に、ホレスは投げナイフを彼女に投擲した。
「…御託を言ってる暇があったらさっさと攻撃しておくんだったな。」
 自らを貫いたナイフを見つめる銀髪の女に、ホレスは冷徹にそう告げた。
「な〜んだ、がっかり。所詮はその程度?」
「!!」
 闇に溶け込む黒い服に身を包んでいる切れ長の目を持つ銀髪の女は事も無げにナイフを抜くと、レフィルに対して投げ返した。
「!!」
 刃のブーメランでそれを弾き返して彼女を守りつつ、ホレスは荷物から爆弾石を取り出して女に投げつけた。その爆音を聞く者は…当人達を除き誰もいなかった。
 
「おう、カルロス。お疲れぇ。」
「あ、どうもお疲れ様です。」
 ポルトガの街の入り口で、曲刀を腰に下げた剣士…カルロスは同年代の兵士に声をかけられた。
「おお、また随分と倒したようだな。…さすがはその剣の使い手だな。」
「いやぁ…それ程でも…。」
「というかお前にしか使えないんだよな。…おれも一応は剣の扱いには自身あるんだけどなぁ。条件がアレじゃあ…。"誘惑の剣"と言うだけの事はあるぜ。」
 カルロスが携える紫の刀身の片刃剣…誘惑の剣、混乱呪文メダパニの魔力を持つ強力な武器だが、同時に使い手の精神も試される…言わば選ばれし者の武器であった。
「女であれば問題ねえけどさ、男である以上はなあ…。お前にもそう言う気持ちがあってもおかしかぁ無いよなぁ?」
「…いえいえ、ボクはあくまでサブリナ一筋ですから。この後皆の前でのプロポーズの約束までしちゃってる位ですから。」
「!…ああ、そういやぁそうだったな。いつからあんなにアツアツになったんだよ、オイ?」
 兵士に詰め寄られ、カルロスは少々困惑した様子で頭をかいたが、顔は笑っていた。
「いやぁ…それを言おうとすると、自慢話になっちゃいますねぇ…」
「…お?なんだなんだ?聞かせろよ。」
 にやにや笑いながら、兵士はカルロスの胸を肘で軽くつついた。
「はは、それじゃあ……」
『ヒャダルコ』
「「!!」」
 カルロスが意気込んで話そうとしたその時、呪文が唱えられるのが聞こえた。
「ぐああああっ!?」
「先輩!!」
 氷の槍に鎧ごと貫かれ、兵士は痛みのあまり叫んだ。
「ぐっ…!!魔物…!!」
 目の前には、この辺りで出てくる雲形の魔物…ギズモの亜種が浮遊していた。
「ここはボクに任せて先輩は下がって!」
 カルロスはそう言いつつ、キメラの翼を兵士に渡した。
「すまねぇ…!死ぬなよ!」
 兵士は受け取ったそれを空に投げ上げ、光とともにその場から離脱した。